Glitter in The Air

 後になって思い返せば、それは虫の知らせだったのかもしれない。
 息子の一行から「話があるんだ」と言われた時、彼の様子がいつもと違うことに彼女は気づいた。だから彼の話が、「今度の週末に休日出勤する」だとか、「舞から聞いた話に分からない単語があったので、それについて教えてほしい」だとか、そういった類のものでないことはなんとなく分かった。
 彼女は「ちょっと待って」と答えて、台所に立ってお茶の支度をした。
 舞はすでに寝かしつけてある。テレビも先ほど消してしまった。静かな部屋にやかんのしゅんしゅんと沸く音が響いて、彼女はコンロを止めた。
 戸棚から湯飲みを出し、急須と一緒にお盆で運ぶ。彼女が慣れた手つきでお茶をついでいくのを、一行は神妙な面持ちで見つめていた。
「行ちゃん、何かお茶請けいる? お饅頭ならあるけど」
「いや、いいよ。夕飯食ったし、腹減ってない」
「そう。はい、どうぞ」
「ありがとう」
 お茶はちょうどいい色合いに出ていた。香ばしい香りが立って、口に含むと、お茶の甘みが広がる。思わずほうと息がこぼれた。向かいの席を見ると、彼も同じように表情を緩ませていた。


「今、付き合ってる人がいるんだ。それで母さんに話しておきたいと思って」
「……そう」
 その告白を、彼女はさほど驚かずに受け止めた。先月に彼が言っていた話とはこのことだったのかと、納得もした。彼の年齢を考えればなんらおかしなことではなかったし、それにこうして切り出されるのも今回が初めてではない。
 以前から息子には身を固めてほしいと願っていた。だからこれは朗報と呼べるのかもしれない。しかし、無条件に喜ぶわけにもいかなかった。そうするには、自分たちはあまりにも複雑な事情を抱えていた。
「それは……将来を考えたお付き合いということ?」
「そうだよ」
 一行は即答する。きっぱりと言い切る様子に、彼が本気なのだと分かった。
「相手の方は、あなたのお仕事のことはご存じなの?」
「うん、それはもちろん。元々職場で知り合った人だからね。仕事のことも俺の役職も、全部知ってるよ」
「じゃあ同じ警察の人なの?」
「うん」
 それを聞いて、彼女は安堵した。息子の結婚には彼の職業が大きなネックになるだろうと懸念していた。だが相手が同じ警察官ならば、心配することはないだろう。身元もしっかりしているだろうし、結婚相手としてはこれ以上望むべくもない。
 彼女は俄然乗り気になった。
「相手の方のことを教えてくれる? どんな方? お名前はなんて仰るの?」
「ええと、まず年は俺より上で……」
「年の差はいくつ?」
「……結構ある」
 年上の女性を紹介されるのも、今回が初めてではない。彼女は動じずに、「それで?」と続きを促した。
「相手の人を一言で言うなら、そうだなあ……綺麗な人かなあ」
「行ちゃん、お父さんに似て面食いだものね」
「あ、綺麗って言っても内面的な意味で……いや、外見も勿論そうなんだけど、とにかく心がすごく綺麗なんだ。誠実で、正義感が強くて、人一倍責任感があって、自分の仕事に誇りを持っていて……人間としてもすごく尊敬してるんだ」
 彼女のことを語る息子の目はきらきらと輝いていた。おやおやごちそうさま、と心の中で呟く。
「同じ科警研にお勤めなの? それとも福岡県警の方かしら?」
「いや、東京の人なんだ」
「えっ? 東京?」
 そう言われて、彼女は思わずまじまじと息子を見た。
「何だよ、母さん」
「だって行ちゃん、あなた東京に出張することが多いけど、あれってまさか……」
「あ、それは本当に仕事だよ。嘘はついてない。ただ、その前後で会ってはいたけど」
 息子は少しきまり悪そうに答える。
 彼がそう言うのなら、本当のことなのだろう。だが、出張の時彼がいつも浮き浮きと楽しそうにしている理由が、これでやっと分かった。東京で単身羽を伸ばしているのだろうとは思っていたが、なるほど、そういうことだったのか。
 考えてみれば、他にも思い当たる節はあった。例えば、この頃息子は書斎に籠ることが多かった。部屋の前を通りかかると、よくぼそぼそ話し声が聞こえてきて、電話の回数が増えたなと思っていたのだが。
 その件について聞くと、彼はそうだと肯定した。
「確かに前より電話することは増えたかな。話し合わなくちゃいけないことがたくさんあるから」
「そう。いつもどんなことを話してるの?」
「いろんな話をしてるよ。けど一番よく話題に上がるのは……やっぱり、舞のことかな」
 そう言って、一行はちらりと横を見た。彼の視線の先にあるのは、戸棚に飾られた写真立てだった。いろんな写真がある。彼が子供の頃に写真館で撮ってもらった家族写真や、舞が生まれた時の写真、そして──娘夫婦の結婚式の時のもの。
 この頃ようやく穏やかな気持ちでそれを眺められるようになった。胸の傷が癒えたわけではないけれど、今もフレームの中で娘は輝くような笑顔を浮かべている。

 それから彼は色々と話してくれた。それによると、相手の女性はこの家の事情を了解しているらしい。彼が姪を養育していることも、そうなることになった経緯も、全て。
 近い未来、一緒に暮らすようになったときには、舞を受け入れるつもりもあるそうだ。だが今は仕事の都合で、互いに地元を離れられないのだという。
「じゃあ今すぐに結婚ということではないのね。しばらくは婚約という形になるの?」
「そのことなんだけど……あまり悠長にもしていられなくなったんだ。ちょっと、予定外のことが起きちゃったもんで」
「予定外……? どんなこと?」
「あ、その前にもう一杯くれる?」
 一行が空になった湯飲みを差し出す。彼女は急須を持ち上げて、お代わりを入れた。最初についだ時とは違い、今はさほど熱くないはずだが、それでも彼はゆっくりと時間をかけてお茶を飲んでいた。
 やがて彼はこう告げた。


「実は……子供ができたんだ」

コメント

あやさん

うわあ、ドキドキする(*_*;
もちろん、沈丁花さんがハピエンにしてくれることは間違いないですが^^;
雪子さんの時も同じ警察関連の人だし、年上の方が頼もしくてよいと思ったのじゃないかな。
第九の所長で男性というところがやはり難関ですが。
青木がどう納得させるのか・・薪さんもきっと心配してるでしょうね。
でも、青木の子供は青木母も欲しいと思うのです。
ベビーがキューピッドになってくれるのではと期待してます。

> でも、青木の子供は青木母も欲しいと思うのです。

それはもう切実に望んでいると思います。
孫が増えたら嬉しいとか、そういう簡単な話じゃないですよね……。
私なりに青木母の心境を考えてみたのですが、恐らく彼女が一番心配しているのは舞の将来でしょうね。
今は自分が元気で、彼女の面倒を見られているからいいけど、どうしたって自分は先に死んでしまう。
その時舞には息子しかいない。しかも彼は安全な仕事についているとは言い難い。
なので息子には以前にもまして、結婚してほしいと願っているはずです。
結婚して舞に家族を増やしてあげてほしい、
自分や息子の身に何かあったとき、舞が一人ぼっちにならないように、と。
しかし一方で相手の女性に対しても、不安を感じているはずです。
その人はちゃんと舞を愛してくれるだろうか?
息子は人柄を保証しているけれど、惚れた欲目で盲目になってはいないだろうか?
またどんなに人格の優れた女性でも、いざ子供ができたら、実子と継子で扱いに差が出てしまうのではないか?
そういういろんな不安要素を抱えた中で、更に青木が「実は相手は男性」という爆弾を投下するわけですから、
その時の彼女の心境たるや……相当な修羅場だと思います。

> 沈丁花さんがハピエンにしてくれることは間違いないですが^^;

それに関しては自信をもって!
というか私にはそれしか書けませんw

 

しづさん

先を想像したら胃が痛くなってきました・・・・
が、がんばれ、青木さんっ。

わあ、しづさん。お久しぶりです。
今とっても大変な時なのに、わざわざコメントを入れて頂いてすみません…。
でも嬉しいです。ありがとうございました。
青木は薪さんを守ることだけは確かだと思います!
あ、といっても自分の母親から守るわけではありませんが。青木母は敵じゃないのでw

 

なみたろうさん

うは、うははっ( ;∀;)
「お嬢さんを下さい」的にドキドキした!!
今のところ、「男」ということを除いては青木母、異存はなさそうですね…最後が一番爆弾ですけどね…
考えてみれば青木母のキャラって原作ではこうゆうことすっごく受け入れなさそうですけど、どうなるんでしょう?
でもおかん頼む!!二人は幸せにならなきゃいけないのです。
子供も産まれるんです。舞ちゃんだってすごく綺麗なママができるんです。
何よりあんたの息子はめちゃめちゃその人を愛してるんだから!

> 青木母のキャラって原作ではこうゆうことすっごく受け入れなさそうですけど、どうなるんでしょう?

いい意味でも悪い意味でも保守的なんですよね。
常識人で礼儀正しく、でも新しいものには反発を覚えてしまう。
いや、MRI捜査は宗教観や倫理観にも関わっているから、単なる反発心とは違うかな?
私は言いたいことを言わないで溜め込んでしまう人かなって印象を受けました。
青木が第九に入った時も反対する気持ちがあったはずなのに、それをずっと言わないでいたし、
お葬式のシーンも、あの時まで全く息子を責めなかった(のに息子が愚かなことを言いだした)からこそ、
溜め込んでいたものが爆発してしまったんだろうと思うんです。
なのでこの場合一番悪い展開は、青木母が表だって反対することではなく、
何も言えないまま、ことが進んでしまうことではないかと……。
薪さん妊娠してるし、気を使って本心を言えないんじゃないでしょうか。
でもそんな風に理解しあわないまま家族になっても、本当の意味で家族にはなれませんよね。
まあ青木も母親の性格は分かっているでしょうし、その辺は彼が頑張るところだとは思いますが……
どうかなあ、なんか頼りないからなあ(笑)。
青木の一見大人しそうで芯の強いところは母親似で、
他者を受け入れる寛容的なところは父親似かなって気がします。

 

 (無記名可)
 
 レス時引用不可