かかあ天下
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Marshmallow
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DB
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No.9
DB
か細き身体と震える肩と支える腕と
今日は厄日だったのだろうか。
運勢良し、だなんて大嘘つきめあのクソキャスター。
名前
回らぬ頭でそう毒づいた。朝の占いでは
名前
の星座は上から二番目だった。それが何の役に立つというのか。
別にキャスターが占っているわけでも
名前
が占いを信じているわけでもないのだが、所謂現実逃避というやつである。
「さっさと金を詰め込め!」
ブラウン管の向こう側だけに存在すると思っていた。なのに何故自分は今、
「逃げようなんて考えんじゃねぇぞ」
ダサい覆面男に銃を突きつけられているのだろうか。
ひくりと喉が鳴る。
捻りあげられた腕が痛い。が、そんなことを言えるような雰囲気でなし、動けばこめかみの経口からズドンと一発お見舞いされるのだろう。
足に力なんて入らない。辛うじて恐怖と根性で立っているようなもの。いっそ気絶でも出来たらよかったのだろうか。息をするのも苦しい状況。心臓発作でも起こってくれればこの場から逃れられるのかもしれない。もしもの話であるけれど。
あんまりそんな顔で見ないでくれ、と思う。人質にされているのは
名前
を筆頭に銀行員と、数名の客。
哀れみと怯えの込められた顔で見つめられていると、まるで自分が死ぬのが確定されているような気になってしまう。
早鐘を打つ心臓がまだ生きていることを教えてくれて、それだけが救いなのかもしれない。
死ぬのは嫌だ。勿論嫌だ。
まだ一六年しか生きてない。読みたい本がいっぱいあって、見たい映画も借りたCDも欲しいものも沢山ある。
何で、と泣きそうになった。
何で私が。と。
緊張しすぎて涙腺すらも固まっているけれど。
一分が一時間にも数時間にも感じられるというのはこのことだろう。本を読んでいたら一時間なんてあっという間なのに。わざわざ恐怖の時間を長引かせてくれなくてもいいのに。無駄なところで高性能な脳みそが今は憎い。
たまたまだ。たまたま冷蔵庫が空っぽで、たまたまこの銀行に来て、たまたまこの時間に強盗が現れた。
もし、
名前
が歩いて来ていたら。他の誰かが人質になっていただろうか。
もし、
名前
がやっぱり店屋物でいいと家から出なかったら。
他の誰かに銃が突きつけられていただろうか。
その誰かが人質じゃなくて良かった、などと言えるほど、
名前
は人間が出来ていなかった。むしろ今まさに代わって欲しいとすら願っている。
TVのニュースで流れる不幸に興味も持たず、「あーまたか」で済ませてきた報いなのだろうか。だとしてもこんな酷いしっぺ返ししなくたっていいじゃないか。
前途有望な学生がこんな目にあうなんて。それとも自分が世界に必要とされていないということだろうか。思って、
名前
は悲しくなった。
でも、と思った。
これが悟飯だったら。あのボケっとしてのほほんとしたお人よしで誰かに騙されても「騙されちゃいました」なんて笑って許してしまいそうな少年だったら。
何で急にこんなことを考えたのか
名前
には分からない。でも、一つだけ。思った。
孫じゃなくてマシだったかもしれない。
と。
何だかあいつはトロくさそうだから、と
名前
は思う。何か変なことしでかして、うっかり引き金を引かれてしまうかもしれない。そうなったらいつも話に出てくるお母さんも弟もこの世の終わりとばかりに悲しむだろう。どれだけ愛されて育ってきたかなんて、悟飯を見ていればすぐ分かる。
色んな大人から可愛がられて愛されて、それをまた惜しみなく誰かに分け与えるような奴だ。
だから。
この場にいるのが悟飯じゃなくてよかった、と。
名前
は心底思った。
彼がいなくなれば、悲しいから。
そう思えば、次の瞬間死んでいるかもしれないという状況も少しだけ我慢出来た。本当は今すぐにでも泣き叫びたい気分なのだけれど。それはこの銃の持ち主がさせてくれなさそうだし。
ぱんぱんに膨らんだ鞄には札束が。外では警官が拡声器で交渉中。
離せと言われて人質を解放していたのでは刑事ドラマは成り立たない。この後逃走用の車で連れられて、もしかしたら海洋生物の餌になるのかもしれない。いやでも顔は見ていないのだから、解放されるという希望も持っていいのだろうか。
こめかみから後頭部に銃が移動した。脈が速くなる。動けば引き金が引かれるかもしれない。そうすれば、
名前
を待っているのは死だろう。
死にたくないと思った。
死にたくない。
誰か。
警察。 誰でもいい。
神様がいるなら神様に祈る。
だから。
助けて。
「待て!」
頭上から聞こえてきた声に、
名前
は知らず閉じていた眼を開いた。
「ぐ、グレートサイヤマン!!」
焦った声で覆面強盗が叫ぶ。
その名前は聞いたことがあった。突如としてサタンシティに現れた正義の味方。妙なヘルメットと頓珍漢な衣装、そして赤いマントがトレードマーク。
「その人を離せ!!」
「誰が……!」
覆面男が拒絶の言葉を吐こうとした瞬間。
「……あ?」
名前
の視界は赤く染まり、遥か後方でぐぇ、とかぶべら、とかいううめき声が聞こえた。
そして消えた硬質なあの感触。それでもまだ動けない。
「怪我、ありませんか?」
問われ、ようやく赤いものの正体が彼のマントだと気付いた。頭二つほど高い所にあるヘルメットから、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえる。
青年は気遣わしげに
名前
の肩を優しく叩き、そうして吹き飛んだ男の方を向いた。
名前
もつられて恐る恐るそちらを向けば、覆面の口元に空いた穴から白いものが溢れてきている。それが泡だと気付くのにもまた数秒かかってしまった。
「しまった、手加減忘れた」
何だか物騒な呟きが聞こえた気がする。
だが
名前
には聞き返すだけの精神的余裕はなかった。
「もう大丈夫ですよ」
優しく声をかけられて、もう危険は無いのだと悟り、
名前
はその緑色の服にしがみついた。後頭部を圧迫する金属の感触も、もう感じない。
緊張しているということは、集中しているということでもあるのかもしれない。
あの、硬い金属のことを考えずにすむようになった途端、恐怖も根性もどこかへ跳んでゆき、支えを失った体がその場に崩れ落ちた。
「ど、どうしました!? 何処か怪我でも!?」
慌ててしゃがみこむ青年に、
名前
は弱々しく首を振った。
怪我は無い。怪我は無いが。
聞き覚えのあるような声に安心したのだろうか。
全身の力が抜けた時に、涙腺まで弛んだのかもしれない。
「……~~~~っ!」
声も出せずにボロボロと涙がこぼれ落ちる。人前でみっともない、と思うだけの余裕も無い。
手近な布を引っつかんで顔を隠し、とめどなく溢れてくる涙を必死で止めようとする。
止まるわけなんてなかったけれど。
死を意識したのなんて初めてだった。
死なんて遠いところにあるものだと思っていた。次の瞬間死んでいるかもしれないなんて思ったこと一度も無い。
生き物は死ぬ、と分かっていても。分かっていると言っていても。
自分がそうなったとき、死にたくないと思うだけで震えるしかなかったという現実に打ちのめされる。
普段どんなに偉そうな態度でいたって、死ぬ間際はあんなもんじゃないか。
情けないにも程がある。そんな思いがどうしようもなく涙をあふれさせる。
驚いたのはグレートサイヤマン、もとい悟飯である。
いつもの如く「悪い奴等」を懲らしめていたら、別の場所へと大急ぎで向かうパトカーの一団を見つけた。また事件か、と後を追ってみれば銀行強盗。
やれやれとばかりに様子を覗けば、その中心にいる人物を見た瞬間に理性が飛んだ。
地球人とサイヤ人の力の差はここ数週間で理解出来ていたと思っていたのだが、そんなこと考えもしなかった。気付いた時には飛び出して力任せに腕を振り上げていた。
それはいい。いいわけあるか、と誰に突っ込まれても悟飯は「当然のことをしたまでだ」と答える。それだけのことをやらかしたのだ。
犯人は災難だったが、もともとは銀行強盗などするから悪いのだ。しかも、選りにも選って
名前
を人質にするなど、言語道断というやつである。
しかも、泣かせるなんて――。
何せ今まで彼は
名前
の泣くところなんか見たことがなかった。笑った顔も、仲良くなるまでは見たことがなかったけれど、同い年にしては落ち着いているように見える(だけで実はめんどくさがりなだけだが)
名前
の泣く姿を目撃してしまうとは。
名前
が泣くのは嫌だった。
母が泣くのも、弟が泣くのも嫌だけれど。でも、それとは何か違っている。どこがどう違うのかなんて聞かれても、今は上手く答えられないけれども。
もやもやと、わけの分からない苛立ちに、あと数発殴っておけばよかっただろうかなんて、危険な考えすら浮かんでしまう。
これが弟だったなら。泣き止ませる方法も、笑わせる方法も知っているというのに。
同じ年頃の女の子という存在に、悟飯はどうも弱かった。
しかも生きるか死ぬか、という状況に何度も晒され続けてきた悟飯にとって、初めて死を意識した瞬間というのは遠い過去の出来事である。ここ数年は平和そのものであるし、忘れかけている。それにそんな状況を味あわせてくれた人は今は大好きな師匠。経験が全く役に立たない。
悟飯はどうすれば
名前
が泣き止むのか分からなかった。
ああでもない、こうでもない、もしもっと泣かせてしまったら、と考えているうちにざわめきが大きくなった。
事態が収束したのを感じとった警官が入ってこようとしているらしい。しかも野次馬も増えてきた。このままでは非常にまずい。
「あ、あの、え~と……失礼します!」
悟飯はええいままよ! と
名前
の体を抱き上げた。
そしてそのまま、ふわりと空へ舞い上がる。
名前
は慌てて目の前の正義の味方にしがみついた。彼女は飛べない。
悟飯とてそれは分かっているのでしっかりと落ちないように身体を支える。
その時触れた
名前
の肩に、悟飯は力いっぱい驚いた。そりゃもう天変地異の前触れか、ってなもんである。
細い。
兎に角細い。そして柔らかい。
父や師匠と比べるのが非常識だという程度の認識は持っている悟飯だが、母と比べてもまだ幾分差があるだろうその体に、自分との差異をようやっと理解する。
地球人とサイヤ人、ということではなくて――女と男という性の違いを。
名前
は女だったとようやく芯から理解した。それも、強く逞しい己の母ではなく、未だ未成熟の少女。
力では勿論悟飯に敵うわけもないのだけれど、それでも何処からその強さが湧いてくるのだろうというような頼りがいのある母とは全く違う。
悟飯が少し力を込めれば、こんなに小さい身体、ばらばらに砕けてしまうんじゃないかというほどに。こんなに頼りなくて危うい存在だとは思わなかった。
そんな少女を泣かせたのかと思うと、再び強盗への怒りがふつふつと湧いてくる。
悪いことをする奴は許せないと思うけれど、それ以上に。
名前
を泣かせたことに一番腹が立った。
やっぱりあと数発殴っておくべきだった。けれどそれは悟飯の怒りであって、
名前
の思いではない。
当の
名前
は浮かぶ己と近い位置にある空とに涙も忘れて赤く腫れた目を見開いている。
漸く止まった涙に安心して、悟飯は声を出さずに笑った。
胸の中で震える
名前
に少しドキドキしたけれど、やっぱり泣かないでいて欲しいから。
しがみ付く
名前
の体温に、支える腕にほんのちょこっと力を込めた。
#DB
#孫悟飯
2025.1.27
No.9
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運勢良し、だなんて大嘘つきめあのクソキャスター。
名前回らぬ頭でそう毒づいた。朝の占いでは名前の星座は上から二番目だった。それが何の役に立つというのか。
別にキャスターが占っているわけでも名前が占いを信じているわけでもないのだが、所謂現実逃避というやつである。
「さっさと金を詰め込め!」
ブラウン管の向こう側だけに存在すると思っていた。なのに何故自分は今、
「逃げようなんて考えんじゃねぇぞ」
ダサい覆面男に銃を突きつけられているのだろうか。
ひくりと喉が鳴る。
捻りあげられた腕が痛い。が、そんなことを言えるような雰囲気でなし、動けばこめかみの経口からズドンと一発お見舞いされるのだろう。
足に力なんて入らない。辛うじて恐怖と根性で立っているようなもの。いっそ気絶でも出来たらよかったのだろうか。息をするのも苦しい状況。心臓発作でも起こってくれればこの場から逃れられるのかもしれない。もしもの話であるけれど。
あんまりそんな顔で見ないでくれ、と思う。人質にされているのは名前を筆頭に銀行員と、数名の客。
哀れみと怯えの込められた顔で見つめられていると、まるで自分が死ぬのが確定されているような気になってしまう。
早鐘を打つ心臓がまだ生きていることを教えてくれて、それだけが救いなのかもしれない。
死ぬのは嫌だ。勿論嫌だ。
まだ一六年しか生きてない。読みたい本がいっぱいあって、見たい映画も借りたCDも欲しいものも沢山ある。
何で、と泣きそうになった。
何で私が。と。
緊張しすぎて涙腺すらも固まっているけれど。
一分が一時間にも数時間にも感じられるというのはこのことだろう。本を読んでいたら一時間なんてあっという間なのに。わざわざ恐怖の時間を長引かせてくれなくてもいいのに。無駄なところで高性能な脳みそが今は憎い。
たまたまだ。たまたま冷蔵庫が空っぽで、たまたまこの銀行に来て、たまたまこの時間に強盗が現れた。
もし、名前が歩いて来ていたら。他の誰かが人質になっていただろうか。
もし、名前がやっぱり店屋物でいいと家から出なかったら。
他の誰かに銃が突きつけられていただろうか。
その誰かが人質じゃなくて良かった、などと言えるほど、名前は人間が出来ていなかった。むしろ今まさに代わって欲しいとすら願っている。
TVのニュースで流れる不幸に興味も持たず、「あーまたか」で済ませてきた報いなのだろうか。だとしてもこんな酷いしっぺ返ししなくたっていいじゃないか。
前途有望な学生がこんな目にあうなんて。それとも自分が世界に必要とされていないということだろうか。思って、名前は悲しくなった。
でも、と思った。
これが悟飯だったら。あのボケっとしてのほほんとしたお人よしで誰かに騙されても「騙されちゃいました」なんて笑って許してしまいそうな少年だったら。
何で急にこんなことを考えたのか名前には分からない。でも、一つだけ。思った。
孫じゃなくてマシだったかもしれない。
と。
何だかあいつはトロくさそうだから、と名前は思う。何か変なことしでかして、うっかり引き金を引かれてしまうかもしれない。そうなったらいつも話に出てくるお母さんも弟もこの世の終わりとばかりに悲しむだろう。どれだけ愛されて育ってきたかなんて、悟飯を見ていればすぐ分かる。
色んな大人から可愛がられて愛されて、それをまた惜しみなく誰かに分け与えるような奴だ。
だから。
この場にいるのが悟飯じゃなくてよかった、と。名前は心底思った。
彼がいなくなれば、悲しいから。
そう思えば、次の瞬間死んでいるかもしれないという状況も少しだけ我慢出来た。本当は今すぐにでも泣き叫びたい気分なのだけれど。それはこの銃の持ち主がさせてくれなさそうだし。
ぱんぱんに膨らんだ鞄には札束が。外では警官が拡声器で交渉中。
離せと言われて人質を解放していたのでは刑事ドラマは成り立たない。この後逃走用の車で連れられて、もしかしたら海洋生物の餌になるのかもしれない。いやでも顔は見ていないのだから、解放されるという希望も持っていいのだろうか。
こめかみから後頭部に銃が移動した。脈が速くなる。動けば引き金が引かれるかもしれない。そうすれば、名前を待っているのは死だろう。
死にたくないと思った。
死にたくない。
誰か。
警察。 誰でもいい。
神様がいるなら神様に祈る。
だから。
助けて。
「待て!」
頭上から聞こえてきた声に、名前は知らず閉じていた眼を開いた。
「ぐ、グレートサイヤマン!!」
焦った声で覆面強盗が叫ぶ。
その名前は聞いたことがあった。突如としてサタンシティに現れた正義の味方。妙なヘルメットと頓珍漢な衣装、そして赤いマントがトレードマーク。
「その人を離せ!!」
「誰が……!」
覆面男が拒絶の言葉を吐こうとした瞬間。
「……あ?」
名前の視界は赤く染まり、遥か後方でぐぇ、とかぶべら、とかいううめき声が聞こえた。
そして消えた硬質なあの感触。それでもまだ動けない。
「怪我、ありませんか?」
問われ、ようやく赤いものの正体が彼のマントだと気付いた。頭二つほど高い所にあるヘルメットから、どこかで聞いたことのあるような声が聞こえる。
青年は気遣わしげに名前の肩を優しく叩き、そうして吹き飛んだ男の方を向いた。
名前もつられて恐る恐るそちらを向けば、覆面の口元に空いた穴から白いものが溢れてきている。それが泡だと気付くのにもまた数秒かかってしまった。
「しまった、手加減忘れた」
何だか物騒な呟きが聞こえた気がする。
だが名前には聞き返すだけの精神的余裕はなかった。
「もう大丈夫ですよ」
優しく声をかけられて、もう危険は無いのだと悟り、名前はその緑色の服にしがみついた。後頭部を圧迫する金属の感触も、もう感じない。
緊張しているということは、集中しているということでもあるのかもしれない。
あの、硬い金属のことを考えずにすむようになった途端、恐怖も根性もどこかへ跳んでゆき、支えを失った体がその場に崩れ落ちた。
「ど、どうしました!? 何処か怪我でも!?」
慌ててしゃがみこむ青年に、名前は弱々しく首を振った。
怪我は無い。怪我は無いが。
聞き覚えのあるような声に安心したのだろうか。
全身の力が抜けた時に、涙腺まで弛んだのかもしれない。
「……~~~~っ!」
声も出せずにボロボロと涙がこぼれ落ちる。人前でみっともない、と思うだけの余裕も無い。
手近な布を引っつかんで顔を隠し、とめどなく溢れてくる涙を必死で止めようとする。
止まるわけなんてなかったけれど。
死を意識したのなんて初めてだった。
死なんて遠いところにあるものだと思っていた。次の瞬間死んでいるかもしれないなんて思ったこと一度も無い。
生き物は死ぬ、と分かっていても。分かっていると言っていても。
自分がそうなったとき、死にたくないと思うだけで震えるしかなかったという現実に打ちのめされる。
普段どんなに偉そうな態度でいたって、死ぬ間際はあんなもんじゃないか。
情けないにも程がある。そんな思いがどうしようもなく涙をあふれさせる。
驚いたのはグレートサイヤマン、もとい悟飯である。
いつもの如く「悪い奴等」を懲らしめていたら、別の場所へと大急ぎで向かうパトカーの一団を見つけた。また事件か、と後を追ってみれば銀行強盗。
やれやれとばかりに様子を覗けば、その中心にいる人物を見た瞬間に理性が飛んだ。
地球人とサイヤ人の力の差はここ数週間で理解出来ていたと思っていたのだが、そんなこと考えもしなかった。気付いた時には飛び出して力任せに腕を振り上げていた。
それはいい。いいわけあるか、と誰に突っ込まれても悟飯は「当然のことをしたまでだ」と答える。それだけのことをやらかしたのだ。
犯人は災難だったが、もともとは銀行強盗などするから悪いのだ。しかも、選りにも選って名前を人質にするなど、言語道断というやつである。
しかも、泣かせるなんて――。
何せ今まで彼は名前の泣くところなんか見たことがなかった。笑った顔も、仲良くなるまでは見たことがなかったけれど、同い年にしては落ち着いているように見える(だけで実はめんどくさがりなだけだが)名前の泣く姿を目撃してしまうとは。
名前が泣くのは嫌だった。
母が泣くのも、弟が泣くのも嫌だけれど。でも、それとは何か違っている。どこがどう違うのかなんて聞かれても、今は上手く答えられないけれども。
もやもやと、わけの分からない苛立ちに、あと数発殴っておけばよかっただろうかなんて、危険な考えすら浮かんでしまう。
これが弟だったなら。泣き止ませる方法も、笑わせる方法も知っているというのに。
同じ年頃の女の子という存在に、悟飯はどうも弱かった。
しかも生きるか死ぬか、という状況に何度も晒され続けてきた悟飯にとって、初めて死を意識した瞬間というのは遠い過去の出来事である。ここ数年は平和そのものであるし、忘れかけている。それにそんな状況を味あわせてくれた人は今は大好きな師匠。経験が全く役に立たない。
悟飯はどうすれば名前が泣き止むのか分からなかった。
ああでもない、こうでもない、もしもっと泣かせてしまったら、と考えているうちにざわめきが大きくなった。
事態が収束したのを感じとった警官が入ってこようとしているらしい。しかも野次馬も増えてきた。このままでは非常にまずい。
「あ、あの、え~と……失礼します!」
悟飯はええいままよ! と名前の体を抱き上げた。
そしてそのまま、ふわりと空へ舞い上がる。
名前は慌てて目の前の正義の味方にしがみついた。彼女は飛べない。
悟飯とてそれは分かっているのでしっかりと落ちないように身体を支える。
その時触れた名前の肩に、悟飯は力いっぱい驚いた。そりゃもう天変地異の前触れか、ってなもんである。
細い。
兎に角細い。そして柔らかい。
父や師匠と比べるのが非常識だという程度の認識は持っている悟飯だが、母と比べてもまだ幾分差があるだろうその体に、自分との差異をようやっと理解する。
地球人とサイヤ人、ということではなくて――女と男という性の違いを。
名前は女だったとようやく芯から理解した。それも、強く逞しい己の母ではなく、未だ未成熟の少女。
力では勿論悟飯に敵うわけもないのだけれど、それでも何処からその強さが湧いてくるのだろうというような頼りがいのある母とは全く違う。
悟飯が少し力を込めれば、こんなに小さい身体、ばらばらに砕けてしまうんじゃないかというほどに。こんなに頼りなくて危うい存在だとは思わなかった。
そんな少女を泣かせたのかと思うと、再び強盗への怒りがふつふつと湧いてくる。
悪いことをする奴は許せないと思うけれど、それ以上に。
名前を泣かせたことに一番腹が立った。
やっぱりあと数発殴っておくべきだった。けれどそれは悟飯の怒りであって、名前の思いではない。
当の名前は浮かぶ己と近い位置にある空とに涙も忘れて赤く腫れた目を見開いている。
漸く止まった涙に安心して、悟飯は声を出さずに笑った。
胸の中で震える名前に少しドキドキしたけれど、やっぱり泣かないでいて欲しいから。
しがみ付く名前の体温に、支える腕にほんのちょこっと力を込めた。
#DB #孫悟飯