波間に攫われ
■-1
雑事を済ませて備え付けの寝間着に着替えたジダルドは、ナイトテーブルにいるルルムへ布を被せてやると寝台へ横たわる。柔らかさに眠気を促されるが、あまりこの質に慣れてはならないとも考えた。一階では良質なものでも此処までの柔らかさはまず無く、寧ろ硬さへ慣れておかねば一階で過ごす事の多い日々の生活に支障が出るだろう。
隣の寝台には同じく寝間着のアユルスがおり、先程風呂の為に脱いだ服を几帳面に畳むと、持参したバッグへ詰めていた。その上へ今日購入した土産を詰める際に、ふと口元が緩む。
何と無しに見たその仕草を貴重だと思うのは、楽しげな表情を見せる事が無かった過去のアユルスを知っているからだ。そして貴重さとは別に、ジダルド自身が喜びを覚える。それも過去とは己が大きく変わった証だった。
其処に一欠片の疑問が影を落とす。その出処は周囲の評価という、あまりに無責任だが是とされてしまう要素だ。その理不尽故に心へと蟠る。
「ふわあ……、ん?」
一つ欠伸をしたアユルスがジダルドの視線へ気付いた。
「ねえ、アル」
アユルスの眼差しへ身を委ねるようにジダルドは目を伏せる。その感覚は穏やかだ。
言葉を続ける前に、瞼の向こうで衣擦れの音と足音がする。そうしてジダルドの傍らへ腰かけたアユルスからそっと頭を撫でられた。
「何か、気になるのか?」
優しさに甘えながら、ジダルドは抱えていた疑問を伝える。
「俺達さ、周りのヒトからしたら、やっぱセフレなだけなのかなあ」
直接的な表現だったが、アユルスの手に動揺が表れる事は無かった。その事実にすら救われる心地になり、ジダルドは続ける。
「そりゃあさ、一緒に遊ぼーっての延長だって言われたら、多分そうだよ。けど絶対、それだけじゃないんだよね。愛してるかって言われたら全然自信無いけど、すんごく大切なのは確かなんだよ」
ジダルドは薄く目を開け、首を動かしてアユルスの表情を窺うと、穏やかさを湛えた赤い瞳と目が合った。途端に安堵を覚える理由も、全てが心地良い。
アユルスはジダルドの髪を指で弄りながら告げる。
「多分ジダルドも俺と同じで、愛とか恋とかよく解らないんじゃないかな。そういうのに夢中になってる余裕なんて、ジダルドにも無かっただろ?」
「あー……、そうだったなあ……」
ジダルドの気付きの言葉には過去への疲労感すら滲んでいた。
思えば、誰かを必死に愛した事は無く、そうであると自覚した事すら無い。そしてこれまで愛へ割く余裕が無かったのも確かだった。それが今になって徐々に育ち、気にかけるものとして形成されているのかもしれないと考えるほうが、まだ納得も出来た。
「俺はジダルドの事好きだし……大好きだから、そんなに難しく考えなくてもいいんじゃないかなって、今は思うんだ」
降ってくる言葉はジダルドの胸中へ喜びを募らせる。喜びの正体を突き詰めれば答えまで辿り着けるのかもしれないが、今はそうする気にはなれなかった。ただ穏やかさに包まれていたいと願ってしまう。
「けど、この事誰かが知ったら、きっと俺怒られちゃうなって」
褒められはしない行為であるとの自覚が、ジダルド自らをも責めていた。自身の感情を諦める事はあまりにも苦痛だが、アユルスの為に諦める事は出来るのだろう。
ふとジダルドの頭から手を離したアユルスは、次にはジダルドへと覆い被さった。ジダルドは身を転がして仰向けになりながら、近くに見えたアユルスへ若干の緊張を覚える。その緊張は顔に出ていたらしく、アユルスが困ったように微笑んだ。
「怒られるなら、俺も一緒だよ」
言葉の後に口付けられる。アユルスの確かな望みと素直な心根が、ジダルドへ染み渡るような幸福を呼んだ。
唇を離し、はにかんだ笑みでいるアユルスの背にジダルドは腕を回す。
「……またすんごく嬉しい事言うんだから」
抱き寄せられたアユルスがジダルドの耳元で小さな笑いを零した。
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