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■ タカさんと一緒B手塚2014. 2.12

 手塚はボーリングって好き?

 そう尋ねられた手塚は、別段好きでも嫌いでもなかったが、とりあえず頷いておいた。
 すると河村はやっぱりと一人納得する。
「手塚、どんなスポーツにも精通してるイメージあるもんね。ストライクとかばんばん出して上手そう! 俺はぜんぜん、からっきしなんだ。スペアがいいところ、ストライクなんて今まで取ったことあったかな? くらいなんだ」

 でもね、皆でわいわいとやってると楽しいから、俺もボーリング好きなんだ。
 そう言う河村の表情は穏やかで、プレイできないことが残念そうでありながらも、どこか楽しそうな雰囲気だった。


 手塚・河村の負傷組みは、大事をとってボーリングは見学。
 そのため、二人は並んでメンバーのプレイを眺めることとなった。
 どうやら乾から提案された罰ゲームに参加メンバーの大多数から抗議の声が上がっているようだ。
 どう見ても飲み物の色をしていない青い液体が、ジョッキグラスをなみなみと満たしている。
「……あれ見たら、俺プレイしなくて良かったかも……」
 においを嗅いだらしいメンバーからの激しい抗議の声が聞こえてきて、河村は苦笑いを浮かべる。
 あれを呑んだ後の自分を想像しているのだろう、眉が八の字に下がっていて、その声は弱弱しい。

 各自が合ったボールを手に取り、各テーブルにつく。もうすぐゲームがスタートするのだろう。
 絶対勝つぞー、あんなもん飲むかーと息巻いている桃城や菊丸を眺めていた手塚に、河村が恐る恐ると言ったふうに声をかけた。

「その、手塚……肩は大丈夫なのかい」

 視線を河村に向けると、ひどく真剣な顔で手塚のことを見ていた。
 その眼差しには手塚を心配する思いしか見られない。
 その視線を逸らさず受け止めた手塚は、やはり先ほどと同じように頷いた。
 途端、河村の顔から力が抜け、ふにゃっと安心したような表情になる。
「よかったぁ……手塚、肩押さえて蹲ってたし……だいぶ酷いのかなって、テニスできなくなるくらい酷いのかなって、心配だったんだ」
 そう言い安堵の息をつく河村に、手塚は胸の痛みを覚えた。

 彼らには、そう顧問の竜崎以外はまだ知らない事実、自分が明日から治療のために九州に行くということ。
 昨日、氷帝戦終了後、竜崎顧問から打診があったのだ、専属の病院があるから行かないかと。
 手塚は迷い無く、頷いた。
 それは今のままでは自分が足を引っ張る形になってしまうかもしれないと思ったからであり、専念して完治させたいとの思いがあったから。

 少しの躊躇いも無く頷いた手塚に、言った竜崎の方が戸惑ったようで。
 どうやら、こんなに迷いなく、しかもすぐさま頷くとは思っていなかったようだ。
 そんな顧問に、手塚は口元に少しの笑みを乗せながら言ったのだ、俺は彼らを仲間を信じているのだと。自分の治療にどれだけ時間がかかるか分からないが、戻って来たとき、彼らは必ず勝ち進んでくれているはずだと。
 そうきっぱりと言った手塚に竜崎は目を見開くと、それは私が言わなきゃいけなかった言葉なんだろうね、そういって頭を掻いた。

 その事は、このボーリング大会が終わった後、竜崎顧問が皆に言う手はずになっていた。
 先に言って楽しみに水を差してしまっては申し訳ないから。
 だから、今河村に聞かれても本当の事は言えない。

 真実とはいえない解答に、それでも安堵して笑んでいる河村にすまないと心の中で呟く。
 そして、このままこの話を続けるわけにはいかないと、手塚は口を開いた。

「そう言うお前はどうだ、河村。手の調子はどうなんだ」
「俺? 俺も大丈夫だよ。病院で検査してもらったけど骨とかに異常は無いみたいだから……」
 河村はそう言うと右手を掲げて、握ったり開いたりして見せる。その動きになんら違和感は無いため、彼の言うとおり一時的な負傷で骨に異常は無いのだろう。
 河村に悟られないよう、手塚はほっと胸を撫で下ろす。
「俺が言える立場ではないだろうが……あまり無茶はするな。テニスができなくなってもいいのか」
「その言葉、そっくりそのまま返してもいい?」
 まあそう来るだろうなと思っていたとおりの返しをする河村は悪戯っ子のような笑みを浮かべ、手塚の事を上目遣いに窺う。
 第三者が聞いても、君は言える立場には居ないだろうと断言されただろうけれど、手塚としては言わずにはいられなかった。
「それは重々承知だ。河村も俺も、同じ思いで試合に挑んでいただろう事は分かっている」
「そんな、俺はただ勝ちたいって、それだけだよ。負けたくないって。でも、手塚は部長という地位と、それに伴った俺たちを全国に導いていくって使命感があったから……」
 それに、俺が無効試合にならなければ、ちゃんと勝っていれば、手塚にもっと楽な試合、させることができたかもしれないから。
 ごめんねと、申し訳なさそうに言う河村に、手塚は普段は然程感じない苛立ちを覚えた。
 目つきが鋭くなり、眉間にしわがよるのを感じる。

「河村、行き過ぎた謙遜は聞いていて気持ちのいいものではない。俺たちはチームだ、個人プレイではない。誰かが負けたからといって、それを責める気は無い。何故なら皆、全力で戦っていることをチームの全員が理解しているからだ。全力で戦ったならば、それは勝敗関係なく賞賛で迎えるべきものだと、俺は思っている」

 ラケットを持っていない状態の河村は、どうしても自分を下卑する傾向にある。それは自分に自信が無いからだろう。
 まだレギュラーになる前河村は言っていた事がある。自分は無個性のパワープレイヤー、こんなんじゃ特出した能力をもったレギュラー陣の中になんて入れないと。
 その時も手塚は、微かな苛立ちを覚えたことを思い出していた。
 無個性? そんなことは無い。彼には誰にも負けないパワーがある、それは凄いことだと。

 その時に言うことはできなかった思いが、今上乗せされて言葉となり河村に向かっていく。

「……」
 能弁に語る手塚を前に河村は目を見開いて、ひたすら驚きの表情を浮かべていた。
 今までテニス部に在籍して、ここまで思いを語り続ける手塚を、河村は見たことが無かったのだ。
 いつも必要なことを、必要最低限言葉にしていた手塚しか見たことがなかった。
「もっと胸を張れ、河村」
「ご、ごめん」
「謝るな」
 悪い訳ではないのにすぐに謝る河村に、手塚は言い放つ。
 河村はびくっと肩を震わせて、先ほどと同じように上目遣いで手塚の事を見た。

「あ……ありがとう?」

 疑問系は余計だと思いつつ手塚が頷くと、河村はどこか泣きそうな、泣きそうなのを堪えているような表情になる。
 背中か肩でも叩いてやりたい、そう思った手塚が右手をゆっくりと上げた刹那、耳に痛い断末魔が聞こえてきて、二人は慌ててレーンに視線を戻す。
「……あ、海堂が……」
 そこには屍と化した海堂の姿。傍らには青い液体が零れていた。
「……本当、俺プレイしなくて良かったなぁ……」
 万感の思いをこめて言う河村の顔からは、先ほどまでの泣きそうな表情は消え、目の前の惨劇に蒼ざめていた。
 手塚は上げかけていた手を元の位置に戻すと、彼の言葉に心の底から頷いた。

***

タカさんと青学メンバーのSSSそのB
手塚編。
会話を交わしたシーンがあまり思い出せない組み合わせ、その2。
ボーリングの時、二人は並んで何はなしてたのかなー? の妄想です。
少し距離のある二人。