さいこうのコ
■-6
「なあ、ジダルド」
疲労感と満足感の織り成す微睡みの中で、傍らで同じく微睡んでいたアユルスに呼ばれる。
「んー?」
仰向けだった身を転がしてアユルスの表情を窺うと、多少悲しげな色が見えた。
「職場の人から聞いたんだけど……あの時、ジダルドは俺の為に怒ってくれてたんだな」
「……そうだよ」
微妙な言い回しに当時のアユルスの状態を改めて知り、ジダルドは苦々しい心地を覚える。
「俺が殺しをしたのは本当だから、あの時は正直、もう全部駄目なんだって思った。でも、今更だけど……ジダルドが怒ってくれてたの、凄く嬉しかった……」
ジダルドは手を伸ばし、そっとアユルスの頬を撫でると優しく告げた。
「アルのやった事は、どんな理由でも、誰にも正当化なんて出来ないよ。でもね、誰も苦しんでたアルを助けなかった以上、誰にも責められやしないよ。それなのに片方だけ出来ちゃうなんて、狡すぎるよ」
「うん……」
撫でる手に促され、アユルスの赤い瞳が揺らぐ。
「やった事がどんなに重くても、アルは背負おうとする気がちゃんとあるからさ。だから職場のヒト達も、アルの事ちゃんと大切にしてくれるんだと思うよ」
「うん……」
歪んだ声だったが、確かに言葉を受け止めた返事だった。受け止めるにも多大なる抵抗があっただろうが、アユルスはそうする為の勇気と自尊心を確実に育んできている。その成長を側で見守りたいと願うのは我儘が過ぎるのだろうと、ジダルドは密かに自嘲した。
ふとジダルドは、ルルムの唯一の言葉をなぞるように口にする。
「きせきは、ないから、いきることは、むずかしい」
「それ、確かルルムの……?」
蘇生したアユルスが最初に聞いた言葉でもあった。
「そう。世界の何処にも奇跡なんて無くて、次の瞬間には死ぬかもしれなくて。だから後悔しないように、諦めないで今を思うように生きなきゃ駄目なんだろうね」
「……うん。そうだよな」
アユルスの手がジダルドの手に重ねられる。伝わる温もりは今を生きている証であり、今に生きていてほしい互いの願いでもあった。
湿っぽい鳥人間の視線をものともせずに、エスパーは四杯目の酒を流し込んだ。
「もー、ちょっと飲みすぎですって」
「それは懐的に?」
「両方です」
エスパーは空になった焼き物の容器を荒々しく置き、カウンターの隣に座っている鳥人間へ酒の肴が刺さっていた串を振りながら告げる。
「気になるけれど晴らせないもやもやを流しに流している訳でしてね、グノリアさんも結構進んでいるようで?」
二杯半飲んでいる事実から目を逸らしつつ、鳥人間は察して応えた。
「あー、アユルス君ですか。あんな顔もするとは」
「意外というか……、相当我慢していたんですかね、彼」
「でしょうねえ……」
鳥人間に肯定され、エスパーは組んだ手に顎を乗せて溜め息をつく。
「ともかく、ああいう顔を見せられる人が彼にいてくれて、良かったかもしれませんね」
「そうですねえ。まあ気になる事もあるんですが……」
「気になる事?」
首を傾げるエスパーへ、鳥人間は口元に翼を当てて密やかに告げた。
「最近のアユルス君、時偶ですけど、妙に綺麗なんですよね。なんででしょうね」
「……どういう事ですか、それ」
目を丸くするエスパーを尻目に鳥人間は残りの酒を流し込む。
「さあ。気の所為だとは思いますけど、そんな気が、偶に」
「何なんですかね……」
そっと脇に置いておこうにも、浮かぶ予想の存在は大きすぎた。
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