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■ お題001(ジョジョ・仗+億)2010. 8. 8

物書きさんへ漢字100のお題【001:泡沫(うたかた)】

 週末のうきうき気分から打って変わって、月曜日はこれから金曜日にかけての事を考えると、どうしても沈んだ気分になってしまう。特に感情の起伏が激しい億泰は、それが顕著に現れてしまう。金曜日の放課後など浮かれ足で帰宅する反面、月曜日の足取りはとても重苦しい。
 そんな億秦の思い足を、少し軽くしてくれるのが、彼が月曜日の朝にだけと決めているアイスクリームなのである。いつもは若干安めの物を買うのだが、月曜日の朝だけは少々奮発して沈んだ自分の足を浮き上がらせようとしているのだ。
 さて今日はそんな月曜日である。決まりきった通学路を今日は少し脱線すると目的のアイス屋に二人は到着した。流石に、こんな朝早くからアイスクリームを買う奇特な人間は少ないと見え、常ならば数分待たねばならないところを、スムーズに買うことができた。
 いつものようにストロベリー&チョコチップアイスを手にした億泰は、先程までの落ち込みっぷりはどこへやら、上機嫌でアイスに齧り付いている。付き合いで時々買っていた仗助は、至極幸せそうな億泰のことを横目で見たのち、バニラアイスをぺろりと舐めた。

「オレよう、思うんだけどよ」
「?」
 その声に仗助は横目でチラリとそちらを見ると、どこか小難しそうな顔で食べかけのアイスをじっと見ている億泰の横顔が視界にはいった。考える事など性に合わない億泰にしては、なんともまあ、珍しいものである。
「これ食い終わると、また一週間待たなきゃいけぇんだよなぁ〜」
 残念がるような口調で言った億泰に、仗助はアイスを舐めながら呆れた顔をした。
 金の事を考え、少々高いアイスは月曜の朝のみと決めているものの、それ以外の時も気が向けば安めのアイスを億泰は買っているのである。しかも、へたすれば一週間毎日という時もあったのだ。その時は流石の仗助も付き合いきれんわと、辞退してばかりいたのだが。
 アイスの味にさしてこだわりの無い仗助は、億泰の思いがいまいち理解できなかった。月曜日だけと億泰が言っている以上、それほど美味いのかとストロベリー&チョコチップアイスを食べた事もあったのだが、特に何の感慨もなかった。まあ、普通に美味しかった程度である。そんな仗助にとっては一般のアイスを、さも重大な事だと言いたげに扱う億泰は呆れ以上の何者でもなかったのである。
「そう考えるとよぉ、食べるのがユウウツじゃねぇ?」
 言い慣れない小難しい言葉をぎこちなく言う億泰に、仗助は適当な相槌を打ちながら、溶けだしたアイスを慌てて舌先で舐めあげた。
「だからよ、そこで考えたわけだ。俺がアイスクリーム屋になればいいんじゃねぇかとな! そうすりゃ、好きな時に好きなだけ食えるよな!」
 正しくいい事を考えたといわんばかりの億泰の様子に、仗助は呆れ顔のまま思わず溜息をついてしまった。そんな仗助の溜息に、目ざとく気付いたらしい億泰が、どこか不満げな顔で仗助の事を見やった。
「んっ、だよぉ。何で溜息なんてつくんだよ」
「バーカ。お前みたいな強面の奴がアイスクリーム屋になんていてみろ、客は裸足で逃げ出すに決まってんだろ」
 実際、先程会話した店員の姿と笑顔を億泰に重ね合わせてみた仗助は、薄ら寒さを感じていた。似合わなさ過ぎるのである。
「うっせぇ! てめぇには言われたくねぇよ!」
 仗助の言い草にカッとなった億泰は、そう言い思わず腕を振り上げた。しかも、アイスを持ったほうの手を、である。
「あ」
 二人が声を発したのはほぼ同時。そして、コーンの上から滑り落ちたアイスを追う視線も同じように動いていった。
 それはまるでスローモーションのように見えた。宙に浮いたアイスの部分は、ゆっくりと重力によって下に落ちていく。そして、その後の結果は火を見るより明らかだった。
「ぎゃあああああ! 俺のアイスがああ!!!」
 ボタッという小さな音をかき消すような絶叫が、億泰の口から迸る。空いている方の手で億泰側の耳を塞いだ仗助は、あーあ、という思いで道路に落ちたアイスの塊を見下ろした。ゆっくりと味わって食べていたのだろう、塊は買ったときより僅かに小さくなっているだけだった。
「あーあ、勿体ねぇ」
 アスファルトが熱いためか徐々に溶けていくアイス。思わず言ってしまった後、ハッとした仗助は視線を上げ億泰を見た。
 すると、そこには予想に反して静かな億泰がいた。仗助としては、ぎゃーぎゃー騒ぎ立てるものだとばかり思っていたのである。どうしたもんかと思いつつ眺めていると、億泰はジッとアイスが無くなったコーンと、その下に落ちているアイスを見下ろしているだけだった。
「俺、今日、もう帰る」
「はぁ?」
「これじゃあ、俺の一週間がはじまらねぇ! もう帰る!」
「ちょ、億泰!」
 コーンをぐしゃっと握りつぶした億泰は、そう言うと踵を返し来た道を戻り始めようとした。それを仗助が慌てて引き止める。
「たかがアイスに何言ってんだよぉ、億泰」
「うるせぇ! 俺にとっては人生を左右するくらい重要な事なんだ!」
 お前の人生はどんだけ軽いんだと内心突っ込みを入れつつ、仗助はどうしようかと頭を抱えてしまった。
 しかし、何かもう、めんどうくせぇしこのまま放っておいても良いかなぁと気抜けした仗助は、億泰を捉えていないほうの手に何か冷たいものが落ちてきたのを感じ、今更ながらにハッとした。そして咄嗟に、その手を億泰の方に突き出した。
「これやるから、我慢しとけ。なっ?」
 仗助自身、もともと億泰の付き合いで買ったアイスである。別にやっても惜しいものではないのだ。仗助の言葉に、億泰はピタリと足を止めると、アイスにジッと視線をあてた。暫し放置されていたアイスは溶け始めており、仗助の手に白い斑点を印していた。
「……でもよぉ、今の俺はストロベリー&チョコチップな気分なわけで」
「じゃあ、やらん」
 躊躇いながらの億泰の言葉に、仗助はあっさり引いてしまうとアイスを自分の口元に戻した。哀れんでというか少し同情してやろうかなと思ったのだが、いらないなら別にやる必要も無いと思ったからである。食い下がってまで億泰のことを考えようなど、まったく考えなかった仗助であった。
 溶けたアイスが自分の手に伝わっているのを目にし眉間に皺を軽く寄せた仗助は、零れたアイスを舐め上げようと舌を伸ばした。のだが。
「やっぱ、貰う!!!」
 アイスを持っていた方の手をガッと掴まれた仗助は、上げた視界に飛び込んできた億泰の顔が必死そうであったため、フッと目を伏せるとやれやれと首を振った。

「ん〜、バニラもいいもんだな!」
 仗助から貰ったアイスを舐める億泰の顔は、幸せそうなものだった。そんな億泰のことを眺めながら、こいつ、アイスなら何でも良かったんじゃねーか……? と内心思った仗助に、億泰は笑顔のまま嬉しそうに言った。
「仗助、いや仗助君には感謝しきりだな! もう、大好きだぁ!」
「……へぇへぇ」
 億泰のストレートな言葉をスルーしつつ、仗助は自身の指先についたままだったアイスの残りをぺろりと舌先で舐め取ったのだった。