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◇◆ Innamorati dopo ◇◆
「満月! あなたはどれだけ寛ちゃんを待たせたら気が済むのっ!」
 階下からいつもの様にママの怒る声が聞こえてくる。
「は〜い! 今 行くから!」
 そう答えたそばから、ブラシを手にとり髪を梳かす。

 今日は新月と私の20歳の誕生日。
2人とも仲良く同じ短大へと進み、来年早々卒業予定。
そして彼はというと、イタリアと日本を往復する日々が続いたものの
ようやく浅海さんの許可が下りて、日本に腰を落ち着けることが決まった。
 12日前の彼の誕生日は、イタリアでの最後の仕事があったため
電話とメールだけの淋しい誕生日だった。
それを知った高遠さんが、寛弥の分も兼ねてと、都内のお店のひとつを貸し切りにしてくれ
今日は身内だけのパーティーが開かれる。

 3ヶ月ぶりに会う彼に、少しは綺麗になったと思わせたくて
鏡の前で念入りに全身をチェックしてから、ようやく部屋を後にした。
 階段の下で、角を出しそうな勢いで怒鳴るママの顔の後ろで
大好きなグレーの瞳を輝かせ、両手を広げる彼の胸に飛び込んだ――

 あれだけ急かされたにも関わらず、会場に1番乗りをした私たちは
出された食前酒を飲みながら、会えなかった3ヶ月分の出来事をゆっくりと語り合う。
 辺りが騒がしくなり、店の入り口を振り返れば
新月と武頼くんが、相変わらず何やらくだらないことでギャーギャーと言い争いながらやってきた。
 少し遅れて、私の両親と高遠さんが姿を現わして
武頼パパも仕事を人に任せてホールに入ってくる。
 仕事でどうしても遅くなると連絡のあった浅海さんを抜かして、乾杯の音頭がとられ
陽気で朗らかな国で暮らしたことのある、陽気で朗らかな人たちが
大騒ぎという宴を思い思いに楽しんでいるところに、ようやく浅海さんが現れた。
宴たけなわな会場に、遅ればせてやってきたのだから、恐縮するかと思いきや

「満月!」

 英語に近い発音で私の名を叫ぶと、ブロックしようと立ちふさがる彼をすり抜けて
一直線に私に向かって走り寄り、豪快に抱きしめ大きな音を立てて頬に Kiss をした。

 初めて浅海さんと会ったときも、こうやっていきなり力強く抱きしめられた私は
「若い頃の美寛に生き写しだ!」
そんな感じのイタリア語で叫ばれたけれど
今も私の胸に揺れるロケットの中で、美しく微笑む美寛さんを見る限り
お世辞にも私が美寛さんに似ているとは思えない。
 こめかみをヒクつかせながら、無理に私たちを引き離しながら
「黒髪の若い女性にはいつもそう言うじゃないですか!」
除菌だとばかりに、浅海さんから離れた私を抱きしめながら彼が言い放ったとき
浅海さんが美寛さんをとても愛していたのだと悟った。
そして、ありがとうと目の縁を赤く染めて何度も私につぶやく浅海さんを見て
彼を本当に愛し、育ててきたことがうかがえ、私まで涙ぐんだ……

 朝まで続くだろうと思われたパーティーを、2人途中で抜け出して
イタリアから持ち帰った彼の車で帰路へとついていた。
ふいに伸ばされた彼の右手が、私の左手を握り締めるから
「寛兄? 片手運転は危ないって言ってるでしょ?」
本当は嬉しいくせに、少し怒ったフリをしてみれば
「満月さん? もういい加減、『寛兄』 というのは止めてもらえませんか?」
自分だって 『さん付け』 で私を呼ぶくせに、そんな答えが彼から返ってくる。

 私の家に着くためには、左に曲がるべき道を右に曲がった彼が
「こんな時間ですが、ちょっと私の家に寄っても構いませんか?
プレゼントを渡したいのですが……」
少し照れくさそうに言い出して、そのちょっと困った様な顔がたまらなく愛しくて
「どんなプレゼント? 楽しみだな」
了解を促す返事を笑いながら言った。

 日本に落ち着くことになった彼が、最近引越しをしたマンション。
駐車場に車を止めて、2人手を繋ぎながら新しい香りのするエントランスを抜ける。
 エレベーターの扉が開き、彼が鍵をポケットの中から取り出して鍵穴に差し込む。
開かれたドアの向こうには、見慣れた光景が広がっていた……

「こ、これは、パパの家具? うちにある家具とほとんど同じものだもの!」

「えぇそうです。 満月さんと再会したあの日、お父様にお願いして
ここの家具全ての制作依頼をしたんです」
 パパの家具は全てが手作りのため、発注してから出来上がるまで結構な時間がかかる。
同じものは作らない、作れないと言うのが口癖のパパが
これほどまでによく似た家具を、彼に作ったことに驚きを感じていると
「卒業を控えて、何かと大変とは思うのですが、本当に暇なときでいいので
ファブリックを満月さんにお願いできませんか?」
 カーテンだけがぶら下がる、無機質に近い部屋の中を指差し彼が言う。
パステルカラーの布が、頭の中をビュンビュンと横切っていく。
パパの家具と、真っ白な部屋に色を塗ることができると思うと興奮した。
「その顔は、『OK』 の顔かな?」
 私の顔を覗き込み、微笑みながらそう言って
リボンの付いた合鍵を、私の顔の前にちらつかせた。
その合鍵に向かって右手を差し伸べたとき、不意に鍵を引っ込めて
なぜか不敵な笑みを浮かべた彼が、のんきに言い出した。
「これを受け取ったら、もう逃げられませんよ満月さん? 私のお嫁さんになってもらうしか、道はないですから」
 彼のその言葉が冗談だということに気が付くまで、優に数十秒。
ちょっと本気にして、小躍りしたくなっていた気分がどこかにめり込み
胸のロケットをきつく握り締めた。
 私の前から少しだけ消えた彼が、小さな小箱を手にして現れ
「これが私からのプレゼントです。 あ、でも誕生日のプレゼントではないんですが……
というか、私も満月さんからプレゼントをもらっていませんからね?」
 彼から受け取った小箱を開けようとしたときに、痛いところをつっこまれ
家のリビングに置かれたものとそっくりなテーブルに、小箱を置いて振り返る。
「違うっ! あ、いや、ちがくはないんですけど、その……」
 絶対に彼に似合うと一目惚れした編みこみのセーター。
彼が帰ってくるまでに編み上げようと、必死で頑張ったのだけれど
持って生まれた不器用さが、簡単にはそれを完成させてくれず
セーターがベストになったまま放置されていた……
 全てがお見通しだとばかりに、お決まりの文句を言った後 私の頭をなでると
「では、明日の朝まで私と一緒に居てくれること。それが満月さんからのプレゼントで」
そう言って両腕を私の腰に回し、いつもの様におでこに Kiss をした。
「え? でもそれじゃ……」
そう言いかけた私を黙らせる様に彼が耳元で囁いた。

「Sono sempre accanto a te.」

 彼の服の袖を握り締め、ドキドキしながら Kiss を受け入れる。
激しくなっていく Kiss に翻弄されて、体が宙に浮いたことにも気づかないまま
彼に抱かれ寝室へと向かった……

明日の朝にはきっと
左の薬指に輝くだろう指輪を、テーブルに置き去りにしたまま――
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photo by ©ivory