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最近、芦奈野ひとし作品の良さが解る様になってきた。で、芦奈野先生は昔からやけに老成していたんだなぁ、とか思ったり。
以前録ったネット・ラジオ聴いてたら、大概下らない話をしてるんだが(爆苦笑)、その中に一つ興味深い話が。
スポーツ中継―この場合特に格闘競技のT.V.放映―にエンターテインメントとして煽る過剰な演出は必要なのか、という問いにF1等のモーター・スポーツが回答を与えるんじゃないかという事を言ってて。僕が(笑)。 モーター・レースについて、あれの観戦の何が面白いのか解らないという人は少なくないが、熱心なファンもまた多い。 モーター・スポーツ観戦のその醍醐味を分析して明らかに出来たら、格闘競技中継も色モノ的演出無しに一般にアピールするものに出来るんじゃないか、とか、その程度の思い付き(苦笑)。 http://user.ftth100.com/shin-ya/index.php?no=r367 早川いくを『またまたへんないきもの』(バジリコ、'05.12.)を読んでたら、重要な提言が。
「この生態系を構成する要因が多種多様な生き物たちだ。これらの生物がいなくなるのは、いわば飛んでいる飛行機の部品が一個ずつ外れていくようなものであり(中略)その部品は全て必要なのだ」 そう!! 岩明均「寄生獣」の最終巻で語られていた様に、この地球って惑星にとってはその表面に生態系なるものが存在していようがいまいがどうでもいい事なのであって、じゃあ生態系の存在する事が“正/善”であるっていうのは誰にとってなのかというと、それは僕等にとってだ。 で、その生態系は、前掲文の通り生物の種の多様性によって成り立っていて、「これらの生物がいなくなるのは、いわば飛んでいる飛行機の部品が一個ずつ外れていくようなものであり(中略)その部品は全て必要なのだ」! 生物の種の絶滅を憂えるのは慈愛じゃない。 最初に「地球にやさしい」と言い出した戦犯は誰なんだろう? 『風間亭やんわりの漫画落語傑作選』('09.08、新潮社)。
風間やんわり氏が落語好きだなんてちっとも知らなかった。落語の古典ネタを氏独自の解釈で漫画化した作品集だが、いつものやんわり漫画とちっとも変わらない。…そうか、やんわり先生の漫画ってのがそもそも落語風だったんだ。トホホなクセに割りといつも強気、そのスタンス(センス)はそこからくるものだったんだ。 『comicキャンドール』連載の、ふにさんの「加納家の事情」。
こう見えてこの作品、主人公は冴えないメガネ男子だがライバルのイケメンもメガネでメイン・ヒロインもメガネだったり、で、そのメイン・ヒロインはお姉さんキャラだけど妹だったり(親の再婚相手の連れ子が三姉妹で、その長女である彼女も主人公より年下)、と妙なトコが割とトンガってたのだった…。 今号(vol.70)にて最終回。さぁ、最初から両想いなのになっかなか進展しなかったラブコメのラストは? 6月のアタマに「レネゲイズ」「サンダーハート」と立て続けにネイティブ・アメリカンものの映画がテレビ東京で放映されたんだけど、全く知識も無いまま敢えて言うけど、アメリカにはやはり“そういうジャンル”があるの?
因みに、上掲作品の前者は、ただ主役コンビの片方がネイティブってだけのアクションもので、後者は白人として暮らしていた主人公がネイティブの血に悩んだり受け容れたり、でそれがアクションものとしての設定と密接に絡んでたりしてて…好対照であった。 所で、東北の人間は日本という国に少し距離を感じているって岩手県出身の友人が以前言ってたんだけど、本当なんだろうか。 |
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