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桃娘異聞 (いつもお願いは始まり) 後編

9_180氏

医師殿、到着いたしました。」
馬車の中でうっかり寝てしまったレオナルトを、お迎えに来たベネヴォリ家付きの執事頭が馬車の
扉を開けて出迎える。
「ありがとう・・・。」
眠い目を擦りながら器具の入った鞄を片手に馬車を降り、煉瓦造りの大きな屋敷のベネヴォリ家
に入る。
「こちらでお待ちを・・・・。」
執事に案内され、豪華な内装を施してある居間に通された。

(成金趣味だな・・・)
しつこいほどの装飾。
ふと、テーブルに備え付けてある箱に目が行く。
───葉巻入れか
赤い石が埋め込んである葉巻入れを手に取り、その造りと石を凝視する
(なかなかの造りだな)
レンナルトは唸る。
この石はルビーではなくガーネットか。
しかしコレほど大きなものは、ルビーより価値の下がるガーネットでもなかなかお目にかかれない。
箱自体の彫りも、細かい部分も丁寧に彫りヤスリで残すことなく磨かれている。
男爵の自慢の一品だろう。
近づく足音に気づき、音もなく葉巻入れを元の場所寸分違わずに戻す。
「待たせてすまぬな。」
執事頭に扉を開けてもらい入ってきたベネボォリ家の当主。
すまぬと口に出すが、大して悪いと思っていない様子が分かる
「いえ・・・では、施術の注意事項の説明をさせていただきまして、それからすぐに入りたいと思
います。
────昨日お渡しした薬は、エミリア嬢はお飲みになっていますね?」


「うむ、貴公の指示通りに・・・半刻ほど前に眠りに入ったわい。」
「そうですか、では、すぐに取りかかります───分かっているとは思いますが、施術が終わるま
で部屋の中には入らぬように。
余計な雑音で目が覚ますとも限りませんし、消毒した部屋で施術を行います。
雑菌が入ると回復が遅くなります────よろしいですね?」
まるで自分が雑菌だと言われているようで男爵はむっとしたが、この医師、聞けば聞くほど評判が
良く悪い話は聞かない。
しかも、口は堅く医師から話が漏れたなどとの噂も聞かない。
ここで機嫌を悪くさせ、施術を遅らせるわけにはいかないのだ。

自分の短気を棚に置いていい気なものだが、自分中心に好き勝手に生きてきた男爵には、自分の欠
点など見えるはずもないし、ましてや周囲に無償で気を配るなどしたこともないだろう。レオナル
トにも然り、
「分かっとる。」
男爵は将来の自分の繁栄のために調子を合わせた。

ふと、あの良い香りのする少年が側に控えていないことに気づく。
「貴公の助手はどうされた?」
執事に案内され部屋を出ていこうとする医師に尋ねる。
「────診療所に控えさせております。
今日、明日休診にしてありますがもしや急患が入るやも知れません。
重症患者が来たら、私を呼びに来るよう申しつけましたので・・・。」
「貴公は噂通り、仕事熱心なのですな。感服する。」
それは、男爵の本音の感想だ。
「────お褒めいただいて恐縮です。」
そう、レオナルトは男爵に微笑み部屋から出ていった。


(状況にはやし立てられて熱心になってるだけでね)
その状況を作っているのがユーリな訳で、自分はそれに振り回されてるだけなのだが・・・。
前を歩く執事に気づかれぬように溜息をつく。
「・・・レオナルト様、本当に奥様には何の危害はなく策は済むのですね?」
前を歩く執事頭が独り言のようにそっと呟いた。
「その後の処理は奥様にお話しております────後は貴方の協力と黙秘しだいです。」
「・・・・信用して宜しいのですね?
奸策に奥様をはめてはいないと・・・・。」
「奥様の苦しみを取り除いて差し上げ、ご養女を自由にして差し上げたい────これは、貴方も
私も同じ意見。
その代償に・・・爵位も主人も失くしても構わない────男爵に後ろめたくなりましたか?」
「・・・それはありません、私は奥様の御実家から共にこの屋敷に入ったものでございます。
奥様の心が健やかになればそれで良いのですが、これからの生活が苦しくなるのではと・・・それ
を私は案じております。」
「男爵は元々婿養子、爵位だけしか手元にない状態で、金はあるが地位のない奥様と結婚なさった。
男爵が失脚し、離縁したら元に戻るだけ────その後は、貴方が奥様をお慰めなさい。」
「・・・・二十年近くお側にお仕えした私ではなく、たった一晩で奥様のお心を奪ったレオナルト
様がそうするべきだと・・・。」
施術をすべき令嬢の部屋に付く。
「─────貴方は自分の本心を奥様の前で露吐するべきですね。
さすれば、私の心ない囁きなど、偽りだとすぐに分かるでしょう?」
では、手はず通りにと軽く会釈するとレオナルトは一人部屋に入っていった。


それから一刻ほどたち、ベネボォリ家の戸を叩く者がいた。ユーリだ。
先程の執事が、ユーリを待合室に案内した。
程なくして男爵が上機嫌で待合室に入ってきた。
「突然の訪問ですみません、急患で先生でないと対処できそうもなく・・・急ぎ、呼んでもらいた
いのですが・・・。」
「それは困ったことで!しかし、今は施術中、途中で帰られては私も困る。」
「とにかく、僕が来たという事を先生に伝えて下さい。
先生にきつく言われているのです、それで急患の方が儚くなるような事になれば、僕が叱られるだ
けではなく、先生の評判が落ちます。」
それはそうだろうと、男爵は別の若い執事を呼び耳元で何かを囁いた。
執事は嫌悪の表情を出したが、男爵にどつかれ急ぎ部屋を後にした。

「・・・?」
何かきな臭い態度だ・・・。
今、密室で男と二人・・・。
こういう時、自分の身の上にロクな事が起きない────ユーリは経験で知っていた。
男しか興味のもてない男に襲われかけたこともあるし
金があり、暇を持て余している者達は男女構わず性欲に戯れるので、よく狙われていた。

男爵を睨み付け、間を取るために後ずさりする。
「────そう堅くならずに。貴方の先生は暫くしたらすぐに来るだろう。
それまで、少しでも休んでいなさい。」
素早くユーリの側によると腰に手を当て、ソファに誘導する。
穏やかな笑顔を見せている男爵であるが、顔に張り付いたような作られた笑顔でユーリはますます
嫌悪感を募らす。


強引にソファに座らされ、図々しく自分の隣に座る男爵に触れぬよう、端へ端へと移動する。
その動作が、獣を追い詰めた時の高揚感を思い出させ、男爵を興奮させた。
「君はこの辺の容貌ではないが、生まれは何処かね?」
興奮を隠し、普通を装いながらユーリに訪ねる。
「此処からだと、東の方です・・・。」
ずりずりと近寄ってくる男爵を避けながら応え、とうとう後がなくなりソファから立ち上がろうと
した時、腕をつかまれ押し倒されてしまう。

「─────!!何を?!」
「助けを呼んでも誰も来ん、人払いをしてある。」
暴れるユーリをうつ伏せで押さえ込むと、首に巻いていたスカーフで両手首を縛り上げた。
そしてズボンの上からユーリの股間をさすった。
「────やっ!」
「やはり女か」
そう言うと、軽々ユーリを持ち上げ仰向けにし、暴れないように膝の上に乗る。
「あの医師は、稚児がお好みなのだな。────まあ、これだけの容姿なら分からんでもない。」
これから何をされようとしているのか分かっていて、切れ長の瞳が大きく開かれ、重みで表情が歪
んでいる。
が、その、すずやかな顔立ちは、────触れるとたやすく地に落ちる椿を思い出され、伏せ目が
ちに見えるほどの長い睫も、上気して更に赤みを増した紅を付けてない唇も、男を奮い立たせるに
は十分であった。

抵抗できなくなったユーリの身体の線を隠す為に着ていた、ゆったりとしたシャツのボタンを外す
と、はだけてするりと落ちて、さらしで巻かれた胸元と、陶磁のような白い肌が男爵の目を奪う。


「ほお・・・! これはエミリアより肌触りの良さげな。」
感嘆の声を上げ、さらしから逃れている腰の部分をねっとりと擦り出す。
「胸は途上のようだが、この腰の細さはどうだ?東の人間は華奢だというのは事実のようだな。」
「離せ!離せ!!────誰か来て!」
押さえつけられながらも賢明に暴れ、助けを呼ぶユーリの口を忌々しく塞ぎ、男爵は言う。
「縛られた状態で無茶に暴れると、肩を脱臼するぞ。
それに、いくら呼んでも誰も来ん。医師は、二階の奥の部屋だし、此処は私の屋敷だ。
私の命令に従わない者は路頭に迷うだけだと、皆理解しとる────諦めろ、『桃娘』」

まるでユーリだけ、時が止まったように固まった。
こんな遠い国まで流れ着いたのだから、自国の悲しい娼婦人形のことなど話に上らないだろうと
─────。

驚愕して叫ぶのも暴れるのも忘れているユーリに男爵は話を続ける。
「夜会でさるお方から話題が出たのだよ、『桃娘』と言う甘い物しか口にしない娘がいて、甘い体
臭を放ち、不老長寿の効を持つと言う。
─────それに更に強い香りを足した娘もいて、そちらは精力を増大させるそうだ。
一度、この目で見て噂が事実がどうか試してみたいなどと─────申されていた。」
そう話すと、ユーリのズボンのボタンをゆっくりと外し始めた。
「まさかそんな娘がいるとは思ってはいなかったが・・・その驚きようは事実なようだな。」
男爵はにやりと口の片端をあげいやらしく笑うと、身体をずらしズボンを下着ごと太股の付け根ま
で下ろす。


その男爵の行動にショックから覚めたユーリは、今の危機状況に再び焦り、暴れ出す。
男爵は構わず重なるようにユーリに覆い被さると、耳元から首筋に唇を這わせる。
「────いっ!イヤだ!あにさん!あにさん助けてぇ!!」
「この施術失敗したら、慰謝料代わりにお前を貰うとしよう。
エミリアの代わりに献上すれば名目が立つ────その前に私が相伴しないとな・・・ああ、何と
いう甘い香り・・・。」
「失敗なんかするもんか!離せ!あにさん!」
香りに酔いしれたように夢中に首や胸元に唇や舌をを這わす男爵から、懸命に身を捩りながら罵倒
するが、手を後ろに縛られた上、どっしりと身体に乗りかかられてはどうしようもない。

「事が済めばどうとでも物言いはできるんだよ・・・。」
香りに酔ったのか、夢心地の視線をユーリに投げかけそう言うと
股間の黒い茂みに指を這わせ始めた。

─────いや!!─────

ごつごつとした男の指を感じ、恐ろしさで思わずぎゅっと目を瞑った。
瞳に溜まっていた涙が頬を伝う。

「─────成る程、元々その腹図盛りですか。」


怒りを抑えた低い声。
それと同時に圧迫されていたユーリの胸が軽くなった。

「あにさん─────!」
レオナルトに掴み飛ばされ、ソファから転がされた男爵をユーリは踏みつけ、レオナルトの胸に飛
び込む。
レオナルトは、ユーリの腕を後ろに縛り付けているスカーフを外しつつ、しっかりと抱きしめた。

「施術が終わって部屋から出てみたら、助手の叫び声が聞こえたので何事かと駆けつけてみれば・
・・ちっともご養女の身を案じてませんな。」
「・・・くっ・・・!黙れ!たかが医師のくせに!
しかも、その助手が女で桃娘とか呼ばれている娼婦だと言うことを隠しておったな!」
「私はこの子を男とも女とも言ってませんが?
しかも、この子がどういう娘であろうと貴方には無関係でしょう?」
「・・・うう・・・。」
「──────この子にしたこと法政局に訴えても仕方ないですね?」
「・・・・金を積めばどうとでももみ消せる。」
やれやれとレオナルトは肩を窄めると
「─────とにかく、施術は済みました。
執事頭に話してありますが、睡眠薬の副作用で目覚めてしばらくは感情が高ぶってるやも知れませ
ん。
─────貴方を見て興奮し、暴れるかも知れませんので貴方は薬の副作用がなくなる明日の朝ま
で、エミリア嬢に近づかぬように。」
と、厳しく諭す。



「なぜ私が・・・?」
渋る男爵に
「私の目は節穴ではありませんよ、嬢に何をしてきたのか──────此処は大人しく言うとおり
にするのですね、でないと・・・困るのは貴方でしょう?色々と・・・。」
男爵は黙るしかなかった。
それでは、と、ユーリを連れて屋敷を出た。

待たせていた馬車の御者にレオナルトは
「此処から一番近い国境の門に行ってくれ、できるだけ急
いで。」
そう伝え、ユーリと二人馬車の中に入る。
馬車の中は、診療所から持ってきた必要最低限の物が積み込まれていた。

このまま、この国を離れる故郷を越えつもりなのだ。
「エミリア嬢と恋人は先に国境を越えたのか?」
「うん。」
「しばらくはこの国に帰るな─────と、伝えてあるね?」
頷くユーリ

一昨日、ユーリに懇願されたレオナルトは
その夜に男爵家に忍び込み、奥方と密会。
主人が養女にしている仕打ちと、自分が蔑ろにされている現状に塞ぎがちの奥方に

「主人とも養女とも離れ、自由になれる方法がある。」

と、持ちかけ奥方と執事頭を味方に付け、策を練り決行した。


濃度の薄い睡眠薬を嬢に飲ませ、一時期寝てもらい、男爵の安心を買う。
自分が部屋に入る頃には嬢は目が覚め、駆け落ちの準備に入る。
窓から外へ出て、馬車を待たせ待機しているユーリの元へ行き、嬢とユーリを乗せた。
ユーリは途中で別の馬車で待つ恋人に嬢を引き渡し、こちらに戻ってきて
「急患だ」
と、レオナルトに引き渡し完了の言葉を伝え、自分達も屋敷から出て国を離れる
時間の無い中での策の決行な為、嬢が妾としてはいる貴族の内情や男爵の上の貴族達の繋がりがどれ
ほどのものなのか、十分な下調べができなくこのまま、この国にいるのは危険な気がしたのだ。


「ユーリ、こちらへおいで。」
馬車の御者はレオナルトの言葉通り、急ぎ馬車を走らせているせいか、中は揺れが激しくユーリは
乗り物酔いをしたらしく顔色が悪い。
大丈夫というユーリに、他に心配事があるレオナルトはひょいと彼女を自分の膝の上に乗せた。
「この方が揺れが少ないだろう?国境まで時間がかかるからこうしてなさい。」
と、肩から腕を撫でる。
「どこも痛めていないようだな・・・痛いと感じる場所はあるか?」
─────そう、後ろに腕を縛られ押さえつけられた上に、暴れて抵抗したので、肩や腕を痛めてい
ないか心配したのだ。
「平気、私、身体柔らかいもの。」
酔いで青ざめながらも微笑むユーリの頭を撫で、労わる。

策を練る時間がなかったために、予想外のことも起きた。

男爵がユーリの正体に気づき襲いかかって来たこと。
執事頭が慌てて知らせに来なかったら、ユーリは陵辱されていた。

それに─────『さるお方』────身分の相当高い人であろう・・・。
下手に残ってうろついていたらユーリが狙われる。


それと・・・
男爵の奥方と情を交えてしまったこと・・・

(まさか、あんな若い奥方とは・・・・)

奥方の寝室に忍び込み、男爵と同じくらいの年代だと、天付きの寝台のカーテンを開けた。
中にいたのは三十代そこそこの、淑女であった・・・。

透ける素材の夜着を着込み、ろうそくの頼りない灯りに透けて見える熟れた身体を持て余している
切なげな視線・・・・。

放っておけない風情で・・・交渉ついでについ・・・。

それに・・・
診療鞄からはみ出ている葉巻入れ─────ユーリを助ける際についでに持ってきた。

昔の盗賊の癖─────いや、今でも現役のつもりだが
奥方も寝取られ、葉巻入れを盗まれ、その上、嬢まで逃がした─────それを知った男爵が怒
りのあまり何をするかも分からない。

だから、この国から一刻も早く出るのが一番良い。

ユーリの為にも自分の為にも

乗り物酔いでぐったりしているユーリを横目に、つらつら考えた。


・・・・ユーリの『お願い』に毎回振り回されて、腹立だしく、この知らない土地に放り投げてやろ
うか?と何回思ったか。
しかし、そう思う反面、このまま放り投げ手放したらそれはそれで心配で仕方ない。



この子の気質も知らず、欲情のみの対象で見られるのはレオナルトには耐えきれないことだった。

認めたくは無いがこの幼い少女に、惚れてしまっている。
次は静かに暮らしたい─────次はユーリはどんなやっかい事を運んでくるのか
期待と──────不安

とにかく、今、思い巡らしても仕方ない。
国境に着くまで仮眠を取ろう。
桃娘が自分の膝の上で大人しくしている間は、何も問題は起きないのだから・・・・。



                         桃娘異聞(いつもお願いは始まり) 後編  終 


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