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スイカ「ショウイチ君と赤いスイカ」(アルバム「コインサイド」収録)が、余りにのどかで爽やかないい曲なので、歌詞をちょっと引用する。
「ショウイチ君は僕と同じ右目の中ほくろがあるんだ 泣いたら青く青く光るのでなんだか宝石みたいなんだよ 入道雲は僕らの季節 ショウイチ君はショウフの子 イザリのおじい片目アキメクラ 並んで食べた甘い甘いスイカ」 この詞には、以下の註が付いていた。 「イザリ-足の不自由な事 アキメクラ-目の不自由な事(名字や地名だとおもっている) ショウイチ君はショウフの子-大人がいってるのを聞いただけで意味は知らない 右目の中にほくろ-ショウイチ君が異母兄だという事は気づいていない」 西原理恵子「ぼくんち」を、ジブリがアニメ化すりゃいいのに、と、ふと思った。 前項よりの続き。
「ベル☆スタア」の、銃撃戦をしつつのチェイス・シーンの最中、ふと一人が名乗りを上げ、もう一方がそれに呼応した為に突然決闘シーンに移行した所、それはこの上無くカッコよかったが、基本的に僕は伊藤明弘氏の美意識は好きじゃない。格好つけた格好よさが格好いい、という感覚は…。 高田裕三「3x3 EYES 」の八雲君の站椿功のポーズが如何にもカッコつけてて好きじゃなかった。人間のポーズには、理に適った姿勢という事の素朴な美しさってのがあり(「拳児」の絵を見よ。「スラムダンク」でもいい)、そこにジャパン・アクション・クラブ的なアレンジは必要無い。 瓦敬介「菜々子さん的な日常」の、'80年代の北海道の高校生達の姿は、躍動感があって魅力的だったが、同じ絵柄で、アクション・ヒーローを描くと、途端にわざとらしく見えるのは何故なんだろう? 六田登「TWIN」の、ライバルの選手を抜き去った後、この世に別れを告げようとバイクのハンドルから手を放すが、路面に激突する寸前思い直し、激しい転倒で血ダルマになった身体をズルズルと引き摺りながら立ち上がった主人公の姿は、ただただ凄い迫力で、どんな格闘漫画の傷付き倒れた主人公が再び立ち上がるシーンも追い付けない、と僕はずっと思ってる。 以上は僕の主観で、多分君と違う。つまり、絵が上手いという事、カッコイイという事に絶対の基準なんか無いって事で、そんなの言わずもがなだろうが、再確認。 “金になるか否か”という観点は確実に存在していて、それは僕等がメーカーや販売元、販売店、プロ作家でなければ考慮すべき事ではないってのを、本当に忘れてないか? 大丈夫か? 惑わされるな。 …でも批評とは感想の事だからガンガン言うべきだ。さて今回は…。
柴田ヨクサル氏の凄い所は、何よりも、スカートの翻りが描けないまんま女子高生が主人公のアクション漫画を描き終えてしまった所だ(爆笑)!! 絵が上手い、とはどういう事だろう? 「エアマスター」のジョンス・リーの八極の迫力は素晴らしかった。大暮維人「天上天下」の高柳(弟)先輩のファイト・スタイルのどこが心意六合だというのだろうか? 考証のハナシじゃない、イメージのハナシだ。 漫画やアニメの醍醐味の一つに、小柄だったり細身だったりするキャラ(例えば少女)がデカイ打撃力を繰り出すってのがある。あの細身で優顔の高柳君が、心意拳を使うってんだから、その辺を期待したが、全然そんなの描けてなかった。 絵が上手い、とは何だろう? 次項へ続く。 あの裸神活殺拳の「バトルスキンパニック」以上に。
何がって、「エイプハンターJ」ですよ。作ったのがみんだ☆なお氏だと、さっき知った…(岡田斗司夫氏の悪ふざけじゃなかったのか)。 破綻ナシ・意外性アリの「エアマスター」最終回。
長く続けたバトル・アクションもので、これが出来る作家が何人居る? 夢枕獏先生も、頼むから、大河小説は未完のままの方がいいとか言うの、どうか本当にやめてくれ(「夢枕獏 未完」でググると結構な件数ヒットします)。 「練馬大根ブラザーズ」の何がいいかと言うと、世知辛さと痛快さが矛盾しないって事だ。
そもそもギャグ漫画とかお笑い芸は世知辛さを前提としているが、この作品はそれを象徴している。 主人公達がギャングで敵が悪徳商人なのだから、そりゃそうだろう。 毎度、悪役の悪徳商人を退治する事には成功するが、そいつから奪った金をフトコロにしまう事には失敗している(「お金は天下を舞い ここにゃ来ねぇ!」のだ)。正義の味方としての活躍はきっちりとしているが、ギャング団としてはトホホなのだ。これが、痛快さと世知辛さが矛盾しないって事の意味だ。 ギャグ漫画もお笑いも不謹慎なものじゃない。この世知辛い世を痛快に渡っていく為の知恵なのだ。 |
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