どうあがいても福ちゃんに勝てない金城真護


 


 ドアを開けると金城と福富が睨み合って立っていた。
「どういうことだよ」
 金城に呼び出されてやってきた荒北はその異様な雰囲気にぎょっとする。
「来たか」
 荒北の声に金城が静かに反応する。大きな瞳に決意の色を湛えていいる。
「あぁ。というか福ちゃんがいるなんて聞いてねェよ」
 荒北は首を捻る。福富は静岡からそれなりに離れた東京に住んでいるはずだ。
 怪訝な顔の荒北に腕を組んだまま福富は応えた。
「呼び出された」
「誰に?」
「金城に」
 つまらない事を訊くなといわんばかりの物言いだ。
 荒北はこっそりとため息をつく。
 つまりこの男は金城に呼び出されたというだけで数時間かけてここまでやってきたらしい。
「何でだヨ」
「オレも呼び出された理由は知らない」
 荒北の独り言に勝手に福富が答える。すると、金城が笑った。にっこりと音がしそうなほど爽やかに。
 胡散臭い。荒北の嗅覚に何かが訴える。
「今日、荒北に来てもらったのは見届けてもらう為だ」
「見届ける?」
「オレと福富との勝負だ」
 勝負? 荒北が呆けたように繰り返すと金城は深く頷いた。
「そうだ。オレは今までありとあらゆる事で福富に個人で勝ったことがない」
「高三のインハイで勝ったじゃねェか」
 苦い思い出が脳裏に甦る。それは福富も同じだろう。横目でうかがってみるが、その表情はいつもの鉄仮面のまま動かない。
「チームではな。だが、オレ個人では負けた」
「それはそうかもしれねェけど。ロードってそういうもんだろォ」
 喩え五人が敗れようとたった一人がジャージをゴールに運べばいい。
「そうだな。それにロードで福富に勝てないのはオレの実力不足のせいでもあるだろう」
「金城」
「だがな」
 何事かをいいかけた福富を遮って金城は語気を強めた。
「それ以外で一度も勝てていないんだ」
「何だよ。それ以外って?」
「ウノ」
 金城が人差し指を立てる。
「ポーカー。オセロ。ばばぬき。チェス。大貧民。将棋。ボウリング。カラオケ……」
「そんなにやってんのかよ」
 あっという間に増えていく指に荒北は驚く。すると金城は不思議そう言った。
「その場にお前もいただろう?」
「そうだったか?」
 確かに荒北、金城、福富、新開で集まって遊ぶことは少なくない。カードゲームやボウリングをやったこともあっただろう。
 だが、荒北の印象では金城がそこまで弱かった記憶はない。
 そう言うと金城は首を振った。
「福富だけにはいつも負けているんだ」
“だけ”を強調して金城は目つきを鋭くする。
「だから今日こそ決着をつける」
――そうしなければオレは前には進めない。
「んな大袈裟な」
 真剣な様子の金城に荒北は呆れる。だが、福富が金城の眼差しに応えるように首を縦に振るのを見て諦めた。
 この王様がやると言うのならば、付き合うほかない。
 荒北はガシガシと自分の頭を掻いた。考えを切り替える。
「で、何で勝負すんだよ」
 妥当なのはロードだろうが。室内に呼ぶ出したとういうことは可能性は低いだろう。
「荒北。オレは考えたんだ」
 金城が思い出すように目を閉じる。
「まだ福富に負けていないものはないだろうかと」
「ゲームとかはァ?」
 思いつき半分で荒北は声を出した。福富はあまりゲームに興味がないだろうし、やった事がないに違いない。
「もうやった事がある。まさか家庭用ゲームを触った事ない人間に大逆転負けするとはな」
 自虐的に金城は顔を歪める。
「ああいうのは駄目だ。めちゃくちゃやった方が強い事もある」
 だから、オレにはこれしかないんだ。金城が高らかに宣言する。
「福富。じゃんけんで勝負だ」
「ハァ?」
「望むところだ金城」
 重々しく福富が頷く。こうして真剣勝負の内容が決まった。

 オレ、何やってるんだろう。
 真剣な顔をした金城と福富に挟まれながら荒北は自分が生まれてきた理由を漠然と考えていた。
「福富」
 そんな荒北を無視して金城が福富に声をかける。
「何だ」
「オレはグーを出す」
 その一言に荒北はハッと顔を上げた。これは明らかな撹乱作戦だ。どうやら金城は勝利の為に手段を選ばないつもりらしい。
「しかも、オレは今日は誕生日だ」
「エッ」
「そうなのか」
 思いよらない告白に荒北は元より流石の福富も目を見開く。
「これがどういう事かわかるか?」
 金城が眼鏡のブリッジを抑える。荒北の頬に汗が伝う。
 本気だ。金城は本気で勝ちを狙いに来ている。
「わかった」
 何がわかったのかと言うのか。
――福ちゃん。
 荒北の心配を知ってか知らずか福富は言う。
「始めよう」
 背筋を伸ばした男たちが向かい合う。張り詰めたような緊張感が漂う。
 耐え切れず荒北はごくりと唾を飲み込んだ。その瞬間、勝負は動いた。
 じゃーんけーん。
 野太い声が壁にぶち当たって反響する。金城と福富は目一杯に腕を引く。
「ぽん」
 そして、突き刺すように己の手を勢い良く差し出した。
 荒北は結果を覗き込んだ。
 息を呑む。
 福富のチョキに金城のパーは切り刻まれていた。
「クッ」
 金城がその場に崩れ落ちる。
「裏を読み過ぎたッ」
 誕生日だのなんだの言ったのが裏目に出た。正に策士、策に溺れるという奴だ。
 荒北は「仕方ねェなァ」と勝者の福富に笑いかけようとして止める。福富の様子がおかしい。
 凛々しい太い眉を下げて切なそうに、床に突っ伏す金城を見つめている。
「とっくにオレはお前にノックアウトされているんだがな……金城」
――幻聴だな。今時、ノックアウトなんて言わねェし。
 福富の方から福富と似た声が聞こえたような気がしたが、荒北は聞かなかった事にした。
 これ以上の厄介事はたくさんだ。

 その後、三人で居酒屋へ行って金城の誕生日を祝った。
 やけ酒を飲んで酔っ払った金城と福富が夜の街へ消えて行ったが、それは荒北とは何ら関係のない事だ。

 後日、金城が上機嫌で歩いているのを見た。どうやら勝負には勝ったようだ。






【どうあがいても福ちゃんに勝てない金城真護】

2015/12/01