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利権等関係無い一般の人々に原発支持者が居る事が不思議だ。
原発について知っていれば支持する訳が無いし、知らない人はそもそも興味が無い訳で賛成も反対もしない筈だからだ。 実家の僕の部屋に無造作に積んである書籍や雑誌の一番上には原発関係のものが置いてあるが、長い間読み返してはいなかった。 ・堀江邦夫『原発ジプシー』(文庫版)(講談社,1984) ・高木仁三郎監修,反核反原発副読本編集委員会編『ノンちゃんの原発のほんとうの話』(新泉社,1986) ・広瀬隆『東京に原発を!』(集英社,1986) ・広瀬隆『チェルノブイリの少年たち』(新潮社,1988) ・広瀬隆『新版危険な話』(新潮社,1989) ・室田武『原発の経済学』(朝日新聞社,1993) ・広瀬隆『新版最後の話』(新潮社,1994) この中から早急に読むべき1冊を挙げるなら。 ・室田武『原発の経済学』(朝日新聞社,1993)。 ここに、原子力が次期代替エネルギーたり得ない事、原子力発電が決して石油節約的でない事及び代案が明確に示されている。 T.V.アナウンサーが、「炉心ゆうよう」と言い間違えたり、「炉心溶…融」とたどたどしい言い方をしたりしていた。報道関係者がこの用語を知らないのだ。
世間一般の原子力の知識については推して知るべしだ。 怖いなあ…。 『good!アフタヌーン』今号(#15)の太田モアレ「鉄風」は必読!
天才の苦悩や歪みも、その才に嫉妬する焦れた心も、健全/不健全の二元化を度外視した、淡々とした客観性を以て描く作品というのもそう無いのではないか。 少なくとも、ただ天才を称賛されるべきよきものとして描く天才伝とは何億光年位かけ離れている事か。 もう格闘漫画がどうとかってハナシでもないが、同じジャンルを扱うものについて一つ。 今号の「残酷」ってキーワードは、そのまま本作と『イブニング』誌連載中の遠藤浩輝「オールラウンダー廻」の関係に当て嵌まるだろう。 *天才の物語と普通の高校生のハナシっていうテーマの違いは関係無い。 今時はツイッターとかでリアルタイムで語るべきなのかねぇ?
「「音を楽しむと書いて音楽」という陳腐で暴力的なフレーズが音楽リスナーと呼ばれる人達の共通概念としてあるものならば、自分は「音楽」には興味がないと言い切りたい」(磯部涼『ヒーローはいつだって君をがっかりさせる』、太田出版、2004、p185) この「「音を楽しむと書いて音楽」という陳腐で暴力的なフレーズ」が、プリキュア今作で出てきてしまった。 次代を担う子供達に、悪しき決まり文句を教えてしまった訳だ。やれやれ。 だけど、そう絶望したもんでもないかも知れない。 メジャー児童向けアニメがそうでもこの文化は多様だ(かの「ポピーザぱフォーマー」も子供番組なんだよな。この作品がヤバいのは過激さではなくポピーの人間の小ささだよなー(笑)。オマケ→・http://www.youtube.com/watch?v=kPZbPvx_HLc&feature=more_related )。 マイナー青年漫画誌の例を見よう。 殺生忌避を理由とした菜食主義について、植物だって生きてるとか人間は雑食で動物性タンパクも摂らねばならないとか何とか、家畜をシメた事もない僕には(「今朝から何も食べてないなんて言うな 食うだろどうせ しかも取って食うか? 買って食うだろ」(E.G.G.マン「ニジュウイッセイギ」)、本当は、言う資格が無いと思っていた。 岡本健太郎「山賊ダイアリー」の連載が、『イブニング』'11.no.06より始まった! 語るべき事を、語る資格を持った人が、ライトなコラム漫画の体裁で語り始めたのだ!! …ただ、「賊」ではないと思う(笑)。 『イブニング』今号と言えば、小野洋一郎「ブッシメン!」、キャラクター商品を作ってる主人公達に、原作者サイドが難癖を付けてきた、という視点が実にイイね(笑)。 希望の光はまだ在る。 ・http://natalie.mu/comic/pp/naganonoriko 永野のりこ「電波オデッセイ」の単行本が復刊されるそうだ。永野氏が信用出来るのは、実に、使い古された定番からの借り物でなく、正に“自分の言葉で語った”様な表現の為だ。どシリアスな本作もそうだが、それ以前の荒唐無稽な各作品に於いてそうだった。 「GOD SAVE THE すげこまくん!」で、運動の苦手な主人公が、自分のせいでクラス対抗の野球大会に負けるという状況を、寧ろ望んでるって描写は斬新だが(捻くれ切って行くトコまで行っちゃってる)、ある意味凄くリアルじゃないか。そのエピソードのラストで、主人公とはまた違って仲間に入りたいが言い出せない内気な問題少年が、最後に立たせてもらった打席で三振し、主審のゲームセットのコールと同時に「死んでやるああああーっ」て、剃刀で手首に切りつけようとしてた(笑・第3巻)。過剰なギャグ表現だが、ある意味リアルじゃないか。 …そんな所だけを見てみても、「エヴァンゲリオン」の取って付けた様な思春期の苦悩の定番描写とは違う。 若しくは、Jポップの様な広く一般にウケる様に作られた毒にも薬にもならない表現とも違って、届くべき人に届く様に丹念に丹念に紡がれたものだ。 願わくは、今回の「電波オデッセイ」の復刊で、届くべき人に届き切らん事を。 石慎、邪魔すんじゃねえぞ! 「屍鬼」は観ていて本当に息を呑む傑作ホラーだった、という感想を書かない内に新シリーズが始まってる訳だが。
言うまでもない事かも知れないが、「フラクタル」、主人公が行動を共にしているあの連中との生活を楽し気に、良きものとして描いてしまうのは、このままでは、テロも肯定する事に繋がってしまうと思うが、果たして落とし所はどうするつもりだろう? 「放浪息子」。性同一性障害の方に理解が無いと怒られてしまうかも知れないが、女/男らしい性別を強調する格好や振る舞いが好きじゃない僕の感覚とは正反対だっていうのと、中1の子達の感覚を解るには年を取りすぎてしまったせいでか、あんまり解んない…。 取り敢えず、あの担任教師、バカなのか? 所で、『テレビブロス』誌今号('11.no.4)が東村アキコ先生特集号だが、僕、「ひまわりっ」で判り易いイヤな女が出てきた辺りから、氏の作品読んでないんだよな(ノイタミナの「海月姫」は観てたが)…軽く不信感が有って。 最近、職場で僕に対する“偽オタク”疑惑が(笑)。
でも一方で、実生活に於いて余り役立たない無駄な知識に詳しい、とも(おい)。 …それがオタクって事なんだけどなぁ。 木尾士目「げんしけん」の様な、ある種の若者達の青春を描いた作品は絶対必要だし、そしてこの漫画はそういう作品として良質なものだと思うけど、やはり嫌いだ。 世間のステレオタイプ的オタクのイメージを、はいその通りです、と肯定してしまっている様な所が。 |
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