No.23

DB

手元にチャンネルがあったなら
「あー、遅くなりまして……」
名前ちゃんお帰りなさー……どうしたのその頭!?」
 一応トイレに行くという名目で出てきたのに、かなりの時間を食ってしまいあまつさえ迎えまで寄越させてしまった。
 元の席へ戻り、真っ先にそのことを名前が謝ろうとしたのを遮ってブルマが驚愕の声を上げた。
「頭?」
「頭、って言うか髪。ぐしゃぐしゃじゃない」
 ぐしゃぐしゃな髪。で、思い当たることと言えば今の名前には一つしかない。
 しれっと後ろの席に座ろうとしているヤムチャを睨むと、てへvといった顔で笑われた。それで誤魔化しているつもりらしい。
 名前の視線でブルマたちも気付いたらしく、呆れた顔でヤムチャを見つめる。その視線に長身を縮こまらせるヤムチャの姿はどうにも憎めない。
「いいですよ、櫛ありますから」
 ため息混じりに言うとパァ、と表情を明らめた。これで悟飯の父親よりも年上だと言うのだから間違っている。というか、悟飯の知人は年齢不詳な人間が多い気がする。
「ゲンキンな奴ねぇ」
 呟くブルマもその隣で苦笑している悟飯の母・チチもだ。プーアルやウーロンは猫(?)と豚なので兎も角、亀仙人など最近は年を数えるのも面倒で覚えていないらしい。どっちにしてもスケベじじいには変わりないもの、というのはブルマの言だ。
 最も年相応なのは牛魔王とこの場にいない悟飯、悟天、トランクスくらいだ。彼らの父親は年齢不詳筆頭なので却下である。
「今頃くじ引きしてんのかしら」
「一回戦で悟空と悟飯が当たったりな」
「それだとクリリンが大喜びじゃろうの」
「セコっ」
 賑やかしく対戦表の予想をする彼らを眺めながら名前はバッグから取り出した櫛で髪を梳く。
 そう長い髪でもないので数度梳かせばすんなり元に戻る。
 その間も物問いたげなブルマの視線は丁重に無視して差し上げた。今はまだブルマの相手を出来るほど気力も体力も回復していない。
「お、対戦表出来たらしいぞ」
 ウーロンの声で掲示された対戦表に視線が集まる。
「いきなり悟空とベジータかよ」
 荒れそうだぞこりゃ。呟くヤムチャはしかしどこか楽しそうだった。
 やっぱ出たかったんじゃないだろうか。
 名前が見上げると、ヤムチャはちょっと笑って名前の頭を掴んで武舞台へと向ける。内緒、ということらしい。口止め料の代わりか、頭上からカップジュースが降りてくる。その後ストローも降りてきたので名前は素直に受け取った。人には言いたくないことも多々あるのだ。
 ジュースをズズー、と啜りながら父親の対戦相手を見て不安がるマーロンを宥め、早速始まった試合へと意識を集中させた。
 が、すぐにそんな必要も無かったと思い知る。
 こんなにあっさり終わっていいのだろうか。
 はしゃいで見上げてくるマーロンに微笑み返しながら名前は感歎の息を洩らした。
 いや驚いた。
 たった今行なわれた第一試合はクリリンの圧勝で終わった。
 言っては悪いがあまり大きくないクリリンが、あれだけの体格差があったにも関わらず、相手に手出しもさせず勝利するとは思っていなかった。
「パパすごかったねぇ」
「ああ。
 ……孫の仲間ってあんなんばっかですか?」
 無邪気に笑うマーロンに笑い返しておいて、隣に座ったブルマにこっそり質問する。
 名前の質問に、ブルマは人の悪い笑みで返答した。
 つまり、悟飯が五人いると思えばいいのだろう。ぶっちゃけ他の連中が彼らの相手になるとは思えない。先ほどだって試合にすらなっていなかったのだ。
 これでは他の試合も似たような結果だろう。
 名前は他の対戦相手へと哀れみの視線を送った。のだけれど。
「試合放棄?」
 マジュニア対シンの試合はマジュニアもといピッコロの試合放棄で幕を閉じた。
 観客だけでなく、武舞台の向こう、控え室との間に置かれた衝立の陰で悟飯たちも意外そうな顔をしているのがちらりと見えた。彼らにとってもピッコロの不戦敗は驚くべきことらしい。
「どういうことでしょう?」
「あのシンって選手がすごく強そう……には見えなかったけど」
「そもそも、そんなことで棄権するような性格じゃないじゃろ、あやつは」
 言う亀仙人に皆が頷く。名前はピッコロがどういった人物かは知らないのでそうなのかと思うしかない。
 しかしそれだと尚更今の試合結果が納得いかなかった。それは周りの人間にとっても同じことらしいが。
「何か……別の意味で荒れそうね……」
 眉を顰めて呟いたブルマの声がやけに耳に残った。
 
 
 
 
 
 
 
 咄嗟に出たとはいえ、結構いい動きをしていたと思う。
 名前は武舞台で行なわれている試合に胃をもたれさせた。その膝の上ではマーロンが少し苦しそうに動いている。しかし名前はその手をどかすことはなかったし、それを誰も咎めなかった。
 第三試合。
 ビーデルとスポなんたらという選手の試合は、始めこそビーデル有利に思われていたのだが、今は全くその逆だった。完全にビーデルが押されている。
 武舞台からは遠い所為か歓声に消されて音は聞こえないが、名前の目にはビーデルが血に塗れていく様が見えていた。
 マーロンの目はスポなんとかの首が一回転した瞬間に塞いだ。その時は手加減無しのビーデルに血の気が引いたのだが、今はそれどころじゃなかった。
 首を一回転させられて生きている人間などいない。いないのが普通だったのだが、スポなんとかはビーデルの攻撃を受け、首の骨が折れたはずで、しかし現実に生きている。そして更に今度はビーデルを甚振っている。
 これが武道会なのだろうか。人殺しなどもっての外ではないのだろうか。その為の『相手を殺してしまったら失格』という大会規定ではなかったのか。
 一際どよめきが大きくなり、ビーデルが武舞台に倒れこむ。詳しくは見えないが、その左肩が妙に下がり、腕がぶらぶらと揺れているのが分かった。
 名前は座ったまま後退りした。その背にすぐ近いところにあったヤムチャの脚が当たって後退りしていたことに気付いた。
 見ていなくてはいけないのだろうか。武道会の観戦に来たのだからこのくらいは当たり前なのだろうか。周囲がこんなに叫んでいるのも相手がビーデルだからで、これが他の選手だったら名前のように硬直なんてせずに落ち着いて観戦しているのだろうか。
 嫌だな。思った。これ以上同級生が傷つくのを見たくない。
 またビーデルが倒れこんだ。今度はここまでビーデルの叫び声が聞こえてくる。
 本当に殺されるんじゃないだろうか。そんな声……悲鳴だった。こんな悲鳴を名前は聞いたことがあった。
 
 助 け て 。
 
 助けを呼ぼうにもここにヒーローはいない。ヒーローは衝立の向こう側だ。声は届かない。
 まただ。名前は絶望する。また、自分はこうして怯えて震えているだけだ。
 しかも、今度は自分が殺されるわけでもないのに。傷ついているのは自分ではないのに。
 身動きどころか息すらも出来ないでいる。
 あれだけ五月蝿かった周囲の声すらも聞こえない。助けて欲しいと心底思った。
 この際悟飯にだなんて贅沢は言わないから、どうかここから逃がしてくれる人なら誰でもいい。身体を動けるようにしてくれるだけでいい。
 縛られているわけではない。動くなと命令されているわけではない。
 まして銃を突きつけられたわけでもないのに少しも動こうとしてくれない身体に嫌気がさし始めた時、すっと視界が暗くなった。
「あんなの武道の試合じゃないよ。あれは暴力だ」
 ゆっくりと、一つ一つの言葉を大事に話しかけてくる。
 目の周りがじんわり温かい。それでやっと視界を遮っているのが誰かの手だと気付いた。
「悪ガキが固い棒きれかなんか見つけて振り回してるようなもんだ。手に入れた力にはしゃいでるんだよ」
「……やむちゃさん……?」
「うん」
 少し固い手が熱い。
「今だけ代わり」
 誰の、なんて。ブルマもチチも試合に気を取られているが、それでもわざわざ口に出さないセンスは悪くない。
「何なら胸も貸すけど」
「そっちは結構です」
 ヤムチャの軽口を丁寧に拒否する。声が出るようになっている。
 宿り木みたいな人だ。名前は思った。
 その身を誰かに差し出すわけでなく、勝手に伸びた枝の下に名前がいただけ。通り雨が止めば好きに出て行けばいい。だから何も気にすることは無い。
 通り雨を防ぐための傘を持っていないのだから適当な所で雨宿りしても誰も咎めない。今傘を持っている人も、持っていない時にはどこかで雨宿りするのだから。
「大丈夫、死なない。悟飯が死なさない」
 知ってる。悟飯ならきっとビーデルを助ける。名前を助けたように。
 流石に恋敵といえど、その死を願うほど名前は落ちぶれていない。そもそも死に掛けている人間を助けない悟飯だったら惚れてもいない。
 だけど、はっきりと言葉にしてくれるのが嬉しくて、名前は小さく頷くだけに留めた。
 何となく、ヤムチャさんが結婚出来ない理由、分かったかもしれない。
 失礼だがしかし名前はぼんやり想像する。
 雨が上がれば宿り木は去られる。つまりそういうことだ。そこで引き止めれば今ヤムチャの隣には女の人が座っているのかもしれないが、いないのだから引き止めないのだろう。
 それでも今の自分にそれは関係ない。
 温かい手に頭を撫でられながら、名前はゆっくり深呼吸した。

#DB #孫悟飯

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