IndexMainNovelKarenusu フォントサイズ変更   L M D S
◇◆ 彼が盗んだもの 時代劇 ◇◆
「突然ですが、本日は時代劇フェア開催です!」
 登校しょっぱな、教室のドアを開けながらそう叫べば、いつもの如く一緒に登校した次元が、俺の隣でしかめ面。
「なんだよいきなり、しかも時代劇ってお前……」
 いきなりと言われても、それは困る。
 朝起きたら、時代劇な気分だったんだから仕方がないじゃない?

「ということで、俺は越後屋ね?」
「しょっぱなから悪役ゲットかよ? 普通は主人公を選ぶだろ? ま、お前は普通じゃないけどよ」
 納得がいかず、ブツブツ文句を言い続ける次元を無視して、ノリの良さそうなワトソンに切り出した。
「ワトソンは、うっかり八兵衛で」
 ところが、こんなにも適役を与えたというのに、欲張りなワトソンが反論する。
「嫌ですよ、そんな端役!」
「じゃ、ヒトヒトピッチャン大五郎?」
「もう、中村主水でいいですよ!」
 いいですよって、ワトソンそれは……(必殺仕事人)

「文子、文子は町娘ね?」
 俺が越後屋なら、文子は町娘に決まっている。
 だからそう切り出したのに、鼻筋に縦皺を命一杯寄せた文子が言い返す。
「なんでだよっ!」
 なんでこいつは、こうも俺の心が分からないのか……
 仕方がないから、小さな溜息をわざとらしく吐き出しながら、文子に役処を教えてやる。
「お、おやめください……あれぇ〜! ってやるからじゃん」
 ところが、万歳しながらクルクル回る俺に向かって、溜めに溜めた暴言が吐き出された。
「絶っっっ対に嫌っ!」

「じゃ、何ならやるんだよ?」
 素敵な男のロマンを否定されて、逆ギレモードで文句を言えば、文子が閃いたとばかりに言い出した。
「春日局とかさぁ?」
 お、大奥かよ。 俺、越後屋やめようかな……
「久島さんが春日局? 大奥総取締が勤まる器かしら?」
 そんな俺たちの会話を聞いていたらしいリアルフジコが、失笑しながら蔑めば、どこまでも上から目線の、悪魔爆弾が投下される。
「ほぉ? ならば、貴様なら勤まると?」
「や、やってやろうじゃない」
 す、既に大奥上映中!(こわっ!)

 けれどそんな大奥撮影現場に、何も考えていない文子が参入。
「フジコちゃんが春日局なら、私は家光にしようかな」
 文子、もはやお前は、性別の枠を超えた……
「じゃ、俺は印籠!」
 ゴ、ゴエモン、お前は人間の枠をも超えた……
 そんな性別も人間の枠も飛び越えた二人を、唖然と見つめながらも中島がサラッと言い放つ。
「文子が家光なら、私はお江与だな」
 中島、お前って自覚してるのね……(家光の生母です)
「どうせ私は、側室どまり……」
 こ、小島? 側室も立派な主役じゃ……

 そこに、これまたお呼びでない男がやってきて、魂胆ミエミエの露骨な笑顔で言い出した。
「光源氏なら、やってやってもいいけど?」
 けれどそんな翔也に向かって、片眉を上げたゴエモンが斬りかかる。
「俺は、江戸時代がやりたいの!」
 そうだったんだ……(発起人は俺なのに)

 江戸時代なんてやりたくもないとばかりに、翔也がプリプリと小言を言いながら自分の席に戻る。
 すると椅子に立膝をつき、偉そうに踏ん反り返った次元が嫌々加減でつぶやいた。
「しょーがねーなー、俺は織田信長でいいよ」
「次元くん、それも江戸時代ではありません」
 ワトソンが、眼鏡の真ん中を持ち上げながらツッコミを入れたところで、翔也の背中に中指を突き立てていたゴエモンが、 振り向きざまに言い放つ。
「次元、お前は、隠れキリシタン役でいいじゃねーか」
「どんな役だよっ!」
「隠れキリシタンと言えば、フランシスコ・ザビエルがだな?」
「ばっ! ザビエルはカッパだろ?」
 か、風早は進学校だったはず……(レベル低っ!)

「じゃあもうよ、カクカクさんでいいじゃねーか?」
「そうか? スケスケさんの方が語呂的に素敵じゃねーか?」
「間をとって、カクスケさんでいいじゃん」
 文子が、どこの間を取ったのか分からない言い分を告げると、妙に納得する次元とゴエモン。
 そして結局、次元はカクスケさんということに落ち着き、水戸黄門チームのアフォ会話は続く。
「でもよぉ、カクスケさんと印籠はいるのに、黄門さんが居ないじゃん」
「僕は若狭ですから、若さのない役はできません」
「ワトソンよ、お前のどこに若さがあるのかえ?」

 悪魔のツッコミに、辺り一同が一斉に頷く場面で、俺がボソっとつぶやいてみた。
「越後屋、俺も悪よのぉ……」
「ルパンくん、越後屋の自問自答は変ですよ」
 途端に、予想通りなワトソンのツッコミが入ってくれたから、瞳をキラキラさせて悪魔を見ながら断言する。
「だよね! やっぱり、悪代官が必要だよね!」
「なんで私を見るんだよ?」
 そりゃだって、ねぇ? (適材適所です)

               ◆◇◆◇◆◇◆

 そうこうしているうちに授業開始のチャイムが鳴って、我が担任桜庭の化学が開始されたのだけれど……
「じゃ、この問題は久島にやってもらおうか。久島、おい久島?」
 桜庭に指名されているにも関わらず、腿に手を置いた美しい姿勢で、文子が堂々と物申す。
「久島ではなく、徳川家光と呼ぶでござる」
 ふ、文子、勇気があるね……(でも可愛いけど)

 一瞬呆気に取られながらも、既にクラスを把握している桜庭は、そんな文子に向かって平然と言い返す。
「なんだよ今日は時代劇か? はいはい、では、家光殿にやっていただこう」
 ところがそこで、リアルフジコが立ち上がり
「お待ちください! ここはワタクシが!」
 そう言うが早いか黒板に向かって歩き出し、完全に唖然とする桜庭を尻目に、チョークを握り締めた。

「また春日だわ。総取締だからって、でしゃばりすぎよ」
「そうよ、お江与さまがお可哀想だわ」
 中島と小島の、これみよがしなヒソヒソ文句が響き渡り、そんな二人をリアルフジコが睨みつけたところで、 待ってましたとばかりに悪魔が決め台詞を吐いた。
「春日よ、お主も報われぬオナゴよのぉ?」

「お代官さまには、敵いませぬ……ふぉっふぉ」
 きたーっ! 状態で立ち上がり、ニヒルな笑みを浮かべて、両眉毛を上げ下げしながら囁けば
「頭が高いっ! この方をどなたと心得る!」
 次元が間髪入れずにそう叫んだものの、肝心の『この方』が不在な物語。
 だから手のひらで自分を指し示されちゃったゴエモンが、焦った挙句に、激しい自己主張を繰り広げた。
「ひ、控えおろう! こ、この俺が目に入らぬかっ!」
 い、印籠の自己主張……(喋れるんだ)

 けれどそこで、臨場感溢れるトランペットが鳴っちゃった?
『パパパ〜ッ パッパッ パッパ パパ パパパ〜ッ!』 (※必殺仕事人です)

 巻かれたテグスの端を歯で噛み締めて、妙な音を立てながらそれを引き伸ばすワトソン参上。
 たまらずゴエモンが、そんなワトソンに向かって言い出した。
「うっわ、すげぇなワトソン、なんか超リアルじゃね?」
「通常は三味線の糸なんですが、それは入手困難だったので、テグスで代用してみました」
 照れ笑いを浮かべたワトソンが、そんな言い訳を試みる。
 ワトソン、あなたって恐ろしい子……(月影風)

「んじゃさ、明日は、フランス革命ごっこをやらねー?」
「はいっ! あたしオスカル役ゲットっ!」
「じゃ、俺はアンドレー!」
「文子はオスカルじゃなくて、アライグマだろ?」
「マリーアントワネットならワタクシが」
「ほぉ? では、私が死刑執行人をやろうではないか――」



 〜その頃のティーチャー桜庭〜

 やだもう、このクラス……
 なんでこんなクラスの担任になっちゃったんだろ俺……
 風早って、名門だと聞いていたのに
 どうしてこのクラスだけは、いっつもこうなの?
 き、教師、辞めようかな俺……
IndexMainNovelKarenusu
photo by ©かぼんや