ドッグもウォークすればスティックにヒットする


 

 彼との出会いはいつだってディスティニー。

 後方のシートからその姿が見えた時、福富はマイアイズを疑った。
 視線の先にはニット帽を被った男がスタンドしている。
 しっかりと背筋の伸びた凛としたその佇まいは混雑したバスの車内でも一際ブライトに見えた。
 それは自分のマインドが見せたファンタジーなのかもしれないが、たまらず福富は前の座席の背に手をついた。激しいハートビートが全身に鳴り響いている。
 金城真護。
 まさか、会えるとは思わなかった。
 サイレントヒルに彼がいる事は知っていた。野暮用でこの街を訪れると決まった時も、福富は連絡を入れようかとデイサイドしかねた。宛名のないメールを何度ライティングしたかわからなくらいだ。結局、そのメールは今も福富のモバイルの中でスリープしている。
 その金城が今。目の間にいる。
 福富はシートの隙間からその姿を注意深くウォッチした。
 金城にはどうやら連れがいるらしい。外国人だろうか。明るい、福富とは違う自然な色の、ブロンドの男とトークしている。
 どうやら親しい間柄のようだ。金城の表情は背を向けている為こちらからはうかがえないが、ブロンドの男のブルーアイズには楽しげなカラーが浮かんでいる。
 金城より少しばかりショートサイズの男は上目遣いでどこか甘えるようなムードを醸し出していた。
 あの男、何者だ。福富はヘッドの中のロードレーサーブックをハイスピードで捲る。洋南大学のプレイヤーか。それともサイレントヒルの他大学生か。
 そんな福富をよそにバスが大きくロールした。ドアがオープンする。バスストップだ。
 福富ははっとしてフェイスを上げた。
 もしやここで降りるつもりではないだろうな。
 視線の先では金城が空いたシートをブロンドの男にギブしようとしていた。それをブロンドが笑いながらエルボーする。
どうやら福富のウォーリーは取り越し苦労だったようだ。
 相変わらずのフレンドリーさにジェラシーを感じつつも福富はシンクする。
 さて、これからどうすべきか。
 声をかけるべきか。
 バスが再び動き出す。揺れる車内で福富は自らのブレインの奥底に問いかけた。
『オレはやめとくべきだと思う』
 真っ先に声を上げたのはデビル新開だった。顔も身体も新開にそっくりのこいつはもちろんジュニアハイスクールからのフレンドの新開ではない。
 福富のブレインの中にいつの間にか具現化するようになった福富のマインドの一部だ。
 よく物語で人間が悩む時に登場するエンジェルとデビルみたいなものだ。彼らは福富の悩みをよく聞いてくれる。
――何故だ。
 納得いかずに福富がアスクする。デビル新開は手に持っていた固形の補給食をイートしながらアンサーした。
『この混雑したところでわざわざ出てって挨拶すんのも不自然じゃねェか?』
――そういうものだろうか。
『それに』
 ワードを切ってデビル新開は福富のアイズを覗き込む。
『まだそういう間柄でもないだろう』
 そうだな。
 ズキンとしたペインが胸を襲った。
 金城と福富。二人の間には埋められない深い溝のようなギルティが横たわっていた。
 あのホットなサマーデイ。福富のライトハンドは前を行く金城をバンした時にそれは生まれた。
 現在の知り合い以上の友人未満の関係より先に進みたいフィーリングはもちろんある。だが、あの残酷なシーンがいつだって福富をストップさせた。
――やはり声をかけるのは迷惑だろうか。
 がっくりとショルダーを落とした福富に別のところからボイスが上がった。
『さっきから聞いていれば暗ェ事ばっか言いやがって』
 デビル荒北だ。
『福ちゃんの好きにやらせてやりゃいいだろォ』
 眉を吊り上げたデビル荒北がデビル新開を睨む。
『だって靖友』
『当たって砕けりゃいいんだヨ。砕ければ』
――いや、砕けるのは困るのだが。
 デビル荒北の言いように福富のアイブロウが微かに動く。だが、それにデビルたちは気付かない。
『砕けるならヤるだけ無駄だろ』
『わかってねェなァ。一度砕けなきゃこの鉄仮面はダメなんだよ』
 言い合いながらデビルたちは互いの襟元を掴み始めた。。
『こうなったらロードで決着をつけるしかねェな』
『ハッ。せいぜいラビ吉に別れでも告げてくんだな』
 ロードレーサーならば勝負は道の上で。などと言っている場合ではない。
 これだからデビルはあてにならない。勝手にレースのプロミスまでして全く羨ましい。こういう時に頼りになるのはやはりエンジェルだな。
 ため息をつく福富。その姿を眩いライトが照らした。誰かが近づいてくる。
――誰だ。
 エンジェルか。淡い期待に胸がダンスする。
『呼んだかね? フクよ』
 高笑いと共に現れたのはゴッド東堂だった。何故、ゴッドかと言うと本人が自らのそうコールするように言ってきたからだ。
 ギラギラとシャインする東堂は一方的にスピークする。
『話は聞いていたぞ。さっさと声をかけるべきだ。お前たちが仲良くなればオレもプチデビル巻ちゃんともっと会いやすくからな。是非そうすべきだっ』
――プチデビル、巻島?
 聞き覚えのあるネームに福富はネックを傾げる。すると東堂が慌てたように口をハンドで覆った。
『な、なんでもない。なんでもないぞ、フク』
 思わせぶりなそのアクションに福富の疑念は更に強くなる。問いただそうと、しかしそれはディファレントな声に遮られた。
『あのー。金城さんに声をかけようか悩んでいるんですよね』
 真っ白なウイングを纏ったエンジェル真波だ。
『無駄だと思いますよ』
 にっこりスマイルするとエンジェル真波は指先を前方へと向ける。
『だってもう降りちゃいましたから』

 はっとドリームから覚めるように福富は意識を取り戻した。相変わらず混み合う車内へとアイズを駆け巡らせる。しかし、あのビューティフルな後ろ姿を再びファインドすることは二度と叶わなかった。

 それから2アワー後、野暮用を終えた福富はゴーホームしようと駅の構内をウォークしていた。
 あれから福富は軽く落ち込んでいたが、よくよくシンクしてみれば金城の姿を見ることができただけでもラッキーだった。そもそも自分は金城に声をかけて何をトークしたかったのか。
 ロードのこと、ユニバーシティのこと、共通のフレンド荒北のこと。乏しいチョイスをひとつひとつカウントしていく。本音を言ってしまえば、どれでもグッドだった。
 ただ福富はヒアリングしたかっただけだ。あの低く落ち着いた低い弦楽器を指で弾いたような声色をこの両のイヤーにクローズしてしまいたかった。
 ミステリーだった。他の誰に対してもこんな感情を抱いたことはない。
 何故、こんなにも金城という男はスペシャルなのだろうか。
 そして、自分は金城とどうなりたいのか。
 フレンド。ライバル。
 ぽっかりと空いた心のスペースにどのピースも嵌りそうでインしない。
 福富がホープするのはもっと緊密な何かだ。
――まさか、オレは金城と兄弟になりたいのか。
 その突拍子もない考えラフしてしまう。ブラザーなど今いる一人で十分だ。
 だが、金城と同じホームに住むのは悪くないかもしれない。
 一緒に走り、食事をトゥゲザーする。そして、汗を流した後。一緒のベッドに――
 思考がデンジャラスな方向へ行きかけたその時だった。
 視界にフライングしてきたシーンに福富は足をストップさせた。
 改札口の前に男が二人の立っている。その内の一人にベリー見覚えがあった。ついさっきまで考えていた人物、金城だ。
 福富は思わずダッシュで柱の陰へと隠れた。背にコンクリートのクールな感触があたる。
 なんてことだ。こんなことがあっていいのか。
 トゥデイのセカンドタイムズなアクシデントに福富は動揺を隠せない。
 いや。
 深くブレスをする。
 これはチャンスだ。そう己を奮い立たせる。
 福富は壁に背中を貼り付けたまま、金城の様子をうかがう。通りすがりの親子連れが自分を不審な目でルックしていったが知った事ではない。
 改札口で二人は手をスウィングしていた。見れば奥に昼間に金城とバスに乗っていたブロンドの男がいる。どうやら二人はこの男の見送りに来ているらしい。
 ブロンドの男はは二人に軽くハンドを上げるとそのまま振り返りもせずに去っていく。遠目からでもわかるゴールドのシャイン。リアルだ、と反射的思った。同時に胸を塞がれる思いがした。

『あたま変なのー』
 髪を染めて初めて登校した日。クラスメイトの一人に言われた言葉が急にイヤーに甦る。
 咎める他のチャイルドたちに彼は平然とトークした。
『だって偽モンだよ。あんなの』
 気にも止めなかった台詞が何故だかハートに響く。

 福富は自らのヘッドに触れる。繰り返しの染色で傷んだヘアー。強さの象徴だと思っていたこの色が何故だか急にイミテーションのように感じた。
 会えない。
 福富はリップを噛んだ。
 先ほどバーニングしたパッションが急激に萎れていく。
 視線の先では見送りをフィニッシュした金城たちが話している。ブラックヘアーの男が金城の胸元を大袈裟な身振りでフィンガーポイントすると金城は困ったように微笑んだ。
 その様子に呆れたのか男はシングルワード言うとゴーアウェイしていった。その場に金城だけがステイする。
 あ。福富は浅く息を呑んだ。
 話しかけるならばディスタイムがチャンスだ。
 しかし。
 引きずったネガティブエモーションが足に絡みついて動けない。
 どうすればいい。
 咄嗟に福富は昼と同様にブレインの奥底へとヘルプを求めた。
 イメージ上のロングロングな螺旋階段をフォールするように駆け下る。そして、いつもの何の変哲も無いドアをオープンする。
――お前たち。
 福富はアタックするようにルームの中へと飛び込んだ。
 だが、煌々とライトが部屋を照らすのみで中はエンプティーだった。いつも外をふらふらしているクライマーズたちとは違い福富が来るとすぐにウェルカムしてくれるデビル新開、荒北さえいない。昼に言っていたように走り行ってしまったのだろうか。
 それにしても。
――灯りくらい消していけ。
 人の脳を何だと思っているのか。
 福富はリトルだけ苛立ちながらスイッチをプッシュした。
 ぷつん。
 一瞬でダークがビジットした。同時に福富の意識も浮上していく。ふわふわとフライするような心地良さ中でグリーンが見えた。
 綺麗だ。
 吸い寄せられるように福富はそのグリーンのガラス球にフェイスを引き寄せた。
「福富?」
 イヤーに響いたボイスに福富は今度こそはっきりと覚醒する。
「……っ金城」
 ハートがエクスプロードするかとサプライズした。
 シースルーなピュアなグリーンアイズがアメイジングするほどノーブルでビューティフルだ。
 吐息が漏れる。
 ノーズとノーズがタッチしそうなほど近い距離で二人は見つめ合っていた。
「福富、どうしたんだ」
 金城のその声に福富ははっとしてゴーダウンする。勢いをつけ過ぎたせいで後頭部がコンクリートにヒットしたが、それどころではない。福富は口をオープンした。
「どうしてここに」
「それはこっちの台詞なんだがな」
 金城はおかしそうにショルダーを竦めた。
「まぁ、いいサ。オレは友人を見送りに来たんだ」
「オレは用があって」
 福富がそうアンサーすると金城はそうかと頷く。
 それっきりサイレントが二人の間に訪れた。
 何か言わなくては。
 ちらりと金城をリサーチすれば目が合いそうになって福富は慌てて視線をアップさせた。
 そこで初めて金城のニット帽の端に刺繍のスネークが鎮座していることに気が付く。裁縫がホビーだと聞いていたが、これは彼がやったのだろうか。
 そういえば。福富はリメンバーする。
 先ほど金城といた男が去り際に言っていた。
――自分でできるんだから、さっさとボタンくらい付けろよ。
 金城のシャツを見れば胸元のボタンが取れている。
 あぁ、これは。金城が ベリーヤングな子どもにアダルトの事情を説明するように苦笑した。
「さっき友人にも言われたんだが。ここのボタンは付けても無駄なんだ」
「どういうことだ」
「付け直してもすぐに外れるんだ。――ゴッド東堂のせいでな」
「なに」
 聞き覚えのあるネームにワイドなオープンアイズする。ホワイと疑問が渦巻く。
 福富のリアクションに金城は気まずげにハンドで口をカバーした。
「妙な事を言った。忘れてくれ」
「断る。金城、お前は知っているのか。ゴッド東堂を」
「なんだと」
 今度は金城が目を見張るターンになった。
「わかっているのか。あの箱学の東堂ではないんだ」
「勿論だ。頭の中に現れる奴らのことだろう」
 オレのところには新開や荒北もいる。とテルすれば金城は唸った。
「オレのところは田所や巻島がいる」
 なるほど。福富はおおよその事情を把握する。
「それで東堂が」
「あぁ。奴が巻島に会いにくると邪魔なのか知らないがいつもボタンを弾け飛ばすんだ」
「すまない。後でよく言っておく」
「いや、構わないサ」
 ヘッドを下げる福富に金城は首を振った。それよりも。と彼は続ける。
「まだ時間大丈夫か? もう少しあいつらについて話したいんだが」
 適当な店にでも入ろうと誘う金城に福富はワンもトゥもなく頷いた。願ってもないことだ。
 福富のアンサーに金城は相好を崩す。
「こんなことになるのならば、バスの中で声をかけておくべきだった」
 上機嫌でそうトークする金城に福富はどきりとした。
「気付いていたのか」
「そうだ。お前も気付いていたのなら尚更だったな」
 福富は車内にいた金城を思い浮かべる。トゥルーのブロンドと親密に話すその姿。
 イミテーション。
 ネガティブなエモーションがビターにリバイバルする。
「金城はオレの髪をどう思う」
 無意識に口走った自分らしくないワード。普段だったら絶対に言わない。だが、金城だったから。アイズの前にいたのが金城だったから。
 彼はスペシャルだ。
「いきなりどうしたんだ。オレは目立っていて良いと思うが」
「目立つか?」
「当たり前の事を訊くんだな。あのバスで誰よりも目立っていた」
 バスに乗った時に瞬間、目が吸い寄せられるようだった。驚いたサ。と金城はコンプレックスな顔をする。
「それなのにお前は少しも気付かない」
「気付いていた」
 そうだったな。金城は揶揄うようにスマイルしてみせた。
「オレも髪を染めるべきかな」
「金城が?」
 フィットするいや似合わない。イメージして福富のアイアンマスクが僅かにチェンジする。その変化に金城は苦笑する。
「冗談だ」
 そして、大きな金城のハンドが福富のヘッドに置かれた。
「オレはこの髪、悪くはないと思っている。強そうで好きだ」
――好き、だと。
 未知のランゲージを聞いたように。福富の中で何かが芽吹いた。
 それは凍てつくウィンターを乗り越えて、スプリングのサンシャインに喜びいっぱいで顔を出すプラントに似ていた。
「すまない、つい」
 何も言わない福富に金城が慌てたようにハンドを引っ込める。初めてみる?をレッドに染めたフェイスにハートビートがより一層高まる。
 好きだ。好きだ。好きだ。
 鼓動よりもハイスピードで想いが全身へと駆け巡る。
――オレは金城が好きだ。
 福富はこの時はっきりと自覚した。
 するとブレインの奥底でボイスが聞こえた。クラップと共に。
『やっと気付いたかァ』
『オーケー寿一。オレたちはとっくに知ってたぜ』
『この美形のお陰だな』
――お前たち。
 思わぬエールに福富は胸がウォームする。ただし、ゴッド東堂だけは後で説教だ。
『何故だっ』
「そろそろ行こう」
「あぁ」
 悲痛な声を上げるゴッド東堂をシャットアウトして福富は金城と並んで歩き始める。
 話したかった。
 心の奥に住まう自由気ままでお節介な優しい住人たちのことを。
 そして。
 福富は横目で金城を盗み見る。触れられた手の感触を思い出して顔が熱くなる。 
 また一つ罪が増えた。
 福富は整った横顔に I love you とツイートした。






【ドッグもウォークすればスティックにヒットする】

2015/04/30