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おれとぼくの彼氏争奪戦 2

2_121氏

勘弁してくれ、と武志は誰にともなく呟いた。
腕を組み、しかめっ面の了と、俯き、もじもじと忙しなく指を動かしている晶。
「ここ最近、様子がおかしいと思ったらそういうことだったのか、晶」
「兄さんだって、様子おかしかったくせに……」
「ふふ……おれに口答えするとは、えらくなったものだな」
なにが悲しくて、男同士の修羅場に遭遇しなきゃならないのだろう。二人揃ってかなりの容姿端麗だが、残念なことに武志にそっちのケはない。そもそも、了は見たところ十六、七歳。晶はそれより更に年下のはずだ。
「武志と最初に出会ったのは、いつだ?」
「先週の、木曜日……だけど」
「勝った。おれは水曜だぞ。ということで、早いもの順だ。おまえが諦めろ」
「た、たった一日違いじゃないか!」
「あれから初めて、大丈夫そうな相手を見つけたんだ。ここはおれに譲ろうとは思わないのか?」
「ぼくだって同じだよ! これだけは譲れないもん!」
武志の意思は無視に、話は進んでいる。
「あー、きみたち。お取り込み中悪いんだが、この際はっきり言っとく。二人の需要は俺にはない」
「「……」」
訪れる静寂。
のどを掻きむしりたくなるような非常にきまずい雰囲気が辺りを包む。いや、しかしこれは大前提であって、これが尊敬だの信頼だのの類だと助かるのだが、どうやら別の感情を持つらしい二人には諦めてもらう他はない。
やがて、了が口を開いた。


「……確か、武志は男が嫌いだったな」
「嫌いなわけじゃないが、俺の恋愛の対象ではないことは確かだな。もういいだろ? 帰ってくれ。きみたちは法律を犯してるんだぞ?」
了と晶は再び見つめ合い、それぞれが身に纏っている学生服に目を落とした。了は男物のブレザーで、晶は学ランだ。
「晶、どれだけおれが本気か、おまえに見せてやる」
「ぼ、ぼくも本気だもん!」
「二人とも、人の話を聞かないプロだな……」
頭を悩ませる武志を横目に、二人は同時に自らの学生服に手をかけ、そして一気に脱ぎさった。
上半身が露になる二人の身体。
太陽の贈り物、日に焼けた健康的な肌の了。対するは、雪のような白い肌の晶である。晶の方は、なにやら胸にサラシを巻いているようだった。
(……今度はいきなり脱ぎだして、なにがしたいんだ?)
晶は恥らいを見せながらも、するするとサラシを巻き取ってゆく。
ぷるん、とそのサラシの呪縛から解き放たれたのは、二つの柔らかそうな膨らみ。緊張の面持ちの晶の呼吸と一緒に、ふるふる震えている。
「え、な、なに? き、きみ……」
晶の性別に気付いたとき、慌てて武志が顔を背けた。
「は、ははは。び、びっくりしちゃいました、よね? え、えっと、これにはいろいろ事情がありまして……」
頭が更に混乱する。男だと思っていた人間に、それもあまり面識のない人間に、その上不法侵入者の人間に、唐突に女の子になられても、困る。なにも言いようがない。
武志が顔を背けた先には、同じく上半身裸の了がもじもじと恥ずかしそうに立っていた。
しかし、身体に丸みはあるものの、これといって特に変わった点は見られない。
「な、なんだ? まさか、お前にもなにか秘密があるってのか?」
「た、武志! お、お、おまえ、おまえの目は節穴か!?」
了は必死になにかを主張しようとしている。心なしか、胸を突っ張っているようだ。
武志は、目を凝らして了の胸を見つめた。
「う……。そ、そんなに、見るな」
顔を真っ赤に染めている了の胸には、本当に、本当に申し訳ないていどに、わずかな膨らみがある。
「こりゃ大変だ。了くんの胸、そこそこ腫れてるじゃないか。そういえば、助けたときにおかしいと思ってたんだよ。俺の家なんかに来るより、さっさと病院行ったほうが――」
了の拳が腹にめりこみ、ぐふぁと情けない声を上げて武志は地べたに沈んだ。
「ド近眼め。生物学的に言えば、おれも女だ。……バカ」


とりあえず、晶が用意してくれた朝食をもしゃもしゃと頬張りながら、互いをけん制している目の前の少年たち――もとい、男子学生服の少女たちを観察する。
「うん。うまいよ」
武志の一言に、ぱあっと晶が顔を明るくした。
武志の一言に、むすっと了の顔がむくれた。
「武志に料理を作るなんて、ずるいぞ。……それはともかく、どうしておまえが盗みなんてしようとしたんだ」
「兄さ、じゃなかった、姉さんが盗みをしてとっても嬉しそうにするなんて初めてだったから、なにか、あったのかなって思って……」
「ではあれだな。武志と運命的な出逢いをしたおれのおかげで、おまえも武志と会ったわけなのか」
「ぼくも、十分運命的だったもん」
「ふん。悪いことは言わない。武志は諦めろ。小さい頃から、なにかを賭けた勝負ではいつもおれの勝ちだったろう。今回もそれは変わらない。おれが勝つ」
朝食を食べ終わり、一息つくと武志は立ち上がった。
「さて、きみたち。俺と一緒に警察行こうか」
二人は目を丸くした。一体何の冗談を、という表情だ。
「きみたちがなんの経緯で男装してるなんてのは、赤の他人の俺が聞けることじゃないし、聞くつもりもない。それに、興味がない。それよりも今の会話から、常習犯だってことがはっきり分かった。見過ごした俺が甘かったんだな。社会の常識ってやつをそこで教えてやる」
了と晶の手首を掴むと、武志は無理矢理引き摺り始めた。
「ま、待ってください。け、警察なんて、そんな、行きたくない。警察なんか、嫌いです!」
「そういえば晶くんは知らなかったっけか。俺、刑事」
「え!?」
いささか、失望の声色だった。
「知ってたの? 姉さんは……」
「ああ。……武志、離してくれないか。おれ、武志に頼みがある」
「そりゃ無理な相談だ」
「そう、か」
 急に、武志の世界が反転した。


「……参ったね、どーも」
頭を掻こうとして、掻けなかった。腕と、足。見事に布でベッドに縛られていた。
確か、自分よりも小さな人間に綺麗に投げ飛ばされたところまでは記憶に残っている。
油断したとはいえ、これでも柔術の心得はあるほうなのだが。
「すまない、武志。だが、警察に行くわけにはいかない」
「ごめんなさい、武志さん」
「ったく、罪状を追加しとかなきゃいけないな」
投げ飛ばしたのは、了のほうだったと体が覚えていた。
「おれたち、警察は嫌いだ。あいつらはなにも助けてくれなかった。でも、武志は別だ」
「そうだよ。武志さんは、助けてくれた」
なにやら彼女たちは自分を過大評価しているようだ。助けたといっても衝動的なものだし、もともと正義感溢れる人間というわけでもない。あんなのは、ただの気まぐれだ。
他人に好かれるのは嬉しいことだが、はた迷惑な好意は好きではなかった。
「盗むっていっても、ちゃんと店に盗んだ分のお金は返してる。おれが壊したドアも、弁償する」
「返す? どうやって?」
「郵送で」
「律儀な泥棒さんなこった……」
かなり厄介な事情がありそうだな、と武志は思った。
余計なことに首を突っ込みたくはないのに。
「……晶がここに来た理由も、どうせおれと同じなんだろう?」
「うん。……たぶん、そう」
「やっぱり姉妹なんだな、おれたちは」
手首や足を動かしてみるが、入念に縛られていて抜け出せそうにない。完全にお手上げだ。今やその手も上げられない。


「仕方ないねえ。要求を聞くしかないってか。ま、言ってみろよ」
ちらりと交互に視線を交わし、男装姉妹は真顔で武志に向き直った。
「……おれと」
「……ぼくと」
そこからは、同時だった。
「「付き合って、くれませんか」」
抱いてくれだの、一緒に盗みを働いてくれだの、無理難題を予想していた武志にとって、少し拍子抜けするような要求だった。
しかし、答えは変わらない。
「断る」
簡潔に言っても、二人に動揺は見られなかった。
「理由を言ってやろうか? まず第一に、俺ときみたちとじゃ年齢に差がありすぎる。第二に、俺にその気がない。明確かつ単純な理由だろ? ……俺なんかが汚していいもんじゃない。いきなり裸になるとかするんじゃない。もっと自分を大切にしろ」
了と晶は笑った。淋しそうな、笑顔だった。
「その心配なら大丈夫ですよ」
「おれたちは、もう汚れている」
「どういう、ことなんだ?」
聞いてから、しまったと武志が口をつむぐ。
悪い癖が出てしまった。他人が抱えている悩みや問題の理由を聞くときは、自分が出来るだけ協力するという「自分ルール」があるからだ。
他人の心に介入するということは、それなりの義務が生じる。
「初めてだった。男に、どきどきしたのは。もう一生そんなことはないと思っていたのに」
「……ぼくたち、男性恐怖症なんです。ちょっと、理由があって。男のカッコしてるのに、変ですよね」
「だから、武志ならって、思ったんだ」
まずい。ここにきて、いろいろと揺らぎ始めている。だから他人に感情移入しやすいこの性格は嫌いなのだ。
「だけど、武志がイヤなら強制はしない。嫌々付き合ってもらっても意味はないからな。その気がないのなら、その気にさせるまでだ」
「まさか姉さん、あれ……するの?」
非常に、嫌な予感がする。
たいてい、こういったときの予感は当たってしまうもので。
「おれは男という生き物の勉強はかなりしたつもりだ。男というものは、欲望に忠実なのだろう? 付き合うしかないように、既成事実を作ってやる。シたくなるように、してやる」
了が自分よりプロポーションのいい妹を突然抱き寄せ、唇を奪った。
「ん……むぅ……ふ……」
晶も事情が呑み込めているのか、目を閉じて姉の行動に身を任せている。
我慢大会の、始まりだった。


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