No.5

DB

お友達からはじめましょう

「最近悟飯ちゃんはその『名前さん』のことばっかりだなー」
「へ!?」
 食後の孫家。食事の後はすぐにそれぞれの部屋に篭もって一人で過ごす、なんて寂しいこと、孫家ではしないのだ。悟天を膝に乗せてテレビを見ていた悟飯は、チチの言葉に素っ頓狂な声をあげ、洗い物をしている母を振り返った。
 ブラックホール並みの胃袋を持つサイヤンハーフ×二人である。食器の量も半端ない。その半端ない洗い物を手馴れた仕草で片付け、丁度最後の一枚を拭きながら悟飯を見た。何だかその目が怖いと思うのは悟飯の気のせいではないようだ。もしかして、と恐る恐る口を開く。
「お母さん、誤解してません……?」
「誤解って、何のことだー? 別にオラは帰ってくるなり『今日は名前さんが~』なんて聞かされるの、どうとも思ってねえだぞー」
 あれから。悟飯は図書室に顔を出すたびに何となく名前の姿を探すようになり、昼食も司書室だったり、食堂で食べる時も何となく名前といるようになっていた。
「……ものすごく気にしてるじゃないですか……。
 違いますよ、名前さんは、言ったでしょう、図書委員で本が好きで、いつも面白い本を教えてくれるんですよ」
「そんなこと言って、都会の娘っこにたぶらかされてるんでねぇか?」
 名前はさすがに地元民らしく、サタンシティの本屋について詳しかった。悟飯が欲しいと言った本を、図書室から本屋から、探してすぐに見つけ出してくれる。
 何が絶版になっていて、復刻版が出ているのか、なんて。ぶっちゃけ悟飯は絶版なんて言葉も知らなかったくらいだ。
 本人は図書委員だからだ、なんて言っているけれど、余程本が好きじゃないとそこまでは出来ないはずだ。
 それに、とも思う。
 彼女は自分を呼ぶときに「悟飯」じゃなくて「孫」と、苗字を呼ぶ。それが師匠が父を呼ぶ時のものと同じで、何だかくすぐったくなるのだ。
 ファザコンの弟子馬鹿と呼ぶなかれ。父に憧れ師匠を尊敬する純粋な男心というやつなのである。多分。
 だから、
名前さんはそんな人じゃありませんよ。そりゃちょっと口が悪いとこもありますけど、根っこはいい人なんです」
「ほぉ~、なら今度連れてきてみるだ。オラがその名前さを見定めてやるべ」
「いいですよ、連れて……なに? え? お母さん?」
 ふふん、と笑う母にしてやられたことを悟る。
 別にチチとて本気で悟飯が『名前さん』に誑かされているなんて思っているわけではない。授業中に居眠りをして教師にチョークを投げられチョーク返しをしたとか、どうしても焼きそばパンが食べたくなってでも学食は売り切れだったから近所のスーパー巡りをして午後の授業に遅刻しそうになったとか、そんな武勇伝を毎日聞かされているのだ。
 ある意味では安全牌であるし、それに周囲のとんでもない人々ばかりを見て育ってきた悟飯の人物眼を疑ってもいなかった。
 だから単なる母心、ちょっとした好奇心なのである。
「悟飯ちゃんがなかなか紹介しようとしねえからだぞ。悟天ちゃんも兄ちゃんの友達見てみてぇよな」
「兄ちゃんの友達? ピッコロさんは友達じゃないの?」
「ピッコロさは悟空さの友達だ。悟飯ちゃんの友達っちゅーたら、ドラゴンだの何だの、動物ばっかりで心配してたんだ」
 ピッコロが聞けば照れのあまり魔貫光殺法でも繰り出してきそうなことをこの宇宙最強の嫁さんは事も無げに口に出す。違うだろ、とも言い難いのがなんとも微笑ましい。
「心配って……あ、でも名前さんは普通の人なんで、」
「わーかってるだ。悟天ちゃん、名前さが遊びに来ても変なこと言っちゃ駄目だぞ」
「うん!」
 どうやら名前が孫家に遊びに来る、ということは決定済みらしい。さすが押しの一手で悟空の嫁に納まっただけはある。その強引さは未だ健在ではある。が。
「そういうことじゃなくて……」
 名前がここまで来れるのか、ということなのだけれども。イレーザもびっくりするほどの距離である。悟飯達が空を飛べば二〇分で辿りつける距離とはいえ、そんな姿を見せるわけにもいかない。
 ううむ、と唸りつつも「明日誘ってくるんだぞ!」との母の言葉に頷いた翌日。
 
 
 
 
 
「すまん、無理」
 
 
 
 案の定。あっさり告げられた言葉に、悟飯は安堵しつつちょっと残念な気持ちになった。何故だかは分からないけど。
「えーと、とりあえず、お母さんへの言い訳貰えると僕が怒られずに済むんですけど……」
「……お前ちょっと怯えすぎだろどんなお袋さん……いやいい言うな。言わなくていい。
 まあ、時間と距離だな。ジェットフライヤーで五時間ってどんな距離だおい。つーかお前ホントどうやって毎日通学してんだ?」
 飛んできてます。
 なんて言えるわけがない。
「いやー、あー、知り合いの科学者さんが新しいエンジン作ったから、って、その試運転も兼ねて今までよりスピードの出せるクルマ使ってるんですよ」
 嘘八百であったが、知り合いに科学者(それもとびっきりの)がいるのは本当だし、サタンシティとの距離を考えたらそういう質問が来るのはこれまでの経験から予測済みだったので用意していた答えを口にする。
 名前は特に疑う様子もなく「そうか」と頷いた。
 ここが名前のいいところだな、と悟飯は思う。
 何か隠したがっている人には深く突っ込まない。隠したがっていることを気付いていると悟られないようにする。人によっては薄情と捉えるそれも、実際隠し事のある悟飯としては有り難かった。と言っても、名前のそんな態度を悟飯自身が気付いたわけではなく、名前の友人に教えられて初めて気付いたので偉そうなことは言えないのだが。
「お袋さんには申し訳ない、っつっといてもらえるか。流石に片道五時間の距離を日帰りで行ったり来たりは出来ねーし」
「いえ、こちらこそすいません。ほぼ初めての人間の友達ってことでお母さんはしゃいじゃって……」
「…………………」
 ふと目頭が熱くなるのを名前は横を向くことで誤魔化した。
 齢一六にして初☆人間のお友達、だなんて。田舎に住んでるからというしたってあんまりじゃあないか。
 別に悟飯が不幸な生い立ちであるというわけではないけれど(多分に波乱万丈ではあるが)、彼と彼の父親にまつわるエトセトラを知らない名前は盛大なる誤解をする。
「何かあったら言え。出来ることならするから」
「え? あ、はい。ありがとうございます」
 がっしりと肩に手を置き、真剣な瞳で語りかける名前に悟飯は素直に頷いた。勿論名前のしている誤解などには気付かずに。能天気にも「名前さんはいい人だなぁ」なんぞと喜んでいる。
「よし、苦労人のお前には特別にこれをやろう」
 名前の中で孫悟飯=何か知んないけど不幸な過去を背負った人という図式は決定事項らしい。ごそごそと鞄を漁って可愛らしくラッピングされた包みを渡す。
 悟飯の大きな手の平に置かれた包みからは甘い香りが漂っている。心なしかちょっと温かい。
「何ですこれ?」
「さっき作ったクッキーだ。今日の家庭科クッキー作りだったんだよ」
「わぁ、いいんですか? ありがとうございます」
「どういたしまして。班全員で作ったから不味くはないと思うぞ」
 無邪気に喜ぶ悟飯の姿に名前は苦笑した。クッキーでここまで喜ばれるとは思ってもみなかった。
 そんなにお菓子に飢えていたのだろうか、と誤解にますます拍車がかかっていく。実際は食べ物を貰えばなんであろうと素直に喜ぶサイヤ人なだけなのであるが。
「孫」
「はい?」
「頑張れよ」
「? はい」
 何をだろうか、と思っても何となく素直に頷いてしまう純心馬鹿ここにあり。
 名前はそれに一人満足そうに頷くと、明日は何をくれてやろうかと思案開始。
 孫悟飯餌付け計画(実行者、被行者共に無自覚)がここに始まる。

#DB #孫悟飯

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