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よもやなぎさん

そこは北陸の片田舎。人口100にも満たないその集落は、通常電気の供給もままなりません。冬になれば雪に閉ざされ、外部との連絡は遮断される。それでも村の若者が、出稼ぎのためにと外地に流出していかないのは幸いなことだったでしょう。

小さな村ですからコンビニなんてありません。全員が漏れなく顔見知り。血が濃くなって、名字もほとんど同じです。

やあ四方柳(よもやなぎ)さん
こんにちは四方柳さん

そんな会話があちこちから聞こえてきますが、不思議と四方柳さん達は不便を感じたことはありません。なんとなく、相手の言わんとするところが互いに分かってしまうのです。
つぶさに観察してみればなるほど、縁側で言葉を発するでもなく、うんうんとうなずきあっている四方柳さんはいたるところにいるのです。

ある日、そんな四方柳さん達の運命を変える、決定的なことが起こりました。

一人の四方柳さんが、不注意から床の間の置物を足の甲に落としてしまい、骨にヒビがはいってしまったのです。するとどうでしょう、あくる日から全ての四方柳さんが足に包帯を巻いて過ごしているではありませんか。

四方柳さん達はさすがに面食らいました。全員で集会場に集合。四方柳会議です。

あーでもないこーでもない。だした結論は、四方柳すべからく、全員が全員、同じ感覚を共有してしまっているということ。

一人の四方柳をつねってみれば、他の全ての四方柳が例外なく痛い。

どういうわけか分かりませんが、誰しもその現実に声が出ませんでした。いえ、この会議は最初から全員無言だったのです。四方柳さん以外には、まったく理解できない思考の境地。いい年こいたおっさんおばさん、全員が無言でうんうんうなずき会っているのです。

第一回四方柳会議はそれで終わりました。次からは別に集まらなくても良いのではないか、そんな提案が出て、四方柳全員が、一斉にうなずきました。


・・・・・・。


隣村が攻めてきました。

隣の村も、四方柳村と似たり寄ったりの小集団、どいつもこいつも無法松という名前です。

気性が荒く、計画性もあるとはいえない人たちで、きっと冬の蓄えが底をついたのでしょう。あまりにも法外な量の食料を要求するので、仕方なく暴力で解決することになったのです。

そこは四方柳さん。こういうことは過去にも何度かありました。

別に四方柳さん、軍事力に恵まれているわけでもありません。それでも彼等が無法者達に遅れをとったことは一度としてない。それは例の不思議な力がそこはかとなく存在していたからです。

闇夜の中を、音もたてずに行軍する四方柳。不思議なネットワークで、お互いの状況がなんとなく分かるから、群れからはぐれた無法者を順番に一人一人袋叩きです。やられているほうはワケがわかりません。

四方柳の悪魔。人々は無音の戦闘集団をそう呼びました。



ここに一人の無法松がおります。今回の四方柳村襲撃作戦の責任者であり、切れ者で、かつて英雄であった父無法松を、四方柳の人々に殺された過去があります。

四方柳には何かある。

そう睨んだ無法松は、今回の作戦、勝利を目的とするのではなく、四方柳の秘密を知ることに全てを捧げました。

作戦は成功、多くの無法松が四方柳さんの手にかかりましたが、一人の四方柳さんを捕虜とすることができたのです。

捕虜四方柳さんは考えます。これはまずい。四方柳の秘密が知られたら、自分だけでなく全ての四方柳に迷惑がかかる。四方柳は一人で全員、全員で一人だからです。

捕虜四方柳さんは、仲間の四方柳さんが自分を心配している気持ちが痛いほど分かります。自分としては絶対に仲間を裏切るつもりはありません。それでも相手は無法松、拷問されたら、果たして自分がどれだけ耐えられるのか、まったく持って自信がありませんでした。

無法松が捕虜四方柳さんににじり寄ります。さあ吐け、吐くのだ。捕虜四方柳、最大のピンチ。

仲間に迷惑をかけるわけにはいかない。
仲間を裏切るわけにはいかない。

自分のせいで四方柳が全滅するくらいなら、死んだほうがマシだ。捕虜四方柳さんは考えます。

そりゃあ死ぬのはたまらなく怖い。でも、自分の命なんかよりよっぽど大切なものが、捕虜四方柳さんにはあるのです。いえ、あることに気づいたのです。気づかされたのです。この不思議な四方柳の力によって。



正直、この力が具体的に生活に影響し始めるまで、彼は家族と上手くいっていませんでした。職場でものけ者です。毎日毎日、進まない時計ばかり見て過ごしていました。
ですが四方柳の力に目覚め、同じ名を冠する人々と心の底から通じ合う。彼は変わりました。守るべきものができたのです。彼は笑いました。初めて家族と共に食卓を共有しました。

その恩を、今こそ返す時。


心通ずる友のため、仲間のため


愛する家族のため、両親のため


なによりも、四方柳のため



捕虜四方柳さんは、最後に四方柳の繁栄を叫ぶと、己の舌を噛み切ったのです。



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