one
私は波乱万丈な人生になんて興味がない。ただ平凡に、穏便に、敷かれたレールの上を歩くだけの、ごくごく一般的な普通の人生を歩みたかった。今となってはもう無理な願いだけれど。
「いってきまーす」
「いってらっしゃい」
いつもの挨拶を母と交わして息の詰まりそうな学校へと歩を進める。それが毎日溜息ばかりの私の日課となっている。玄関先の全身が映る鏡に姿を映して、自分の身に纏っている制服に酷く嫌悪する。ただの布切れを縫っただけだと言うのに、金ばかり掛かる金食い制服だ。
「はあ」
黒髪黒目で、決して目立つことのない風貌。「可愛い」と言う訳でもないし、「可愛くない」とも言えない、至って普通のどこにでもいそうな女の子の私。しかし、母が働かなくても私が私立校に行けるくらい、父は結構良い仕事に就いているらしい。だけど父自身も、母でさえも、父がどういう仕事をしているのか教えてくれはしない。いつも「その内分かるさ」と父は笑って言っていた。海外出張がやけに多い、私の父。
「嫌だな。学校サボろうかなあ?」
ストレスで胃が痛くなると言うのは本当のことだった。毎日私の胃はキリキリと啼く。私が通うのは幼稚舎から大学までのエスカレーター式の学園、私立ルース学園高等部。何でもグスターヴァス・ルース(Gustavus
Luce)と言うイギリス人が設立者だからだとか何とか。ここを父の薦めで受けた。それなりに頭も良い方だったので中学の担任にも「行けるよ」と言われた。母も「良いよ」って言ってくれたけれど、これほど入ったことに後悔するなんて思わなかった。恨んでいる訳じゃないけれど、父がここを私に薦めた意図が未だに分からないでいる。
私立ルース学園は本物のお嬢様、お坊ちゃんの通う学園だ。私は本当に場違いなんじゃないかと思っている。ロレックスの時計、ルイ・ヴィトンのバック、ブルガリの香水、シャネルのリング。どれも高すぎて手が出ないし、その話の輪の中に入る勇気もない。どれか一つくらいは誰かからのプレゼントや自分へのご褒美として持っていてもおかしくはないが、それを週が代わるごとに新しく買っただの誰々から貰っただの言われちゃこっちが堪らない。私の毎月のお小遣いの一万円も、中学までは仲間内でも高い方だった。なのに六万円に減らされただの、成績が良かったから十万円になっただの、それでもまだまだ足りないと言う。どうかしてるんじゃないのかと本気で思ってしまうのだ。
「まあ、私が言うことでもないんだけど」
そう言って家から十分の所にある学校の門を嫌々くぐった。今日も生徒指導室では「トップ会談」が行われているのだろうか。そう思うと背筋が凍ってしまいそうだった。
→