Plein Soleil

 さっき彼は髪を乾かしていないと言っていたが、実際にはさほど濡れてはおらず、襟足が湿っている程度だった。それを言うと、薪は「元々頭は洗ってないから」と答えた。そして髪に触って、「これぐらいなら放っておいても乾くか」と、肩にかけていたタオルを外した。
「薪さんが行水なんて珍しいですね」
「風呂に入るのは今日二度目だったからな。髪は一度目の時に洗ったんだ」
「え? 朝だけで二回も入ったんですか?」
「ああ。あんまり暑いから水でシャワーしたんだ。おかげで少し体が冷えたが……」
 そう言って、確かめるように自分の腕を触る。彼のしなやかな指が、滑らかな肌の上をなぞる。その指使いを見て、青木の頭にシャワーを浴びる彼の映像がぱっと浮かび上がった。今と同じように、シャワーに打たれながら自分の体を手でなぞる彼の姿が。
 思わずふらりと手が伸びそうになったところを、寸でのところで青木は気を取り戻し、ぶるぶると頭を振った。
「どうした?」
「いえ、なんでも」
 青木はぎこちなく笑ってごまかした。そして二人分のアイスとスプーンを持って、隣のリビングに移動する。ソファに座ると当たり前のように彼が隣に座ってきて、ぎくりとなった。
 青木は「落ち着け」と自分に言い聞かせる。この家に通い出した当初はまだ向かいあって座っていたのを、隣同士に座るよう習慣づけたのは、他でもない青木自身である。だから向こうにすれば、今の行動に何の他意もないのだ。
 たとえ視線を下げたところに、真っ白な太ももが伸びていようと。
 誤解してはならない。決して誘われているわけではないのだ。勝手に触ったら怒られてしまう。そうしないためにも、己の心を無にしなければ。青木は学生時代に覚えた刑法を、頭からそら唱え始めた。
 薪は自分の隣がそんなことになっているとは露とも知らず、無邪気にアイスの蓋を開けている。そして女の子が食べるぐらいのわずかな量をスプーンに乗せ、ぱくりと口に運んだ。続いてもう一口。
 特に嬉しそうな顔をしたわけではなかったが、黙々と食べている様子から、アイスを気に入ってくれたことはなんとなく分かった。
「美味しいですか?」
「うん。アイスがちょうど柔らかくなってる」
「買って帰ってきたばかりのアイスとかってそうですよね。一度冷凍庫に入れたら、カチカチになってスプーンも通らなくなるから、面倒なんですけど」
「そうだな」
 ここにきてようやく彼と普通の会話ができた。少し平常心を取り戻せたかもしれない。青木はほっとしながら、自分のアイスを開ける。すると、薪が隣から覗き込んできた。
「すごい色だな、それ」
「え? ああ、そうですね」
「うまいのか?」
「さあ、どうでしょう。この夏の新商品らしくてお薦めされてたから買ってみたんですけど、俺もまだ食べたことはなくて」
「ふうん」
 青木が選んだのは、カクテルの名前の付いたシャーベットだ。といっても洋酒は香りづけに含まれている程度で、アルコール度数はたいしたことはない。メインはレモンジュースとパイナップルジュースをミックスさせた味らしい。夏に相応しく、南国の海のような鮮やかな青色をしている。
「一口食べますか?」
「いいのか?」
「ええ、どうぞ」
 青木はカップを差し出そうとしたが、その前に彼がこちらに向かって口を開けてきた。その意味するところを理解し、青木の頭に残っていた刑法の切れ端が一瞬にして吹き飛ぶ。
 少しの空白の時間を挟んだのち、青木はアイスを掬って彼の口元まで運んだ。
「……うん、洋酒が効いてる」
 どうやらシャーベットは薪のお気に召したようだった。青木が「もっと食べますか?」と聞くと、「じゃあもう一口だけ」と答える。青木はもう一度アイスを掬って彼に食べさせた。
「ん、うまかった」
「良かったら残りも食べますか? 俺は別に構いませんよ」
「いらない。二つも食べたら腹を壊しそうだ」
 そう言って、薪は自分のアイスを掬う。そして、
「ん」
 お返しのつもりだろうか、今度は彼の方からスプーンを差し出された。青木がまじまじとそれを凝視すると、「食べないのか?」と不思議そうに言われる。青木は遠慮がちに顔を近づけ、彼の手からありがたく頂戴した。
 香り高いラムレーズンが口の中でふわりと解けていく。しかし、今の青木にはもう味はよく分からなかった。
「うまいか?」
 薪が首を傾げてこちらを覗き込んできたので、「はい、とっても」と答える。すると彼は少しだけ嬉しそうに微笑んだ。
「あれ、どうした。顔が赤いぞ」
「……なんか酔ったみたいで」
「お前、そんなに弱くないだろう。熱中症じゃないのか?」
「いえ、本当に酔ったんです」
「それ、そんなにアルコール度数高いのか?」
「ええ、俺も全くの予想外でした……」
 全く今日は何て日だろう。自分は白昼夢でも見ているのだろうか。あの薪が自分の前でこんなにも開放的になっているだなんて。まさしく夏の魔法である。
 青木は無心でアイスを食べ続けて、熱く火照る頬をなんとか冷まそうとした。

コメント

あやさん

青木ってば可視光線の1回目でも無意識に薪さんに手を伸ばしてましたよね。
何だか二次に近づいてる(笑)
本当に薪さんて自分の魅力に無頓着すぎ!
煽情的な恰好で隣に座ってあ〜んとか(*´Д`)甘い、甘すぎる!
関係ないけど私もラムレーズンのアイスが一番好きです^q^
ちょっとアルコールが入ってるの美味しいですよね。
青木、まるで我慢大会ですな(笑)
修理屋が来なければとっくにチュウして押し倒してるんだろうな。
青木、がんばれ^^;

> 青木ってば可視光線の1回目でも無意識に薪さんに手を伸ばしてましたよね。
> 何だか二次に近づいてる(笑)

本当ですね! 近づいてる!(笑)
むしろそれは青薪作家さんたちの洞察力が鋭かったということかもしれませんね。
皆さんきっと「原作の青木の矢印が薪さんに向かったら?」ということを想定して書かれていたはずだから、
結果それが正しかったということなんでしょう。
青→雪だった本編連載時から、すでにそれを見ぬいていた先達の青薪作家さん達に脱帽です!

> 関係ないけど私もラムレーズンのアイスが一番好きです^q^
> ちょっとアルコールが入ってるの美味しいですよね。

美味しいですよね。私も大好きです。
薪さんのラムレーズン好きが割と受け入れられてるようで良かったです。
ほら、秘密ファンの方って薪さんへの愛が人一倍深い方ばかりだから、
好きなアイスの味一つでも強いこだわりがありそうだなって。
新装版でやっと薪さんのプロフが公開されましたが、正直全然物足りないですよね。
それこそ好きなアイスの味から何から、薪さんの隅々まで知りたーい!

> 修理屋が来なければとっくにチュウして押し倒してるんだろうな。

修理の人が来るのがお昼の予定なんですが、
元々早朝に出発する予定だったから、時間はたっぷりあるんですよね〜。
果たして奴に耐えきれるかな?
薪さんが「待て」をちゃんと教えてたらいいんですけど、うちの薪さんは奴に甘いからなあ。

 

なみたろうさん

あはぁ…薪さん…小悪魔…小悪魔にょろよ……(古い)
でも青木くん。仕込んだの君だよね?
それが普通って教えたんだよね?
ソファには並んで、とか、あーんとか!
薪さんきっと「ちゃんと」誰かとお付き合いしたことないんでしょう。
そこにつけこんで仕込んだよね?(妄想です)
昼日中に眩しい太もも見せつけられて「待て」状態の青木メチャメチャ楽しいですってかおまえそこかわれ。
あ、でも「よし」もあると期待してお座りして待ってます(°▽°)

やだ、なみたろうさん。なんで分かったんですか?
そうなんです、実は青木が教え込んだんですよ。
前それをやった時は薪さんも普通に服着てたから、
青木は何のためらいもなく「あーん」ってしたんですね。
むしろ薪さんの方がそれに対して引き気味に、「え……?」ってなったんですけど、
青木があまりにも堂々とやるから、「そういうものなのか」って学習しちゃったんです。
だから薪さん自身はその時と全く同じことしてるだけなんですが、
青木からしたら状況も意味合いも全く違う(笑)。
伏線として隣に座るようになったのを「青木がそう習慣づけた」ってのを書いたんですが、
「あーん」も実はそうなんだよってのを読み取って頂けたので、嬉しかったです。
ありがとうございました!^^

 

kahoriさん

なんと可愛らしく初々しいお二人でしょう(≧∇≦)
薪さんは小首を傾げたりあーんしてもらったり天然で愛らしいですv
そんな可愛いあーんされたら(きっと上目遣い攻撃)アイス無くなるまで餌付けしたくなりますね。
アイス美味しそうです。薪さんはラムレーズン好きだと私も思います!
青木君も反応がいちいちかわゆいですねv
刑法唱えると落ち着くなんてさすが東大卒。
もうこの後一緒にお風呂に誘っちゃいなさいよー。
青木君、割とわかりやすく助平な反応してますけど、薪さん全然視線を気にしてないですね。
薪さんご自身が青木君のような立場で女子に接したことが無いから男(攻め)の気持ちが分からないんですね?
薪さんは自分の美しさに気づいていないというより、歪んで見えているのかなと思います。
華奢で小柄な所もコンプレックスで、外見上の自分はあまり好んでいないのでは無いかと思います。
青木君は無自覚な連続攻撃にどこまで持ち堪えられるのでしょうw
次回が楽しみです^ ^

> 薪さんはラムレーズン好きだと私も思います!

わー良かった!
淡泊な味がお好きな薪さんのことだから、
最初はあっさりバニラにしようかなとも思ったんですが、
なんかラムレーズンのイメージがあったんですよね。
飲んべえだからかな?笑
kaohriさんに同意してもらえたので、それにして良かったです。

> もうこの後一緒にお風呂に誘っちゃいなさいよー。

青木はほぼ毎回お誘いしてるんですが、毎回断られちゃうんですねー。
だから狙い目は薪さんがよほどお疲れで、断る気力もない時か、
すごーく機嫌が良くて、雰囲気に流されちゃう時の二択なんです。
だから青木もすごく頭を使って、空気作りに頑張ってます。
そう考えるとうちの青木って結構腹黒かも?
まあ薪さん相手の恋愛の駆け引きなら、苦労しても楽しいだけでしょう^^

> 薪さんご自身が青木君のような立場で女子に接したことが無いから男(攻め)の気持ちが分からないんですね?

なるほどー。自分ではなんとなくって感じで書いてただけなんですが、
もしかしたらそういう理由があるのかもしれませんね。鋭い!
薪さんに過去の恋愛経験がないとは思いませんが、
女の子相手にムラムラはあはあしてる薪さんは、確かに想像できないです。
相手に苦労したことはないだろうなって気がしますね。
自分から動かなくても、相手が勝手に上に乗っかってくれそうなイメージが……。
薪さんが自分の外見嫌いっていうのは同意です。
子供のころからそれで散々苦労しただろうし、
澤村さんの一件があってからは、余計に呪わしいものになってしまったかもしれませんね。
だからこそ薪さんの美しさに鈍い青木の存在が救いになったのかも……。
まあ鈍すぎるあまり、自分が薪さんに惹かれていることに、
最終巻まで気づけなかった愚か者ですが!(ぷんすか)

 

 (無記名可)
 
 レス時引用不可