ロミオとジュリエットの悲劇


 


 飛行機は無事に日本の大地から飛び立った。浮かび上がった機内から承太郎が窓の外を眺めていると隣に座る男が声をかけてきた。
「寂しそうでしたね」
「そうか。あいつらそんな風には見えなかったが」
「あなたがですよ」
 助手の男はくっと笑うと持っていた本を閉じた。
「最後にあなたのそんな顔が見れて良かった」
 承太郎は彼を見る。彼も承太郎を見ていた。
「僕のわがままを聞いてくれてありがとうございました」
 帰国後、彼は承太郎の元を離れてオーストラリアの研究所へ移ることになっている。著名な海洋学者が率いているたチームだ。悪い話ではない。だが、彼が本心から望んだことではない。承太郎はその話を彼に告げた時のことを思い返す。
 そうですか、と力なく呟いた彼に
「不満か」
 と承太郎は問うた。すると彼は首を振った。
「不満なんて。光栄なお話だと」
 言葉とは裏腹に俯いてしまった彼に承太郎は口を開く。
「断っても」
「断りませんよ」
 彼は憂いを帯びた笑顔を浮かべた。
「もうあなたは決めてしまったのでしょう」
 承太郎は包帯に巻かれた彼の手を見る。承太郎の側にいればまたいつ同じ目に遭うかわからない。オーストラリアの研究所が嫌ならば他のところへ。承太郎と関わらないどこか遠くへ彼をやる必要があった。
「条件があります」
 承太郎の思考を断ち切るように彼は言った。
 最後にあなたと一緒に調査したい。
 それが彼の願いだった。
 承太郎はその要求をのんだ。だから彼と杜王町へ来た。調査のこともあるが一番の理由は仗助だ。クレイジーダイヤモンドならば手の怪我を癒せると承太郎は確信していた。
 それに康一と億泰、岸辺露伴などいざという時に頼りになるスタンド使いが杜王町にはいる。危険は少ない。
「空条先生」
 助手の男が囁きに承太郎は回想から引き戻された。
「僕の怪我はあなたのせいじゃあない」
 唐突だった。
「それだけは覚えていて下さい」
 彼は一方的にそう言いアイマスクを身に着ける。反論は受け付けないというポーズだ。やれやれ。承太郎は目を伏せる。
 機内の騒めきに耳を傾けながら承太郎は年下の叔父のことを思い出す。
 駅まで見送りに来てくれたのは良いが様子がおかしい。チラチラとこっちに視線を寄越すかと思えば、承太郎が見ると視線を逸らす。何か言いたい事でもあるのだろうか。問おう思ったが、止めた。言いたい事があればちゃんと言うだろう。仗助はそういう男だ。
 そう思い叔父にそろそろ行くと告げるとようやくこちらを向いた。その日、初めて視線が合う。仗助の大きな瞳には張りつめたような色合いが浮かんでいた。
「承太郎さん」
「なんだ」
「杜王町っていいところっスよね」
「そうだな」
「承太郎さんの好きな海はあるし、美味い料理屋もある。墓地の近くっスけど。」
「ああ」
「いけ好かねーけど漫画家の岸辺露伴もいるしよー。それに」
「頼りになる叔父さんもいるからな」
 承太郎さん、と仗助は目を丸くする。
「からかわないで下さいよ」
「それでおまえは何が言いたい」
 そろそろ行かなければならない頃合だった。
「えっと、だから、その」
 唾を飲み込んだ仗助の喉仏が上下に動く。
「また来て下さいよ」
 小さな声で。頬を真っ赤にして。
 承太郎は息を止めた。仗助の言い方を借りれば、ぐっときたというやつだ。
「わかった」
 頷けば仗助はパッと明るい表情になった。
「約束っスよ」
 仗助が右手を差し出す。承太郎はその手をとる。
「ああ。約束する」
 仗助の手に力が入る。その強さに承太郎は微笑む。頼りになると言ってもまだ子供だなと秘かに思う。
「バイト代たくさん用意しねえとな」
「そんなつもりねーっスよ」
 本当、そんなんじゃねーっスからと言い募る仗助にわかった、わかったと承太郎は手を放す。
「元気でな」
「承太郎さんも」
 そのまま背を向けて歩き出す。しかし、改札の前まで進んだところでジョセフから伝言を預かっていた事を思い出した。
――悪いんじゃが、仗助くんにたまにでいいから電話をくれないか伝えてくれないかのぉ。
 とぼけた口調に反比例して眉を下げた祖父の顔が浮かぶ。
 やれやれだ。
 帽子のつばを下げ、承太郎は振り向いた。幸いなことに仗助はまだその場にいた。こんな時は仗助のあの奇抜な髪型は役に立つ。距離が離れていようが、間に人が多くいようがすぐに見つけることができる。
「おい――
 呼びかけようとしたところで様子がおかしいことに気付く。
 仗助は俯いて熱心に自分の手を見ていた。怪我でもしていたのだろうか。先程、握手をした時は痛そうには見えなかった。
 訝る承太郎の前で仗助はその手を胸の前に持っていく。そして、大切そうにぎゅっと握った。
 無言で承太郎は踵を返す。
 見てはいけないものを見てしまったような罪悪感があった。
 あんな顔もするんだなと思った。意外でもあったが、妙に納得する部分もあった。
 大人びた子供。仗助はそんなところがあった。初めて会った時から歳のわりに人間のできた奴だった。親しくなるにつれて年相応の顔を見せてくれるようになってくれて。そのことが嬉しかった。歳の離れた弟ができたようで。
 ころころ変わる表情は見ていて飽きることはない。見かけによらず素直でからかいがいがある。中途半端な敬語は不快ではなく、名を呼ばれると嬉しかった。
 表情が緩んでいることに気が付いて承太郎は苦笑する。これではジジイのことをとやかく言う資格はない。
 ふと窓の外を見る。青空には白い雲ばかりで故郷の島国は見えない。けれど承太郎は呟く。
「またな」


【ロミオとジュリエットの悲劇】

2017/07/15