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二重奏/3

ひょこ ◆13unNQzqXw氏

映画館の前に着いて携帯の時計を見ると、10時48分を指していた。
だいたい10分前か、ちょうどいいくらいについたな。
館内へ入っていくカップル達の列と、その周りを見てみるがカナデと乃木さんはまだきてないようだ。
しかし、カップルが多いのはこの映画のせいなんだろな。
チケット売り場の上にある男女が描かれたポスターを見ながら考える。
その映画は感動できる恋愛ものとして大ヒット上映中の映画…らしい。
俺はそのポスターの隣にあるような、スカッとしそうなアクションものばかり見るのではなから眼中にない。
だが乃木さんが選んだ映画という事は、この恋愛ものだろうな。カナデもこういうのが好きそうだし。
いや、昨日乃木さんと話した感じではこっちのアクションものって可能性もあるな。
「ソウくん、おはよう!」
後ろから呼ばれて振り返ると薄手のセーターにロングスカートといった、おとなっぽい服装の乃木さんと、小学生がいた。
いや、カナデなんだが上はTシャツにパーカー、下はハーフパンツに白ソックス、スニーカーといった組み合わせなので小学6年生くらいにしか見えない。
「なあカナデ…その格好…」
俺の思わず出た呆れたような声にカナデは自分の服を見て恥ずかしそうにする。
「このパーカーお兄ちゃんのおさがりだから、やっぱりデザインが古いかなぁ?」
違う。恥ずかしがるところはそこじゃない。
学校でも小さいとは思っていたが、服装次第でここまでとは。
やっぱりガクランの力は偉大だ。
「カナデ、これからも学校にはガクランで通おうな」
私服だと迷子だと思われるかもしれないし。
肩を軽く叩きながら諭す。
「えっと、よくわかんないけどもソウくんもね」
頬を染めながら恥ずかしげに返してくる。
だから何故君は頬を染める。
「ほらほら、いちゃついてないで、中に入るわよ」
降りてきたエレベーターの前で乃木さんが俺たちを呼んでいる。
「あれ?ハコちゃん、エレベーター使うの?」
「当たり前じゃない、私4階まで階段で上るのなんて嫌よ」
「4階・・・?」
乃木さんの言葉にエレベーター横にあった、階ごとの作品を表示した掲示板を見てみる。
2階:件の恋愛映画とアクション映画、カップル供が階段にズラズラと向かっているのはこのためか。
3階:アニメ映画、親子連れの姿がちらほらと、あまりはやってないのだろうか?
4階:?…あーるしてい?
「乃木さん、何だか妙なマークがついてるんですけど」


「だから昨日、学生証持ってきてって言っておいたでしょ?」
真っ赤なインクが踊るようなポスターを指しながら、あっさりと言ってのける。
「にしても、なぜに年齢制限がつくようなホラー?」
「せっかく貰ったんだから勿体無いじゃない?」
「た、確かにタダならいいか」
そう自分に言い聞かせ、エレベーターに乗ろうとすると、袖を引っ張られる。
「あん?何だよカナデ」
振り向いてみると俺の袖を掴み、引きつったかのように固まっているカナデがいた。
どうやら、カナデも何の映画を観るのかを知らされていなかったようだ。
目の前で手を振ってみる。反応なし。
「おーい」
呼びかけてみる、反応なし。
仕方ないので、指で両わき腹を軽くなぞってみる。
「っひゃん」
との無駄に色っぽい声とともにカナデが再起動する。
「ソ、ソウくん!いきなり何するの!」
「いや、ただ気づかせようとしただけだが、どうする?怖いならやめとくか?」
どう見ても気の小さそうなカナデにはキツイ気がする。
するとカナデは俺と乃木さんの顔を交互に見て、言った。
「だ、大丈夫。2人と映画見たいから頑張る」
そうだよな、男なら女の前でビビってられないよな。実は俺も怖かったが、カナデの根性に覚悟ができた。
「よし、いくぞカナデ!」
「うん!」
二人で共に気合を入れエレベーターに向かう。
「なに、盛り上がってんだか・・・」
乃木さんのあきれたような視線は無視することにした。


そして映画が始まって。
「ひあぁぁ!ヤモリがぁぁぁー!」
とか、
「ひゃうぅぅ!目がー!耳がぁ!はにゃあぁぁ!」
とか、
「体が3分割ー!」
てな具合に叫んではカナデが抱きついてくる、耳元で叫ばれるからさっきから耳鳴りがやまない。
とは言え、俺も窓とかから急に出てくるようなシーンではいちいちびっくりしてるので、情けないのは同じだが。
乃木さんは普通に見ながら、カナデが叫ぶところや、俺とカナデが同時に竦みあがるのを見て笑っている。
まったく、男二人で情けない散々な結果だった。


すっきりした顔の乃木さんと疲れ果てた二人で扉を開け、通路に出る。
「いやー、面白かったわねー」
「しばらく、お肉食べたくない」
「俺も今日は食いたくない」
俺たちの言葉に乃木さんは思いついたように、手をたたき、提案する。
「時間もいいし、お昼食べに行こっか」
時計を見ると13時、確かにいい時間だとは思う。


「ほら、ステーキハウスの割引券もあるし」
「ハコちゃん!!」
「あー、冗談よ冗談」
そんな会話をしながら歩き出す二人に俺は声をかける。
「ごめん、先に出ててくんないか?」
「どうしたの、ソウくん」
「いや、そのトイレだよ」
さすがに乃木さんの前で堂々と言うのは恥ずかしく、小さくつぶやき、「出口にいるねー」といった、声を背に受けながら逃げるようにさっさと歩き出した。


恐怖に縮こまったモノにため息をつきながら、用を済ませと振り返ると、エプロンをつけたゴツイ映画館の従業員と軽くぶつかる。
「あ、すみません」
との声に聞き覚えがあたので、2m近いところにある顔を見てみると、中学時代に色々と世話になった大木悦次先輩の顔が合った。
「大木先輩じゃないですか、ここでバイトしてるんですか?」
「ん?ソウマか!いやー、ますますいい男になって」
とか何とか言いながら、全身を嘗め回すように見てくる。
「そ、そりゃどうも」
「相変わらず男には興味はないのか?」
「え、えぇもちろん」
残念そうな顔に少し引き気味に答える。
この人は大木悦次先輩、中学時代最初に俺に告白してきた人間だった。
俺が男には興味がないことを伝えると、残念そうにしながらも、その後はいい先輩として色々と助けてもらった。
例えば、体育倉庫に連れ込まれたときとか、保健室で寝てたら男の保険医に狙われたときとか。
真っ黒な中学時代を振り返っていると、先輩が用を足しながら話しかけてきた。
「今日はもしかしてデートか?」
「いやだなぁ、そんなんじゃないですよ」
乃木さんの顔が浮かび、少し期待をしながらも否定する。
「お、何だその照れようは?ついに春が来たか」
とかなんとか、手を洗いながら話していると、入り口横に立っているカナデがいた。
「あ、ソウくんハコちゃんがお腹空いたから早く、だって」
「おぅ、もう終わったぞ。けどわざわざその為に来たのか?」
俺の質問に、カナデはモジモジしながら黙ってしまう。妙な雰囲気に変なことを聞いてしまった気がして、どうしようか迷い、
「カナデ、この人は俺が中学時代に世話になった大木先輩だ」
話題を変えることにした。
その言葉にトイレから出てきた先輩と、カナデがお互いに顔を見て二人とも固まった。
まあカナデはわかる、ホラー映画見た後に大木先輩の顔は怖い、だって滅茶苦茶いかついから。
しかし、なぜに先輩まで?
「なあ、ソウマ…」


ゆっくりと優しい声で威圧してくる大木先輩。
「な、なんですか?」
「この子は誰だ…?」
ま、まさかカナデに惚れた?やばいぞ、せっかくできた親友を魔道に落とすわけにはいかん!
「せっ先輩、こいつは!」
「言い訳はいい、お前、わしの告白を断ったときにこういったよな、男には興味がない。と」
「は、はい」
「それ以来、せめてお前にとってよき先輩であろうとし、わしもそれで満足だった」
「は、はぁ」
な、なんだか変な流れじゃないか?
「だが、その子はなんだ、いや別にわしを振ったことは恨んではおらん、ただなぁ、ただなぁ」
先輩の周りにゴゴゴといった効果音がつきそうな空気が集まっていく。
まずい、これは逃げるべきなんだろう、退路の確認をすると奥のほうに非常階段の扉が見えた。
置いてきぼりにならないように、カナデの手を先輩から見えないようにそっと握ると、「あっ」と言いながらカナデが潤んだ目でこっちを見上げてくる。
頼むからその反応やめてくれ。
「嘘でわしの純情を踏みにじったのが許せんのじゃー!」
「よく分からんが!カナデっ逃げるぞ!」
爆発した先輩に捕まらないように、手を引いて走り出す。
扉をくぐり、先輩が来る前に扉を閉める。ガンガンと叩く音に焦りつつも外にあったほうきや、ゴミで扉が開かないようにし、階段を降り始める。
「ショタ趣味ならそう言わんかー!それならわしにも努力のしようがあっただろうがー!」
「あんたどの面下げて、んな世迷言言ってやがる!」
「半ズボン履くぞ!なんならランドセルを背負ってもいい!」
上から聞こえる扉越しの声に思わずイメージしてしまう。
2m近い筋骨隆々の男の半そで半ズボンランドセル姿を…
「そりゃ犯罪だー!!」


映画館からずっと路地裏を通り、しばらく進んだ公園で一息つく。
「ここまで来れば大丈夫だろ」
肩で息をしているカナデに振り返りつつ、話しかける。
「…ぅう、ソウくん…足…速い…」
「そっちのベンチに座ってろ、なんか飲み物買ってくるから」
俺のせいで逃げなきゃならなかったから、ジュースくらい奢るべきだよな。
近くの自販機に小銭を入れ、自分用にC○レモンを一本買う。
「やべ、小銭がない」
つり銭切れのランプと自分の小銭入れの中を見比べながら、考える。
「一本を分けりゃいいか、侘びの分は別の物でもいいし」
ペットボトルを開けて、一口飲んだ後ベンチへと戻る。


ベンチには疲れを漂わせたカナデがボーっとして座っていた。
「ほれ、炭酸だけどよかったか?」
俺の言葉にこっちを見てペットボトルを受け取る。
「うん、ありがとう。ハコちゃんにメールしたらこっちに来るって」
「そっか」
そしてカナデは開けて飲もうとし、蓋に手をかけたところで動きが止まる。
「ん、どうした」
「これ、ソウくんのみたいだけど飲んでもいいの?」
「ああ、気にするな」
大木先輩の勘違いで走り回らせたしな。
俺の言葉にカナデは、何処となくゆっくりとした動きで二口ほど飲む。
「はい、ソウくん」
受け取り、俺が再び飲んでいるとおずおずとカナデが話しかけてくる。
「ほんとによかったの…?」
なにが?とカナデに目でたずねる。
「えっと、その、間接…キス」
ファーストキスはレモン味、そんなフレーズが思い浮かぶと同時に青空に向けて吹き出していた。
「ゲホッ、な、何馬鹿な事言って、お、男同士で間接キスも何も」
近づいてきたカナデが俺の顔についたジュースをハンカチで拭きながら少し悲しそうな顔をする。
「あのねソウくん、私女の子だよ?」
「へっ?女の子?」
女の子って言うとあれだよなぁ、俺は男の子だから女の子じゃないわけでアレがあっておっぱいが無くて、乃木さんは女の子でおっぱいが大きいわけで、カナデのおっぱいは見当たらないけどおっぱいの小さい女の子もいるわけで。
なんだかハンカチとカナデからジュースとは違う、甘いようないい匂いが、ああそうか、カナデは女の子なのか…
「そーかそーかかなではおんなのこか…」
「ソ、ソウくん?」
そういわれて見ると確かにかわいいよなぁ、最初に話したときクラッときそうだったし。
今の服装もボーイッシュて感じに見れば、なかなかだし。
「そーかぁ、かなではかわいいおんなのこだねー」
「ねえ!本当に大丈夫?そんなにびっくりしたの?」
心配そうに見てくる顔もかわいいなぁ、うんうん。
「…って、んなバカなーっ!!!」


青空の下、やっと気づいた少年の叫びがビルの谷間にこだまする。これはそんな動き始めた恋の物語。


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