浸食


土柱1 土柱2

阿波の土柱

場所:阿波市阿波町桜ノ岡
約130万年前の地層がのぞく断崖で、風雨の浸食で削り取られている自然の神秘。画像は「波濤嶽 (はとうだけ)」で、
国の天然記念物に指定されている。この他にも、波濤嶽を含めて6嶽が、この地帯に存在する。これ程の奇勝は、
世界でもオーストラリアと、この土柱以外は存在していないようです。

土柱の成因
この土柱は段丘礫層(土柱礫層)が流水の侵食作用をうけて生じたものである。土柱礫層はおよそ130年前に、
吉野川が現在地よりも150mほど高い位置を流れていた時に、当時の川床に堆積した礫、砂が固結してできた
地層である。この段丘礫層は、できた時代が若いので充分に固結した岩石ではないから容易に侵食されて、
ここに見られるような地形をつくった。すなわち、雨水によって漸次侵食下刻されて、谷、溝をつくり、
幾筋もの谷、溝は複雑に融合し、雨毎に土砂を流下させた。段丘礫層に含まれている礫は侵食に対して
抵抗が強いので礫に保護された部分のみが侵食を免れて、柱状、突起状、筍状などの土柱を形成している。
土柱礫層の厚さは、40〜80mで脇町周辺に広く分布しているが、見事な土柱はこの付近だけに見られ、
ここより西へ燈篭、不老、筵、橘の諸嶽がある。(土柱案内図より抜粋)


鎧嶽

鎧嶽

場所:美馬市美馬町
美馬町を流れる鍋倉谷川の中流にある断崖。高さ40メートルの崖が120メートルに渡って続く。
今からおよそ3〜4万年前、海面の低下によって隆起した粘土と石の入り交じった地層が、
鍋倉谷川の流れと風雨の激しい浸食を受けたことによって生まれた。 鎧嶽には、平家の落ち武者が
この断崖を飛び降りた時、鎧が崖に引っかかった事から鎧嶽という名前が付いたという伝説が残っている。


恵比寿洞1 恵比寿洞2

えびす洞

場所:海部郡美波町日和佐浦
日和佐町周辺の海岸は、打ち寄せる太平洋の荒波に侵食されていたる所に大小の海蝕洞が見られる。
中でも、この恵比須洞は標高52mの岩山に内部が幅32m、高さ31mの半円状に貫通しており県内最大のものである。
荒波が押し寄せると洞穴の中で轟音を発し出口から噴出する様は実に壮観である。


海蝕洞1 海蝕洞2 みとこ荘の龍宮荘

宍喰町の海蝕洞

場所:
国民宿舎のみとこ荘の龍宮荘の近くにある自然の猛威によって侵食されれている海蝕洞。
資料がない為、詳細が分からないが、恵比寿洞とまた違って壮観である。


化石漣痕

化石漣痕

場所:海部郡海陽町宍喰浦
宍喰浦の化石漣痕は、約4500年前の第三紀始新世から漸新世に生成された舌状漣痕で、露頭面積も広く、
彫刻も深く、かつ数種の異型のものが別々の層をなしている。細互層の砂岩下面には、当時の生物の
生態痕などの底痕が残されている。流れ漣痕としてその規模、保存状態など我が国でも代表的なものであり、
国の天然記念物に指定されています。


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