No.18

DB

あまりにも当たり前
 晴れ渡る空。子供のはしゃぐ声。たしなめる親。ぬいぐるみがあちこちで風船を配っている。
 天下一武道会。
 数年ぶりに復活したこの大会、世界を救った英雄が参加するということで小さな島に未だかつて無いほどの人々が大挙して押し寄せている。
 観客席は殆どが指定席、しかもすでに満員御礼。大盛況だ。
 自信満々な顔で参加受付をする者、出場する前から怯えている者、むやみやたらと威嚇して回っている者。
 そんな中、一際異彩を放っている人間がいた。
「人ごみうぜぇ……」
 名前である。
 ぼそりと呟かれたその台詞に、周囲二メートル以内には誰もいなくなる。自分もその人ごみの一人ではあるのだが、そんなことはどうでもいい。今はひたすら人の波が鬱陶しい。
 名前は自分が怯えた目で見られていることにも気付かず、歩きやすくなったと少し機嫌を直して大またに歩みを速める。
 自家用ジェットフライヤーなど持っていない名前はツアーに混じってやって来たのだ。
 面倒なことが大嫌いな名前としては本来こんなイベントにわざわざ足を運ぶなど有り得ないことなのだけれど。
「こうなったらあの馬鹿からかい倒してやる」
 グレートサイヤマン、もとい悟飯をからかう。その為だけになけなしの小遣いをはたいてツアーにまで紛れ込んで興味の無い武道会を観戦に来る。
 明らかに悟飯に対して、とある種類の執着心を持っていると知れるのだけれど本人はまったく気付いていない。というか厭くまでも友情なのだと思い込もうとしている。
 その頑固な姿勢はいっそ天晴れともいえる。
 ミスターサタンが登場したとかで騒ぎ出す群集を掻き分け、さっさとスタジアムへ入ろうと足を速める。と。
「う゛」
「ん?」
 名前が一歩足を踏み出した途端、何か固いものに弾かれた。
 ぶつかる、と床と仲良くなる覚悟を決めた瞬間、ぐらりとよろける身体を何かが支える。
 デジャ・ヴュ。
 何となく。数ヶ月前。似たような。
「大丈夫か?」
「はぁ、すいません」
 声をかけられ、ぶつかったのは人だったのかとようやく認識した。それほどに相手は微動だにしなかったのだ。
 しかし目の前に人がいるのに気付かなかったのは名前の手落ちだ。
 謝ると、相手は「気にするな」と笑ってみせた。
 もしかして大会の出場者だろうか、と名前は自分を支えてくれた相手を見上げる。武道のことなどさっぱり分からないが、人一人ぶつかってよろけもしないというのは結構すごいことなんじゃないだろうか。むしろ名前を弾き飛ばした感もある。
 よく見ればなかなか逞しい身体をしている。
 大丈夫かグレートサイヤマン。
 何となく強敵のような気がして、無意識下で心配する。
「おとうさぁーん、早く受付しないと出れなくなっちゃうよぉー!」
「おー! 今行くー!」
 子持ちかこの人。この顔で。
 名前は目を剥いた。
 どう見ても二〇代半ばの青年に見えるのに、遠くから叫んでいる少年は少なく見積もって六、七歳だ。髪型までそっくりなのは家系だろうか。一目で血縁と分かって便利かもしれないが。
 童顔なのか若作りなのか。それともやんちゃボーズだったのか。
 人は見かけによらんからなぁ、と受付に向かうヤンパパを見送っていると、その先に見慣れたシルエットを見つけた。
 一度見たら忘れるはずもないダサい、もとい素敵センスなお召し物。赤いマントが太陽を反射して目に痛い、野菜の国の正義の味方。今日はいつものヘルメットじゃなく何故か白いバンダナとでっかいグラサンをかけている。
 言わずもがなのグレートサイヤマンだ。
 そして気付いた。
 今ぶつかった相手も、彼を呼んだ子供も。
 よくよく思い出せば声がそっくりだった。
「……親戚?」
 それにしては似すぎている。もしかして悟飯の兄か何かだろうか。ということは悟飯は叔父か。
 あの顔で叔父さんかよ。
 いつも情けない顔をしている童顔を思い出す。悟飯が先ほどの少年に「悟飯叔父さん」と呼ばれている姿を思い浮かべ、名前はちょっと噴出した。
 先ほどの青年はちゃんと受付出来たらしく、仲間らしい人たちと談笑している。
 その姿を横目で眺めて名前が観客席へ行こうとしていると。
「ねぇ、お姉ちゃん、名前お姉ちゃんでしょ」
 くい、と服の裾を引っ張られた。振り向けば、先ほどの少年。
「そう、だけど。何で名前……」
「お兄ちゃんが毎日言ってるから。お菓子、くれるのお姉ちゃんでしょ?」
「……」
 何を言うとるんじゃ、とは言えなかった。
 名前がお菓子を作って渡している相手など一人しか居ない。
 視界の隅でふわりと揺らめく赤いマント。そしてこの少年の声を聞いた時、誰にそっくりだと思ったのか。
 これだけ条件が揃っていて先の展開が読めないほど、名前は鈍くなかった。
 待て。
 待て待て待て。
 あれがこの少年の兄だとして、その兄は年齢を鯖読んでいなければ名前と同い年のはずで、この少年の父親が先ほどの青年(?)だとしたならば、勿論その兄も青年の息子なのだ。
 まさか。いやでも、まさか。
 ひくん、と頬が引き攣る。
 まさかとは思う。思うがしかし、何故かあの同級生に関しては何でもありなんじゃないだろうか、とうい考えが働くのも現実で。
 名前は恐る恐る目の前の少年に質問してみることにした。
「……お兄さんの名前は、もしかして」
「悟飯兄ちゃんだよ! 僕は悟天。孫悟天!」
「……そぉ、悟天君……」
 元気よく答える悟天少年に力なく愛想笑いをしてみせる。
 あーやっぱり。何となく、そうなんじゃないかなーと。
 思ってはいても聞くと見るとじゃ大違い。
 名前は一つ現実というものを学んだ。
 
 
 
 
 何で名前さんがいるんですかぁ……?
 悟飯は弟と仲良く手を繋いでこちらへ歩いてくる少女に泣きそうになった。
 正確には半ば無理やり悟天に手を引っ張られているだけなのだが、恋する青少年の目は曇り硝子よりも曇っているのだ。
 しかし近付いてくる名前の姿にはたと我に帰り、慌ててピッコロの背中に身を隠す。
 とっくに見つかっているのだから今更隠れても、という話ではあるのだがそこはそれ。
 悟飯のその態度で他の仲間たちも何となく名前の素性を知る。空気の読めない悟空、悟天、そもそも興味の無いベジータは兎も角として。
「悟天、誰だよその人」
「えーとね、名前お姉ちゃん!」
「いや、名前じゃなくて」
 大人たちが声を掛ける前に、遠慮という単語など知らないトランクスが真っ先に話しかける。
 しかし返ってきたのは後からでも手に入る情報。幼馴染のとぼけた発言にズビシと裏拳で突っ込み、本人に聞いた方が早いと名前に向き直る。
 父親譲りの鋭い視線で誰何すると、悟天の手を漸く引き剥がした名前が気付いて淡々と見つめ返した。
 ちらりと横目で見ていたベジータがいい度胸だと鼻を鳴らす。気付いたのはその奥方のみだったが。
「孫、ゴハンクンの同級生の……」
名前さかぁ!!」
 突如割って入った叫び声に名前とトランクスは同時に振り向く。ピッコロの後ろで悟飯がびくりと震えた。
 名前はその声に聞き覚えがあった。トランクスは聞き覚えどころじゃなく知っていた。
 アイヤー! とでも叫び出しそうな表情で嬉しそうにしているのは言わずと知れた悟飯の母。宇宙一の肝ッ玉母さんことチチだ。
「え、チチさん知ってんの?」
「悟飯ちゃんにいつもお菓子くれたりお弁当くれたりする子だ。
 こないだは勉強まで見てもらってすまねぇだな。
 こんなに可愛い子だとは思わねかったぞ~」
 明るく笑いながら旦那そっくりの仕種で名前の背中を遠慮なく叩くその姿に、名前を除くその場の全員が夫婦のつながりを感じたとかなんとか。
 それはともかく。
 こほん、と一つ咳払いをし、話を先に進めようとブルマが舵を取る。
「つまり、悟飯君の同級生」
「はぁ、まぁ、そうです」
 名前は頷いた。
 白いマントの後ろから赤いマントがピロピロ動いているのが見えるが、それは丁寧に見えない振りをしてやった。というか気付かれていないと思えるその神経がすごい。
「ミスターサタンの娘さんも同級生なんですけど、この大会に出るって言うから応援に。皆で」
 シャプナーもイレーザもいるからな。気ィつけろよこの天然ボケ男。
 少しばかり声を張り、顔色の悪い人の後ろで聞いているだろう悟飯に告げる。これで気付かれなければちょっと哀しい。
「へぇ~。じゃあ、他の子たちはもう席に?」
「ビーデルの激励に行ってるんじゃないでしょうか。私もそろそろ行こうかとは思いますけど。
 そちらの方々は参加されるんですよね? 頑張ってください」
 嘘は言っていない。本当のことをすべて話していないだけで。
 名前はシャプナーたちと一緒に観戦はしないし、この言い方だと「ビーデルの激励に」行くのだと思うだろう。実際には観客席(しかも立ち見)に行くだけだ。
 しかし素直な方々はそれじゃあまた会場で、と軽く挨拶を交わす。
 悟飯だけが何となく感づいてピッコロのマントの影からこっそり顔を覗かせた。恐る恐る、といった感の様子に名前はちょっと笑った。
「ビーデル、グレートサイヤマンと戦えるの楽しみにしてましたから」
 意地悪く笑ってみせるとその広い肩がびくりと跳ねた。ちゃんと自分に言われていると認識したようだ。
「お久しぶりです、グレートサイヤマン」
「あ、はは。どうも。お久しぶり、です」
 名前を出してやれば観念したようにピッコロの背中から現れる。バレはしないかと怯えているのだろう。声が震えている。
 名前はその様子に満足した。そもそも今日の目的は悟飯をからかうことなのだ。
 しかし、こうも悟飯の知り合い(だろうと思う)が集まっていたら、迂闊なことを言ってはグレートサイヤマンの正体を知っていることを気付かれてしまうかもしれない。悟飯は兎も角、これだけの人数だ。全員が全員悟飯と同じ程度のすっとこどっこいというわけではないだろう。多分。
 それは色々と都合が悪い気がする。
 別に名前が正体を知っているからといって悟飯にとってはどうということもないかもしれない。だからこそ知らないふりを続けているのだが。
「えーと、ふ、フルーツケーキ、ありがとうございました。美味しかったです」
 何故うちの長男は自分のトラウマを自分で抉るようなことをするんだろうか。しかもわざわざ一月も前の事を。
 チチは間抜けな息子の様子に呆れたようにため息を吐いた。
 自分が食べたかったものを「グレートサイヤマンに」渡されたと凹んでいたというのに。
 有り難いと思ったらちゃんとお礼を言う礼儀正しい子に育ってくれたはいいが、この間抜けっぷりは誰に似たものか。父親か。父親だろう。そうに違いない。
 そう自分の中で結論付け、チチは息子の恋模様を面白半分心配半分に見守ることにした。
 しかし。
「え、カップケーキ渡しませんでした?」
 名前は何を言うとるんじゃボケー、とばかりに首を傾げる。
 彼女は気付いていない。自分が包装を間違えていたことに。
 故に、自分が悟飯に渡した筈のものを何故グレートサイヤマンが持っとるんだ、と。お前そんなんで秘密のヒーローでいるつもりか、と。心の底から自分の間違いを棚に上げたツッコミをする。勿論声には出さないで。
 だが悟飯にしてみれば「孫悟飯」が貰ったのはカップケーキ。「グレートサイヤマン」が貰ったのがフルーツケーキなのだ。
 その事実を渡した本人にひっくり返されて、サングラスの影で大きな目を数度瞬かせた。
「僕、名前さんに、カップ……じゃなくて、フルーツケーキ貰ったんですけど……青いランチボックスに入ったやつ、ですよね」
 口調が孫悟飯に戻っていることにも気付かない。一人称も「私」じゃなくなっている。
 だが名前もグレートサイヤマンもとい悟飯の発言に驚いてそんなどうでもいい間違いを拾っている場合じゃない。
「いや、孫にフルーツケーキ渡した筈なんだけど……だっておま、いや、孫が食べたがって、……あれ?」
「違いますよぅ、僕に、って渡してくれた方にフルーツケーキが入ってましたもん」
「何ぃ!? もしかして間違えたか……?」
「じゃあ、じゃあ、名前さん、ぼ、いえ悟飯君にフルーツケーキ渡そうと思ってくれてたんですか?」
「当たり前だろ。食いたいっつったのお前……じゃなくて孫ですからな!」
 ひゅるりらりん。
 名前が言い切ると、その場にどことなく生温い風が吹いた。本日晴天風はなし。けれど体感温度というものもあるわけで。
 ブルマは口元を押さえてぶるぶる震え、トランクスとベジータはそっくりな仕種で小さくため息をつき、クリリンと一八号は顔を見合わせちょっと笑う。ヤムチャは羨ましそうに二人を見つめ、プーアルがその肩で何とか慰めようと言葉を捜す。
 チチは二人の勘違いに口元を引き攣らせつつも安堵して、牛魔王は困った顔でちょっと笑った。恋愛音痴を自覚するピッコロは弟子の嬉しそうな顔を見て、ならば特に問題なしと判断する。
 悟空と悟天はそれぞれの反応をする仲間たちをきょとんと見つめた。
 しかし当の二人は既に周囲に気を配ることなど忘れている。
「言えよさっさと!」
「言えませんよ! 名前さんが折角作ってくれたのに、カップケーキ食べたくないみたいじゃないですか!」
「思うかボケぇ!! 孫が食いたいっつーならいくらでも作るっつーの!!」
 ぎゃんぎゃん吼え合う二人は既に普段の姿に戻っているのだが、それが自然すぎてそんなことにも気付かない。
名前さんが間違うから僕すごく心配したんですからね!」
「若年性痴呆ってかぁ!?」
「そうじゃなくて!
 僕のことどうでもいいのかと思ったじゃないですか! 僕だってフルーツケーキ楽しみにしてたのに!!」
「だから何度でも作ってやるっつってんだろーが!!」
 ますますエスカレートしていく痴話喧嘩のような惚気に、終いにはブルマを初めとする女性陣が爆笑してしまい、漸く気付いた悟飯と名前は声も出せずに顔を赤くして固まってしまうのだった。

#DB #孫悟飯

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