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思惑

9_180氏

怪盗に出会った夜から三週間ほどたち、レオナルトとユーリは港にほど近い場所にある小さな家を
借りて、そこに住んでいた。
一部屋しかなく、窮屈さを感じるが、生活に必要な物は一通り揃っており、小さいが台所も便所も簡
易シャワーも付いている。
女怪盗の件があるので診療所を開くのは当分考えていないと言うレオナルトに、ユーリは
「盗む才だけで、あにさんが厄介だという地位や権力を持つ相手じゃないのだから、そんなに警戒す
ることないのに。」
と、女怪盗が聞いたら言葉に詰まる、ごもっともな指摘をしたが、虜になって協力している男達の中
に世間に力を持つ者がいる可能性がある。

慎重に事は進めた方がいい────そう考えた。

幸いに、老医師が一人で切り盛りする診療所に助手として働くこととなったし、金銭的に困ることは
当分無い。
ユーリも助手として働きたい、と、老医師に申し出たがそれほど広い診療所ではないし、助手は一人
で足りると断られた。


一人で出歩いてはいけない────そう言われ昼間、一人、留守番をする事になったユーリは
暇を持て余し、夕方帰ってくるレオナルトに飛びつくようにじゃれ、今日起きた出来事を、事細かく
聞くようになってしまった。

困ったのはレオナルトの方だ。
港の側の診療所のせいか、船乗りや、漁師、荷物を上げ降ろす仕事に準じる者達────とにかく怪
我人が多く運ばれてくる。
しかも、仕事柄、喧嘩っ早いのが多いのか、やりあって傷だらけ・・・・ニヤニヤしながら診療所の
扉をたたく偉丈夫の男達の多いこと。
それだけならまだ良いが、
怪我も病気も無い健康な御老人達が、井戸端会議にやって来る。
御茶菓子を用意して、患者を診ながら世間話にも興じる・・・・。


慣れない患者達と、微妙に話の噛み合わない老人達との会話にぐったりして帰ったら、ユーリが飛び
ついてきて・・・
嬉しさで上気している身体から香る体臭がレオナルトを酔わせ
疲れた身体でありながらユーリを押し倒す。
毎日がこの調子で、疲労が溜まりつつあるレオナルトは、

とうとうユーリに昼間の外出許可を出した。
「人の多い場所のみ」
と、限定だがそれにより少しは子犬のようにじゃれてくることは減るだろう・・・と、自分の健康管
理に危機を感じたレオナルトは胸を撫で下ろした。

朝、掃除と洗濯をすませ、ようやく後ろに縛れるほどに伸びた髪を縛り、レオナルトから貰った小遣
いをズボンのポケットに入れると扉に鍵をかけ、飛び跳ねるように市場へ出かけた。

最近、疲れの取れないレオナルトの為に精の付くものを作ろうと考えたのだ。
出来合いの物をレオナルトが買ってきてそれを食べていたが、栄養が偏るし何より飽きた。
コルスリフィルにいた頃はユーリが食事を作っていて、レオナルトの評価は高かった。

それに、レオナルトの疲労が溜まる原因の1つが、自分の体臭のせいで性欲が制御できなく、交わっ
てしまうと、理解しているだけに申し訳が無いのだ。

(消化しやすくて、栄養が高いもの)
市場の食材を眺める。
相性の良いイチジクと鶏肉の組み合わせにしようか?
ううん、魚介が新鮮だから香味野菜と魚の蒸し焼きにしようか?
いや、それとも・・・あにさんの故郷の北方の・・・
市場の食材を見れば見るほど悩んで頭がこんがらがってきた・・・・。


─────ドン!────

何かにぶつかり尻餅を付く。
「あいた〜。」
お尻をさすり見上げる。
「────ふらふらよそ見して歩くんじゃねぇ!ひょろちび!」
ぶつかったのは、青年だった。
見た目上品で、質の良い布で良い仕立ての服を着こなし、あか抜けている。

「何ぼさっとしてんだよ!謝れよ!ひょろ!」
しかし、口のききかたは決して上品では無い。
むっとしたが、確かに前方不注意だった自分に非がある。
「ごめんなさい。」
と、ユーリは素直に謝った。
「─────謝るだけかよ?」
「えっ?」
「下町の庶民のくせに、上流階級の人間にぶつかったんだぜ?
慰謝料払うのは当然だろ?」
意地の悪い笑みを浮かべ、上流階級の者だという青年は、ユーリの胸倉を掴んだ。
「慰謝料なんて・・・ぶつかったのは悪かったけど、尻餅付いたのは僕の方だよ。」
襟首を捕まれ、苦しさを押さえながらも反論する。
「下賤の癖に何言ってやがるんだか・・・しかもお前、男の癖に甘い香水付けてんのか?金のない
下賤の癖に生意気だな〜。」

(下賤、下賤と嫌な奴!)
払いのけようとするが、やはり、と言うか体格の差もあり払いのけることができず、必死に暴れる。
その様子をじっと見つめていた青年は
「・・・・よく見ると可愛い顔してんな。
─────慰謝料の代わりに俺の相手をしろよ。」
と、更に要求をしだす。


異性とも同性とも経験しているのが貴族の嗜み────自国でもそう言う習わしがあったユーリには
、特に違和感は感じなかったが・・・。

(女だもん!)

少年の成りはしてるが
男として相手しろなんて────いや、女と知られてもお断りだ!

お屋敷にいた頃は、男達の好みに合うように
なよなよと儚げに、男に従順であれ────と教育され、抵抗しつつそれに洗脳されつつあったが、
レオナルトと生活を共にし、馴染んでくると、性格も実家にいた頃に戻りつつあった────

「離してよ! 誰がお前なんかと!」
騒ぐユーリを見て、青年を諫める者もいたが、逆に蹴られ、退散し皆、遠巻きに見るだけだ。
「あにさん!あにさん!」
必死に呼ぶも、診療所にいるレオナルトに聞こえるはずもない。
その時だ────

「止めなさい、その子を離して。」

若い男の声
その声と同時、ユーリを掴む青年を離す偉丈夫な男。
せき込みながら、その声の主を見る。
歳は自分と同じくらい
この、嫌な青年よりずっと質の良い服を着込み、こちらを睨むように見つめてる。


琥珀色に輝く厳しい眼差しを向け、ジッと青年を見ながら
「君はあれほど注意されたのにまだ、やっているんだね?
何回注意されても、直らないようだから、父上にご報告し、叱ってもらうしかないようだね。」
柔らかな言い方ではあるが、ピンと張りつめた雰囲気があり、その場にいた全ての者が固まる。
「あっ、あっ・・・しかし、ルカ様、こいつが先に私にぶつかってきたんですよ!
悪いのは────。」
「逆に怪我しているのはその子のようだよ。
それにぶつかっただけで、慰謝料や伽の相手を要求するのは行き過ぎでしょう?」
「うう・・・」
「乳兄弟だから今まで、ずっと大目に見ていたけど、あまりに素行が直らないようだから、今、父上
が港に来ているから話をしておく。────追って、沙汰を待つよう。」
それを聞いた青年は、先程の勢いは何処へやら、かなりうな垂れ、去っていった。

「大丈夫?」
それを見届けると、少年は心配そうにユーリに近付いてきた。
「あっ、はい。大丈夫、ありがとうございます。」
ぺこりとお辞儀すると真っ直ぐ少年を見る。
亜麻色の柔らかそうな髪を、きちんと後ろで縛り清潔感を漂わせている。
顔立ちも物腰も話し方も、穏和でおっとりした印象を持つが、琥珀色の瞳は冴え冴えとして理知
的で厳しさを備えていた。

少年は不意にユーリの手に触れると「傷」と平を見る。
皮膚が擦れて、少々出血していた。
「この位平気です。」
「────駄目だよ、例え小さな傷でも下手すると生死を彷徨う事にも成りかねないんだから。
ここから、すぐに診療所があるから、そこへ行こう。」
────あにさんと同じ事を言う────
特殊な娘だから・・・と、必要以上に周囲を警戒し、慎重になる。時々過保護じゃないかと思う程
、レオナルトの自分に対する接し方は、もしかしたら西方では普通なのかしら?
強引に馬車に押し込まれながら、そう、思った。


「ユーリ?どうしたんだ?」
レオナルトは入ってきた綺麗な顔立ちの少年と、水夫になってもおかしくない体格の男に連れら
れてきたユーリに驚いて腰を上げた。
「あに────じゃなくて、先生!」
人前ではあくまで先生と助手
「お知り合いなのですか?」
「僕、この先生の助手なんです。」
そう、少年に告げると、レオナルトに此処までの経緯を話した。

「・・・・そうですか、助手のユーリがお世話になりました。」
レオナルトは恭しくお辞儀をして、傷を水で洗い流してきたユーリの手の平の傷の手当を始めた。
きょろきょろとユーリは周囲を見回す。診察室は閑散としていて、老医師もいない。
「お爺ちゃん先生は?」
「・・・ホアン先生は、今、外に出ている。
─────何でも、この地方を治めているグレゴリー辺境伯が、視察のために来訪しているらしい。

「─────視察?」

「港を改築、増築する為です。」
徐に、後ろで手当の様子を見ていた少年が言い出した。
「この港はエダナムの海の玄関口です。
この先のことを視野に入れると、これからは、もっと大きな船も入るだろうし、時化や嵐の時も船が
海に沈まぬように設備の整った港に作り替えないとなりません。
─────その為に、建築士を交えて視察に来たのです。」
「ホアン医師は、此処に診療所を構えて長い。
参考に話を聞きたいとお付きの者が迎えに来てね────ついでに、患者も付いていったと言うわけ
なのさ。」


「・・・患者さん・・・付いていったって・・・?」
「グレゴリー伯は、どんな身分の人にも分け隔てが無く、民衆に人気が高いそうでね。
野次馬でホアン医師に付いて行ったよ。
────まあ、ここは、患者と言う名の客人も多いからね・・・・。私はお留守番って言うこと。」
肩で息を付くと、おしまい、と、ユーリを促すと、レオナルトは少年にもう一度恭しくお辞儀をする。

「こんなむさ苦しいところまで、助手を送っていただき、感謝いたします。
グレゴリー伯の御子息、ルカ様。」
ルカは一瞬驚いた表情をしたが、すぐに微笑み、レオナルトに尋ねる。
「後ろの従者の仕官服の紋章を見れば、グレゴリーの人間だと分かりますが・・・僕が息子のルカだ
とよく分かりましたね?」
「貴方様の話は診療所に勤めてからよく耳に致しました。
─────港に近い別宅に母君とお住まいになり、よく、港までお忍びで遊びに来るとかで、その
風貌も聞いておりました・・・。」
「皆、知っているのか、ではお忍びになってなかったね。」
ルカは楽しそうに笑った。
「それに父君の伯爵様とよく似た気性で、勤勉で穏やかだと・・・・。」
「面と向かって誉められると恥ずかしいな・・・。
─────貴方の名前は?」
熱っぽく訊ねるルカに

「レオナルト・アクロフ
この子はユーリ・ボルダーと申します。」
ユーリも真似をしてお辞儀をする。
「最近入ってきた人ですね。
─────あ、そうだ!僕の乳兄弟がユーリさんにしたことのお詫びをかねて、夜会に招待しようと
思っていたんです───レオナルトさんもご一緒にいかがです?」


────えっ?!


これから、父の伯爵の付き添いがあるからという、ルカを診療所の前で見送ったユーリとレオナルト。
馬車が見えなくなったのを確認して、ユーリは
心なしか、弾んでいるように見えるレオナルトに訊ねる。
「・・・・あにさん、どうして断らなかったの?
いつも、社交的な場に出るのを禁じてたんに・・・・。」
「私も付いていくから構わんだろう────馬車で迎えに来てくれる上に、礼服も貸してくれるそう
だし。」
そう言いながら診療所の中に入る。
「・・・・。」
ユーリは納得行かない、不服の表情を見せる。

ガルデーニアの件は、レオナルトはすっかり忘れているように見えるし
あの、ルカ・・・・すごく好印象で、異性にも同性にも好かれる性質だ。

────そう、同性・・・
ルカの、レオナルトを見る視線・・・
憂いを込めた、熱っぽい視線・・・

「?」
寄りかかるように、腕に抱きついてきたユーリを見つめる。
「どうした?」
「・・・・あにさん、ルカ様に興味あるんの?」
変わった質問だと思いながら、レオナルトは応えた。
「興味はあるな・・・・。」
「────!?」
さっと、顔が青くなったユーリに何か気づいたようで、「くっ」と笑いをかみ殺し
「私が興味があるのは別な方面さ・・・伯の夜会なら、さぞかし金銀宝石を身につけた有力者達がや
ってくるだろうし─────ガルデーニアも忍び込んでくるかも知れん。」
と、言うと、ユーリは安心した表情を見せ、まるで自分の物だと、レオナルトに纏わり付く。


一人前に、嫉妬しているユーリが可笑しくて、声を出して笑いたくなる。

まあ、子供っぽい態度だが、ユーリが、嫉妬を見せたのは初めてなので、面白いから暫く、様子を見
よう。

ルカの視線も気になったが─────かわす自信はある。


夜会を楽しみにしているレオナルト
夜会(個人)を警戒しているユーリ
二人の思惑は何にしろ、夜会に向かっていた。


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