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AV

「おい小僧…この企画、ホントにテメェが考えたのか…?」
「はい……あの、ダメだったでしょうか…」

そこは貸しビルの一室。仕事の内容から言えば小奇麗に整えられているほうだろう、革張りのソファーに男が2人、タバコの煙の中で向かい合っている。

サングラスをかけた方が上司で、もやしみたいにヒクヒクしている方が部下。正直、アピアランスに気を使う職種には見えなかった。グラサンが叫ぶ

「バカヤロウ!!」
「ひぃ…!」

もやしが書いた企画書がいい音をたてて叩き付けられる。お茶がこぼれた。もやしは熱いと思ったが口にしたら殴られそうなのでやめた。

「ごめんなさいごめんなさい監督!でしゃばりませんから、脇でじっとしてますから…!!」
「……やるじゃねぇか」
「へ?」
「こいつは売れるぜ…クソッ、鬼権藤と呼ばれたオレが、テメェみてーな若造に嫉妬するとはよ……」
「そ、それじゃぁ…!」
「やるぜ小僧、テメーには走り回ってもらうからな!金はオレがかき集めてやる!!」
「は、はい!!」

グラサンともやしは、もうこれ以上言葉は要らぬとばかりに事務所を飛びだした。扉を閉める風圧で、机の上の企画書ヒラリ。そこには汚いえんぴつ文字でこう書いてある。


――カレー味のうんことうんこ味のカレー、ドッチの料理SHOW!!――


そこは株式会社糞飯映像。コアな作品をマニアにしぼって送り続ける、老舗のアダルトビデオメーカーであった。


3日後。


一人の男が事務所を訪ねてきた。対応したもやしはその異様な存在感に圧倒される。
のっそりとした人懐っこい顔。やけに肌が白く、シャツがよれている。こんな男を、自分はなぜ怖れるのか。もやしは冷静に考えていた。それはきっとこの男の経歴と、風体に似合わぬ異常な自信からくるものだろう。

ノゲイラ伊藤。

伝説のタイトル「ぼっとん便所釣堀」や「車を避けたら肥溜めに落ちる」シリーズを成功させた立役者。うんこと名のつくものなら色や形状を問わない、もっと盛れ。鉄の胃袋と緻密な栄養管理を併せ持つ、剛の者である。

この業界にはこんな男がゴロゴロいるのだ。

「いつやんの?」
「え?」
「権藤さんおもしろいこと考えるよね。ふふ、でもオレ、妥協はしないよ?」
「は、はい!よろしくお願いします!!」

伊藤は究極のうんこ味カレーをつくるために呼びだされたのだった。
言葉通り、伊藤はまったく妥協を許さなかった。うんこの本質とは、風味とは。お前はわかっていない、うんことは不快なもの、それを丸ごと受け入れることに意義がある――

数週間が費やされた。

伊藤とグラサンの衝突は激しいものがあった。だがそれは、いいものをつくりたいという共通の信念からであった。そしてついに――

「…………おどろいたな…これはうんこだよ」

伊藤が唸った。
カレー側の完成である。


時を同じくして

もやしは一人の男に頭をさげていた。実父、市原源之助。

若くして世界を渡り歩き、あらゆる食材をその舌に包んできた生粋の料理人。
育て上げた弟子は数知れず。みな日本料理界しょって立つ逸材ばかり。彼は天才だった。

そんな父が、結局は故郷の商店街でカレー屋を営むことになったきっかけを、もやしは寝耳語りに聞いていた。


――カレーを食ってる時、笑わねえヤツなんていねーんだ。泣いてるヤツぁそりゃ、辛えからだ


正直、もやしは父のことが好きではなかった。遊んでもらった記憶はない。母が倒れた時もカレーをコトコト煮込んでいた男。

そんな男を周りは称え、不必要な義務を息子に課す。逃げたといわれればそうだろう。もやしは、自分がいたたまれなくなって故郷を棄てたのだ。

だが結局

今回の企画を思いついたのも父親がいたからだった。今回の企画を成功させるには、父親の力にすがらねばならなかった。

「…たのむ親父…勝手なのはわかってる…けど、オレこの作品に命かけてんだ……!!」
「……男が命なんて気軽にいうんじゃねぇよ」

源之助はカレーをかき混ぜている。その背中は、わずかだが小さくなったようにも見える。

「一瞬でボッと燃やしちまったら焦げ目はつくかもしんねーな、だがそんなカレー誰が喜ぶんだ。焦って結果を求めるんじゃねえ、ゆっくりゆっくり暖めてやるだけでいいんだよオレ等男は。弱火でコトコトな」
「親父……」
「なんてよ、オレがお前にいってやれるセリフじゃねぇなァ……。オレはカレーしかつくってこなかった男だ、父親としては三流よ。だがな…たった一人の息子がその三流に力を借りにきてるんだ……そりゃオメェ……」
「親父…それじゃあ…!!」
「やるしかねぇだろうが…なあ?」

源之助はゆっくりと鍋の火を止めた。店のドアには臨時休業の札がかかった。

数週間後。

呼びだされたもやしは厨房へと向かう。そこには不眠不休と思しき父の姿があった。
その舌が、最後の味見をする。

「よし…」
「親父……」
「もっていけ、これがウチの味だ」



結果として

ビデオの方は話題性だけが先行して、業績的にはたいしたことなかった。
ガチなのかヤオなのか判別が難しいうえ、類似企画の乱発がユーザーの飽きを呼んだ。



最終的に

うんこを食ったのはもやしの父だけだった。



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