死生のロンド


 


 駅まで歩いて行こうとどちらともなく言った。
 いつか来るかも知れない帰りのバスを待つ時間がもったいない。そう思った。
 おぼつかない街灯の灯りが夜道を照らす中、新開は福富と並んで駅を目指す。
 湿った服が重く感じる。新開の記憶では駅前に大きなスーパーがあった。そこで着替えられるだろう。多少ダサくても仕方ない。
 新開はこっそり福富を窺う。
 制服はクリーニングに出さなければならないだろう。幸い、明日は休日だ。急いでもらって何とか月曜日には間に合わないだろうか。もし駄目だったら自分の制服を貸そう。新開の顔に笑みが浮かぶ。想像したらなんだか楽しくなってしまった。
 隣にいる福富は何も言わない。先ほどから黙ったままだ。
 車もほとんど通らないこの道はそうなると途端に寂しくなる。新開は「なぁ」と声を出した。
「なんだ」
「呼んでみただけ」
 おどけてそう言うと小学生みたいな事をするなと怒られた。
「なんだよ、それ。真面目な話ならいいのか?」
「真面目な話がしたいのか、お前は?」
「少しだけ」
 片腕に感じるウサ吉の重みに勇気をもらいながら新開は口を開く。
「インハイの落車の件だけど、どうして総北は何も言わなかったんだろうな」
 最初に話を聞いた時からそれが大きな疑問だった。福富に非があるのなら何故総北はそれを糾弾しないのだろうか。理不尽な目にあって黙っている必要などどこにある。
 箱学は自転車競技において強豪校だがただの高校だ。他校を黙らせる権力なんてない。
「金城の意向だ」
 福富は淡々と言った。
 そりゃ、またと言いかけて新開は口を閉じる。灯りに照らされた福富の横顔はいつもより大人びて見えた。
「金城は誰にもオレの事は言わなかった」
 本人が落車に巻き込まれたと証言しているならば総北も抗議する必要はない。
 新開は思い出す。件の記者も金城に取材に行ったが「事故の件でお話しするようなことはありません」と追い返されたと言ってた。
「なんでだろうな」
 気詰まりする空気に新開はケージを持っていない方の腕を上げて大きく伸びをする。
「今日、話してみて感じた。金城は――
 そう言って福富は一呼吸おいた。
 虫たちの鳴き声だけが辺りに響き渡る。まだ夏の暑さは衰えてはいないけれど、確実に季節は秋へと向かっていた。
「おそらく金城は道の上だけで決着をつけたかったのだと思う」
「道の上だけで、か」
 福富のやった事が取り沙汰されて箱根学園がペナルティを受けるのは不本意だということか。レース以外の場所で勝負が決まってしまうのは許せない。あくまでも決着は道の上で。ロードレーサーとして傲慢で真摯な願い。
「変わってる」
「覚えておけ、新開」
 思わず顔を綻ばせた新開を福富は睨む。
「来年オレたちが戦う相手はそういう相手だ」
「総北は、来るかな?」
「奴らは必ず来る」
 福富は迷いなく答えた。もう福富の目は新開を見てはいなかった。前を向いて勝手に進んでいく。 その金髪を少し後ろから新開は眺めた。笑みが苦笑へと変わる。
 福富の中では来年のインハイで総北と戦うのは既に決定事項らしい。
 新開が箱学の四番として走ることも。
 ウサ吉のケージを持つ腕に力が入る。恐れはまだあった。
「何をしている」
 先を行く福富が振り返る。
「今、行く」
 新開は深呼吸してその背を追いかけた。

 寮に戻った新開たちは当然の如くこっぴどく叱られた。外出届けを提出していた福富も例外ではない。当人は理不尽だという顔をしていたが門限を大幅に破っているのだから、仕方がないだろう。
幸いな事に荒北が黙ってくれたお陰で新開はただ外へ遊びに行った事になっていた。そのお陰で大事件にはならなかった。
 新開はお説教から解放された後、様子をうかがいにきた荒北に礼を言った。
「ペプシおごれヨ」
 ぶっきらぼうに荒北はそう言うとさっさと新開に背を向けた。
「靖友」
「いい顔してんじゃねェか」
 福ちゃんもおめェも。
 背中越しに投げかけられた言葉に新開は目を瞬かせる。
「そう、かな」
「ア、調子乗んじゃねェぞ」
 わざわざ振り返って荒北が怒鳴る。照れ隠し見え見えなその態度に新開は微笑む。
「ありがとう、靖友」
 荒北は一瞬、黙り込むとケッいう具合に言い捨てた。
「さっさと戻って来い。ボケナス」
「あぁ」
 また道の上で会おう。



「箱学の四番として恥ずかしくない走りをしたいと思います」
 言い終えた瞬間、パチリとカメラが鳴る。白と青で構成される箱学ジャージを身に纏った新開は不思議な想いでそれを聴いた。
――じゃ次、泉田くん」
 隣にいる後輩が身を固くするのがわかる。
「ハイッ」
 勢いよく返事をすると二年の後輩――泉田はインハイへの抱負を語り始める。
 新開たちインターハイのメンバーはいつものように一室に集められて取材を受けていた。昨年の覇者でもあり、歴代最高との呼び声を高い箱学には取材も多い。どの出版社からどんな記者がきたかなんていちいち気にしていられない。
 だが、今日。新開は受け取った名刺を穴が空くのではと思うほど凝視した。
 泉田のインタビューに頷きながら、ペンを走らせる男にこっそりと視線を走らせる。
 丸い輪郭の穏やかそうな目をしたその記者は、二年の時にしつこく取材に来ていたあの男と同じ会社の人間だ。
 新開が家出未遂をやらかした後、あの男は二度と箱学に姿を見せなかった。まるで煙のように痕跡も残さずにいなくなった男を気にしながらも、忙しい日々の中でいつしか新開はその存在を忘れていった。新開の例のインタビューも世に出回ることはなかった。
 取材が始まる前、新開は新たにやってきた記者に声をかけた。
 驚く彼にあの男の名を告げる。すると彼は「うん」と緩慢に首を振った。
「そいつなら、昨年の秋に他の週刊誌の担当になってね」
 大きめのハンカチで汗を拭きながら彼は答える。
「週刊誌?」
「ウチでは花形だよ。一番、売れてる」
 あの男の強引なやり口を耳にした週刊誌の編集長が「面白い奴」と評価して引き抜いた。
「編集長も変わり者なんだから」
 はぁと大らかな口調で彼は言う。あの男は今は生き生きと政治家の汚職を追っているらしい。
「嬉しそうに愚痴ってるよ。眠る暇もないって」
「そうですか」
 箱学の、福富の事はもういいのだろうか。問おうとして新開は止めた。きっともう全ては終わったのだ。



 レギュラーていいよなぁ。
 ため息混じりの声に新開は振り返った。部室の椅子に座った今井が先日のインタビューが載っているページを開いて眺めている。
「着替えないのか?」
 既にジャージに着替え終えた新開は上から今井を覗きこむ。すると、今井は素早く顔を上げた。
「女の子にモテるんだろ?」
「そうか?」
「あーその余裕。羨ましいぜ」
 喚く今井に新開はポケットから補給食を取り出した。
「とりあえず、食う?」
「いらねェよ」
 なんだもったいない。新開はするりと包装紙を開けると固形物を口の中に含んだ。新発売のチョコバナナ味のフレーバーが広がる。
 その時、同じくジャージに着替え終わった福富がこちらに近づいて来るのが目に入った。
「新開、少しいいか」
 律儀にそう言うと福富は来週のクリテリウムに向けた話を始めた。
「出場メンバーの練習メニューなんだが……」
 それからしばらく二人は話し込んだ。あぁでもこうでもないと言い合う内に補給食がなくなる。無意識に目がゴミ箱を探す。
 そこでようやくにやにやしながらこちらを見ている今井に気が付いた。
「なんだ?」
 いやな。言いながら今井は照れくさそうに頭の後ろを掻く。
「そうじゃねェとな。やっぱり、お前らはそうじゃねェと」
 なんだよ、それ。
 むず痒い。そんな新開には気が付かず今井は「良かった。良かった」と独りで頷いている。挙句の果てに「新開があのままだったら、オレが二代目箱根の直線鬼を名乗るところだった」とまで言い出し始めた。
「どうした。今井がどうかしたのか」
 福富が不思議そうな顔で訊いてくるので、新開は肩を竦めた。
「インハイに出たいって」
「そうか」
 福富の目の色が変わる。突然今井の持っていた雑誌を取り上げた。
「何すんだよ、福富」
 唇を尖らせる今井に福富は言い放つ。
「いいか、今井。今すぐペダルを回せ。間に合うか間に合わないかはお前次第だ」
「エェッ。ちょッ何言ってんだよ」
「荒北を見習え。荒北は入学した時、ロードの乗り方も知らなかった」
「あの規格外の化け物と一緒にしないでくれる?」
 オレは繊細なの。と主張する今井にタイミング悪く荒北がやってきた。
「誰が化け物だってェ」
「そう怖い顔をするな。余計に化け物に見えるぞ」
 そこへ鏡を見ていた東堂が絡む。
 なんだと。やんのか。いつもの馬鹿騒ぎに新開は目を細める。
 この場所に戻ってこられて、本当に良かった。
 噛み締めるように新開は思う。胸の奥がじんわりと暖かくなっていく共に眼の奥がつんとした。
 新開は密かにドアへ歩み寄ってと手をかける。福富が何か言いたげにこちらをみたが、気付かない振りをして外に出た。

 格好悪いな。真っ直ぐに伸びる陽の光を浴びながら、鼻をすする。そこで新開は裏門の方へと向かう人影に気が付いた。思わず新開は駆け出す。その顔には見覚えがあった。
「先輩、お久しぶりです」
 息を切らしてやってきた新開にその人は大きく口を開けた。だが、すぐに自分を取り戻すとにっこりとお手本のような笑顔を作る。
「久しぶりだな、新開」
 いつか図書室で新開を勧誘した演劇部の元部長だった。

「後輩の指導しにきたんだ」
 先輩は照れくさそうにそう言った。今どきの大学生のような格好をしている先輩は制服だった時よりも、柔らかい雰囲気に見える。
「そっちも元気そうだな」
「お陰さまで」
 新開は軽く頭を下げると先輩は意地悪い顔で笑った。
「残念だなぁ。あの時に入部してたらオレの代わりにハムレットを演ってもらったのに」
「オレがですか? 冗談でしょう?」
 昨年、文化祭で上演されたハムレットは好評だった。新開も観に行ったが、この先輩の演技に圧倒された。とてもあのように自分が演じられるとは思えない。
「嘘じゃない。新開ならできると思ったんだ」
――お前からは死の薫りがした。
 なんでだろうな、と言う先輩に新開は曖昧に微笑んだ。
「先輩はゴール前のスプリントを見たことがありますか?」
「ロードレースのか?」
 新開は首を縦に振る。
「ゴール前、信じられないスピードで走るんです」
 己の限界まで脚を動かして。肉体だけでは到達できない領域へと飛び込んでいく。少しでも周りの選手に触れれば相手も自分もただでは済まない。
 その瞬間、新開は最も死に近い場所にいる。同時に、強く生を意識する。響く鼓動。軋む筋肉。滲む汗。生まれゆくその熱。
「オレはスプリンターです」
 ゴールに飛び込む時、ほんの少しの躊躇も許されない。喩え本能が死の気配に恐怖したとしても。
「だからきっと――
 新開の言葉に何を感じたのか先輩は腕を組んで黙り込んだ。
 しばらくグランドから聞こえる掛け声だけが二人の間に流れた。
 気まずい沈黙に新開は話題を変えようと口を開く。
「そういえば先輩。大学に言っても演劇は」
「もちろん続けているさ」
 俺、役者になろうと思っているから。と簡単に先輩は言ってのけた。
「親父もお袋も大反対だけどな」
 何も職にしなくても良いではないか。普通に働きながら趣味として続けるので駄目なのか。随分と言われたそうだ。
「でも、演劇って俺にとっては飯も同然なんだ。食わないで生きていく事なんてできない」
 餓死してしまう。大真面目な顔で先輩は言った。
 新開は静かに頷いた。
「オレもそうです」
 ウサ吉の母を轢いた後、あの暗闇のような時間で何度も考えた。ただ自転車で走るだけなら別にロードでなくていい。なのに何故、自分はこんなにツライ想いをして自転車に乗っているのだろう。ロードを辞めれば楽になるのに。
「どうしても他のモノじゃ心が満たされなかった」
 その選択が正しいかどうかはわからないけれど。新開は吐息と共に言葉を紡いだ。そんな新開を先輩は優しい目で見つめると、口を開いた。
「“To be or not to be”」
 不遇な運命に耐えて生きるか、気高く戦い死を選ぶか。ハムレットの有名な台詞だ。
 新開は顔を上げる。
「これ酷いよな。どっちを選んでも地獄だぜ」
「だからな」晴れ晴れとした表情で先輩は言う。
「それならやりたい事を全力でやる方が得だと思わねぇ?」
 はい。と新開は返事をした。自然と背筋が伸びる。そこでようやく先輩はほっとしたように組んでいた腕を解いた。
「インハイ、がんばれよ」先輩はそう言って新開の背を叩くと去って行った。
 気持ちの良い青空の下、新開はその背に小さく頭を下げた。



 人の気配を近くに感じて新開は目を開けた。
 茶色い机の表面が目に入る。それに身体のあちらこちらに痛む。新開は自分が教室の机に突っ伏したまま眠っていた事をぼんやりと思い出した。
「起きたか」
 聞き覚えのある声に新開の意識は急速に覚醒していく。勢い良く顔を上げれば、見知った顔があった。
「寿一」
「こんなところで寝ていては風邪を引くぞ」
 新開の前の机の椅子に座った福富は不自然なほどそっぽを向いてそう言った。
「え、なに?」
 どうかしたのか。
 首を傾げる新開に福富は目を合わせないまま立ち上がる。心なしか顔が赤い気がする。
「オレは後輩たちの練習を見てくる」
 福富はそう言うと手に持っていた白い紙を新開に押し付けた。
「お前はこれをとっとと片付けてこい」
「ちょッ」
 抗議する暇もない。福富は足早に教室を出て行ってしまった。放課後の教室に新開だけが残された。
 新開は受け取った紙に目を落とす。
 “進路希望調査票”
 ため息が出る。インハイも終わり二学期も始まったというのに新開はまだ志望校を決めてはいなかった。痺れを切らした教師が今日は書くまで帰るなと言ったので新開はこうして一人寂しく教室に残ることになったのだ。そして、悩むうちにいつしか寝てしまった。
 視線を更に下げると埋めた覚えのない第一希望欄が記入されていた。
 “明早大学”
 丁寧にきちんと書かれたその字に新開は苦笑する。福富が出て行った理由がわかった。
 新開はその文字に軽く口付けた後、筆箱から消しゴムを取り出すとその筆跡をなぞる。シャープペンで書かれたそれはあっけなく消えていく。
――なぁ、寿一。
 ひとつだけ信じている事がある。

 あの夜。二人で湖で濡れた帰り道。
 新開は電車の中で不意に目を覚ました。揺れる車内には誰もいない。夢見心地のまま新開は肩に重みを感じて隣を向いた。腕を組んだまま福富が新開にもたれて眠っていた。いつもより柔らかいその寝顔を新開は睫毛の先まで息を潜めて見守る。長い付き合いの中でこんなに近くで福富の顔を見たことは初めてだった。
 少し幼く見えて、なんだか愛おしい。
 胸の奥でメロディが鳴る。定まらない思考のまま新開は考える。
 自分たちは同じ中学で出会い、同じ高校へ行って、同じ時期に躓いた。
 これは偶然なのだろうか。
 そこに何かの意味があったと思いたいのは新開の願望なのだろうか。
 もし福富が今日この場所に来なかったのなら新開は二度とロードに世界には戻れなかったのかもしれない。
 流れるメロディが一層掻き鳴らされ、心臓の音が加速していく。
――きっとオレたちは。
 頭の奥で何かが弾ける感覚がする。
 新開の脳裏に湖で見た青のイメージが鮮烈に浮かんだ。どこまでも深い美しいブルー。
 その時、新開は全てを悟った。
 新開は福富へ顔を寄せる。吐息がかかるほど。
「寿一」
 わかったよ。
 その時、瞼が重くなる。元々夢との境目にいた意識が遠のいていく。それに抗うように唇から言葉を紡ぐ。
 どうしても伝えたいと思った。
「運命なんだ」
 オレたち。
 身体から力が抜けていく。現実感が薄れゆく中、新開は願う。
 だから。
 ずっと傍に――

 すっかり綺麗になった用紙を前に新開はボールペンを握った。
 自分のこの想いは人から理解が得難いものだ。福富にとっても。
 友情や恋、愛を全て含んだ感情。途方もなく大きくて漠然としたなにか。
 慎重に新開は文字を書いていく。
 だから迷っていた。福富と離れるべきなのではないかと。違う大学に行っても彼を失うわけではない。ロードを続けていれば顔を合わすこともあるだろう。そうやって少しずつ彼と距離を置く。やがてこの妄執が消え去るまで。
 でも、ダメだった。
 新開は見てしまった。教室を出る時の福富の瞳を。
 ペンを机の上に置くと、新開は用紙を頭上へとかざした。
 明早の文字が宙に浮かぶ。
 早く担任に出しに行こうと新開は荷物をカバンに詰め込む。第二希望以下なんて必要ない。
 新開はもう心を決めた。
 福富のいない人生なんて新開には考えられない。
 それにどちらを選んでも後悔するに違いない。それならば、自分の信じる道を進みたい。
「そっちの方が得、かもな」
 新開はそう言って独りで笑うと教室を出た。
 オレンジ色に染まる廊下を力強く歩く。
 今度こそ。
「天下を獲ろうな、寿一」
 心の奥で銃声が鳴る。
 これはきっとスタートの合図だ。



 流れる汗をものともせずに新開はペダルを踏む。
 まだ大丈夫。十分、追いつける。
 目の前にはある頼もしい背中を新開は眺める。自分と同じ明早大学と書かれたそのジャージを着た福富だ。
 今日のレースはいつもの役割が逆だ。ゴール前の平坦が長い為、福富がアシストして新開がゴールすることになっている。
 チームは今のところ少し出遅れているが問題はない。新開は前を走るライバルたちに目をやる。
地元の大学に、洋南の荒北と金城。珍しい事に金城が荒北を引いている。
 そこでふと新開は昔の事を思い出した。
 箱学の寮にいた頃、二人はよく真夜中に顔を合わせた。新開が悪夢に目覚めてトイレに行くと、青い顔をした福富とよくあった。新開はその後、箱根のインターハイ後は徐々に落ち着いていき、福富とは夜中に会わなくなった。福富は今も悪夢を見てるのだろうか。
「新開、出番だ」
 思考を断ち切るように福富の声がした。前方を見れば、既に最後の勝負に向けてライバルたちが飛び出している。
「オーケー寿一」
 新開が前に出るとその背に福富の手が添えられる。
「行ってこい、新開」
 負ける事は許さないとその声色が告げていた。
――当ッ然。
 歓喜が身体に渦巻く。ドクンドクンと心臓から全身へと血液が巡る。
 ぐっと力強く福富が背中を押した。
 新開は飛び込んでいく。
 生と死が踊る熱狂のその先へ。


【死生のロンド】

2015/08/15