No.28

DB

不完全燃焼キャットファイト
「うちのトランクスなんてどうよ」
「いやどうよっつわれても」
 名前は微かに困った顔をした。
 チビたちの分を作り終えた後、大人たちの分も、といって名前の作った料理を舌鼓を打ちながら全員で食べている最中。
 口にスプーンをくわえたままブルマが提案らしきものをした。
「うちの子はあたし譲りで顔もいいし頭もいいし父親譲りでプライド高いけどまだ許容範囲だろうし、うちにお嫁さんに来ればお金持ちだから働かずに済むわよ」
「そりゃ魅力的な提案ですけどね」
 働かずに済む、の所で多少は反応を見せた名前だが、それでも首を斜めにした。ブルマの話が見えない。
 慣れっこらしいヤムチャは黙々と口を動かしている。彼女が突拍子も無いことを言い出すのはいつものことらしい。
「そしたら私に毎日料理作ってね」
「ブルマさんの為にですか」
「そうよ。あ、別にあいつ等にはいいわよ。どうせ味より量なんだから」
 トランクスが聞けば「パパと一緒にしないでくれ」と言うだろう。ベジータが聞けば「お前の料理に慣れていればどんなメシでも美味く感じる」くらいは言うかもしれない。
 どちらにしても今この場に二人はいないのだから文句を言う人間もいなかったが。
「残念ながら犯罪者になるつもりはありませんから」
「えー、名前ちゃん今十六でしょう。トランクスは八つだから……ちょうど八歳違うのか。いいじゃない、愛に年の差なんて」
「それは愛があること前提じゃないですか」
「……トランクスのこと愛してない?」
「愛してません」
 きっぱりと告げる。
 えー、と不満そうな声を上げるブルマの横で、チチがほっと胸を撫で下ろした。
 そんなこと有り得ないとは思っているが、万に一つでもここで名前に頷かれたならば息子が哀れでたまらない。たとえそれが冗談だったとしても、だ。
「じゃあ私洗い物してくるんで」
 未だぶつくさ言っているブルマを受け流し、名前はそそくさと逃げ出す。こういった話は苦手なのだ。
 軽く受け流せたならいいのだが、聞かなかったことにするくらいしか出来ない。誰にだって得手不得手はある。
 ひょい、とちびっこ二人の様子を覗けば丁度最後の一口を咀嚼しているところだった。名前に気付いたトランクスがあぐあぐと必死で噛み締め、飲み込んでから手を振った。一応お坊ちゃま、テーブルマナーは通り一遍仕込まれているらしい。
名前姉ちゃーん。ごちそうさま」
「あいよ。腹は膨れたか?」
「うん、美味しかったよ」
 悟天も口を空っぽにしてにっこり笑う。
 やっぱ兄弟だ。
 名前はこの場にいないすっとこどっこいの童顔男を思い浮かべた。ごちそうさま、の後に必ず見せる笑顔。兄弟と言うのはここまで似るのか。
 悟天を見ていると、悟飯に会いたくなるから困るのだ。
 そして会いたいと思ってもすぐに会える状況でないのが一番困るのだが。
 思いを振り払うように腕を伸ばし、空になった皿を重ねていく。トランクスが名前に倣って皿を重ねだし、それを真似して悟天も続く。
 ずっとトランクスたちの側にいたデンデはクスクス笑った。
 鴨の親子を見ているようだ。親子なんて年の差はないけれど。
 さっさと修行だ、なんて言うかと思ったピッコロは三人の姿を見ているだけ。もしかしたら癒されているのかもしれない、とデンデは思った。自分と同じように。
 それとも、過去を思い出しているのだろうか。
 同じ服が欲しい、とねだった弟子に、未だかつて見せたことの無い笑顔でそっくりな服を与えた同胞をデンデはよく覚えている。
 表情は違うけれど、纏う雰囲気は微妙に同じ。
 皿を一度カートに乗せて、乗らなかった分をトランクスと悟天が半分こにして持つ。名前がカートを押してその後にちびっ子が続く姿は鴨の親子そのまま。
 三人の姿が見えなくなってから、デンデはピッコロに微笑みかけた。
「可愛かったですね」
「……どこがだ」
名前さんと、トランクスさんと悟天さんですよ」
 見透かしたデンデの言葉にピッコロはフンと鼻を鳴らした。否定はない。
 ピッコロはどうもこの年下の同胞に弱いのだ。自分の中のネイルがそうさせているのかもしれないが、ピッコロ自身もまたデンデを愛しいと思う。思うが故に結局ため息一つでその可愛らしい声を肯定してしまうのだ。
 しかし元神の威厳を守るためにもここで情けないところを見せている場合ではない。
「おいガキども! 戻ったらすぐに修行だ!」
 はーい、とユニゾンで返って来る素直な返事に、デンデがもう一度朗らかに笑った。
 
 
 
 
 食器の擦れる音がする。人によってはこの音が嫌いだったり苦手だったりするらしいが、名前にとっては別段どうということもなく。
 洗っては水に浸け、洗っては水に浸け。その繰り返し。
 ミスターポポは自分がやると言っていたけれど、それを断ったのは名前だ。
 動いていたかった。家では面倒がって親にまかせっきりな洗い物も、気を晴らすには丁度いい。特にこういった単調作業は。
 暫く何も考えずに手を動かしていたら、後ろの方で扉の開く音が聞こえた。食器と水の音しかしないこの部屋では小さな音も結構響く。
「私も手伝うわ」
 名前が振り向くと、ビーデルが腕捲りをしながら歩いてきた。
 名前は無言で半歩横にずれてスペースを空ける。そこに滑り込んでビーデルもスポンジ片手に皿洗いを始めた。
 二人になっても部屋に響く音は変わらない。水と、陶器の触れ合う音だけ。
「……」
「……」
 気まずい。
 ビーデルは冷や汗を流した。
 名前と話したことはあまりない。今日もこんなことがなければ一日一緒にいるなんてことはなかっただろう。
 悟飯が、名前を好きなんだろうなー、とは思う。あれだけ態度に出していて気付かない方が可笑しい。それはビーデルにとってかなり悔しかったり悲しかったりする現実だ。
 しかし名前が悟飯を好きかというと、どうも分かり辛い。
 好意を持っているのだろう、とは分かる。だがそれがどういった類のものなのかが分からない。
 だからこそビーデルも戸惑っているのだ。
 竹を手刀で半分に割ったような性格のビーデルとしては手も足も出ず非常にもどかしい。
 名前とビーデル共通の話題といったら悟飯くらいしかないのだが、この状況では悟飯の名前も出しにくい。
 どうしたものかと躊躇していると、名前がぽつりと呟いた。
「メシ、食ったのか」
「え、えぇ、美味しかったわよ。ねぇ、いつも作ってるの?」
「親と交代で。作りたがるのは親父だけど」
「悟飯君がいつも食べてるお菓子も?」
 何の気なしに出た言葉に名前の手が一瞬止まった。気がした。
 ビーデルは慌てて口を塞ごうとするが、流石に泡まみれの手でそんなことは出来ない。
「そうだ」
 最後の一枚を洗いながら名前が肯定した。別段気にしている様子も無い。
 泡を流して手を洗い、スポンジの代わりに布巾を持つ。濡れた皿の水をふき取りながら重ねていく。
「お前も食うか?
 今は材料が無いから無理だけど」
 材料が無いだなんて嘘だ。ポポに頼めば出してくれる。
「そうね……家に帰ったら。お願いするわ」
 魔人ブゥに破壊されてばかりの地球だけれど、数ヵ月後には元に戻ると信じている。ビーデルも、名前も。
 だから、数日後に果される約束で充分なのだ。その頃には名前は自宅で有り余る薄力粉と砂糖を減らし、ビーデルは学校で美味しいお菓子にありつく。
 お互いに、そうであればいいと思っている。
「甘いもん平気だよな」
「甘いものが嫌いな女の子が何処にいるのよ」
「いるかもしれんだろ」
「少なくともあんたの目の前にはいないわよ」
 成る程そりゃそうだ。名前は頷いた。
「甘いものが苦手だったら辛いお菓子でも作ろうかと思ったんだが」
「辛いお菓子って?」
「ポテチとか」
 お菓子だろう?
 お菓子だわね。
 二人見つめあい、数拍後同時にくすりと噴出した。
「辛いお菓子も好きよ、わたし」
「お前は食いしん坊万歳か」
「パイナップルなんて好きかしら」
「それはリクエストか? 暗にリクエストしてんのかコノヤロー」
 じっとりと見つめる名前にビーデルは明るく笑った。
 何だ話せるじゃないか。
 ここで漸く名前は誰に対してもこんな態度なのだとビーデルも理解した。
 それならそれで構わない。これだけ広い世界ならばどんな人間がいても狭いことはないから。
 そう言えば、とビーデルは名前を見る。こんな機会そうは無いのだから、今のうちに聞きたいことは聞いておくに限る。
「初めて会った時……私がミスターサタンの娘だって知ってた?」
 ずっと、聞いてみたかったことがある。
「知ってたよ」
「じゃあなんで?」
 いつも始めましての後にはミスターサタンの娘さんですよね、と続いてきた。いっそその記録を取ってやろうかと思っていた矢先。
『名前は?』
 事も無げに聞いてきた人間がいた。
 鋭い目付き。無愛想な態度。
 名前を聞かれる前に自身から名乗られていなければ、きっと喧嘩を売られているのだと勘違いしただろう。
 けれど。
「礼儀だろ」
 初めて会った奴に名前聞くのは。
 あっさり告げる名前は真実そう思っているようだった。
 ビーデルの目からボロボロと鱗が零れ落ちる。それほどビーデルにとっては自分の名前を聞かれないことが当たり前だったのだ。
 長年の……と言っても数ヶ月だが……疑問が晴れ、肩が下がる。何となく脱力してしまった。
 もっと深い理由だとか、ビーデルに対するもにょもにょした感情とか。そんなのがあるのかと思ったことさえあったのに。
「おい?」
「なんかあんたと話すと力抜けるわ」
「それは初めて言われたな」
 心なしか楽しそうに名前が皿を重ねていく。ポポに重ねておくだけでいいと言われていた。
 最後の一枚を天辺に乗せると、名前は肩をごきっと鳴らし歩き出した。ビーデルもその背中を追う。着いて来るなとは言われなかった。
 名前が立ち止まり、扉を開けるとソファと本棚のみの空間が広がる。
「何、ここ……」
「本に囲まれて無いと落ち着かないっつったらデンデが貸してくれた」
 とんだ活字中毒患者だ。ビーデルは呆れる。自分だったらこんな墨と紙と埃の匂いの充満する部屋には長居したくない。
「読める本なんて無いけどなー」
 名前が音を立ててソファに身を沈める。その側に数冊の本が置いてあった。が、読まれた様子は無い。
 ビーデルは一冊を手に取りページを捲る。そして閉じた。
 眩暈がするかと思った。
 開いた途端に視覚に直接流れ込んでくるような墨の羅列。規則性があるのか無いのかも分からないそれは、デンデ曰くどこぞの星の文字なのだと言う。
「一ページで諦めた」
 名前は言った。ビーデルは一ページどころか一秒で諦めた。
「目、痛くなっちゃうわよ」
「もうなってる」
 どういった力によってかは知らないが、神殿の内部は何処にいても目に丁度いい量の光で満ちている。読書をしたい時にはランプもあると言っていた。
 しかしそれでも今の本はあんまりだった。
「他にも何冊か持ってきてみたんだがな、結局分からなかった」
 見るか? と問われ、ビーデルは必死で首を横に振る。二度味わいたい経験ではない。
 名前は気にするでもなく手にした本をソファの側に重ねなおす。
 そのまま名前は口を閉じ、ソファの背もたれに首を預けた。沈黙。ビーデルは名前の横に腰を下ろした。反応も無い。ただ、嫌がられてはいないようだった。
 名前の顔を見ると目が閉じられている。いつもの鋭い視線が隠れているだけで少しばかり幼く見えるが、眉間に皺が寄っているので色々と台無しだ。
「ちょっと、寝るならちゃんとベッドに行きなさいよ」
「ここで寝るー」
「あんた小学生!?」
「いやマジで」
 名前は自分の尻に敷いていた毛布を引き出した。デンデが貸してくれたものだ。
 何故神殿にそんなものがあるんだとかそういったことは聞いてはいけない。神様にも色々あるのだ。
 それが昔……というかつい最近もだが、悟飯が使っていた毛布だということはデンデとミスターポポしか知らない。悪気も恣意も無くなのだから名前は単純に喜んで借りるだけだった。
「……今昼なんだけど」
「あー……何も出来ることねぇなぁ」
 ぼそりと呟かれたのは軽い口調の果てなく重い事実だった。
 わざわざ言われなくともビーデルとて分かっている。それでも言わずにいられなかったのは。
 不安なのだろうか。ビーデルは名前の服を引っ張った。目は開かない。代わりに身体ごと背を向かれた。
「ちょっと」
「逃げたくても逃げる場所も無い。ここが一番安全だ。でも下に比べてってだけで、確実じゃない」
 つらつらと名前が並べ立てる現実はデンデの愚痴。名前にはそんなことないよ、とも言ってやれなかった。それが慰めだと分からないほどデンデは馬鹿じゃないから。
 なら、年長者として、自分よりも余程誰かを守る力がある神様にしてやれることなど一つだ。
「どこでも危険が変わらないなら、どこでも同じようにふてぶてしくしといた方が得だ」
 これで少しでも小さな神様の気持ちが楽になるのなら。なんて殊勝な心がけからじゃない。ただの年上の意地だ。
「あんた、大雑把って言われない?」
 この分じゃ仮に地上にいたとしても同じ事をしているだろう。ビーデルは何となく名前の行動が読めてしまった。嬉しくもなんともないが。
「よく言われる」
 首だけで振り向き、にやりと笑う。
 虚勢に見えないでもないが、ビーデルには判断がつかない。大女優を目の前にするとこんな気持ちになるのだろうか。そんなことも考える。
「で、お前はどうする」
 名前が半眼で聞く。どうやら本気で寝るつもりらしい。
 そのあまりにもふてぶてしい態度に、ビーデルはがし、と名前の毛布を掴み取った。
「……寝るに決まってるでしょ!」
「おいそれ私の毛布っ!」
「おやすみ!」
「聞けよこの女!」
 名前が力いっぱい引っ張れど、勿論ビーデルに力比べで勝てるわけもなく。
 後にデンデがこっそり様子を覗きに来た時には二人そろってソファからずり落ちながら眠っていたとか。

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