弟が思春期になると、俺は、策を練ることが楽しみでしょうがなかった。
そう、それは弟への愛情表現だったんだ……。

それが、今ではマネージャーとして担当の子を守るのに 最大に役に立っているから。
弟が愛した女で、
俺の妹のような存在、
そして、今も想いを引きずっている女(ヒト)。
伶那ちゃん―――。



君の幸せを願うよ、いつでも…。


実家に帰ると、いつも向かう場所がある。


弟の祐二が、夏休み前に万遍の笑みを浮かべて帰ってきた。
あまりにも、笑みがまぶしくて、恐かった。
中々、口を割らない彼に対して、俺は隠されるとそれを暴いてみたくなる性格で、意地でも暴こうと策を練っていた。
執拗に隠すから、年上の女か、友達の彼女を奪ったのかと疑ってしまうほどだった。
初めて見た彼女は、祐二が隠そうとした理由が納得できる子だった。


「祐二君のお兄さんですか?お邪魔しています。初めまして、結城伶那と申します。」
「いらっしゃい。祐二の兄の祐一です。いつも弟がお世話になっています。」
「アニキ〜!さっさと部屋戻れよ!!」


そう言った弟の顔は、立派な“男”の顔をしていた。
伶那ちゃんと俺が仲良くなるにつれて、弟は不機嫌になる。彼女は、不機嫌の理由が分からず、“きょとん”としていたっけ。


彼らの初めての喧嘩は、俺が原因だった。
弟の誕生日プレゼントを一緒に買いに行ったところを目撃されて、 勝手に勘違いしただけだけど…。
人とぶつかった時とっさに肩を支えたのを見られてしまったのが原因だけども…。
見られたのを分かってて俺も、中々彼女の肩から腕を放さなかったけどな…。


どんなに、俺が邪魔をしても、お互いの想いが膨らむばかりで、正直羨ましかったんだ。
そこまで惚れるほどの女に出会ったことがなかったから……。



けれど、運命は残酷だった。
受験勉強ばかりで、気分転換に出かけることになり、楽しみにしている2人を送り出した。
その4時間後悲劇は、起こった。
けたたましく鳴り響く電話音、……嫌な予感がした。
元気に出かけていった、弟の死の知らせだった。


なんでも、酔っ払いが歩道に突っ込んできたらしい。
一緒にいた伶那ちゃんも重傷らしい。
ただ、彼女は、祐二が冷たくなっていくのを肌で感じていた。

祐二は、彼女をかばうようにしていたのだから。


葬式の後、精神的にボロボロになった彼女は、 感情を無くしていた。
もちろん、笑顔を見せることはなかった。
嘘でもいいから、笑顔を見せて欲しかった。


笑うこと、表情を強制させられるモデルという仕事を彼女に紹介した。
いつか、本当に笑ってくれることを願って。
祐二が、好きだといった笑顔を…、――もう一度。

今も、“この”部屋は、当時のまま保存されている。
お袋も、こまめに掃除をしていて、塵すらない。
机の上には、伶那ちゃんとの写真が多く飾られている。
写真を貼っていて本当に彼女のことを大事にしていたんだ。
写真の中の祐二は、伶那ちゃんと一緒に微笑んでいる。
今でも、生きているかのように。
伶那ちゃんは、ここへよく来ては机の上の写真を見て涙を流す。
思い出が詰まっているこの空間が、唯一弱みを見せる場所。


卒業式に出れず、届けられたアルバムと卒業証書――。
卒業アルバムを捲ると、たくさんの寄せ書き。
その中に、震える腕で一生懸命に書き綴り、
少し涙が零れた痕がある文章――。


[祐二へ

いっぱいいっぱい愛してくれてありがとう。
私は、あなたにきちんと愛情を示せてたのかな?
私といて幸せだった?
後悔することばかりです。
なんで、こうなっちゃったんだろう?
一緒に卒業したかった。
いつまでも、一緒にいたかった。
私からあなたへの想いは、 年が経つに連れて大きくなっていくでしょう。
きっと…、あなたより愛する人は現れない。
それまであなたの思い出にすがっていいですか?

                     伶那]

いつか……、私
ちゃんと笑えるかな?
祐二が好きだといった笑顔を見せるコトができるかな?

―――そう、小さく付け加えられた文章。


俺は、伶那ちゃんに祐二のことを忘れてほしくない。
きっと、彼女は忘れない。
でも、思い出に縋る彼女ではだめなんだ。
彼女は、器用じゃないから祐二との思い出を持ちつつ、 他の男の人と付き合うなんてできない。

今も、その狭間で苦しんでいるんだ。
祐二の分も伶那ちゃんには幸せになってもらいたいんだ。


君の幸せを願うよ、いつでも。
幸せになってほしいという気持ちは、本物だけど。
出来るなら、裕二だけであってほしい。

どんなに色々な人と付き合っても、最後は裕二のところへ……。
その為には、俺は協力を惜しまない。

きっと俺は、これからも色々な策をしかけるだろう…。
伶那にとっては、結果的に傷つけてしまう事があるかもしれない。
それは君の幸せを願うばかりのお節介だと思ってほしい。

君の幸せを願うよ、いつでも……。


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