さくら前線





「何で逃げんだよ」
「別に逃げとらんわ」
「へぇ〜。そんだけベッドの端に後ずさりして後ろの壁に密着してても逃げてないって言えるんだ。
じゃあお前のそれは何なんだよ」
「お前がじりじり近寄って来るからやろが!」
 ここは大阪・寝屋川市。
服部平次の自宅の部屋に、『東京に住む工藤新一のイトコの江戸川コナンくん』は泊まりに来ていた。
一見して不自然にしか見えない年齢差・身長差でも、こと事件に関わると
二人のコンビネーションは抜群で、それは警視庁でも大阪府警でも黙認されていることだった。
 しょっちゅう平次が東京へ行くのも、たまにコナンが大阪へ泊まりに来るのも、
両方の保護者は了解済みだったのだ。
 さすがに二人が恋人同士ということを知る人間は、
工藤邸の隣に住む小さな科学者ただ一人であったが。
「・・・で?もうそれ以上逃げ場はねェみてぇだけど?」
 ベッドの上を四つん這いでゆっくりゆっくりと進みながら、
ぴっとりと壁に背をくっつけている平次の脚の間に割って入り
 コナンはそこから膝立ちになって平次の頬を両手で捕らえる。
「・・・・・・う」
 恥ずかしさなのか悔しさなのか、それとも両方なのか掴めない瞳で見つめる平次にフッと笑い、
「強情っぱり」
コナンは唇を平次のそれに押し付けた。
「・・・んぅ・・・ん・・・」
 座った姿勢の平次と膝立ちのコナン。これが一番二人の身長差を縮める距離だった。
「ん・・・く、・・・どぉ・・・」
 小さな舌が、自分の口の中を這い回る。
最初はくすぐったくて、段々と粘つきを増していき、最後にはその舌に翻弄される。
いつの間にかセーターの下に這わされていた手に驚きながらも、それこそ
いつものコナンの相変わらずな仕掛けだと平次は苦笑した。
「工藤・・・ブラインド閉めて、ええ?」
「何で?月明かりが綺麗じゃん」
「まだ寒いやろ・・・風邪引いたらどないすんねん。サイドランプでええよな」
 平次はそう言うとコナンの頬にちゅっと軽い口付けを落とし、
小さな身体を少し押し戻してブラインドを閉めに行った。
 夜の空気に凛と佇む桜の木は、まだ花を咲かせていなくても美しく感じる。
「服部!」
 少しぼぅっとしていた平次に声を掛け覚醒させると、コナンは早く来いと平次を呼んだ。
 衣服を全て脱がせ、平次の上に跨る。唇にも首筋にも胸元にも、ありとあらゆる場所に刻印を刻んでいく。
平次の息が熱くなっていき、呼吸が浅く乱れていくのが嬉しかった。
「お・・・まえ・・・なぁっ」
 乱れた呼吸のまま平次が言葉を発する。「何だよ」と動作を止めるでもなく言葉を返すと
平次はコナンの口を掌で阻止した。
「他の連中の前ではきしょいぐらいぶりっこしよってからにっ。
二人になった途端目ェ据わらせて迫ってくんなや!」
その豹変ぶりは何やねんと平次は喚き立てる。
「しょうがねーだろ、俺は小学1年生なんだから。まぁこの春にゃ2年生になっちまうけどよ。
その俺がお前といる時と全く同じ態度でみんなの前に出れるワケねぇじゃんか」
 それを言うならな、とコナンは言葉を続ける。
「お前こそ蘭達の前での態度と俺と二人っきりになった時の態度と随分違うじゃねェか。
あんなにボウズボウズってひっついてくるクセにさ、今じゃ何だよ。んなビビッて逃げてんじゃねェよ」
「せっ、せやって・・・」
 モゴモゴと言葉を濁らせ、平次は視線を逸らす。
平次はただ恥ずかしがっているだけだということは、コナンは充分承知していた。
 好きや好きやと追いかけて来ていたクセに、コナンが逆に平次に迫り始めると
途端に平次は逃げ腰になった。
キスも、抱擁も、セックスも。全てはコナンから仕掛けるもので、平次はそれに流されて受け入れるのだ。
 でも決して嫌がっているわけではなかった。
同じ想いを返されて戸惑う平次は可愛くて、ついもっと苛めたくなってしまう。
だからやっぱり普段みんなの前では「平次兄ちゃん」に対してコナンは冷たく当たり、二人になると
豹変して恋人の時間を満喫しようとするのだった。
「もう黙れよ服部。・・・大人しく俺の言うコト聞いとけって」
「・・・く・・・どぉ・・・」



 去年一緒に京都で仏像の在処を探していた時は、ほとんど素の自分でいられたと思う。
行動も推理も全て二人一緒で、不謹慎だけれどすごく楽しかった。
 事件の真相も気になっていたが、要所要所で見せる平次の切なげな表情が
自分以外の人に対してのものだと分かってからは気が気でなかったのも事実だ。

 この桜の木が春の花を満開に咲かせる時、コイツはまた9年前の初恋を思い出すのだろうか。

 そう思うと、胸がツキンと痛くなった。


 情事の後の気だるい身体と心地良い安堵感に平次は眠りへと誘われ、そのまま底へと堕ちていった。
コナンは平次の寝顔を見ながらパジャマを羽織り、上着を着て階下へと降りて行く。
 カラリと縁側の戸を開け、置いてあるサンダルに小さな足を通して庭へと出た。
「さっみー・・・」
 まだまだ春の遠い夜。暖冬とはいえ真夜中の空気はやはり肌寒い以上のものがある。
辺りはしんと静まり返っていて、静寂の音が聞こえてきそうなほど静かだった。
 花が咲けば、きっとこの真っ暗な世界の中でも白く浮き上がるのだろう桜の木はとても大きく、
存在自体がコナンを圧倒させる。
この桜の木の前では、黒の組織もそして工藤新一という自分自身も、小さな小さな存在に思えた。
桜の木に、呑み込まれそうになる。

 「工藤?」

 後ろから声を掛けられ、ハッと我に返り振り向くと平次が立っていた。
「工藤、お前何やっとんねん!この寒いのにっ」
 平次は慌てて自分も縁側から降り、桜の下のコナンの元に駆け寄る。
そして自分の着ていた上着をコナンに重ねた。
「いいよちゃんと上着着てるから。お前が着ろって」
「アホかっこんな身体冷たなって!ちゅうかソレ俺のブルゾンやんけ。勝手に着んなや」
心配そうにしかし少し怒りながら、平次はコナンの手を引いて家の中へ入ろうとした。
「・・・工藤?」
 平次の手を振り払ってその場へ佇むコナンに、平次は不思議そうな顔をする。
コナンはただじっと、その場に立ち続けていた。
「どないしたんや・・・?工藤」
 平次はもう一度コナンの側へ歩み寄り、しゃがんでコナンと目線の高さを同じにした。
自分でも説明できないもの哀しさを、どうして平次に伝えることが出来るだろうか。
いや、伝えたいわけじゃない。出来れば気付いてほしくない。
 でもこんな不可解な行動と沈んだ表情では、思い詰めていると思われてもしょうがなかった。
「工藤?」
「服部・・・」
 コナンの手を取る平次の温かさを感じて、コナンは平次の頭を抱え込んで抱き締めた。
「おわっ、ちょ、工藤っ!」
 バランスを崩して全体重をコナンに掛けそうになり、慌てて平次は体勢を立て直そうとする。しかし
コナンはその手を離さずに、更に強く平次の頭を抱きかかえた。
「いいんだよ、これぐらい平気だ。子供扱いすんじゃねェ」
「く・・・」
 平次の顔を両手で掴み、上を向かせ深い口付けを落とす。
平次は成す術もなく、言われたとおりにコナンの腕にしがみついた。

 見た目は小学生。中身は高校生。

 真実は高校生の工藤新一でも、小学生の江戸川コナンが事実。
去年の事件から1年経って、今年もまたこの桜は花を咲かせる。去年と変わらず、花を咲かせる。
そして自分もまた、去年と同じ小学生の身体のままなのだ。
何一つ去年と変わっていない。変わるとすれば、それは・・・
「どないしたん工藤・・・」
 コナンの様子のおかしさに気付き、平次がコナンの瞳を覗き込む。
「服部・・・」
「何考え込んでんねん?俺に言われへんことか?」
 いつの間にか体勢を直し、しかしまだしゃがんだまま平次はコナンを引き寄せた。
今度は平次がコナンの背に手を回し、キュッと軽く抱き締める。
コナンの胸に顔を預け、平次は「あったかいなぁ工藤の胸」と微笑んだ。
「早よ春になったらええのにな。今年は一緒にお花見行こな?」
 嬉しそうに言う平次に、素直に返事が出来ない。また桜の花を見て、初恋の人のことを思い出す
平次を隣で見るのは辛い。
「桜の花を見ると・・・色々思い出すことがあんだろ」
 言うつもりなどなかったのに、そんな棘を含んだ言葉が口を突いて出た。
「せやなぁ、アレはキョーレツやったもんな。やっぱ今年も思い出すんやろな」
平次はクスクス笑いながら、コナンの顔を見上げた。
「お前の黒塗り変装!!忘れよ思ても忘れられへんでー!」
 明るく笑って言われたその言葉に、コナンは目をぱちくりさせる。
「俺・・・の・・・?」
「俺の?って、お前以外に誰がおんねん俺に変装した奴なんか。アレあっさり和葉にバレたらしいやん。
俺がお前に変装した時ボロカスに言うてくれたけどなぁ、お前もかなりのモンやったでぇ?」
 去年のことを鮮明に思い出したのか、平次はまた腹を抱えてくっくっと笑い出した。
「そういやそん時も俺の服勝手に着とったなぁお前。やること全然変わってへんし」
そう言って平次はコナンの着ているブルゾンに手を掛けて、首元からボタンを掛け始めた。
「お・・・前・・・。言ってたじゃねぇか、去年・・・」
「何がや?」
 俯いてコナンは平次に問いかける。
「毎年桜の木を見ると思い出す・・・って。その、初恋の人のこと・・・」
「あぁ、アレかいな」
 コナンの言葉に漸く思い出したように、平次は初恋の人のことを話し出した。
「アレはもう終わったことやん。なんや、ずーっと気になっとったけどな?解決したからもうええんや」
「もういいって・・・、じゃあお前は・・・」
「せやから今年からは毎年桜の花見たらなぁ、きっと去年の工藤を思い出すと思うでぇ〜」
からかうように平次は笑ってコナンを見た。
「さっ、もう家入ろ?風邪引くでホンマに」
 よっと立ち上がって、平次はコナンの手を再び引いた。
今度は素直に連れられて、ゆっくりとコナンは歩き出す。
「今年のお花見どこ行きたい?大阪城公園か、それとも高槻の摂津峡か?」
「・・・・・・南禅寺」
 コナンはぽつりと、小さい声で言った。
平次は一瞬「また?」という顔をしたが、すぐにニッと笑い、
「おっしゃ!また湯豆腐食いに行こ。清水寺も行こか、折角やしな」
コナンの頭をくしゃっと撫でて言った。
「イ、インクラインも歩きてぇ!」
「そやな。去年もめっちゃ綺麗やったもんな桜。今年は事件抜きでゆっくり回ろうや」
 撫でられた頭を押さえながら、コナンはすっかり冷え切った自分の身体に漸く気がつく。
頬だけが少し、熱かった。
「ただ桜見ても俺のこと思い出すなよな、てめェ」
心にも思ってないことを言ってみるが、
「あ〜堪忍、絶対思い出してまうわ。春の京都はお前との思い出でいっぱいやからな」
そう言われて、目頭まで熱くなる自分に気がついた。


 乱れたシーツを直し、二人で身体を収める。
すっかり冷え切った身体にシーツの冷たさはとても辛く、平次はブルッと身体を震わせる。
「寒いのか?」
「当ったり前やろ、あんなトコにずっと出てたら身体も冷えきるわ」
 暗にコナンのせいだと仄めかす平次に、
「じゃあまたあったかくなることでもするか?よく寝れるぜ」
ニヤリと笑いパジャマの上から胸に手を這わせると、平次は焦ってその手を掴んだ。
「あっ、アホ!!もう大人しく寝ェや!明日はスパイダーマン乗るために早起きせなアカンねんぞっ」
 上に乗りかかろうとするコナンを必死で押さえつけ、説得する。
コナンは「ちぇっ」と舌打ちしながらも、温かい平次の腕の中ですぐに眠りに堕ちてしまった。


 まだまだ春は遠いけれど、

 しかし確実に近づいてきていた。










茜さんのサイトで8100番を踏んだ記念にと
コ平小説をお願いした所、こんな素晴らしい作品を頂ける事に!!

あの平次映画、十字路のその後、という位置づけとお聞きし
読んだ時に私、本気で涙しました。私の中でコ平版公式設定決定です
初恋の人の思い出語りに嫉妬するコナン、平次の優しい口調とか、
もう私のあらゆるツボを押されてしまいメロメロです。
も、萌え…!!ラブラブ!!
ビバコ平!!!!!!!

私の求めているコ平の理想が全て凝縮されていますーうおーん!!!!
茜さん本当にありがとうございました!!
04/02/05 UP