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●SHOW STYLE
観客対話型コメディーパフォーマンス。
少人数を対象としたクロースアップマジ ックや風船作りにはじまり、スリリングな ナイフのジャグリング、ファイヤーショーま
で、幅広い芸と起伏に富んだ見事な構成 で観客を魅了し飽きさせない。 現在まで、五〇〇〇回以上のパフォーマ
ンス実績を持ちその経験を活かした豊富 な演目は、あらゆる会場や客層に対応が 可能。 あっという間にお客さんの笑顔を引き出
すショウは業界内でも定評がある。
●SKILL
ジャグリング(グローボール、ディアボロ、デビルスティック、コンタクトジャグリング、ファイヤートーチ、一輪車等)
マジック(カードマニピュレーション、マイザーズドリーム等)
バルーン、曲独楽、一輪車等。
●曲独楽の世界
曲独楽の源流は奈良時代に支那から伝来した。 当時朝廷で催された神仏会の余興として、独楽の曲 は演じられていたものと思う。
その後、独楽は小児の玩具としての文献しか見つかっ ていないため、独楽の曲は中絶したものと思われる。
曲独楽が再興したのは、元禄十三年、初太郎という 少年が、京都四条川原の芝居で博多独楽を興行した のが始めである。
浅草奥山で名高い松井源水の曲独楽は、博多独楽の 流行が動機になって発生したものである。 弘化から安政へかけては曲独楽の全盛期であると同
時に、演技の方法も一変した。竹澤藤次は大仕掛け の水芸などを曲独楽に加え興行を行い、人気を博し た。
慶応二年には源水は菊次郎と洋行し、日本独特の気 絶な曲独楽に碧眼を驚かした。 十三代目源水が没したあと、十四代、十五代ともに
短命であったため、十六代目源水は独楽を回さ無かっ た。そこで、室谷助太郎が一代限りの契約で元帥の
名を名乗り、明治十七円から色物席へ出演した。 幕末に全盛を極めた曲独楽の余波は現在、寄席の色 物にとどめている。
曲独楽の演目は百を超えていたようだが、その多く は失われてしまっている。作り手が数えるほどしか いないというのは深刻である。
●MESSAGE
月日が経つのは早いもので、いつの間にかベ テランと云われる年齢になってしまいまし た。 最近はジャンル問わず、自分が楽しいと
思ったものは何でも取り入れるようにし ています。 テクニックは緊張の賜物です。喜劇は 楽しさの賜物。演者が楽しまないと楽し
いパフォーマンスは生まれません。 とりわけ、生のしょーは観客の反應がだ いれくとに傳わってくる。面白くなければ
見向きもしないが、面白ければ歓聲が起 きる。 自分のしょーに観客が沸いて、喜んでいる 顔を見ると「勝ったぁ!」って思える。
私の藝で皆さまに驚き、笑い、楽しんで頂 ければこんなに嬉しいことはありません。 これからも日々精進を続けてまいります。