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抱きしめたら、Kissをしよう。

不思議なチカラが舞い降りた、こんな特別な日だからこそ

想いを確かめ合うような、君と僕だけの、Kissをしよう――



◇◆ Kureno & Kaori ◇◆ 〜AROMA〜
「仁美が、オリジナルケーキを作ってくれたの。ほら、すごいでしょ?」
 子どものようにはしゃぎながら、香里が白い小さな箱の蓋を開ける。
 箱から顔を出したのは、ツリー型に見立てた、色とりどりのベリームース。
「これがブルーベリーで、これがラズベリーで、これがストロベリーで……」
 少しずつ色の違うソースを指差し、自慢気に解説する香里を頬杖をつきながら眺めれば
「あ、香りを押さえたハーブティーを淹れるわね」
 そう言って、なぜかそわそわしながら席を立つ。

 香里がこういう行動を起こすときは、よからぬ不安を抱いている時だ。
 気持ちを隠そうと普段よりも口数が多くなり、俺にバレることを恐れてそわそわする。
 この二つが重なっているところを見ると、俺に関する何かなのだろう。

 キッチンで忙しなく動く香里を見つめた後、徐に立ち上がり近づいた。
 歩くたび、胸のIDタグが擦れ合う音が鳴る。
 普段はそんな音が鳴らないように、ゴム製のサイレンサーを取り付けている。
 けれど香里は、この金属の擦れ合う音が好きだった。
 だから外す。
 香里と一緒にいるときだけでも、任務のことは忘れたい――

 後ろから香里を抱きしめて、頭の上に顎を置く。
 肩に回した俺の腕を抱きとめながら、耳元で揺れるIDタグに向かって香里が言いだした。
「なんだかそれって、ネコの首についた鈴みたい」
「ん?」
 髪の上からこめかみにキスをして、口を開かずに返答すれば
「若行がどこに居るかが、すぐわかるから……」
 口角は、柔らかく弧を描いているのに、眉間に小さな皺を寄せて見上げる香里。
 なぜそんな悲しい微笑を見せるのか、解らないままつぶやいた。
「迷子札だな。香里の元に、ちゃんと帰ってこれますようにって」

 その言葉を聞いた途端、香里が俺から目を逸らして俯いた。
「なにがあった?」
 抱きしめる腕に力を入れてゆっくりと問うけれど、香里は首を何度も横に振るばかり。
 だから腕を解き、強引に振り向かせて顎を持ち上げた。

「若行が、いなくなっちゃうの! 毎日、毎日、同じ夢を見るの!」
 堪えきれなくなった感情が涙とともに溢れ出し、顎に触れる俺の手を払いのけながら、香里が胸に飛び込んでくる。
「いなくなっちゃうの! 消えちゃうの!」
 何度も小さくそう叫んでは、嗚咽を漏らし、すすり上げるような息を繰り返す。
「大丈夫だよ。これがあるから……」
 俺の胸元で固く結ばれた香里の拳を解きながら、その手のなかにIDタグを押し込んで、そしてまた、それを握り締めさせながら、涙で濡れた唇を塞いだ。

 香里の唇を包むように覆い、しゃくりあげる息が、甘くなるまでそっと口づけた。
 唇を吸い上げては離し、向きを変えては吸い上げる。
 香里が指差していた、ラズベリーソースよりも唇が赤く染まる頃、IDタグが香里の手のひらから滑り落ち、かすかな音を立てて、俺の胸にぶつかった。

 互いの頬を、互いの親指でなぞりながら、言葉のないまま見つめ合う。
 言わなくても解るだろ? どれだけ俺が、お前を愛しているかなど。
 言わなくても解っているよ。どれだけお前が、俺を愛しているのかを。

 眉間の皺が消えた香里が、かぼそく微笑んだ。
 激しく蒸気を吹き出すケトルの火を止めて、香里の膝下に手を掛ける。
 そして、俺の首に手を回す香里を抱き上げながら、寝室へと歩き出した。

 香里、全身全霊で、お前に伝わるまで愛を語ろう――




◇◆ Goemon & Hisae ◇◆ 〜Karenusu〜
 バイト帰りの、ちょっとどころじゃなく混雑した電車の中。
 朝の天気予報で、降水確率40%と言うからこそ持参したのに、なぜか出番のないまま手元に揺れるチェックの傘。
 けれど不本意だが、この男のおかげで出番がありそうだ……

「やっぱ、クリスマスには、タンドリーチキンだよね〜♪」
 気がつけば、同じバイト先だったこの男。
 ルパンと文子のように、幼馴染なんていうものじゃない。
 だけど、年中無休の朝から晩まで、こいつの顔を見続けている気がしてならない。
 しかも、いつも何かを食べている顔をだ……

「ゴエモン、それはインド料理でしょ?」
 いつでもスタンバイオッケー状態で、傘の柄で左手を数回叩きながら聞き返す。
 すると、予想通りのナイスな解答が放たれた。
「いいか久恵、タンドリーチキンとは、カーネルサンダーが世界初の圧力方式でだね?」
「それは、ケンタッキーフライドチキン!」
 待ってましたとばかりに、傘の柄でゴエモンの鳩尾をつつけば
「ひ、久恵は最近、小悪魔風……」
 腹部に手を当て、大袈裟に痛がるこの男は、またもやよくわからない言葉を吐いた――

 多分、私は知っている。(多分なんだ)
 どうかしていると思うけれど、私はこの男が好きらしい。(らしいんだ)
 食い意地だけが取り得の、この男のためだけに(取り得なんだ)
 お菓子作りを、毎日更新する私は凄い!(凄いんだ)

「えっと、久恵ちゃん? で、俺にプレゼントは?」
 またまたよくわからないこの男の台詞で、ようやく我に返った。
「あるわけないでしょ?」
 片方の眉毛を上げて傘を握り締めれば、ゴエモンがわざとらしく震え上がる。
「そ、それだけは、勘弁して〜!」
「まだ、何にもやってない!」
 結局また傘で突こうとした瞬間、電車が急に減速し、大きく揺れる車内。
 人の波に押され、体勢の崩れたゴエモンが、ドアに寄りかかる私の両脇に手をついた。

 一瞬の出来事だった。
 勢い余ったゴエモンの唇が、私のおでこにくっついた。
 一秒も触れていなかった。
 なのに、火が噴き出ちゃうほど顔面が熱い。

「あ、わるい……」
「あ、うん。全然……」
 それを最後に、お互い俯いて、おかしなほど黙り込む。
 ゴエモンの唇が当たった場所だけ、なぜかひんやり冷たくて、そこ以外の体中が、ドキンドキンうるさいほどに叫び続ける。
 なにか言わなくちゃと思うのに、言葉がうまくみつからない。
 こんなときこそ、アフォを言ってくれればいいのに……

 気まずい沈黙を破ろうと決意し、大きく唾を飲み込んでから上を向く。
「あのさ!」
 けれど、見上げた先に映る、ゆでだこみたいなゴエモンの顔。
 だから言いかけた言葉を飲み込んで、やっぱりまた俯いた。

 恥ずかしさを隠すように俯き続ければ、ようやくゴエモンが口を開く。
「最高のプレゼントかも……」
「え?」
 小さすぎる声に、思わず顔を上げると、バチっと視線が合っちゃって
「あ、いや、なんでもない……」
「あ、うん。ごめん……」
 結局また、互いに俯いた――

 今度は恥ずかしさからではなく、嬉しさからだけどね!(でも内緒!)




◇◆ Takeshi & Sakura ◇◆ 〜Past diary〜
「さくちゃん、今から花やしきに行こう!」
 仕事から帰宅した彼が、玄関の扉を開けた瞬間に言い出した。
「え、今から? でも、みんなが……」
 狭いアパートだけれど、一大イベントとあって、これからみんなが我が家にやってくる。
 だから戸惑いながら彼に返答するけれど、そんなものどうでもいいといった具合に、手で空を払いのけ
「寒いから、ジャンバー着ないと駄目だよ?」
 有無を言わさぬ口調で、そう言い切る彼。
「あ、うん」
 少し躊躇った後、首を捻りながらそう答えて、上着を取りに和室へと向った。

 合羽橋から国際通りに歩み出て、少し遠回りをしながら仲見世を抜ける。
 閉店に向けて、片づけを始めた商店街。
 蒸気の上がる、大きな蒸篭を持ち上げたお肉屋さんのおじさんが、私たちを見つけて店内から叫ぶ。
「お? 二人そろって、どこ行くんでぃ?」
 おじさんに向かって右手を軽く挙げながら、豪快な声で彼が答えた。
「ちょっくら、花やしきまでよー」
 そんな彼に、おじさんもまた豪快に笑い、持っていた蒸篭をガラスのショーケースに置いて
「だったらよー、余らしちまっても、もってーねーから持ってけよ!」
 そう言って、蒸篭の中から湯気の立つ肉まんを取り出した。
「お、わりーね、ごっそさん!」

 三角形の白い紙に包まれた肉まんを、かじりながら花やしきに到着し、最近ちょっとだけ見てくれの変わった風車に二人乗り込んだ。
 ゆっくりと回転しながら、上空を漂う風車。
 そんな私の耳に、風に乗って、なにやら騒がしい声が聞こえてくる。
 ニヤニヤしながら彼が下を指差して、つられるように窓から覗き込めば
「うお〜〜〜っ! さくちゃ〜〜んっ!」
 大騒ぎをしながら、飛び跳ね、両手を振り続ける九人の姿。
 思わず笑みがこぼれ出て、みんなと同じように両手を振った。

 寒いからと、私のポケットに後ろから両手を突っ込む彼に向かって
「ねぇ、この町とみんなが大好き」
 はにかみながらつぶやけば、喉の奥まで見えそうなほど大きな口を開けて笑った後
「俺もだよ。クリスマスは似合わねーけどな」
 ひときわ目立つ明かりを指差して、彼が言う。

「確かに……」
 ライトアップされた浅草寺と、屋台のオレンジ色の明かりが麓に広がっていく。
 彼に寄りかかりながら、大好きな町を見下ろして
「あなたが居る、この町が好き……」
 こんな日だからこそ言える言葉を口にした。

 鼻頭に皺を寄せ、思い切り照れ笑いを浮かべる彼が、私を引き寄せて
「俺は、さくちゃんがいればそれでいい」
 そう言いながら、音を立てて私の頬にキスをした。

 きっといつまでも、あなたが大好きよ。
 でもそれは、恥ずかしくてまだ言えない。
 だから何年か経った後、またここに連れてきてね。
 そのときには、きっと言える私になっているから――




◇◆ Watson & Yuka ◇◆ 〜Karenusu〜
「あれ、福島さん?」
 夕暮れの児童公園で、柄にもなくブランコを漕ぐ私に向けて放たれる声。
 この辺りで、私を福島と呼ぶのは一人しかいない。
 というのはただの言い訳で、足音だけでも聞分けられるほど、あいつを熟知している私がちょっと怖いのが本音かも。
 だけど、そんなことはおくびにも出さずに振り向いて、こともなさ気につぶやいた。
「あ、ワトソンか。なに、今からバイト?」

 こう見えて、この男は夜のバイトに精を出す。
 そんなにお金を溜めてどうするんだと聞いたら、天体望遠鏡が欲しいんだとな。
 こいつらしい理由だと思うけれど、なぜ夜のバイト……
 でもそこまで突っ込んで聞いたらいけない気がするから、燻り続ける妙な感情。

「いえ、今日はシフトを組んでいないんですよ。それより、こんなところで何をしているんですか?」
 クリスマスに仕事を入れていなかったと聞いて、なぜか胸を撫で下ろす私。
 だけどやっぱり、そんなことはおくびにも出さず、そっけなく答えた。
「妹と母親が、クリスマスケーキを焼いてるから」

 お前の言葉は、単刀直入すぎると言われ続けて早16年。
 解っちゃいるけど、直らない。
 だからそう言い放った後、ちゃんと言い直そうと試みて、口を開きかければ
「あぁ、福島さんは、甘いものが苦手ですからね」
 私の言葉を理解した上で、物腰柔らかく答えるワトソンの声。

「え? なんで分かるの?」
 甘い物が苦手なこと、私の直入すぎる言葉を理解したこと、その両方の意味を込めて聞き返せば
「ミスドで、福島さんが甘い物を選んだ試がないですから」
 銀縁眼鏡を指で持ち上げながら、オヤジ臭く笑うワトソン。
 こいつのこういうところが、私のツボに嵌るんだ。
 いつだってちゃんと理解してくれて、いつだってちゃんと見ていてくれる。
 フミはフミでも、どっかのフミとは大違いだ……

「甘い物が苦手な方用の、ビターケーキがあるんですよ」
 私の隣のブランコに、腰を下ろしながらワトソンが言い出した。
「そこまでして、ケーキを食べようとは思わないね」
 素直さからかけ離れた言葉を、間髪入れずに吐き出せば
「せめて気分だけでも、クリスマスを味わいましょうよ」
 苦笑いしながら、小さな紙袋を私に差し出した。

 明らかにケーキではない大きさのそれを、怪訝な顔で受け取って
「なにこれ?」
 眉根を顰めたまま、中を覗き込む。
 そして、ワトソンの視線を感じながら、包みを開いて固まった。

 本物そっくりな、ショコラケーキの形をした小さなタイピン。
「こ、これって……」
「えぇ、この間、久島さんと見てたでしょ? 久島さんはショートケーキを選んでいましたが、福島さんにはこちらのほうが似合うかと」
「文子とおそろい?」
「ルパンくんが買っていれば、そうなりますね……」

 駄目だ。ニヤケ顔が止まらない。
 どうしてくれようこの男。どうしていつもいつもこうやって……

「やっぱり、私もフミフミ病!」
「は?」
 大声を出し、戸惑うワトソンをよそに、ネクタイを鷲づかむ。
 ブランコに乗ったワトソンが、目を瞠ったままゆらゆらと近づいてきて
「ふ、福島さ……」
 何かを言いかけたけれど、最後まで言わせることなく、冷たい唇を押し付けた。

 ブランコの鎖を握り締めたまま固まり続けるワトソンと、ニヤケ顔が止まらない私。
 こんな日だから、ちょっとくらい素直になろう。
 ガッツポーズを決めながら、呆然とするワトソンに向かって偉そうに言いやった。

「タイピン、大好き!」

 あれ? 『ありがとう』と、『あなた』が抜けちゃったかも……
 で、でも、伝わってるよね?(伝わってるに決まってる!)はず……




◇◆ Hiroya & Matsuki ◇◆ 〜SKY〜
「満月さん? どうして先程から、目を合わせようとしないんですか?」
「いや、それは、その……」
 忙しいフリをして彼から逃げ回る私を捕まえて、絶対なぜだか分かっているくせに、意地悪く耳元で囁く彼。

 駄目。絶対に、見ちゃ駄目!
 呪文のように心でつぶやいて、頑なに目を逸らし続ければ、悠長な台詞が溜息混じりに吐き出された。
「クリスマスイブだというのに、それじゃサンタさんが来てくれませんよ?」
「サンタはいません!」
 し、しまった……つ、つい、うっかり……

「そんな夢のないことを……」
 そう言いながらも、彼の瞳にはブルーの輪が表れていて、その輪が私を縛り付ける。
「Ti amo…Luna piena……」
 銀色の瞳と、甘く深い声。それだけで、とろけていく私の身体……
 なのに、それだけじゃ足りない彼は、最初だけ優しいキスをする。
 彼に屈して、声を出してしまったら最後。
 気付けば、彼の胸の中に裸で居る羽目になる。
 だから、頑張れ私。今日は、考え抜いた作戦があるんだぞ!

「なにか、良からぬことを考えていますね?」
 なかなか屈しない私を訝しげに見下ろしながら、一旦唇を離した彼が言い放つ。
 ここぞとばかりにきつく目を閉じて
『頑張れ私!』
 その言葉を、何度も何度も心の中で繰り返す。

「ひゃんっ!」
 妙な沈黙の後、突然彼が私の耳をかじるから、思わず飛び出す変な声。
 目を閉じているだけに、彼の行動が全く分からない。でも、意地でも目は開かない。
 そこでようやく、彼の口から大きな溜息が漏れて
「参りました。今日は、完全に完敗です……」
 少し悲しげに、とても苦々しく囁いた。

「やったぁ〜!」
 満面の笑みを湛えて、飛び跳ねそうになるほど喜んで、見上げた途端に奪われる唇。
 し、しまった……つ、つい、うっかり……

「…んんっ…んふっ…」
 完全に、手加減なしの彼のキス。
 我慢などできるはずもなく、思わず声を漏せば、その隙間から躊躇なく舌が滑り込む。
 届く全てを弄って、舌を絡めて吸い上げられる。
「ん…ふっ」
 立っていることもままならず、屈む彼にしがみつき
「寛…寛弥……」
 信じられないほど甘ったるい、自分の声が部屋に響き渡る。

 もうどっちが床で、どっちが天井なのかすら分からないまま、柔らかい何かに下ろされて
「いやっ……いやっ…あぁぁっ!」
 唇に、舌に、指に、彼の全てに翻弄されて、結局嫌と言うほど乱れ狂った――

 ぐったりと力尽きてまどろめば、かすかに残る意識に、遠くから聴こえる彼の声。
「で、作戦とは、どんなものだったのでしょう?」
 し、しまった……つ、つい、うっかり忘れてた……

 な、なんでいつもこうなんだろ私……(シクシク)




◇◆ Lupin & Fumiko ◇◆ 〜Karenusu〜
「何それ! 何でペプシが金色なの? 炭酸じゃないの?」
 赤白青のいつものマークがついているのに、なぜか黄金色に輝く液体。
 炭酸飲料だと思われるそれを、平然とした顔で一気飲みするルパンに驚き、指差しながら叫んだ。

 そんな私を確認すると、ペットボトルを口から離し、極上のワインを勧める店員風にルパンが言い出した。
「さすがはお客様、お目が高い。こちらの商品は、新発売のペプシゴールドと申しまして……って、ゴラ!」
 話など全く気かず、飛びついてペットボトルを奪おうとすれば、私には絶対に届かない高さまでペットボトルを持ち上げるルパン。

「いいじゃんか、一口くらいくれたって。このケチッ!」
 歯軋りしながら、ルパンのスネを蹴飛ばそうと試みる。
 けれど、蹴り上げる私の足を軽く交わし、今度は幼稚園の先生風にルパンが切り返す。
「だめよ。文子ちゃんは、いつもそんなこと言って、結局は全部飲んじゃうでしょ?」

「いつ飲んだんだよ!」
 間髪いれずに文句を言えば、芝居がかった仕草で遠くを見つめるルパン。
「そうあれは、幼稚園の頃だった……お前が忘れても、俺は忘れない……俺の大切なシャンメリーを……」
 そんな話なんてどうでもいい。どんな味かが知りたいんだ。
 思い出話に夢中になり、下がり始めたルパンの手に向かってジャンプする。
 けれど、寸でのところで、話に夢中なはずのルパンの手が上がる。
「五年生のクリスマスパーティーのときもそうだった。俺のピンク色のシャンメリーが……」

「飲ませろっ!」
 癇癪を起こしながら、永遠に続きそうなルパンの話に割り込んだ。
 大きな溜息をわざとらしく吐き出して、困った顔を浮かべながら、首を横に傾けて
「仕方がないわね。そんなに文子ちゃんは、これが飲みたいの?」
 依然として、駄々っ子をあやす先生風に言い返すから
「もう結構です!」
 顔中に皺を寄せて文句を言った途端、唐突すぎるほどに唇を塞がれた――

 ルパンの口から冷たい液体が流れ込んできて、痺れる舌の感覚に目を瞠る。
 ゴクンと音を立ててそれを飲み干し、伏せるルパンの長い睫毛を見つめ続けた。
 ゆっくりと上がっていくルパンの瞼。
 そこに表れた黒い瞳が、いつもとは全く違う、優しい輝きを放つから
「ルパン……?」
 なぜだかわからない震えに戸惑いながら、小さく問えば
「……こんな味」
 やっぱりいつもとは全く違う、優しい笑顔でルパンが囁いた。

「こ、こんな少しじゃ、わかんないよ……」
 目を逸らせないまま、信じられない言葉が私の口からこぼれ出る。
 なのに、何を言ったのかすらわからないまま、ルパンが私の腰を抱く。
「後悔するなよ?」
 意味ありげな台詞を一度だけ囁いて、何も含まない唇を私に押し当てた。

 そこから先の記憶は真っ白で、無我夢中でルパンにしがみつく。
 痺れる液体の味と、ルパンだけの味。
 交互に味わいながら、夢の中にいざなわれていく……

「好きだよ……」
 遠くから聴こえるルパンのささやき声に、訳もわからず返答した。
「私も……おいしいよね……」
 夢心地でゆっくりと瞼を開ければ、なぜか呆れ顔のルパンが映る。
 そして今度は、聴き間違いのないほど、邪悪な声が耳元で叫ばれた――

「文子、お前ってマジでムカツク!」




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Web material by ©Sozai Doori