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■ タカさんと一緒@ゴールデンペア2014. 2. 6

「大石、横良いかな」
 サーブ練習を終えコートの端、一息ついていた大石の傍らに、二人分のドリンクを持った河村が歩み寄る。
 片方のボトルを大石に手渡しながら、開いている右側を指して尋ねた。
「ありがとうタカさん。気にせずに座って」
 どうぞと言うように横のコンクリをポンッと叩くと、河村はボトルの口を銜えつつ腰を下ろした。


 パコーンとラケットがボールを打つ音と、スニーカーがコンクリートの地面を駆け抜ける音、それに下級生の発声練習の声が、コートを賑やかにしている。
 二人はしばらく乱れた息を静めつつ、会話を交わすことなくコート特有の音に耳を傾ける。


「もうすぐ、地区大会決勝だね」
 先に声を出したのは河村だった。
 試合中とは違う、柔らかくて少し高い声。
 大石は飲み口を唇から離しながら、横に目をやる。
 河村は足を抱え込む体育座りの形をとり、独特な眉を困ったように下げて、大石の事を見ていた。
 部内で体格の良い筈の河村であったが、こう見ると大石は自分より彼が小さく見えた。

「緊張してるのかい?」
 三年になり初めてレギュラー入りした河村にとって、公式の試合は今回の大会が初めてだった。
 初戦の玉林中との試合で、ラケットも持たずコートに入りおろおろとしていた河村のことを思い出して、大石は悪いと思いながら内心少し笑ってしまう。
 一度ラケットを持てば、二重人格かと言わんばかりに性格ががらりと変わり、攻撃的になる河村を知っているからなおさらだった。

 そう言えば河村の事を知らなかった玉林中の選手は、最初こそおろおろした彼をなめた顔で見ていたけれど、豹変した途端におびえていたっけな。
 常にあれくらい胸を張っていればなめられることもなかっただろうにと思いつつ、でもそんな気弱でありながら優しく仲間思いなところが河村の良いところなのだと分かっているから、結局これでいいのだと結論にたどり着くのだけれど。

 でも、やっぱり仲間がなめられるのは気分が悪いので、普段も、もう少し堂々としても良いのではないかとも思う。
 たぶん、そうなったとしても河村の良さは消えることは無いはずだから。


「緊張はいつもしてるよ。ただラケットを持ってコートに立つと、カーッと身体の奥が熱くなって、そんなのも吹っ飛んじゃうんだけどね」
 実はさ、大石に相談したいことがあるんだ。
 そう切り出されて大石は顔を引き締める。

 青学テニス部の副部長として、仲間の悩み相談は大事な仕事だった。
 部長の手塚がそのカリスマ性で部員を引っ張っていく、その最後尾、何かに悩み足を止めそうになる選手の背を優しく押してやる、それが自分の役割だと大石は自覚していた。

 ボトルを置いて、さあ話してくれと受け入れる状態を作った大石に、河村は次の試合さと話し出した。
「竜崎先生から、ダブルスを組んでもらうことになるかもって言われたんだ」
「うん? でもタカさん、ダブルスの練習もしてるだろ?」

 竜崎の方針により、レギュラー人を含めた部員はシングルス、ダブルスどちらでも対応できる選手になれるような練習を組まれている。
 青学テニス部は、大石と菊丸という全国レベルのゴールデンペアが在籍しているものの、もう一つのダブルスは弱みになっている。
 彼ら二人以外はシングルスを望む傾向が強く、竜崎は常に頭を悩ませている現状だ。
 ただダブルスは組む二人の呼吸が合わないと難しい。
 強い者と強い者を組ませたからと言って、それがイコール強くなるわけではない。
 玉林中戦の桃城と越前が良い例であろう。
 あんなものはダブルスとは言わないと、応援していたメンバーは口を揃えて言ったものである。

「うん、練習は何度もしたことあるけど、大石たちみたいに上手くいったことあんまりないし。……公式戦では初めてだから尚更、足とか引っ張らないかな、引っ掻き回したりなんかしないかなって、心配なんだ」

 本当はシングルスが良いけど、うちシングルスの壁は厚いから。
 本当は試合に出れるだけでも喜ばないといけないんだけどね。

 そう言いながら苦笑いを浮かべ河村に大石はふうと小さく息を吐いた。
 そして大きく手を振り上げると、勢い良く河村の背を叩く。
 ばんっと痛そうな音が響き、河村が前に仰け反った。
「いっ!」
「そんなの、誰だって一緒だよ。俺だって英二と組むとき、少し心配だったし、最初は全然かみ合わなくてダブルス解消したいって、思うこともあったよ。俺、ダブルスに向いてないんじゃないかって。でもいつからだったかな、俺と英二の呼吸がぴったり合った瞬間があったんだ。居てほしい場所に相手が居て、ボールをとってくれて。後で英二に聞いたら、あいつも同じように感じてて、俺こいつとダブルス組んでて良かったって思ったんだ」
 だから、そんなに悩む必要ないって。
 ダブルスって確かにお互い迷惑をかけることもあるけど、二人同じコートに立つって、それだけで心強く感じることもあるから。
 一人じゃないって。
「なんだか、大石が言うと納得できるね。経験者は語る! みたいな?」
 痛む背中を丸めつつ、若干涙目の河村は下げていた眉を心持上げる。
 ネガティブに流れていた感情が、どうやら少しプラスに傾いたようだった。
 大石は内心胸を撫で下ろす。

 一応、次の試合のオーダーは、未然に手塚と大石に大まかとではあるが竜崎から伝えられていた。
 その時に、河村にダブルスを組ませようと考えていると言うことも聞いていた。
 それは、今のレギュラーメンバーの面子を見れば、自然な考えだった。
 河村の言うとおり、青学テニス部は、シングルスの面では壁が厚い。
 手塚、不二、桃城、海堂はもちろんの事、新たにレギュラーとなった越前、それに河村と豊富だ。
 それゆえにシングルスで出場することは、なかなか難しいものがある。
 そしてそれは比例してダブルス要員が少ないということになる。

 竜崎は、今のところ大石と菊丸のダブルス以外は模索状態で、しばらく試験的にダブルスを組ませてみる気だと言っていた。
 とりあえず、桃城と越前の組み合わせは今後決して無いと渋い顔をして断言はしていたけれど。
 そんな中でシングルス面子の中において比較的ダブルス向きとの判断があって、公式ではダブルス経験はまだ無いけれど大丈夫だろうとの意見のもと、次の試合河村にダブルスをと決まったのである。
 河村が慣れていないということ、公式で初めてということに不安を抱いていなければいいけれども思っていた大石は、読みが当たり、なおかつ彼から相談してくれて良かったと思った。
 一人悩まれるよりか明かしてもらったほうが助言のしようがあるし、実際良い方向に行こうとしている。


 もう少し背中を押してやったほうが良いかな、それとも実際に試合した方が良いのかな、そんなことを考えていると、二人の方に近寄ってくる影。

「何々? 二人で作戦会議〜? 俺も混ぜて〜」
 座る二人の前にぴょんっと座り込んだのは、相方の菊丸。
 大きな瞳をくるくる動かして、二人のことを交互に見つめる。
「ダブルスのことを、ちょっとね?」
「ダブルス? だったら俺にも聞いてよ! 何でも教えてあげるよん♪」
 そう言い胸を張る菊丸に、丁度良いから今からコートに入ろうと大石が言おうとする前に、河村が口を開いた。

「俺、ダブルスでどんな事すればいいんだろう? 大石みたいにサポートかな、それとも英二みたいにネット際で相手を翻弄する?」
「そんなの、俺には分からないよ〜? タカさんはタカさんにできることすればいいじゃん。俺たち皆プレイスタイル違うんだから」

 それでお互い足りないところ補えばいいじゃん、それがダブルスだろ?

 そう言うと菊丸はにかっと歯を見せて笑う。
「そうだよタカさん。ダブルスってそういうものなんだ。補い合ってお互いを高めて、何倍もの能力を発揮する。そのためには自分のできることを精一杯やればいいだけだよ。深く考えないで、もっとシンプルにね」
「そっか……、そうなんだ! ありがとう、大石、英二!」
 不安が払拭されたらしい河村は、感謝と喜びの詰まった笑顔をうかべると、二人に対して頭を下げる。
「よ〜し、じゃあ今からダブルスしよ〜! 俺と大石が相手してやるよん♪」
 テニスラケットを器用にくるくると回すと、ぴょいっと立ち上がった菊丸が河村に向かって言い放つ。
 グリッブを握り締め、ラケットの先端を河村に向けながら。
 さながらゲームに出てくる戦士のように。
「え、今から? でも俺組む相手誰か分かんないし」
「そんなの誰でもいいじゃん〜。座って話してるだけじゃつまんないし、とりあえず練習しよーよ♪」
「だそうだから、さタカさん立って。言っとくけど練習でも手は抜かないからね」
 菊丸同様に立ち上がった大石は、座ったままの河村を促す。
 河村は言われるまま立ち上がったものの、どうしようと少し困り顔をしている。

 大石はそんな河村の背を今度は軽くポンッと叩く。
 すると河村は困り顔のまま、それでも分かったというように頷いたから。大石はコートを見回し、レギュラー人の中から手の空いている者を見つけると、河村と組んでもらおうと彼を呼んだ。

***

タカさんと青学メンバーのSSSその@
今回は大石(+菊丸)編。
ブログで呟いていたものを、ちょっと形にしてみました。
目標は青学メンバー全員分を……です。
基本超短文(1000〜3000文字程度)予定です。
今回は少し予定より長くなったかなと。

やはり大石になると、ダブルスの話かなーと思い。
そうすると菊丸も出てくるよねーと。
題名は思いつかなかったので、こんな感じになりました。