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福星遊戯 1

白雀 ◆T2r0Kg7rmQ氏

「あ」
 市の隅に陣取った小さな露店の前で、立ち止まったレンは意外そうな声を上げた。
「……おう、らっしゃい」
 気だるそうな顔で品物の山の中にぽつんとたたずんでいたその店主は、レンがよく知る男……ライバルであり恋人(どっちもレンの自称だが)・緑風(リューファン)だったからだ。


 福星遊戯


「ファン? こんなとこで何してるんだよ」
 さも意外そうに尋ねるレン。
 彼女はいつものように、使い古した男性用の武道着を着こなしていた。
 一見すると愛らしい少年のようにしか見えないが、本当は小柄な少女である彼女。父のお古である男性用の武道着は大きいのか、手足の裾が長くて少々ぶかぶかであった。 
「見てのとおり、店出してんだ。俺もたまには町に下りてくるんだぜこう見えても」
 無愛想な顔をちょっとだけ緩め、レンにしか分からない程度に微笑みながらファンが言う。
 粗末な布が敷かれただけのそのファンの店とやらには、薪や木の実、獣の肉や毛皮などが所狭しと並んでいた。
「すごい、これ全部あの山から持ってきたの?」
「ああ。俺だって仙人じゃねぇからな。必要なもん買うために金はいるさ」
 そういえば、とレンは先日通ったときにファンが薪割りをしていたのを思い出す。確かにあの時、ファンは「市が近い」というようなことを言っていた。

 この町では、一月に一度市が開かれる。 
 このときは町の内外から商人たちが集まり、町は珍しい品物や安いものを買おうと集まる人々で大賑わいとなる。
 レンも実は母から買い物を頼まれ、食材や薪を買出しに市に来ているところであった。
 男装してまで拳を志しているとはいえ、やはりレンも年頃の少女。珍しい品物や美味そうな食材が多数集まる市は何度来ても魅力的で、彼女の目には何もかもが新鮮に映っていた。
 そんな中、まさかファンに会えるなんて、とレンは内心バンザイをしたいくらい嬉しかったのだが、彼の手前そんな恥ずかしい姿を見せられるはずもなく、なるべく普通にと頑張って振舞うレンであった。

「そーいえば、母様から買出し頼まれていたんだっけ……ねえファン、これいくら?」
 脇に積んであった薪の山を指差すと、ファンは値段を言う。レンの予想以上に安かった。
「いいの?」
「ああ。どうせ元から大儲けしようなんて思っちゃいねぇし、お前なら特別価格だ」
 レンの顔がぱっと明るくなる。自分を特別扱いしてくれたことがよほど彼女にとっては嬉しかったのだろう。
「じゃあ、ついでに食べ物も買っていい? うちの道場、門下生のみんなと一緒に食事することもあるからたくさん買わなくちゃいけないんだ」
「……じゃあ、ここにあるモノ全部まとめてこの値段でどうだ」
 棒を使って地面に値段を記すファン。きちんとレンの買い物の予算内で収まった上に、予定より多くの量を買うことができる最高の条件だった。
 ファンとしては本当はレンから金を取りたくはなかったのだが、親の使いで来たのならばまさか無料で持っていかせるわけにも行かなかったので苦肉の策ではあったのだが、レンはことのほか喜んだ。
「ありがとうっ! ファン大好きっ」
「だっ!? おいこらレン、抱きつくなっ! 人が見てるだろ人がっ!」
 少年(にしか見えない)が大の男に抱きつく光景はさすがに目につくのか、通り過ぎる人々も怪訝そうに二人の様子を横目で見ながら通り過ぎていく。
 ぎゅーっと思わずファンに飛びついたレンだったが、その一言で我に返ると素早くファンから離れる。ファンに抱きついた感触で赤くなっていた顔がちょっぴり残念そうだった。


「うーん、でもさすがにこの量はボクだけじゃ持って帰れないかも」
 ファンが店を畳んだ後に残ったのは、レンに格安で売った大量の商品。どうやってファン一人で町まで運んだのかってくらいの量は、小柄どころか幼児体系のレン一人で持つには不可能な量である。
「ちょっと待ってね、先にうちに帰って、応援呼んでくるから」
「あー、いやいいよ。俺が運ぶの手伝ってやる」
 そう言うと、山ほどもある薪を軽々と片手で持ち上げるファン。さらに背中には果物や木の実の入った籠を背負い、もう片方の手で毛皮や肉の包みを持つ。
 いつにも増して、レンにとってはファンが大きく頼もしく、そして優しく見えた。
「いいのっ? ありがとうファンっ♪」
 ぎゅ――――っと抱きつき、ファンの胸の辺りに頬ずりするレン。
「だーっ! だから抱きつくな! 両手塞がってるし! 人見てるし!」
 すりすりと小動物のように懐くレンを、両手の塞がっているファンは身体を回転させて必死に振りほどくのだった……。


「着いたよっ」
 歩くこと半刻、二人は町の中央からやや離れた所にある道場にたどり着いた。風格の漂う立派な門構えは、その道場が歴史と伝統ある所であることを匂わせる。
「ああ。品物はどこに置けばいいんだ?」
「裏口のあたりに置いておけばいいと思うよ」
 裏口へと向かう二人。道場脇の壁を通る途中、中から威勢のいい掛け声が滞ることなく聞こえてくる。中で厳しい稽古が行われている証拠であった。
 裏口で荷物を降ろし、レンはファンに袋から取り出した銅貨を渡す。格安料金にしたとはいえ、2、3日ならちょっとした贅沢ができるだけの金額である。
「ん、まいど」
「こっちこそありがとう。……ねえ、ファンはこれからどうするの?」
 微笑んで礼を言った後、少し考えるように沈黙してからレンは尋ねる。
「ん? まあ売るもんは売ったし……あとはまた市に戻って、必要なもん買って帰るつもりだな」
「そっか……だったら、すこしうちに寄ってお茶でも飲んでいかない? ファンがうちに来るのって初めてでしょ?」
 このチャンスを逃すか、とばかりにレンが誘う。期待で少年のような大きな瞳がきらきらと輝いているかのようだ。
「……いや、やめとく」
「えー、なんでだよっ」
 急に不満げにファンの服の袖を引っ張るレン。右腕の裾だけちょっと長くなりそうな勢いである。
「話がややこしくなりそうだからな……俺とお前のことを一から説明するのとか」
「……ぶしょーものー」
 別に面倒くさいわけではないのだが、家に上がるとなればやはり両親にも紹介されるだろうことはファンにも予想がつく。
 ファンとしてはやはり、すでに嫁入り前のレンに手を出してしまっている以上レンの両親に顔を合わせづらいのは責められるものでもないだろう。
 ましてや一度手合わせ済みとはいえ、レンの父親はこの町最強の名だたる拳法家。下手をしたら……
(よくもまだこんな小さなうちの娘を傷物にしおったな! 牙心流超奥義!)
(あべしっ!!)
(わー! たった一撃でファンがお星様にっ!?)
 なんてことになるんじゃないか、とはファンでなくても思うところだろう……。

「とにかく、俺はいい。市が終わる前に買い物済ませて帰らないといけないしな」
「うー…………じゃあ、値段まけてくれたお礼にボクが買い物付き合ってあげる! そ、それならいいでしょ?」
 レンも食い下がる。せっかく予定外の所でファンに会えたのだ。このまま帰すのはやっぱり寂しい。
「お前は稽古、いいのか?」
「うん。今日は買い物とか掃除とか、家の手伝いをする日って決まってたからボクはお休みの日だから……それとも、ボクと一緒じゃ邪魔……?」
 寂しそうな瞳で上目遣いにファンに訴えるレン。まるで主人を見失った仔犬のようなその上目遣いはもう可愛すぎて男女問わず一撃で倒せるほどの破壊力を秘めていた。
「い、いや……分かった、付き合ってくれ」
「うんっ、任されたよっ。それじゃ父様に連絡だけ入れてくるね」
 裏口を開け、靴を脱ぎ散らかして家の中に入っていくレン。ドタドタと床を鳴らしながら駆けていく音が外にまで聞こえ、ファンは思わず可笑しそうに苦笑いを浮かべる。


「お待たせ、許可もらってきたよ」
 あわただしく戻ってきたレンは、一秒でも早く行こうとばかりにファンの左手の袖を引っ張る。よかったなファン、これで両方の腕の裾の長さが同じになるぞ。
「分かった、分かったから引っ張るなっての……」
 ファンの苦笑しながらの注意も聞かず、レンはファンの服の裾を引っ張ったまま、再び来た道を戻っていくのであった。

 一方その頃。
「よーし、素振り終了! みんな、私はちょっと家庭の事情で出かけてくるから、私が帰ってこなかったら適当にやっているように!」
「え? ちょっと師範? どこ行くんですか……ってもういないし!? はやっ!!」


 人でごった返す市を、人の波間を縫うように二人は歩いていた。
 大柄なファンと、道着のままで来た為に見た目は小柄な少年にしか見えないレンの二人連れは普段なら一風人目を引く組み合わせなのだが、どこを見ても人と物にあふれた今日は二人に注目する通行人はいない。
 みんなそれぞれが自分の目的の買い物を十二分に果たそうと、所狭しと道の両脇に出ている露店をひっきりなしにのぞきながら歩いていく。
「ほらほら、この町は海からちょっと遠いから、こういう市の時じゃないと新鮮なお魚が手に入りにくいんだよ」
 ちょっと生臭い匂いを気にすることも無く、大小さまざまな魚を売っている露店を指差すレン。
「確かに、普段は干物が主なようだしな」

「あ、見て見て! あの布、すごく綺麗な色だよ」
 衣服用の生地を売っている店に駆け寄るレン。見た目は少年のような活発な姿をしていても、赤、黄、白、桃色と極彩色に彩られた生地を桃源郷にあこがれる様な目で眺めるその表情は、やはり綺麗なものに憧れる少女そのものである。
「しかし高いな……だが、こういうので服作ったらいいものが出来るんだろうな」
「うん。ボクも一度は着てみたいな……でも、もう少し大きくなったらかな」
「もう少しなぁ……もっともっとの間違いじゃないのか?」
「むー、ひどいよっ」
 非難するような視線を向けるレン。しかし二人の体格差のせいか、どうしても上目遣いに見上げる感じにしかならず、むしろ拗ねた顔が可愛らしくもある。

「あ、いい匂い。ほらあれ、山鳥の丸焼きはこの町で人気のある料理の一つなんだよ。ボクもたまに家で食べるんだけど、こういう外で食べるのも美味しいんだよね」
「……食うか?」
「え? いいの!?」
 目を輝かせるレン。前言撤回。やはりまだまだ色気より食い気なレンであった。
 店主から受け取った焼き鳥に笑顔でかぶりつくレン。さっきファンに身長のことでからかわれたことなどもう忘れたかのように上機嫌で歩き出す。

「ねーファン、この野菜なんていうの?」
「……空心菜だな。中が空洞になってるからこの名前がついたそうだ」
 興味深そうに売り物の一つを手にとってみるレン。太陽に透かしてみるが、中身まではさすがに分からないようだった。
「へぇー、意外と物知りなんだね」
「……意外とは余計だ」

「ところで、ファンの服もけっこうボロボロだよ。新しいの買わなくていいの?」
 衣服を売る店の前でレンが立ち止まると、ファンの全身を上下に眺めながら言う。
 生まれてこの方服装には気を遣ってこなかったファンの服は、服としての機能はとりあえず果たしながらもところどころほつれたり色あせたりしていた。
「服は直せば使えるから必要ないな。つーかお前に言われたくないぞ……」
「ボクのは父様からもらった大切な道着だからいいのっ」
 えっへん、と無い胸を張るレン。
「……普段からそのカッコなのか? 町に出るときくらい少しは女らしくしてもいいんじゃないか? 前着てきた服とかもあるんだし」
 先日レンが着たチャイナ服を思い出しながらファンが尋ねる。やはりどんなに男の姿をしても元は女の子、女性用の服もよく似合うはずだ、とファンは思う。
 思えばあのチャイナ服は良かった。幼児体系なのが惜しいが、あれはぜひまた着せてしよう……いかんファンの思考が変な方向に行きかけているぞ逃げろレン。
「いつもこんなだよ。父様から拳を教えてもらうって決めたときから、ボクはいつもこうだもん。ボクは普段は男の子。家の中でも、外でも、今日みたいな日も。でないと、ボクの決意は本物じゃなくなっちゃうもん。
 だからボクが女の子に戻れるのは、その……ファンと二人っきりのときだけなんだからね」
 照れくさそうにうつむきながら、顔を赤くして独り言のように呟く。自覚してるかレン? 今のは人に聞かれてたらものすごく恥ずかしい台詞だったぞ。ほら、ファンも不意の告白に思いっきり動揺してる。


「……まあ、こんなもんだな」
 籠に入った物を確認するファン。野菜や魚、調味料や下着用の白い布など購入した生活用品を満足そうに指を折って数を確認する。
 市が行われている大通りの端から端まで歩いたせいか、十分に鍛えている二人でも少し足が疲れ始めていた。  
「この先は店もないようだな。とりあえず引き返すか」
「そうだね。帰るにしてもこっちは反対方向だしね」
 中央の賑わいが信じられないほど、店の姿もほとんどなくなった通りには彼ら以外の人影はほとんどない。二人は市の中央まで戻ろうと、同時にきびすを返す。

「……ん? なんだろあれ」
 やや戻ったところで、レンが何かに気付いたように立ち止まる。その視線の先には小さな店らしきものが広げられており、数人の人だかりができていた。
「見てみてもいいかな?」
「ああ」
 二人が近づく。どうやら物売りではなく、何かの見世物のようだ。市ともなると人が大勢集まる。単に物を売るだけではなく、賭け事や大道芸、見世物や闘鶏など様々なものが出されることは珍しいものではない。
「はい、残念ー」
「あー!」「そこだったか!」「くそっ、ついてねぇな」
 店の周りにいた人々が口々に残念そうなため息を漏らすのが聞こえる。各々が銅貨を一枚、忌々しそうに放り投げながら去っていくのを二人は不思議そうに見送った。
「なんの出し物だろ?」
「なんかの賭け事のようだな」
 人々が立ち去って、見やすくなった店をファンが覗き込みながら答える。
「おおっと、そこのお二人さん! ちょうどいいところに来たアル! ちょっと寄ってかないアルか?」
「……」
「……」
((怪しい――――!!))
 二人の姿を見つけたのか気さくに話しかけて来る店主に気付き、警戒の……というより引きつった表情を浮かべちょっと後ずさる二人。
 なんで露店の店主にそこまで怪しむかと言うと、この店主らしきオッサンまず黒塗りの眼鏡かけてる。頭も帽子で隠してる。しかも作り物っぽい怪しい口髭。見るからに胡散臭い。
 そして極めつけに、語尾に「アル」が付く中国人なんて実際にいやしない。無理して語尾に「アル」付けてたとしたらそりゃ偽者だよ兄さん。
(ね、ねえ……見るからに怪しいんだけど)
(い、いや。こういう路上の見世物ではむしろああいうカッコのほうが客受けするのかもしれないぞ)
「何小声で相談してるアルか。それより美形のお兄さんと可愛らしいお坊ちゃん。買い物終わったとこならちょっとウチで遊んでいかないアルか? うまく行けば儲かるアルよー」
 即効で離れるか見ていくか迷う二人だったが、好奇心に負けたのかレンが店主の方へと寄っていく。ファンもやれやれ、と言いたげな表情で付き従った。
「ふーん、それでおじさん、何をするの?」
「お、おじさ……! ……簡単な遊びアルよ。けっこう有名な賭け事の一つアルね……おじさん……」
 おじさんと呼ばれたのがよほど衝撃的だったのか、地に両手をついて落ち込む店主。見た目から年齢が読み取れない以上、お子様のレンにとってはたいていがおじさんなんだ、頑張れ店主。

「5つの椀か……もしかして五福星か?」
 レンの上から、背の高いファンが覗き込む。レンの目の辺りまである高さの木の台の上には、無地の小さな茶碗が5つ乗っていた。
「おお、その通りアルお兄さん」
「知ってるのファン? 五福星ってどんな遊び?」
「まあ遊びっちゃ遊びだし、こうして賭け事にも出来る単純な遊戯なんだが……」


五福星(ウーフーシン)
 中国では、大物として大成するには努力もさることながら天に運命を祝福された星の下に生まれるのも大切であるという見解が一般的であった。
 すなわち、天命を授かった者ほど将来は大成功する運命にある、という考えが広く広まっていたのである。
 すると当然、人々は食事や酒の場などで自分のほうが良い星の下に生まれてきていると自慢しあうことがたびたび起こり、時にはプライドの高い客同士の間で殴り合いの争いにも発展してしまった。
 それを解決したのが当時庶民から絶大な人気を誇っていたラーメン屋店主・陳周民(チャンシュウミン)である。
 彼は自分の授かった天命こそが一番という争いを始めた五人の客に5杯のラーメンを出し、その中の1杯にだけ他のと見分けがつかないように激辛豆板醤をたっぷりと入れた。
 こうして、その激辛ラーメンにあたってしまいそれを完食することが出来た人間こそが『厳しい試練にも臆すことなく立ち向かった、真の大物となるべく定められた者』として認められたのである。
 それにより店内での喧嘩はなくなり、『五福星』として名付けられたラーメンにより店の売り上げもあがり、万事は丸く収まることとなった。
 今となってはこの伝説を元にしたゲームの方が有名であるが、このゲームに勝てる者もまた天命を受けた大物であると自覚を持つことはなんら恥ずかしいことではないだろう。
 なお、現代におけるロシアンルーレットの由来はこの五福星であるという説が最近発表され、学会やマフィアの間で注目を集めている。
 ちなみに現代においてもこの伝説と陳周民にちなみ、『五福星』という名のチャーシューメンの店が全国にあるが、激辛豆板醤などは入っていないので安心して食べてもらいたい。

 民明書房刊 「見上げてごらん夜空の星を〜君にも見えるさ死兆星!!〜」より



「……とまあ背景はおいといて、そこにある5つの椀のどれかにモノ……まあ金貨でも木の実でもなんでもいいんだが、それを入れてよく混ぜ、どの椀の中にあたりが入っているかを当てる遊戯だ」
「その通り。参加料は一回1文。外れたら私がもらうけど、見事当てた人には3文にして返すアルよ」
「なるほど。うまく当てられればお金が増えるんだね」
「もちろん、私も当てられないように巧く混ぜるけどね。どうかな、少しやっていかないアルか?」
 ファンの方を見上げるレン。好奇心旺盛なレンらしく、顔には「やってみたい」と書いてあるかのように期待でいっぱいの表情をしており、ファンから思わず笑みがこぼれる。
「まあいいだろ。買い物も済んだしな」
「じゃあ、せっかくだから別々に答えようよ。それでたくさん当てたほうの勝ち!」
 人差し指をびしっ! と立て、自信ありげな表情を見せるレン。
「おいおい、こんなとこまで来てまた勝負か?」
 苦笑しながらも、気が乗らないわけではなさそうなのかどこか楽しそうなファン。
「いいじゃない、たまには拳以外での勝負も面白そうだよー」
「ま、いいけどな。それで負けたらどうなるんだ?」
「うーん……じゃあ、勝ったほうのいう事を一つ聞くってことでどうかな。あ、もちろんボクが勝ったからって、次の手合わせでファンにわざと負けろなんて言わないから安心していいよ」
「おいおい……後悔しても知らねぇからな。じゃあ店主、始めてくれ」
 レンとファンはそれぞれ自分の財布から銅貨を一枚取り出し、台の上に置いた。参加料兼掛け金である。
「まいど。それじゃ、始めるアルよー」
 店主は一枚の金貨を取り出し、胸の高さあたりまである木製の台の上に乗せる。その上から素焼きの茶碗をかぶせると、その周囲に同じ形の茶碗4つを置いた。これで5個の星が出来たことになる。
 そのうち当たりは一つ。その真の福星を当てるのが客であるレンとファンの目標である。
 店主が腕を動かし始める。最初に金貨を隠した茶碗が、隣の茶碗と、そしてまた隣の茶碗と、今度は逆隣の茶碗と、そして関係ない茶碗同士が、とみるみるうちに入れ替わっていく。素人目に見ても、店主の腕は手馴れていた。
 15秒ほど動かしたところで店主が腕を止めた。台の上にあった5つの茶碗はすでにどれがどの茶碗なのか、素人にはまるで分からない配置に変わってしまっている。もちろん、当たりなど簡単には分からない。


「それじゃあファン、せーの、で一緒に指差すよ」
「分かった。どっちが当たっても外れても恨みっこなしってことだな」
「そういうこと。それじゃあ……せーのっ」

 レンとファンは同時に、右から二番目の茶碗を指差した。一瞬顔を見合わせ、レンはにっこりと嬉しそうな笑みを浮かべる。
「それじゃあ、開けるアルよ…………おおっ、お見事っ」
 二人が一緒に指差した茶碗を店主が開けると、中からは最初に隠した金貨が出てきた。
「アイヤー、二人ともなかなかやるアルね」
「よーし、もう一回挑戦しよっと」
「望むところアル」
 店主が賞金を払い、再び二人が参加料を払うと、店主はさっきよりも若干速い手つきで茶碗を混ぜ始めた。
 その後も二人は連続で正解し続けた。店主も正解されるたびに速度を上げていくのだが、相手が悪かった。
 レンは小柄な少年のように見えても、最強をうたう牙心流の師範代。獣のように研ぎ澄まされた動体視力の前では、どんな素早い動きも見逃さない。一方のファンも生まれてからずっと自然の中で育ってきた超人的な感覚の持ち主である。
 動体視力に加えて、風や気の流れから当たりの茶碗の動きを追いかけることは造作も無い。
 二人とも外すことなく正解を続ける様に、店主も最初は二人を讃えていたが次第に本気を出してくるようになっていた。
 それでも10回ほどが終わり、二人とも10回連続正解。二人の財布は来たときよりも大きくなっていた。完敗だと言わんばかりに店主が力なくかぶりを振る。

「アイヤー、ホントに強いアルねお二人とも。油断した私の負けアルよ……」
「えへへー。子供だからと侮ったらダメだよ」
「……子供って自覚はあったんだな」
「ファンの意地悪……」

「このままじゃ私の稼ぎ無くなっちゃうアルよ。ねぇお客さん、あと3回だけで勘弁してくれないアルか?」
「もー、しょうがないな。このままじゃファンとの勝負引き分けに終わっちゃいそうだねー♪」
 連勝続きですっかり調子に乗っているレンは、気の緩んだ明るい笑顔を浮かべながら上機嫌で答える。一方のファンは無愛想げな顔をそのままに、レンに同意するように軽く頷いた。

「じゃあ行くアルよー」
 店主の気配が、先ほどまでの人のいい道化師の気配から獲物を狙う鷹の気配へと変貌したのに気がついたのはファンだけであった。

 当たりを隠した茶碗が動いた。
 動かされた、のではない。ひとりでに動いた――――そう表現するしかないほどに、店主の手の動きは速かった。
 今までの動きと次元の違うその手つきは、巧いとか速いとかそういうもので計れるものではなかった。
 目にも留まらぬ速さで手の残像だけが幾重にも巻き起こるかと思えば、その間に置かれた5つの茶碗は次々と位置を買え、まるで触れもせずにひとりでに動いたかのごとく錯覚させられそうな速度で移動していく。
 中央にあった椀が、隣の椀と入れ替わり、さらに二つ離れた端の椀と入れ替わり、続けてその椀と反対の端の椀が、同時に中央3つの椀が、二度三度と入れ替わっていく。恐るべきことにそれらはほんの瞬き一つする間に起きた刹那の出来事であった。
 しかもその手つきの何と鮮やかなことか。ただ速く手を動かすだけでは勢い余って手で茶碗を弾き飛ばしてしまう。それなのに、動き続ける5つの椀はまるで見えない力に引き寄せられるが如く、ぶれもせず、宙に浮きもせず、極めて滑らかに台の上を滑っていくのであった。
 よほどの力加減と手先の器用さも併せ持たないと出来ない、まさに神業である。
(う、嘘……!)
 レンもようやく、隠されていた店主の本気に気付く。鍛え抜かれた動体視力でかろうじて目で追っているものの、少しでも長く瞬きをしてしまってはその瞬間に当たりを見落としてしまいかねないスピードに戸惑っていた。
 永遠にも思える15秒。大きな瞳で穴が開くほど凝視し続けたレンは、店主の動きが止まるとほっとしたように息をついた。



「さて、これはさすがに難しいアルよ。どれか分かるアルか?」
「……うん。確かにものすごく速かったけど、ボクだって今までいっぱい修行してきたんだもん。あのくらいの動きにはついていけるよ」
「じゃ、せーの、でだな」

 せーのっ、という二人の掛け声で、レンとファンは同時に指で椀を刺した。
 レンは真ん中、ファンは左端……初めて二人の選択が分かれた。
「お、分かれたアルね。そっちのお兄さんか、そっちのお嬢ちゃんか……それともどっちも外れかね?」
 もったいぶった手振りを交えながら、正解発表に溜めを作ってじらす店主。「最終回答?」とでも言いそうな言わなそうなそんな気配である。
 レンの緊張がピークに達しようとした頃、店主はレンとファンが選んだ二つの椀を同時に持ち上げた。
 当たりが入っていたのはファンが選んだ椀だった。
「そ、そんな……! 確かにこのお椀だったはずなのにっ」
 速さと手つきの見事さに驚嘆してはいたが、レンは自分の選択に自信があった。どんなに速く動かし、どんなに巧みに引っかけを織り交ぜようと、確かに当たりの椀は真ん中のだったはずだ。
 どうしても釈然としない気持ちを抱きながら、それでもケチをつけるわけにもいかずレンは心中で地団太を踏む。
「気にする必要ないね。まだ2回残ってるから機会は有るよ」
「だな。俺が残り二回はずしてお前が二回当てればお前の勝ちだぞ」
「そ、そうだよね。次は絶対当てて見せるんだから」

 だが、その後の二回ともレンは外し、ファンは当てた。
 総合的にはレンもファンも掛け金以上の配当を稼ぐことが出来たが、五福星での勝負はレンの完全敗北であった。

「そんなぁ〜」
 深いため息をつきながらその場にへたり込むレン。しおしおと力なくうなだれる様は、威勢よく挑戦した最初の勢いをまるで失っていた。
「……ま、後でゆっくり解説してやるよ。店主、なかなか楽しかったぞ」
「あいよ、それじゃ私はそろそろ店閉めるから、二人とも頑張ってね」
 手を振る店主を背に、ファンとレンは再び歩き出す。
 三連続で外したことがショックだったのか、レンの足取りは重い。市の雰囲気とファンとの逢引で晴れ渡っていた心に一気に暗雲が立ち込めてしまったかのようである。
「おかしいなぁ〜、ぜったい自信あったのに……はぁ……」
「なあ、レン」
「……なに?」
 弱々しい表情でレンが見上げると、ファンは顎で脇の裏路地へと続く小道をしゃくって見せた。
 そちらに目を向ける。華やいだ大通りから一歩裏へと入るその先はおそらく人気の無い裏通り、あるいは郊外への小道。
 普段ならぜったい立ち寄らない裏道を指すファンの意図がつかめず、レンは頭の上に疑問符を浮かべながら首をかしげる。
「とりあえず人気の無いとこ行ってゆっくり話そう。なんでお前が最後自信あったのに外したのか、その説明してやるから」
「……うん」
 華やいだ大通りから、人気の無い寂しげな裏路地に入るのを一瞬躊躇うようなそぶりを見せたレンだが、ファンの言うことなら、とすぐに首を縦に振り、とてとてとファンの後に続いて小道へと入っていった。

 レンは気付かない。別に話をするだけならわざわざ人気の無い裏通りに行く必要はなく、その辺の茶屋でもいいということに。
 それに気がついていれば、あるいはこの後彼女を待ち受ける過酷なお仕置きを逃れられたのかもしれないが、もう遅い。頑張れレン。


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