No.33

DB

くるっと回ってまた始まる
 むやみやたらと食事を摂らせようとするビーデルと悟飯を蹴散らして、名前は漸く人心地ついていた。
 ビーデルは父親となにやら話し込んでいるし、悟飯も緑色の師匠と談笑中。名前の隣ではデンデが美味しい山麓の水を飲んでいる。デンデ曰くピッコロがわざわざ雪解け水を汲んできてくれたらしい。子煩悩な父親並である。
「あの、名前さんは悟飯さんの『恋人』さんなんですか?」
 ぶぴゅ。
 唐突に問われた事柄に、名前は湯飲みに口付けた姿勢のまま豪快にほうじ茶を噴出した。
 さっと視線を走らせる。ピッコロと話しこんでいるらしい悟飯はこちらに気付いた様子はない。
 ポケットからハンカチを取り出し、零したほうじ茶をふき取って、じぃっと自分を見つめるデンデへと向き直った。
「……いきなり何事?」
 前置き無しに飛び出した爆弾発言に名前はこくんと首をかしげた。
「え、と、あの、僕とピッコロさんはナメック星人です」
 うん。名前は頷いた。地球外生命体が目の前に存在するという事実には驚いたものの、宇宙は地球人だけのものじゃない。地球以外に生命体がいたって不思議ではないさ、と常から考えていた名前としては、こんな人種(?)もいるのだろうと納得していた。
「僕たちは雌雄同体、って言うんでしょうか。子供が増える時は、最長老様が卵を産むんです」
「それで、何でいきなり『恋人』?」
 名前はちょっと声を落として聞いてみた。いや、何となく。悟飯に聞かれると気まずい気がして。
 デンデはちょっと恥ずかしそうに視線を下げて、実は、と話し出した。
「『恋』っていうのは、男の人と女の人がするものだって聞いたんです。えーと、たまに男の人と男の人だったり、女の人と女の人っていうのも。でも、僕たちはそういうのがなくて、だから『恋』ってよく分からないんです」
 地球の神様としてそれはまずい、と思ったという。
 しかし神殿にいるのはピッコロとミスターポポ。ピッコロは同族だし、ミスターポポはよく分からない。
 かといって悟飯に聞こうにも『えー僕もよくわかんないよ、ごめんね』と返される始末。今はどうか分からないが。
 悟飯以外で仲良しさん、といえばクリリンだが、たまに一八号との間を相談に来たりはしていたのだが、それでも曖昧抽象的な発現ばかりで気付けば結婚していたり。クリリンとしてはちゃんと手順を踏んだんだ、と言いたいところだろうが、デンデにとっては男女のことは摩訶不思議アドベンチャー。分からないことだらけなのだ。
「なるほど。残念だけど、私は孫の恋人じゃないな。………友人だ」
 ぽつりと付け足した最後の言葉に、デンデは成長するにつれてピッコロそっくりになっていった目をぱちくりさせた。
「悟飯さんは名前さんのことが好きなように見えますけど……」
「うん、まあ。でも、『僕のこと好きですか?』って聞いてみな。『好きだよ』って答えるから」
 すぐさま切り返されて、デンデはうむむ、と唸った。確かにそうだ。
「地球の人はいっぱい『好き』を持ってらっしゃるんですね」
「それだけ分かりゃ充分だろ」
 名前は「この話はお仕舞い」と手を振った。
 デンデは納得いったわけではないけれど、触れて欲しくなさそうな話題を無理やり続けるような性格には生まれついていない。一度名前の顔を見つめ、そうですねと頷いた。それで本当にお仕舞いである。
「つーか、そろそろ帰らないとな」
「え、名前さんもう帰っちゃうんですか?」
 椅子の背もたれに身体を預けながら名前が呟く。それを耳ざとく捉えた悟飯が光の速さで聞き返した。師匠譲りの地獄耳である。
「親も心配してるかもだしな」
「……そっか……そうですよね」
 親のことを言われると悟飯は弱い。悟飯の声に反応して視線を向けていたビーデルもちらりと隣のアフロヘッドを見、肩をすくめた。
 この場で未成年者ながら保護者がいないのは名前のみだ。トランクスも、悟天も、悟飯も、ビーデルも、両親が揃っている。マーロンは言わずもがな、だ。
「あ、じゃあ僕が送って行きますよ。前にも一回行ったことありますから」
「二回な」
 グレートサイヤマンが一回。孫悟飯が一回。名前の家の前に立った。
 地味に訂正する名前に悟飯は頭をかいてあは、と笑う。これから何回行けるのかな、と思いつつ。
「荷物は……特にないですよね」
「あぁ、武道会場にも大したもん持ってってなかったし」
 ポケットに財布とチケットを突っ込んで、殆ど手ぶらで行ったようなものだ。ハンカチとティッシュはいつも着ているジャケットに常に突っ込んで出かけている。
「じゃあ行きましょうか」
 言って、悟飯が腕を広げる。
 
 名前はそっと笑って右手を握り締めた。
 
 
 
 
 いやもうほんとごめんなさい。
 平謝りする悟飯の姿に古馴染み達は「ああ、親子だなぁ」とちょっぴり遠い目をした。当の親父はけたけた笑って「いいパンチだったなぁ」とか何とか嫁さんと頷き合っているが。
「鋼の腹筋……」
 真っ赤になった右手を擦りながら名前が呟く。照れ隠しには大きすぎる代償だと思うのだが、今更言っても仕方ない。
 ちょっとばかし涙目になった彼女を悟飯は痛ましそうに見つめた。
 油断した。完全に。相手が名前だということは分かっていたのだから、力を抜いているべきだったのだ。なのに、癖で反射的に腹筋に力を入れてしまった。
 結果、見事に鳩尾を捕らえた名前の右手は鋼鉄の筋肉に弾かれ、ばきょん、という軽快な音を立てた。
 そういえば昔、スーパーサイヤ人になったばかりのお父さんもお母さんに似たようなことをしてたなぁ、と古馴染み達と同じ事をぼんやり考える。強くなりすぎた力の加減が分からず、チチの背中を軽く叩いたつもりが家の壁を突き抜けたのも今ではいい思い出……なのかもしれない。
 しかしおかしい、とも思う。
 悟飯は長年チチという一般人(と書いて地球人と読む)と暮らしている。色々と非常識な父親よりは加減の仕方も知っていると自負していた。それは潜在能力を引き出した後でも、だ。
 要するに。
 気付いた事実に悟飯は一瞬にして身体を強張らせた。
 そして未だ痛がる名前を抱え上げ、「それじゃ出発!」と悟飯の勢いに唖然とする面々を無視して神殿から飛び立った。
 残された方々は何事か、と悟飯の背を見つめるが、一瞬にして空の彼方。サタンシティへと消えている。
 そういや帰る方向同じじゃないか、とビーデルが気付いたのと、そういやさよならも言えなかったじゃないか、とトランクスが気付いたのは同時。
 きっと悟飯は暫く帰ってこないんだろうなぁ、と予想というより確定事項としてその場の全員が捉えたのも同時だった。
 
 
 
 
 
 平謝りセカンドステージ。
 何となく頭に浮かんだその単語を悟飯は慌てて振り払った。
 先ほどの右手は名前の自業自得という部分もあったので名前も取り立てて何か言うこともなかったのだが。
 現在名前がげほぐほ咽ているのは確実に悟飯の所為だった。
 空気熱、とか。血中酸素、とか。そういった諸々を無視した異常人の繰り出すスピードに、名前のような一般人がついていけるはずもなく。
 目を回しながら呼吸困難に陥った名前の背中を必死で撫ぜ、悟飯は何度も「ごめんなさい」を繰り返した。
 気付いたのが早かったのは不幸中の幸いだ。
 もがいていたはずの名前の腕がぐったりしたところで悟飯は慌てて地面に降りた。意識までは失っていなかったから、パオズ山育ちの野生の勘で見つけた小川の側に、名前の身体を横たえた。
 そして一気に酸素を吸い込もうとした名前が咳き込み、平謝りがスタートしたのだった。
「ぅげふ……っあー、生きてる」
 咳きと一緒に飛んだ涎を手の甲で拭いながら、漸く名前が人間の言葉を話した。それまではずっと咳きとうめき声のみだったのだ。
「お前なぁ、……いやいい、なんでもない」
 さすがに不満を洩らそうとした名前だが、悟飯の顔を見て言葉を封じ込めた。責められることを覚悟していた悟飯は少し首を傾げる。しかし名前は何も言わず、小川で顔を洗ってハンカチで拭き出した。
 何せあまりにも悲壮感漂うその表情は、少しでも責めたら途端に泣き出してしまいそうだったので。
 泣き虫悟飯ちゃん、健在。
 悟飯は名前に気を使わせてしまい、がっくりと項垂れた。視線の先では名前が髪についた水滴をぷるぷる首を振って飛ばしている。
 その姿を可愛いな、と見つめつつ、どうも名前の前では気が緩んでしまうらしい自分を悟飯は自覚した。いや、していた。
 普段は丁寧に、神経質なまでに他人との距離、力加減を測っている。そして名前に対してはそれに輪をかけている。つもりだったのだけれど。 名前の側だと気を張っているつもりが、いつの間にか緩んでいる。常温で溶けるチョコレートみたいに。
 甘やかされてる。
 悟飯は背を向けたままの名前に膝立ちで近付いた。名前が振り向く。ぺしん、と額をはたかれた。
 ほら。
 苦笑する名前を見ながら悟飯は眉を下げる。今もまた。
 言われて当然の文句すら封じ込めさせて、逆に心配までさせている。
「ごめんなさい」
 それしか言えない自分が悔しい。本当はもっと言うべきことがある筈なのに。編入試験満点の経験も今この場で何の役にも立たない。
「もういいって。ほらあれだ、力加減とか、難しいんだろ」
 ぺしぺし額を叩かれる。違う、本当は出来ている。ただ、貴方と居る時だけ上手くいかないんだと。言いたいけれど、喉が詰まって上手く言葉が出てこない。
 緩やかに首を振る。名前がため息をついたのが聞こえた。
 しかし罵声も怒声も聞こえてこず。ただ、悟飯のこめかみに優しい感触だけが。
「次から気をつけてくれればいいだろ」
 次があるかは分からないけれど。言う名前に悟飯は勢いよく詰め寄った。
「……っはい! 今度名前さんを運ぶ時は絶対もっとずっと丁寧に動きます!」
「いや、別に運んでもらうような事態は起きない方がいいんだがな」
 また魔人ブゥみたいなのが出てこられても困る。とても困る。ものすごく困る。
 しかし悟飯は名前の発言を都合よく解釈し、次こそは! と無駄に妄想逞しく決意する。
 次はないほうがいいと言っている当人の意思もお構い無し。名前はあまりにもパッショナブルな悟飯の姿に途中でどうでもよくなったのかため息一つで諦めた。
 
 
 
 
 
「じゃ、また学校で」
「はい。……学校で」
 名前の家の前。
 今度こそ低速飛行で安全にサタンシティまで名前を送り届け、悟飯は名残惜しそうに手を振り返す。
 また学校で毎日会えると思えば嬉しいのだが、とんでもない事件が漸く一段落した途端に日常に返るのも中々難しい。例えるならば体育祭の準備で大忙しだったのに、終わった途端に遣り遂げた感と脱力感に苛まれるあの感覚だ。現実は体育祭のように平和なものではないけれど。
「あ、そうだ」
「はい?」
「好きな果物、持って来いよ」
「果物……?」
 悟飯は首を傾げた。果物がどうしたのだろうか。
「お前が言ったんだろ、パオズ山の」
 微かに眉を上げた名前がぶっきらぼうに言う。パオズ山、で思い出した。というか、名前が覚えていてくれたことに感動した。
「はい! フルーツケーキ、ですよね。でもいいんですか?」
「何が」
「優勝、って条件でしょう」
 優勝したら、パオズ山の果物を使ったフルーツケーキを、名前が、悟飯に。そういう約束だった。
 しかし名前は声に出さずに笑って見せた。あれだけボロボロになった武道会で優勝も何もあったもんじゃないだろうに。
 クソ真面目なところは嫌いじゃないけれど。名前は思った。
「一等賞だよ、お前」
 私の中で。とは言わずに。
 あまりにも自然に現れた名前の笑顔に悟飯は呆けた。誰が見てもそうと分かる名前の笑顔は真実貴重だから。
 しかし悟飯の沈黙を誤解したのか、名前はすぐにその笑みを消す。
「頑張ったで賞がよかったならそっちにするけど」
「いえ! 一等賞で! 名前さんの一等賞がいいです!」
 慌てて名前に縋る悟飯の姿は到底魔人ブゥを一時とはいえ甚振っていた人間とは思えない。しかし名前にはこちらの姿の方が馴染み深い。それに気合を入れなければ見ることが出来ないあんな姿より、余程自然体だと思っている。
「あんま殻とか皮が剥きにくいのは持ってくんなよ」
「はいっ」
 元気よく頷く。
 貰えないと思っていた、約束自体忘れかけていたご褒美に悟飯は心臓が騒ぎ出すのを感じた。
 名前といれば何度でも同じ感覚が味わえるんじゃないだろうか。そんなことを考える。
名前さん、楽しみにしてますね!」
「いやあんまり期待されても困るけど……ま、学校でな」
「はい、学校で!」
 先ほどと同じ会話なのに、今は楽しくて仕方ない。玄関の扉をくぐる名前の背を見つめ、明日が楽しみだと、もう一度思った。
 そういえば編入日も似たような気持ちだったかもしれない。今の方がもっとずっと楽しみの度合いは大きいのは確実だけれど。
 早く明日にならないかな。
 世の学生さんの敵のような台詞を呟いて、悟飯は一目散にパオズ山へと飛び立った。
 
 
 神殿に両親と弟を置いてきたことに気付くのは、未だ熟してもいない果実の目星をつけていた悟飯の目の前に当の家族が現れてからだった。

#DB #孫悟飯

back