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■ タカさんと一緒E越前 | 2014. 3.24 |
委員会活動で部活に遅れた越前は、手早く着替え終えるとラケット片手にコートへ向かう。すると大多数の部員がコート周りのランニングを、数人の越前と同じように遅れた部員は柔軟体操をしているらしかった。 越前は柔軟体操を行う面々の中、レギュラーの一員である河村を見つけ近寄っていく。 コートの隅に座る河村は、ぴたりと揃えた両足に向け、手を伸ばしつつ上半身を倒すストレッチをしていた。 河村はうーんと伸ばした指先で、つま先にちょっぴり触れる程度に身体を倒している。 その表情は少し苦しげ。 「背中、押しましょうか」 「ん、ありがとう越前んん〜」 両手で背中をぐいぐい押してやると、河村はいささか苦しそうな声を上げつつ上半身を更に倒していく。 しかしやりすぎは禁物、逆に身体を痛めてしまう事だってあるのだから。 「河村先輩、結構身体硬いんスね」 頃合を見計らって両手を離すと、河村はパッと上半身を起こし、いててっと言いながら大きく開いた足の太股周辺を擦っている。 「ああ、昔からね。越前は柔らかいんだよな? 凄いよなぁ」 越前が河村と同じ事をしたら、上半身が足にぴったりつくくらいには身体は柔らかいけれど、それは生まれ持ったものなので別に褒められても嬉しくはなかった。 確かに、テニスをプレイする上では柔軟なボディは、様々な動きに対応するには優位になるかもしれない。 しかしそれは鍛えれば何とかなるものだと越前は思っていた。 動体視力、それに反射神経、そんなところだろうと。 「俺としては、河村先輩の方が羨ましいっス」 「俺? 何で」 河村の傍らに座り込み、同じようにストレッチを始めた越前は、そんなことをポツリと呟く。 それを聞いた河村は分からないと首を捻った。 帰国子女で、英語が上手くて、テニスも上手くて、クールで。 河村から見たら十分じゃないかと思われる要素を持った越前が、自分のことを羨ましく思う? 河村は座ったままのストレッチを続けながら考える。 越前は答えるつもりが無いらしく、黙々と柔軟体操を続けていた。 羨ましいということは、俺にあって越前にないもの。 そして越前が良いなと思うもの。 思いつかずに河村はしばらく考え続ける。 「何度同じストレッチするつもりっスか? いいかげんランニングに行かないと、皆、コートに戻ってきてるっスよ」 どうやら考え込むうちに同じストレッチを繰り返してしまっていたらしい、先に一連の流れを終え立ち上がっていた越前は、少し呆れたように言う。 慌てて立ち上がった河村は、視界に入った白い帽子にあっと思った。 河村が立ち上がったことを視界の端に捕らえた越前が、駆け出していく。 数秒遅れ駆け出した河村は、すぐに越前に追いつくと併走する。 足の長さが異なり歩幅が違うせいか、気を抜くと越前より前に行ってしまいそうになるため、河村は窺いながら越前と合わせる。 「越前、羨ましいって……身長のこと?」 「……」 河村の言葉に、越前は首を傾けるとキャップのツバの下から瞳を微かに覗かせる。 いつものように少し冷めている視線の中に無言の肯定を読み取って、河村はそうなんだと納得した。 それと共に越前が気分を害しているのではないかと、少し心配になる。 自分を見てすぐに逸らされた視線、それが河村がそう感じた理由だった。 「心配すること無いって、越前はまだ成長期だろうし、まだまだ身長は伸びるよ! 俺だって一年の時は小さかったし」 とりあえず思いつく限りのフォローの言葉を、河村は並びたてていく。 河村は人の感情に対して敏感で、自分の発現や行動で相手が不快になることを恐れる。 それは学校生活や部活など集団行動における協調の輪を、河村が大切に思っているからかもしれない。 皆で仲良く、楽しく学校生活や部活をしたいそんな思い。 「一年の時って、俺くらいだったんスか?」 越前は河村を見ないまま、そう尋ねる。河村は白い帽子の天辺を見下ろしながら、ちょっとだけ言葉に詰まる。 「あー……うん、そうだね、越前くらい」 「嘘下手なら、無理につかなくていいっス」 たどたどしく言う河村に、越前は呆れた声で言うと何故か立ち止まる。 咄嗟には止まれなかった河村は、数歩分越前より先に進み足を止めた。 少し距離があるせいか、河村には越前の顔が良く見えた。 真横に立つと身長差のために後頭部しか見えなかったから。 越前は、いつもと変わらない表情で河村のことを見上げていた。 「別に、気を使わなくても良いっスよ。俺、先輩の高身長を羨ましいとは思ってるっスけど、ほんと、ただそれだけなんで。悔しいとか妬ましいとか、そんなこと思ったことはまったく無いんで」 それに俺、そこでいったん口を噤んだ越前は、とても良く似合う不敵な笑みを浮かべると、ふてぶてしい口調で言った。 「河村先輩よりも大きくなる予定っスから」 *** タカさんと青学メンバーのSSSそのE 越前編。 タカさんは、後輩の越前に対しても気配りしていそうです。 |