風邪っ引きラプソディ
薪が料理を作っている間、寝室で待っていろと言ったのに、青木は言うことを聞こうとしなかった。普段は従順な彼が珍しく意地を張ると思ったら、言い分が呆れ果てたものだった。
「薪さんが料理しているところを見てたくて」
薪がエプロンを着けると彼は一層喜んだ。エプロンぐらい、今までにも何度も彼の前で着用している。料理だってこれが初めてじゃない。なのに一体何を考えているのだろう。やはり風邪で頭が沸いているのかもしれない。薪は仕方なく、厚着して大人しく座っているよう青木に命じた。
米が炊けるのを待っている間に、薪は窓を開けて寝室の換気をした。青木が半日寝ていた部屋は、いつもより彼の匂いが強くこもっていた。
青木に体温を計らせる。すると、三十七度八分もあることが分かった。
「少し高いな……」
「大丈夫です。俺平熱が高めなんで、ちょっと風邪ひいたらいつもこれぐらい出るんですよ。明日には治って仕事行けます」
表情を曇らせる薪に対して、青木の方は呑気なものだ。これぐらい元気ならば、確かに心配することはないのかもしれない。
そのうち米がいい具合に炊けてきた。卵と葱で仕上げて、ご飯茶碗に盛りつける。買ってきた梅干を添えて、テーブルに運んだ。
青木は行儀よく「頂きます」と言って、レンゲを取った。
「あっ、美味しい。美味しいです、これ」
一口食べるなり、青木は称賛の声を上げる。それに対して、薪は「そりゃ良かったな」と素っ気なく答えた。
お粥に不満げな青木のために、少し味をつけてやったのだ。熱で味覚が鈍感になっているかと思ったが、そうでもないようで、青木はあっという間に茶碗を空にした。胃に物を入れたことで、逆に空腹を思い出したようだ。おかわりをよそうと、それもすぐにたいらげてしまった。
「俺、なんかまだ行けそうです」
胃の辺りを擦りながら青木が言う。
「行けそうでも、今はそれで我慢しとけ。健康な時とは違うんだ。一度に食べたら胃に負担がかかる」
「はい」
「明日はうどん作ってやるから」
「はい!」
予想外に元気な返事が返ってきて、薪は驚いた。
「お前、そんなにうどんが好きだったか? 好物だったっけ?」
「いえ、うどんは好きですけど、普通に好きってだけで好物じゃないです」
「でも今すごく喜んだじゃないか」
「それは……薪さんが明日もうちに来て飯を作ってくれるんだって思ったら、嬉しくて」
そう言って、青木は照れ臭そうに微笑んだ。
薪はぷいっとそっぽを向いた。彼の感情表現は時にストレートすぎて、こちらの身が持たない。ノーガードでいたところに、突然ボディブロウを食らった気分だ。
「薪さん?」
青木がこちらを覗き込んでくる。薪はきっと口の端を結んで振り返った。
「とにかくお前はベッドに戻ってろ。ここは僕が片付けとくから」
薪はお盆を持って立ち上がった。そうは言っても、キッチンに向かう間も彼の視線が自分の背中をしつこく追いかけているのは、なんとなく分かってしまった。