ユベルといっしょ☆願い事編
「ただいま」
「おかえりー」
十代の帰宅に、テーブルにうつぶせていたヨハンが顔を上げてひらひらと手を振る。その横に木があって、それに様々な色をした何かがぶら下がっていた。クリスマスツリーに近いのかもしれないが、今の季節は夏だ。
やたらと賑やかなそれを指差して、十代は問いかけた。
「なんだこれ?」
「タナバタとかいうもんだって。十代の国ではやるって聞いたけど」
「ああ…もうそんな季節か」
試合には土日も関係ないから、すっかり日付の感覚が鈍っていたらしい。目の前の物体が七夕とかけ離れているせいもあるが。
「普通は笹に飾り付けるんだけど」
「そうなのか?」
目の前の彼に言っても、知らないのだから仕方ないだろう。笹を木に変えただけで違うものになるんだな、と十代は妙な所に感心した。
「それにしても、随分と飾り付けたな。大変だったんじゃないか」
「いや、やったのはほとんどオレじゃないんだよ」
「って事は…」
十代の脳裏に浮かんだのは精霊の名。それを察したヨハンが一つ頷いて、口を開いた。
話は少し前に遡る。
がさがさと物音がしてヨハンは目が覚めた。少し浮遊した感覚と若干透けた体に、またかと思う。物音のした方へ進めば、案の定自分の体が勝手に動いて何かをやっていた。とりあえず服が寝た時のままだったので安心する。自分の姿のまま変な服でうろつかれてはかなわない。
『何やってんだ』
その声にユベルは振り返って曰く、
「いたの?」
『いたの、って、それはオレの体だ。それより、なんなんだ一体』
「ああ、これの事?タナバタって言って、願い事を木につけると叶うらしいよ。昔十代がやってたんだ」
『ふうん』
説明しながらせっせと細長い紙に願い事を書いているユベルに、ヨハンは根本的な疑問をぶつけた。
『願い事って普通一つだろ』
「うるさいなあ。ずっとやってなかったから、その分まで書いてるの」
言って、再び紙に向き直る。興味を持ったヨハンがひょいと覗き込むと「十代と一緒にいる!」と力強く書いてあった。
『…お前、願い事ってどういうものか知ってるか?』
「馬鹿にしないでくれる。要は自分がしたいって事でしょ」
間違ってはいない。それに、楽しそうな様子にあれこれ言って水を差すのも野暮な気がした。少なくとも害はなさそうだし。
『…まあ、勝手にしろ』
あくびを一つしてヨハンは意識を沈める事にした。
「…というわけだ。その後もしばらく何かやってたみたいだけどな。そのうち疲れたのか、気が付いたらいなくなってた」
「なるほど」
概ね十代の予想通りだった。色鮮やかな短冊達は一枚ずつ丁寧に木に結び付けられていて、書いた人物の想いを示していた。
「じゃあ、オレも書いてみるかな」
「そう思って一枚とっておいた」
手渡された短冊に十代が目を丸くする。
「用意がいいんだな」
「ちょうど二枚残ってたんだ。オレが一枚とって、残りは一枚」
「ふうん。なんて書いたんだ?」
「見てみるか」
示されたのは木の真ん中辺りにくくり付けられていた緑色の紙。そこには丁寧な字で一文だけ書いてあった。
『もう少しアイツも素直になったっていいんじゃないか』
願い事というよりは単なる愚痴を見て、十代は首をかしげた。
「別に素直だと思うけど」
「お前限定でな」
「そうか?」
心底疑わしいといったヨハンの様子に苦笑する。素直でないのはどっちだろう。短冊が二枚だけ残っていた理由が分からないはずはないのに。
「それは置いといて、十代は何書くんだ?」
「そうだなあ…」
ペンを片手に昔書いた願いを思い出す。
『友達が欲しい』
その時にはどうしても叶わなかった事。今は贅沢なくらい叶っている事。それだけで十分だと思えた。
「…やっぱり、いいや」
「書かないのか?」
「ああ。特に願い事なんて思いつかないし」
「そんな事言わずに。なんか書いてみろよ」
さりげにイベントが好きヨハンは不満そうな様子。それに十代はしばらく考えて、ぽんと手を打った。
「あ、そういえば一つあった」
「そうこなくっちゃ」
短冊にさらさらと書いて手早く木に吊り下げる。内容は、
『エビフライが食いたい』
「…作ってやるよ」
「早速叶ったな」
しれっと言う十代に少し恨めしそうな視線を向けて、ヨハンは立ち上がった。キッチンに向かおうとドアを開けて、ふと振り返る。
「そうだ、十代」
「どうした?」
「オレだってお前の側にいるつもりだからな」
びしっと指を差して言い放つと、そのままドアを閉めた。
十代はしばらく固まっていたが、顔に手を当てて笑い出す。本当に、願い事の必要もない。
笑いが収まるとペンを手にとって、さっきの自分の短冊に少しだけ書き足す。たまには手伝おうかなんて思いつつ、ペンを置くとキッチンへ向かった。
誰かに願うなんて彼等らしくないなあ、と思って書いたらほんのり真面目路線です。なんか十代が受けっぽくないかと思って一人で悩んだり悩まなかったり。まあ、たまにはそんな感じ。
十代が何を書いたかはご想像に丸投げします。