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◇◆ The third story ◇◆
パパと浅海さんが別室に消えて、一人取り残された私は
何をして良いのかもわからず ただブラブラと会場の中を歩いていた。
個展と言っても、ちゃんとしたスタッフも揃っているし
元々積極的ではない私は、自ら来場者に話しかけることもできず
なんだかとても役立たずなお手伝いだと自己嫌悪に陥っていた。
ふと誰かの視線を感じて、その方向に目をやると
濃い色のジーンズと、丈の長いベージュのダッフルコートに
バーバリーカラーのマフラーをネクタイの様に巻き
フレームのない眼鏡をかけた、私と同い年くらいの男子がこっちを見ていた。
初めて見る人なのに、どこかで会ったことがある様なそんな気がしてならない人。。
けれど、その男子は私と目が合うと、眉間にしわを寄せて
怒った様に見つめ返してきた。
私、何かいけないことをしてしまったの?
なんであんな顔で私を睨んでいるの?
考えても、何一つ思い当たる節がないから戸惑っていると
そんな彼が、表情を変えることなく私に向かって近づいてくる。
突然「逃げなきゃ!」という思いがこみ上げて
慌てて彼から視線を外し、会場の奥に向かって歩き出す。
急ぎ足でダイニングテーブルの脇をすり抜け
多くの人で賑わう、イタリア輸入雑貨の即売会場まで
進んだところで そっと後ろを振り返った。
人ごみのおかげで私を見失ってくれますように。。
そんな淡い期待を込めて、彼を探せば
思惑通りに私を見失った彼が、辺りをキョロキョロ見渡しながら
会場の入り口付近で立っていた。
ホッと安堵の溜息をついて、これからどうしようか?と迷い見れば
その先に会場の裏出口があることに気づき
そっと外に抜け出して、大通りまで休むことなく足を進める。
なんで私は、なにをしたわけでもないのに
彼から逃げようとしているのだろう?
睨まれる理由を彼からちゃんと聞けばそれで済むことだったのに。。
悶々と考えながら歩き続ける。
ビル風が突然吹き流れて、ここでようやく コートをクロークに
預けたままだということを思い出した。
冬空には不釣合いの薄手のワンピース。
寒いと思い始めてしまったらもう そのことしか頭に浮かばなくて
どこでもいいから、寒さを凌げるところに入ろうと
自分で自分の体を抱きしめながら周りをうかがい
ちょうどいいところにコーヒーショップがあるのを見つけて
急ぎ足でお店の中へなだれ込んだ。
当たり前だけれど、コーヒーショップだから紅茶は置いてなくて
コーヒーがあまり得意ではない私は、1番甘そうな
生クリームが上にたっぷりとのっている【モカジャバ】という
コーヒーを選んだ。
お店の人に「大きさは?」と聞かれ、
「ト、ト、トールで!!」
急に温かくなったから、今になって体が震えてきて
口ごもりながら答えると
「俺も、それと同じものをください。」
すぐ右後ろから男の人の声が聞こえてきて、ますます背筋が寒くなった。
絶対に振り向いちゃいけない! ここは、気づかないフリを通す!
心に固く誓い、何事もなかった様にバッグを開けて
お財布を取り出そうとするけれど、手がかじかんでうまく取り出せずに
モタモタしてしまう。
皮のコインケースから硬貨がこぼれて床に転がり
拾おうとして屈みこんだ私の上に ボサッ!という音をたてて
重たい何かが落ちてきた。。
屈んだまま足元を見れば、ベージュの布が体を覆っていて
おそるおそる見上げれば、店員さんに
「会計は一緒でお願いします。」
そう言いながら千円札を差し出している彼が居た。。

「相変わらずだな?バカ新月。」
眼鏡の真ん中を上に持ち上げて位置を正しながら
怪訝そうな顔で私を見下ろし、扱き下ろす間違った私の名前。。
このときようやくこの人が、新月の言っていた【武頼くん】だと
いうことに気が付いた。。
斜め上を向いて、大きな溜息をわざとらしくついた後
散らばった私の硬貨を拾い始めた彼を、そこまで怖い人じゃ
ないのかも知れないと呆然としながら見つめていれば
「なんで俺ばっかがお前の小銭を拾ってるんだよ?」
そうやってまた睨まれ、慌てて私も拾い始めた。。
硬貨を拾い終えたと同時に
「モカジャバのトールをお2つでお待ちのお客様?」
店員さんのコーヒーが出来たと知らせる声がした。
振り向けば、もう彼はズンズンと店内の奥へ歩き出していて
一番奥端のソファー形の椅子にドッカリと座った。
大きくて重たい彼のコートを肩から掛けている私は
自分の分だけ受け取って、違う席に座りたいと思う気持ちをこらえて
2つのコーヒーを店員さんから受け取り、トレーに乗せて
彼の座る席まで運ぶ。
背もたれに寄りかかり、どこまでも偉そうな態度の彼は
私をずっと凝視したままで、私が何か言うのを待っている様な気がした。
あ、お金だ!
彼にお金を出してもらってしまったことを思い出して
テーブルにトレーを置いた後、立ったまま急いでバッグを開けると
「いいから座れよ」
また命令形の彼の言葉。。
タートルの無地のセーターに、巻かれたチェックのマフラー。
長い足がテーブルにぶつかってしまうから、斜めに座り足を組んでいる。
彼の癖なのか、眼鏡をかけている人は皆こうなのか
また眼鏡の真ん中を持ち上げて位置を正す。
少し長めに切られたこげ茶色の髪は無造作な流れを作っていて
それがそんな彼にとてもよく似合っていた。。

眼鏡? かけているほうがいいな。。
瞳の色? う〜ん。。濃いグレーとかかなぁ。。
服装は、、ジーンズが似合う人かな?

急に今日の夢の記憶が頭の中に流れてきて
なぜかドキドキしながら、彼の眼鏡の奥の瞳の色をよく見ようとして
当然だけど、そんな彼と目が合った。。
口を半開きにしたまま、唖然とする彼が
また眼鏡を持ち上げて 顔を引きつらせながら
「お前、マジ バカ決定。。」
呆れた様につぶやいた。
「あ、いや、あの、瞳の色は何色なのかと思って、、その、、」
「はぁ?何色だったら合格なわけ? 黒だったら、またあのときみたいに
 川に突き落とされちゃうの?」
・・・。 あのとき?
彼が【どのとき】の話をしているのかがさっぱりわからない。
彼の嫌味ったらしい言い方からすると、
私は昔、彼を川に突き落としたの?
そんな重大な記憶を私は忘れてしまっているの?
「えっと、、その、、私、、」
「まさか忘れたとか言わないよな? あのとき、寛にぃが
 いなかったら、俺は今ここにこうして座ってないだろうな。。」
・・・。 ヒロにい?
なぜかその名前にだけは、うっすらとどこかに記憶がある様な。。

未だ彼のコートを羽織って突っ立ったまま、唇に指を当てて
昔の記憶を一生懸命たどろうともがく私を見て
彼の最大級のカミナリが落ちてきた。。
「お前、本当にムカツク!!あの後だって、お前は1度も俺のところに
 きやしなかったし! 来てくれたのは いつだって満月のほうだった!」
責められているのに、ちっとも怖くなくて、、
なぜか彼の言い方がすごく子供みたいで
なぜか「俺はずっと新月に会いたかったんだ」と聞こえてしまうのは
私の気のせいなのかな。。
ただうつむいて、ただ唇を噛んで、未だ突っ立ったまま
戻らない記憶を悔やみながら カチコチと時を刻む音が
聞こえてきそうなほど長く感じられる時間。。

「武頼? この人は、お前の言っている新月さんじゃなくて
 助けてくれた満月さんの方だよ。」
突然、割り込んできた優しい声。。
スローモーションの様に景色が流れ、ゆっくりと振り向けば
スチロールのコーヒーカップを片手に佇む浅海さんが居た。
「寛にぃ! なんでここに??」
驚いて目を見張りながら叫ぶ彼。。
浅海さんが【ヒロにぃ】だったの?
苗字が違うから、本当の兄弟じゃないよね?
あまりにも人間関係が複雑で
記憶がさっぱり戻らないまま
驚きっぱなしの
誕生日12日前の土曜日
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photo by © Lovepop