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裸の王様


「ママ、なんで王様は裸なの?」
「お黙り、世の中にはね、分かっていても口にしてはならないことがあるのよ」
「あーあ、この国ももうダメだな」
「まったくだまったくだ」


・・・・・・。


パレードを終え、城に戻った王は使いの者をさげさせると、身を案じる妻や娘を振り切って自室にこもりました。その顔には憔悴の色。神への深い絶望が、屈強に鍛え上げられた身体を無慈悲にも蝕んでゆくのが分かります。

「なんということだ…なんということだ!!」

王は姿見に映る自らを眺めます。

美しい宝石。艶やかな布。色とりどりの羽はまるで伝説上の鳥のよう。その身は名状しがたい気品と、朝日を湛えた湖面のような光で溢れ返り、幼い頃見聞きした神話の神々そのもののように、王の身体を縁取っているではありませんか。

「見えぬのか!?このすばらしい衣装が見えぬのか!!?他の誰にも…!!」

王は仕立て屋の言葉を思い返します。馬鹿には見えない。まさかあの嫌らしい笑い顔が、このような意味を含んでいたとは思いもしませんでした。

あの仕立て屋が、初めから性質の卑しい人間であることくらいは見抜いていたのです。それでも能力があればそれを活かす。この戦乱の世で、混乱する国を平定できたのもそうした人々の力があればこそです。

「うう……うう…」

仕立て屋を捕まえる指示は既に与えてあります。それはきっと成功しないでしょう。あの仕立て屋が示したかったのはそういうことなのですから。

「お父様…!どうなさったの、しっかりなさって」
「おお、我が娘よ……」
「お父様、…ああ、お召し物をなさらないから身体に障ったのだわ。お願いだから服を着て、民は困惑しています」
「おお娘よ、お前まで…お前までそのようなことを……」

王は娘に差しだされたコップの水を口に含みます。同時に戦慄。王は己の不覚を悟りました。

「お前は…お前は私を……実の父親を…」
「ああかわいそうなお父様。アナタはご病気となり、名誉を保たれたまま死ぬのです」
「誰の差し金だ…ゴフ、いいや大方は分かっている…お前は騙されているのだ…娘よ…」
「すでにパレードに参加した者は残らず口を封じてあります。安心して旅立たれませ、ホホホ」
「ゴフ…ゴフ。愚かしい…何もかも愚かしい…私は、私のしてきたことは……」


暗く、冷たくなっていく視界の中で、王は、布切れ一つ纏っていない己を、姿見の中に見つめ続けました。彼の国がどうなったのか、もう誰も知ることはできません。



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