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続・タイトル不明 1

7_628氏



アーレント・アルヴェルティ小隊長は大いに悩んでいた。
彼の寝台の上、目の前には十五、六の少年がすやすやと寝息を立てている。
栗色の髪の、実に愛らしい少年だ。睫毛は長く唇は適度に厚い。
起きているときはそれは綺麗な碧眼で――

いや。間違えている。
彼は少年ではない。
少女だ。
女人禁制のこの王都営舎に、なぜ女が。
それも男の格好で、軍人として。
というか、ついさっきまでこの女はアーレントの部下であり、男だったはずだ。

いや、三十分やそこらで性別が変わるわけがない。
頭が混乱している。冷静になればすぐに分かることだ。

「ああ、なるほど」
男言葉を使い、男のように振る舞い、男と名乗る。
「男装か。嘘を吐いていたわけだな。軍規を犯していた、と」

もう一度、アーレントは眠る人物を見た。
今度は最初からそのつもりで。

「……冗談じゃないぞ」

無防備に眠る美少女が、そこにいた。



思えば、廊下で出会った時から、その夜のシトウェル・クライヴは様子が変だった。

深夜二時に風呂上りというのがそもそもおかしい。
今にして思えば、それも連日連夜の事だっただろうと推測できる。
なるほど、人の部屋で寝こけてしまうわけだ。

曲がり角でシトウェルにぶつかった時アーレントは歩いていただけだったが、小柄なシトウェルは尻餅をついた。
立ち上がるよりも先に、舌打ちをし、アーレントのことを馬車馬と呼んだ。

「たく、廊下を走るな」
「走っとらん」
「じゃあもうちょっと優しい体つきになれ」
滅茶苦茶な言い分だが、この程度はシトウェルの常だ。
いつもならここでアーレントが適当にあしらって終わりだったが今回ばかりはそうもいかない。
時刻が時刻だ。

「……気をつけろよ。じゃあな」
「待て。お前こんな時間に何してる」
言ってから、アーレントはシトウェルの髪の毛が濡れていることに気がついた。
手にはちょうど、着替え一式が入るほどの袋を抱えている。
ふっくらした頬がほんのり赤い。

「風呂か。こんな時間に?」
「……悪いか」
シトウェルの視線が床を滑った。
「大いに悪い。皆と同じ時刻に入れよ」
「俺だってそうしたいさ」
「何だ? 事情があるのか」



悲しそうというかなんというか、少年の表情がくしゃりと歪んだ。
「持病でさ。激しい運動をした日には腰が痛くて。骨が軋むんだ」
「ひどいのか」
「それはもう。だからこうして、夜皆に隠れて温めてる。腰が痛いとかばれたら格好悪い」
「医者には?」
「言ってない」
骨が軋むとは。
アーレントも肩に障りを抱えている身、その苦しみはよく理解できる。
苦しそうな、でも秘密を打ち明けて少しほっとしたような、シトウェルの巧みな(と今になって思う)表情も相まって、アーレントはこの言葉を信じ込んでしまった。
もちろん嘘八百だったわけだが。

「そいつは難儀だな……」
「だろ? だからお願い、見逃して……」
両手を合わせ、珍しくも懇願の体勢に入ったシトウェル。
だがこのとき、アーレントは彼よりも彼の荷物を見ていた。
締まった口から、白いものがぺろんとはみ出ている。

「ん? それはなんだ」
「それ?」
「包帯か」
引っ張り出してみると、するすると伸びてきた。
随分長いが、包帯にしては目も粗く、厚い。
「あ! うわ、これはほら…… きょ、矯正用!」
「腰に巻くのか」
「そう! こうやって、ぐるっとね! おい、べたべた触るな頼むから!」

シトウェルの顔からは湯上りの色は消え果て、冷や汗まで浮かんでいた。
もしや、さっき転んだとき腰をぶつけたのではないだろうか。
シトウェルはどこが痛いとも言わないが、そういえばそのあたりをさすっていたような気もする。
アーレントは同情した。
この年で兵隊になり、腰痛持ちとは。
しかもそれをひた隠しにするとは。
見上げた根性だ。



「よし。俺の部屋に来い。一人では腰に巻くのも一苦労だろ?」
一瞬、シトウェルの顔から全ての表情が消えたことに、アーレントは気付かなかった。
「――いい!」
「遠慮するな」
「してない! 慣れてるから自分で出来る!」
「そうか。だがマッサージは一人では出来ないだろう」

嫌がるシトウェル(『かどわかしだ!』『やめろ変態!』)を引きずり、部屋に連れ込んだ。
それでもまだ逃げようとするシトウェルを何とかなだめ、押さえつけ、部屋の電気を点けないという奇妙な妥協案の末、彼をベッドにうつぶせに寝かせる。

シトウェルは落ち着かないようである。
暗闇の中ぼんやりと、しきりに上半身をくねらせているのが見えた。

本人の強硬な希望で、最初は服の上からマッサージに励んだ。
服が厚めだったこともあるが、この時点でアーレントは、シトウェルの腰が細いこと、男にしては柔らかい肉付きだと思っていただけだった。
痛めているのだからほぐすように優しくしたつもりである。
「加減はどうだシトウェル」
その甲斐あってか。
返事はない。よくよく耳を澄ませば静かな寝息が聞こえる。
開始三十分のことだった。

アーレントはちょっとばかり気を大きくした。
あれだけ嫌がっていた子供が、こんなに気持ちよさそうに眠っている。
今日はこのままここで寝させてやっても良い。
朝起きて、驚く顔もまた見物である。

ひょいと、シトウェルの服の裾を摘んだ。
どうせ眠っているのだ。
じかにやった方が、効き目がある。



裾から手を突っ込み、腰に触れたところでアーレントはやっといぶかしんだ。
服のごわごわした邪魔を削除した感触は、あんまりにも肌理が細かい。
すべすべと指が滑る。
温かいのも気持ちよく、手の平がうっかり意味のない往復をする。

「ん……」
シトウェルが身じろぎをした。
慌てて手に力を込めなおす。
今起きられたらそれこそ変態呼ばわりされそうだ。

わき腹を掴むような姿勢。
親指でごく軽く、骨の周りを押していく。

――ここで、気付いた。
手の平が追った腰の形。
くびれがある。

「…………いや」
もちろんすぐに否定した。そんなことがあってたまるか。
細い腰の男というのはいるものだし、シトウェルは子供、細くて当たり前だ。
だが、どうも……気になる。
「悪いシトウェル。ちょっと確かめさせてくれ」
小声で呟き、しばし手を宙で固め、迷う。
「……下、はまずいな」
平らな腹の下にゆっくり手を滑り込ませ、服を捲り上げながら頭の方向に滑らせる。
触れた腹があまりに温かかったので、シトウェルが自分の手を冷たく感じているのではないかと思ったがそれは杞憂に済んだ。
シトウェルは目を覚まさない。寝返りも打たない。

「……あれ」
手の甲に触れているはずのシーツなど感じなかった。
感覚は全て手のひらの上、柔らかいものにのみ集中した。

「嘘だろ?」






「アーレント!」
「なん、なんだ」
「五回も無視したな」
「……悪い」
「いや…… あのさ、昨日のことなんだけど」

結局あれから一晩明け、どうしたかというと、どうもしていない。
悩んだだけである。
時々寝返りを打つシトウェルを前に一時間、とりあえず部屋から追い出そうと思いついてから十分。
彼女を抱え上げ、部屋で下ろし、自室に帰還するまで十分。
それから朝まで考えていた。一睡もできず。

「ああ、そのことだが俺からも話がある」
シトウェルは緊張した仕種で首を傾げた。
「何?」
「大事なことだ。今日の夕方、俺の部屋に来い」
彼女もやはり、確かめたかったのだろう。
何かを納得したように、小さな肩を落として頷いた。

一応の結論は出た。
たった今出た。
この綺麗な少女が剣など掴む様を、見て見ぬふりなどできない。
昨日までなんとも思わなかった腕の切り傷、大股歩きにすら痛々しさのようなものを感じてしまう。
間違っている。
女性には平和的な場所で笑っていて欲しいではないか。



書類の散乱する木の机の上に腰掛け、シトウェルはどうも固い印象であくびをした。

「昨日は本当にしくじったよ。間抜けにもほどがある。すごい笑い話だまったく」
「いや、俺には笑えん」
閉めた扉を一旦開き、周囲に誰の気配もないことを確認して再び閉める。
今度は鍵をかけた。

「本名は? シトウェル・クライヴ」
「どうしてそんなことを?」
「しらばっくれるな。お前が女だからに決まっているだろう」
ひと睨みするとシトウェルは赤い舌を出した。
「ああ、やっぱばれてたか。一応確かめておかないとさ。シトウェルは本名。苗字は嘘っぱち」
彼女が座っている机の後ろに、大きな窓がある。
夕方から夜に移る直前の寂光が、あかがね色のカーテンを介して彼女を背中から照らしていた。
物は置いていないつもりだ。
狭い一人部屋には寝台とささやかな棚、机と椅子しかない。

「あんた紳士だったんだねアーレント。知らなかった」
昨日はな、と言おうか迷い、アーレントは口をつぐんだ。
今朝彼女は大いに慌て、後悔し、それから少しほっとしたことだろう。
男の前で寝こけても何もされなかったのだから。

「話すことは一つだ、シトウェル」
ぶらぶらと前後に揺れていた、シトウェルの足が止まった。
「ここを出るんだ。真っ当な、女の就く仕事に戻れ。それか男を見つけて子供を産め。お前のしていることは間違っている」
予想していたのだろう。シトウェルは聡い。
聡い、生意気な、可愛い子供だ。

「嫌だね」
頬を歪めただけのような笑顔で、少しもためらうことなくシトウェルは言い切った。
「どうしてそんなことお前に言われなくちゃならない。稼げる仕事を全部男にやるなんてうんざりだ」
「稼げる仕事じゃない。危ない仕事だ」
「何も危なくない。たまの諍いのどこが危ないんだ」
「人死にはある! こういう血なまぐさい事は――」
「剣の腕なら男にだって負けない!」
「そういう問題じゃない!」
「うるさい唐変木!」
シトウェルはいつのまにか机から降り、噛みつくような視線でアーレントを見上げていた。
確かに、可愛い子供のはずなのだが。
これは人の目だ。戦う人の。反抗する女の。

鍵をかけた。カーテンも引いてある。

相手はこちらの胸倉を掴んで唾を飛ばしている。
そっちがその気なら、多少手荒な真似になっても――脅かすだけなら。
彼女のためだ。



アーレントは静かに襟ぐりを掴む小さな手を掴んだ。
華奢で白い。
これで男に混じっていたのだから正気の沙汰じゃない。
「こういう危険は考えたことないのか。命を奪わず、ころされる」
「……仲間にか?」
アーレントは固まった。
けれどそれは表面に出ないほど僅かな時間。
シトウェルの手首を片手でまとめる。
力を込めた。
抵抗はなかった。
「そうだ」
「俺は」
初めて、シトウェルの眉が歪んだ。
「男だからね。俺を抱く奴は、だから変態。腹の底から蔑んで、死ぬまでそいつのことを馬鹿にしてやる」

怯えを目の奥にちらつかせて、ここまで大口を叩けるとは。
さすが、試験と訓練を乗り越えてきただけのことはある。


「わ」
突き飛ばすには距離が遠かった。
心のどこかに可哀想という感情があったのも嘘ではない。
抱えて、すばやく投げるように寝台の上にシトウェルを降ろした。
落下の瞬間、青い目はアーレントの腕を見ていた。
「お前は女だ。だから俺は変態じゃない」
シトウェルの手が引っ掻くような仕種をした。足も暴れる。
「いい加減にしろ! アーレント、お前こんなことする奴なのか!」
「騒ぐと外に聞こえる。問答無用で追放だ」
「お前もな!」
「確かめていたと言えば済む。今なら」
体重をかけたら折れてしまうのではないかと思ったのは初めてのとき以来だ。
それほど力を込めた。
シトウェルの力は予想以上に強く、何発か殴られ引っかかれ、やっと四肢を取り押さえた。

「くそ! くそ! 力だけは強いんだよお前らは! 放せ!」 
「そうだシトウェル。お前は適わないんだよ。どんなに鍛えても」
「そんなのまだ分からない!」
「軍を止めると言え。神と王に誓って、これからは体に傷のつかない生活を送ると」
埃が舞う過程でめくれ上がった裾から、昨日は気付かなかった青あざが見えた。
槍か何かで突かれたのだろうか。
そこかしこに似たような跡がある。きっと全身に。

「……そうしたら俺は」
「止めるって? ゴーカンを? ふっざけんなよ、ちくしょう!」
シトウェルの膝関節が曲がろうとするのを足で押さえる。
「んなこと、言…るわけないだろ、馬鹿アーレント!」




「降参したくなったら、いつでも言え。すぐに言え。そうじゃないと、俺が本気で困る」
傷つけることになる。
昨日の晩まで軽口を叩きあっていた仲間を。

後には引けないかと考えたが、それを能動で可能にする手段は見当たらなかった。
ここでやめてしまっても、シトウェルには裏切られたという認識で記憶が残るだろう。
それはなぜか、耐え難い。
最後まで、もしくは、彼女に止めてもらえば。
「……責任転嫁できるな」
自分はシトウェル自身のこれからを思って、と。
卑劣だ。
卑怯だ。
最低だ。
これでは抱きたくなったから押し倒してみましたの方が、まだかわいい。

「本気で恨むぞ。ものすごく、お前のこと嫌いになるぞ」
「おかしいな。お前は俺のことを既に嫌っていたものと思っていたが」
「今以上だ」
「……構わない」
脱がされる自分を見たくないのだろうか、ずっと睨みつけていたシトウェルの視線が脇に逸れた。
白いさらしの結び目を解きながら、アーレントは思った。
そういえば昨日、巻いてやらなかった。
右腕でシトウェルの両関節を押さえながらの作業だがそれは意外とすんなり済んだ。
シトウェルは時おり体を震わせる以外は抵抗なく、それでも必死でシトウェルを拘束する自分が滑稽である。



「なあアーレント」
想像よりあざは少なかった。
そして、綺麗だった。
「止めときなよ。ほら、今ならまだごまかせそうだ。し、身体測定とかって」
「こっちの台詞だシトウェル。今なら、まだ……」
情けないことに、この早い段階でもう断言できなかった。
十六歳という年の女を抱いたことはないが、おそらくはその平均と思われる小ぶりの乳房。
薄暗い部屋の中で白く浮かび上がった気がして、目を細めた。
その頂点についているものはまるで小さい。
鼓動が激しいのか、不安げに揺れている。
思わず手をかぶせた。
「ちょっと、やめ……!」
アーレントと同じように、彼女にも言い切ることは出来ないようだ。
半ば恐喝のような条件を承諾しない限り。

それがどういうことか、ゆっくり考える余裕がもう、アーレントにはない。


昨晩も思ったことだが、シトウェルの肌は本当に手触りがいい。
色と見目だけなら確かに上がいるかもしれないが、絹と卵の中間のようなこんな女をアーレントは知らなかった。
色素と量で、こんなに薄く薄く透けた秘部も初めてみた。
「ん……っ、もう、あの、そこはだ、だめだ」
秘裂に指を滑らせる。
頑なではあったが、濡れた入り口に突き当たった。
なんどか往復してから、指を滑り込ませる。
「…………っ」
第二関節まですんなり入った。
温かく、柔らかく、時々慌てたように締まるのがシトウェルらしい。

優しい男ねと言われたことがある。
優しすぎて私には物足りないと。
以来、乱暴を試みたこともあったが、今はどうしても優しくなるしかなかった。
優しく犯すというのも変な話だが、可愛い部下の――そうだ、可愛い、シトウェル相手には。



吐息の湿度が高い。
日の光はもう、最後の一片になっているのか、それに縋るようにアーレントはシトウェルを見た。
目を瞑っている。
まぶたを撫でて、開けさせる。
潤んだ明かりが小さく灯った。
短い髪が汗で頬に張り付いている様、困ったように眉を寄せて、傷ついたことを隠すみたいに唇を結んで。
「綺麗だ」
目が離せない。
嘘はどこにもない。
「女のお前の方が、俺は……」
だが、口にも出来ない。
行為は睦言の入る隙間のない種のもの、一方的なものなのだから。
青い目があまりに澄んでいて、どいうなりゆきでこれが始まったのか忘れそうになる。
「なんでもない」
「だったら」
シトウェルの瞳がいっそう濡れた気がした。
「……最初から何も言うな」

ぞくぞくした感覚が背筋を這うのを、もうずっと我慢している。
さっさと太ももをわしづかみにしたかったが、このまま挿れても彼女は処女、達するなんて到底出来ないに違いない。
痛い思いをさせ、彼女の望まぬ手段で初めてを奪うのだ。
せめて一度くらいは。


「は? アーレント!」
抗議の声はすぐに掻き消えた。
閉じようとする腿を押し返し、顔を寄せる。
独特の香りが好ましい程度に鼻を擽る。
そっと息を吹きかけると、入り口がぴくりと動いた。

「アーレント、何、する……」
触れるようなキスを丘の上にしてから、彼女をいじめにかかる。



「あ、え、ああ、なに、これ、んんっ……アーレン、ト」
こんなときに幸福を感じてしまうのは、間違いのような気がする。
まだ早いという意味でも、犯罪行為の合間だという意味でも。

「ひっ、あ……っ」
どこもかしこも控えめだった。
招き入れる花びらも薄く、もちろん蕾もとても小さい。
舌先でないと扱えないような気になるほどだ。
シトウェルは自慰を知らないのだろうか。
漏れる声に驚いたように自分の口を手で塞ぐ姿は、感じているのと半々で途方にくれている感がある。
可愛いと思って見つめると気付かれた。
「こっち、見んな、ばか……」
彼女が意図した睨み方になっているか、甚だ怪しい。
蕾を絡み取るように舐めると、シトウェルは子犬のような声を上げて目を瞑った。

そろそろ追い詰めていいかもしれない。
でないと、こっちが先にどうにかなってしまう。
追い詰められているのだ。とっくの昔に。
「あ、あ、…レン、待っ……ああっ!」
口周りで舌が鳴ったのか、シトウェルの部分が鳴ったのか、卑猥な水音が大きな存在感を持って耳に届いた。

細い腰が浮いた。
シトウェルを見る。表情を。
半開きに綻んでいた唇がきゅっと閉じ、薄暗がりのなかで瞳が星のように輝いた。
荒い呼吸の、甘い香りが届いてくる気がする。

ああ、そうだ。
眉を寄せる表情というのをシトウェルは普段からよく見せていた。
その皺が寄ったのを何度も見ていて、なぜ彼女が女だと気付かなかったのだろう。
シトウェルが今度顔をしかめた時、今日を思い出さずにいられるか自信がない。

無駄な脂肪のない、引き締まった腹が一瞬しなり、すぐに落ちた。




「……悪いが、シトウェル」
シトウェルはぼんやりと、何が起こったかわからないような顔をしていた。
「まだ終わらないんだ。いや、その……」
本当なら、ここで聞かなければならないことがある。
まだ軍を辞める気はないか。
そうしたら、ここで止めてやると。
シトウェルは何も言わなかった。
アーレントが何に躊躇したのか良く分かっているはずだ。
つくづくひどい、と口の中だけで呟いて、アーレントはシトウェルの足を掴んだ。

「…………ほん……に」
シトウェルが呟いたとき、よりによって先っぽだけ挿入されたという状況だった。
じりじり、冷や汗すら流している心地でアーレントは彼女を見下ろした。
「アーレント、本当に……」

――今さら。
答えの代わりに、腰を押し進めた。

「い……!」
泣かれたらという想像が一瞬頭を過ぎったが、シトウェルは痛いとすら言わなかった。
ひたすら歯をくいしばっているようだ。
この狭さで痛くないわけがないのに。
呼吸音だけが急激に高まった。

繋がった部分から頭に、感覚が総動員で走る。
だめだ。
理性がはじける。
そこから先は、快感を貪る動物だった。






カーテンを引くと、赤みがかった大きな月が低いところで輝いていた。
雲が早い。

「あーあ」
アーレントが振り返ると、肩までシーツで隠したシトウェルが頭を掻いていた。
「俺が明日馬に乗れなかったらどうしてくれる」

なんと答えればよいやら。
迷って、ごく真っ当なことをアーレントは呟いた。
「辞めちまえばいい」
「どこで働くのさ」
「手配してやる」
「ここ以上のお給料で?」
「それは……何だ、できるだけだな」
「話にならない」
言葉を濁してしまうあたり、出世しないタイプだとアーレントは自分で思う。
「話にならないけど……頼んでやろうかな」
小声で吐き出されたシトウェルの言葉に、アーレントは顔を上げた。
どうして急に、あんなに拒んでいたものを。
「ああ……ああ、必ず、いいところを見つけてやる」
「どうだか」
「まかせろ。シトウェ……」

――これは多分、一生ものだ。
一生引きずる後悔に違いない。

「…………」
アーレントは足元を見た。
月明かりで伸びた影は寝台に、シーツの波の上で泣いているシトウェルに届きそうだ。
何度も口を開き、謝りかけ、言葉が見つからず途方に暮れた。


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