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■ お題002(ワンピ・サンジ)2010. 8.21

物書きさんへ漢字100のお題【002:灰色】

「んん?」
 ここはサニー号のキッチン。そして、そこに居るのはキッチンの主と言っても過言ではない、コックのサンジ。船員皆の舌を唸らせ腹を満たすコックは、メリーの時よりも広く真新しいキッチンで、意気揚々と腕まくりをしつつ、鼻歌混じりに三時のおやつの準備に取り掛かっている最中である。
 今日のおやつは山盛りクッキー。男共には何の変哲も無い丸い形、レディ達には心からの思いを込め、一つずつ作ったハート型。カウンターの上に乱雑にクッキーを山盛りに盛った皿と、ハート型を綺麗に並べた皿を置いたサンジは、満足げな顔でうんうん肯くと、飲み物の準備に取り掛かった。勿論、女性人に出す分だけである。男共など水でも与えておけばいいくらいだ。
 今日は少し甘めだから、ブラックコーヒーなどがいいだろうか。淹れる準備をしつつ、その後のレディ達の嬉しそうな顔と感謝の言葉を想像したサンジは、ぐふふっと気味が悪いほどにやけると、浮ついた心そのままにくるりと踵を返したのだが。なぜか、その存分ににやけた顔が次第に困惑の表情に変わっていった。
 なんと、大皿の上にこれでもかと言わんばかりに山盛りにしていたクッキーの、頂上部分がそっくりなくなっていたのである。

 咄嗟に脳裏に浮かんだのは、大食漢である船長のことであった。つまみ食いの回数と、それに対しての制裁は数知れず、冷蔵庫を空っぽにされそうになっては鍵つき冷蔵庫を欲して止まなかったくらいだ。日々の攻防戦に明け暮れつつ、待望の鍵つき冷蔵庫が手に入ると、冷蔵庫が危機的状況になることは無くなった。加え、何度も何度も蹴り上げていいかげん学習したのだろうか、つまみ食いや盗み食いの回数も若干減ってきていたのだが。
「あんのクソゴム……!」
 我が船の船長を形容するには、敬意も何もあったものではないのだが、それが当てはまってしまう状況なので致し方ない。早速、盗人船長に蹴りの一発でもお見舞いしてやろうかと考えたサンジは、甲板から聞こえているルフィの声にふと止まった。
 そう言えば、ドアの開いた音や人の入り込んだ気配など全く感じなかったのだ。しかも、自分がクッキーから目を離したのはほんの十数秒。いくら盗み食いに長けたルフィといえど、そう易々と盗みを遂行できるとは考えられない。
 しかも、クッキーの山は頂上部分だけが欠けているのだ。数にして数枚分くらいであろうか。もし犯人がルフィならば、そんな生易しいものではない、良くて半分、悪くてクッキー一欠けらを残すか残さないかなのである。まあ、そうなるとつまみ食い盗み食い云々では無くなってしまうのだが。どう考えてもルフィだとは考え辛い。
 もしかしたら、ルフィが怪しまれないように考えての犯行だとも考えられそうなものだが、サンジにはそんな考えなど毛頭無かった。ルフィの思考回路など嫌になるほど分かっており、こと食に対することとなると何の考えも無いままに突っ走るのが分かりきっているからである。知能犯などルフィには完璧に無理だとの確信があった。
 ならばウソップやチョッパーであろうかとサンジは考えたが、絶対だとの確信は抱けなかった。ウソップはどうやらルフィと一緒に居るようであり、もしウソップが犯人ならば確実にルフィを伴ってくるだろうことが予想されるからである。また、チョッパーは現在ドア一枚隔てた医務室に居り、場所的には一番近いところに居ると考えられるのだが、そもそもチョッパーのつまみ食いなどはルフィやウソップなどに唆されてやっているだけであり、一人であるチョッパーが自分から望んですることは考えられないのである。
 怪しいと思う星の可能性が若干薄れたものの、しかし、彼ら以外の犯人はサンジには考えられなかった。残りのゾロやフランキー、ブルックがそういった類の行動に出るとは考えられず、また今まで年少三人組以外に盗みに入った者は居ないからである。
 こんな事を起こす犯人などあの三人しかいないのに、現状のおかしさと違和感に、サンジは一人困惑していたのであった。

 小さなノック音が測量室の中に響く。航海日誌に書き込もうとペン先をインク瓶に浸していたナミは、顔を上げた。すると、顔をあげたと同時に船尾甲板から繋がるドアが開かれる。
「ロビンだったの」
 入ってきた人物を確認したナミは、ペンをペンスタンドに戻すとうーんと背伸びをした。暫く机に向かっていたせいか、身体が少しこっていたのだ。
「ふふ、お疲れ様。少し休憩を入れたらどう?」
 そういい入って来たロビンはその手に小さな皿を持ってた。そして、ナミの座るデスクに近寄ってくると、その皿をスッとテーブルの上に置いた。
 その上には、手作りと思しき数枚のクッキーがのせられていた。
「あら、ありがとう」
「私じゃないと思っていたの?」
「うん、時間的にサンジ君あたりかなぁって。あ、これサンジ君がロビンに頼んだの?」
 皿の上、丸いクッキーを指先で一つ摘むと、口元に持っていきつつナミは尋ねた。
「いえ、そうじゃないわ」
 と、どこか楽しげに笑うロビンに、クッキーを一枚咀嚼し終えたナミがん? と首を傾げた。
 その直後であった。

「オレはしらねぇって!」
「いや、お前らだろうが!!」
「濡れ衣だぁあああ!! うぎゃ!」

「……あいつら、また何かしたのね」
 甲板から聞こえてきた、怒号と悲痛な叫びにナミは呆れたように溜息をついた。争っている声の主を考えれば、自然と争いの理由は想像できた。
 本当に懲りない奴らねぇと、再度クッキーに手を伸ばしたナミは、ロビンがくすくす笑っている事に気付き、ふと手を止めた。その顔はどこか楽しんでいるような、人の悪い笑みだった。
 そのロビンの笑みと先程の遣り取りにピンと来たナミは、先程感じていた違和感の正体を察した。そして、ちょっと目をむくと思わず苦笑いを浮かべてしまう。
「まさか……ロビン」
「ふふ」
 外ではいまだにコックと船長&狙撃手の戦いが続いているようであり、騒がしい。その騒がしさを片耳で聞き流しつつ、ナミとロビンは顔を見合わせたまま共犯者のように笑い合っていた。

***
黒だと思ったら白で、白だと思っていたら黒だった