果てしない荒野だった。動物はおろか植物に至るまで、生命の鼓動など僅かたりとも聞こえない。それでも太陽は死滅した 地上とは無関係に輝くばかり。見慣れていると言えば見慣れている。一面土色の妙に落ち着く味気無さ。
「おう、待った?」
「・・・別に」
「あ、そ」
カカロットが現れた。それだけで荒野が明るくなった。やっぱりお前は地上の太陽なんだ。いつもの通り瞬間移動で、その くせいつもの通り随分遅く、けれどいつもの通りそれだけで全てを許してしまえる笑みを刻んで、俺の前に立つ男。
ふいに身体中の内臓がざわめいた。違う、彼は決意している、何かを、何を?胸騒ぎと言うにはあまりにも鮮やかなそれが 怖かった。
いつもは笑えるほど単純なくせに、こんな時ばかりカカロットは別人のよう。俺はいつだってお前の表情、目の色、仕草を 見つめて身体も思考も手にしてきたのに。掴めないのか掴みたくないのかももう分からない。分からないものは何だって怖 かった。まさかカカロットがその範疇に入るだなんて。
そう言えば今日は修行しようと二人で決めた曜日じゃなくて、それなのにカカロットが珍しく会いたいと言うから、俺はほ んの少しだけ浮かれていたんだ。
身勝手な太陽が肩を焦がした。遠くの砂埃がきらきら瞬いて、昼間に見える天の川みたいだった。






「あのさ・・・」
「何だ、さっさと言え」
嫌だ、違うの、言わないで。もう俺のものじゃなくなった言葉を、どうやって受け入れるかなんて知らない。以前ならお前 の声は空気みたいに透明な色をして、俺の頭へ染み込んでいた筈なのに。変に冷静な自分の声が浮かんでは沈む。
「もう止めちゃわねぇ?」
「・・何を?」
カカロットは困ったような窺うような、そのくせ何かを消化したような、大人びた顔でにっこり笑った。ねぇお前は今何を消 化してしまったの。もしもそれが俺だって言うんなら身体ごと最後まで消化し尽くしてよ。俺のほとんど全部はお前から出 来ているのに。こんな意味不明な言葉に刺されるくらいなら、お前の胃液でどろどろに溶けてしまいたかった。
ああ止めるって何なんだろう。例えば朝起きて初めて目に入るお前の顎のラインだとか、修行すると血の匂いで同時に歪め てしまう唇だとか、母親の胎内に戻されるようなセックスだとか、カカロットが作り出すものは何だって俺の一部になって いくのに。
ああ腕を上げただけでカカロットの匂いがする。
「んー、約束して会って、キスしたりセックスしたり」
「・・何故?」
「疲れちまった、かな。だってお前全然楽しそうじゃねぇんだもん」
「お前がそう思うなら仕方無いな。他人がどうこうする問題じゃない」
カカロットはほんの少し眉を下げた。自分が今どんな顔をしているのか分からない。ただ少なくともこの頬を涙が伝っているこ とは無いだろうけど。
違うんだ、俺だって充分楽しかったし、むしろ毎日はその楽しみのためにあった。今だって騒いでい た内臓が痛みに息を潜めている。
嬉しい、楽しい、辛い、悲しい、いつだって脳味噌は故障したみたいにフルボリュームで信号を送る。その度に俺は兵器で も動物でもない自分を見つけられたんだ。今ここに紛れもなく生きている俺という一人の人間。
だけど残念ながらこの脳は不良品だった。カカロットが側にいると外側への発信ボタンが作動しない。なんて致命的、俺だ って一度はお前と大音量で笑いあいたかったのに、それでも機械じみたこの顔は眉一つ動かさない。代わりに全ての信号は どんどん内側に送られて、腹の中で隙間無く積もっていく。
ねぇカカロットが大好きなの、それだけは確か。俺から彼を取らないで。息が苦しい。






土、砂、埃、もうもうと立ち登りきらきらと消えていく天の川。
広い荒野でカカロット一人が瑞々しく生きていた。すっか り渇いて空っぽになった俺にはお前の言葉は重すぎて、抱えようと頑張っている内に意味など吹き飛んでいってしまう。 理解できない、理解している気がしない。世界に背中を向けられたみたい。お前というフィルターを通さない俺はこんなに も弱い。
ふいにカカロットが綺麗に笑った。
「でもお前といてすげぇ楽しかった」
「そうか」
目頭が緊張して震えた。痛みがつんと鼻へ抜けた。ずっと前に一人で泣いた時もこんな風に痛かった。それでも涙は出ない んだ、俺は知っている。身体はこんなにも正直にお前を好きだと叫ぶのにその声がどうしても出せない。
どうして、今なら 涙だってカカロットの匂いがするだろうに。
嬉しいの。お前の喜びのほんの一部でも俺が作り出せたと言うのなら。だけど笑うことなんてできない。その喜びにいつま でも浸っていてよカカロット。だって楽しかったならそれで充分じゃないか、どうして止めるだなんて。
やっぱり何一つ理 解できない。 怖い、苦しい、悲しい、痛い、駆け巡る信号が多すぎて脳が焼き切れてしまいそう。
全部嘘だよってお前が言ってくれるな ら、俺は何だってしてみせるのに。ねぇ止めるってつまりどういうこと。俺が差し出した喜びと疲労のどっちが大きかった の。俺はどうしていれば良かったの。
「だからありがとな」
「別に俺は何もしてない」
感謝なんてしなくて良い。しなくて良いから側にいて。疲れるって言うのなら俺が頑張って癒すから。お前を理解できなく たって構わないから。
カカロットという色、形、心、命、それがお前であるなら何もかも全部必要なんだ。カカロットがい ない場所を世界と呼ぶことなんてできない。俺は世界の外では生きていけない。
大好き、愛してる、行かないで、言葉なら腐るほど知っているのに音にする方法が分からない。それなら口など動かなけれ ば良いのに、言葉はいつだって俺とは無関係に生まれ出てお前に突き刺さっていく。
こんな結末が待っていたのなら、 柔かな回路を組み込んだ機械でありたかった。






優しい熱、カカロットに口づけられていた。さっきまで苦痛を訴えていた内臓が一瞬でおとなしくなった。ほら自分でも信 じられないくらいお前が好きなのに、お前は離れていってしまうの。だったらどうしてこんなこと。
「怒るなよ、最後だから」
「・・気にしてない」
多分俺には精一杯首を振ることしかできなかった。怒ってない、最後になんてしなくて良い。身体は何もかも分かっている。 さてこの首はほんの少しでも振っているように見えたかしら。俺は答えだけを知っている。
いっそ裂いた傷口からお前への想いを見せられたら良かった。お前が不満になる度にこの身を開いて、最後は穴ぼこだらけ で死んでいくんだ。そうしたらカカロットも少しは俺を見つめてくれるに違いない。それに死ぬまでずっと一緒にいられる。 なんて幸福、きっと天国へだって行けてしまう。
ねぇどうして想いは目で見ることができないの。愛してい るのは確かなのに。
「いつかまた二人で修行しような!」
頷く前にカカロットは消えた。いないと思ったら涙が流れた。ちっとも泣きたくなんてなかったのに。痛みだって喜びだっ て、信号は全部カカロットのためにあったのに。
もう何の意味も無いんだ。忌々しい涙が途切れない。天の川が遠くできらきら 瞬いて、消えた後は一体どこへ行くんだろう。
急に周囲が真っ暗になった。あの男がいつだって世界の中心で輝いていたからこうして生きてこられたけれど、不良品を抱 えた俺は遂に視力まで失ってしまったみたい。だけどもう涙腺さえ自由にならない眼なんてどうでもいい。
吐気がする。焼けた肩がじりじり痛い。曇の上ではまだ偽物の太陽が輝いている。干からびた俺は呆気無く崩れた。

余りに救いの無い話になりましたので、宜しければ半端なオマケもどうぞ。
恐ろしく前に春藤様からいただきましたお題はカカ×(乙女+天邪鬼)ベジでした。ゴメンなさいゴメンなさい、 絶対こんな話を予想されてはおられませんでしたよねっ、寧ろリクエストして下さったこともお忘れですよねっ・・・OTZ
嫌がらせではないんです!受け取っていただければ幸いです!