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■ タカさんと一緒F桃城2014.11.30

「桃〜! 飯にしようよ!」

 濁流の音に負けないよう、岩を登りながら河村は声を張り上げて叫ぶ。
「よっし、飯だ〜!」
 河村が登り終えると同時に、桃城は河村が手を掛けている岩の横へ降り立って、待ってましたーと言わんばかりの歓声をあげた。

 もうすぐ始まる全国大会。
 各レギュラー陣が各々に必要な練習に勤しんでいる中、都会の喧騒を離れた田園地帯の広がる田舎、その一角にある緑生い茂る森の中に、二人は居た。河村の親類を頼りにやって来たここには、ひたすら自転車をこいでやって来た。
 日中は山に篭り、桃城・河村それぞれに鍛錬を繰り返している。

 桃城はパワーアップなどの基礎トレーニングは勿論のこと、激しい水しぶきを上げる滝を目の前に、ごつごつとした岩場に腰を据え、さながら修行僧のようにひたすらじっくりと神経を研ぎ澄ましていた。
 反対に河村は森の中を動き回り、流れの速い川を逆らいながら泳いだりと、ひたすら身体を動かし筋力をつけていた。

 期間は一ヶ月あるものの、時には学校にも顔を出す必要があるため、実質はもっと少ない。
 それに、そんなに長い期間家を開けると流石に家族も心配する。
 そのため二人は週末は家に戻り、明けたら再び舞い戻るを繰り返していた。

 タンクトップに短パン姿の二人は、足元の悪い山道を軽いステップで降りていく。
 繰り返し通った道は、すでにどこに岩があり木が倒れているかなんて、熟知してしまっているのだ。

 舗装されたコンクリートの道に出た二人は、宿泊先としてお世話になっている河村の親類の家に向かう。
 高齢の老夫婦二人暮らしの家庭は、孫と近い二人の宿泊を快く受け入れてくれた。
 いや、歓迎したと言ってもいいくらいだ。

 それはもう、河村はもとより桃城さえ恐縮してしまうくらい、いろいろ世話を焼こうと張り切っていた。
 迎えられた当日は拵えられた山ほどの料理に、二人は驚きに目を見開いたほどだった。
 二人の気持ちはありがたいけれど、ここまでされると流石に気が引けるし、そもそも遊びに来た訳ではない二人は、食事と就寝の時以外は極力家に居ないようにし、気を使わないでほしいと頼んだ。
 食事と寝場所を提供してくれているだけで十分だからと言って。

 桃城と河村が、本心から言っている言葉だと理解した老夫婦は、残念そうな顔をしながらも頷いた。
 近くに居ない孫の代わりにと、二人を可愛がりたかったのだろう。
 そんな二人の様子に桃城と河村は困ったように顔を見合わせて、だったら世話になる以上こちらも何かしたいから、何か手伝えることがあったら遠慮なく言ってくださいと言って、二人を喜ばせた。
 それから二人は、時には畑の手伝いをしたり、肩を揉んだり、お使いに行ったりと進んで手伝いをし、更に二人を喜ばせた。


 茜色の淡い光が、二人が歩く道の両側、田んぼ一面に植えられた早苗一本一本を照らしている。
 これが秋になったら稲穂になって米になるんだよねと、歩きながら河村は寿司屋の倅らしい事を言う。
 まさしく黄金色ってあんなのかなって、昔親父に連れられて一面の稲穂を見た時そう思ったんだ、そう語る河村の横顔には、テニス少年の一心さと共に寿司屋の後継者である自負が窺い見える。
 河村の中では同じくらい大切なものなんだろうなと思いつつ、でも今はテニスにだけ重きを置いてほしいと思った桃城は、河村の話に乗らず話題をテニスに戻した。

「ほんと、ここに居るとラケットとテニスコートが恋しくなるっスよね」
 山篭り中は基本ラケットは持たない。
 素振りなどは行うけれど、ボールを打ち合うことは滅多に無い。
 精々が壁打ち程度だ。
 自ら望んでこの環境に身を置く事を決めたといえど、やはり物足りなさは尽きない。
 ラケットがボールを打つ音を、スマッシュが決まった時の満足感を、ラリー中の駆け引きを包む緊張感を、身体が求めて疼く。
「はは、桃はこの前も同じ事、言ってたよな? ……まあ、俺も同意見なんだけどね」
 ここでひたすら筋力を鍛えていることは、俺にとって大切なことだとは分かっているけれど、ラケットを持ってコートに立った時の高揚感は、どうしたって恋しく思っちゃうしね。
 そう言い河村は後頭部を掻く。

 頭に手をやった拍子に、河村の剥き出しの腕が桃城の視界にはいる。
 以前も確かに筋肉がついていて、鍛えているんだなと思っていたけれど、今の河村の腕はそのときよりも確実に太さが変わっており、更に鍛えあげられているのであろうことが分かった。

「タカさん、だいぶ筋肉がついたみたいっスね」
 視線を腕に当てたまま桃城が感心したように言うと、河村は少し照れ笑いを浮かべて、ぐっと力瘤を作ってみせる。
「ああ、パワーテニスで頂点を目指す以上、限界まで鍛え上げるつもりだよ。時間の許す限りね。そういう桃だって、感覚鋭くなってきてるみたいだよね?」
「え? そうっスか」
「いつもだったら、桃、滝の水しぶきでもっと濡れてたけど、少しずつ濡れなくなってきてるよね。いつも同じ場所に座ってるんだろ? その時その時、どういうふうに座ったら濡れずに済むか、考えてるんだよね」
 言われてみれば最初、今日と同じ岩の上に座っていたとき、ずぶ濡れではないにしろ、傍から見れば濡れていると分かるほど滝のしぶきに降られていた事を桃城は思い出した。
 相手は自然だ、しぶきの量や方向は刻一刻と変わるため、そう簡単に比較できるものではないけれど、河村の言うとおり濡れが少なくなっているのであれば、自分の目指す場所に、少しずつ近づけている証だ。
 桃城の腕にぐっと力が入る。

「凄いよね桃、俺には到底無理だよ。俺って所詮パワーだけの人間だしなぁ……」
「俺だって、その二の腕の筋肉は無理っすよ。お互いできることを最後まで諦めない。それでいいじゃないっスか!」
 苦笑いを浮かべ彼らしい弱音を吐いた河村に、桃城は彼そして自分に向けての言葉を言うと、河村の心の状態を表すよう少し丸くなっている背中をバシッと叩く。
「くぅ――っ! 痛いよ、桃!」
 河村は反動と痛みに身体を跳ねさせると、涙をうっすら滲ませた瞳で軽く桃城のことを睨む。
「タカさんが、弱音を言うからスよ。さっき言った、パワーで頂点を目指すってのは嘘だったんすか?」
「そうじゃないけど……ごめんね、いやありがとう桃」
 桃城の思いを感じ取り、謝りの言葉を言う河村に、桃城は眉を吊り上げ怒りの表情をして。あ、これは違うと瞬時に気づいた河村が、慌てて感謝の言葉に言い換えると途端に桃城は笑顔を浮かべて、満足そうにうんうん頷く。
「と、言うわけで、今夜のタカさんのオカズ、俺が頂きますんで〜♪」
「え、ちょっと桃!」
「さ〜て、今日の夕食はなんだろな〜っと♪」
 驚いた河村が声を上げた時には、桃城は駆け出していた。

 どたどたという足音と、自分の名前を呼ぶ声を背に受けながら、桃城はスピードを上げた。


***

タカさんと青学メンバーのSSSそのFラスト
桃城編。
一緒の山籠もりの一幕。
こちらにアップするの失念しておりました。