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◇◆ Sword 1 ◇◆
 鈴の様子がおかしいとレスタから連絡を受け、早めに公務を切り上げて人間界へ戻れば、こともあろうかカプチーノ領で、 我が婚約者殿は他国の王子と密会中。
 アルファードじゃないけれど、鈴の心に入り込んだのが、キャラバンだったら最悪だ。
 ところが、昨日の一件と合わせ、それだけでも苛々モードはフルスロットルなのに、俺の存在に気付いていない鈴が、更なる起爆燃料を投入した。
「あ、でも予言で見つけられちゃうのなら、また媚薬を飲んで転生すればいいし」

 ベルの姿が忽然とバールから消えた日々が、スライド写真のように、フラッシュを焚きながら頭の中へ映し出される。
 背中を丸め、両手に顔を埋めるココア王、ショックで崩れ落ち、我が女王に支えられるココア女王。
 顔面蒼白で言葉を失ったアルに、自責の念に駆られ、今にも自害しそうな近衛隊長ジェンドと侍女のマリン。

 そして俺は……

 誰もが絶望感に包まれながらも、誰もがベルの捜索を諦めなかった。
 冷たくなったベルの亡骸を想定して進められる捜索に、納得ができなかったココア王と俺は、どこかで震えながら呼吸を繰り返すベルを 想像して必死になる。
 当然、俺の身体にも異変が起きていた。
 ベルでなければ止めることのできない化け物が、身体の中で蠢き始めるのが分かる。
 そんな俺に触れながら、自分自身に言い聞かせるように、何度も同じ台詞を繰り返し続けるココア王。
「大丈夫だ。大丈夫だよ。ベルは必ず生きている……」

 ようやく見つけたんだ。
 バールで一年半、人間界で三年をかけ、ようやくお前を見つけたんだ。
 なのに何も知らないお前は、自分の感情を優先させた言葉を紡ぐ。
 知らないからこそ、そんな台詞を簡単に吐き出せたのだと頭では分かっていても、知っている者にとって、 その言葉は何よりも腹が立つ。
「鈴ちゃん、今の言葉、もう一度言ってごらん?」
 だからそんな言葉を吐き出しながら、逃げる鈴を追いかけ捕まえれば、握り締めた鈴の手首が、いつもよりも熱いことに気がついた。

 発熱の原因がイルフルエンザだと解って、バールから呼び寄せたアルファードと顔を見合わせた。
 恐れていた事態ではないと知り、そっと互いに安堵の息を漏らしてみるけれど、天災のように予測できないベルの発作は、 今回は免れただけの話で、油断することなどできやしない。
 更に、ここのところ、胸騒ぎが治まらずにいる。
 何か良くないモノが水面下で動いていると、波動がそれを伝えるのだけれど、人間界での俺はこうして微かな波動を感じるだけで、 その正体が全く掴めない。

 何事もなければいい。
 例えば、鈴が、ベルがまた、消えてしまうなどということが起きなければいい――

「ん…エース…エース……」
「呼ぶなよ、抱きたくなるだろ……」
「お願い…抱いて……」
 その甘い囁き声に誘われる。どうしようもないほどの、独占欲に襲われる。
 ベルは、鈴は俺のものだから? 違う。それだけじゃなかったはずだ。
 なのに俺は、それを思い出すことが出来ない。俺は一体、何を忘れてしまったのだろう……

 けれど鈴の放った言葉で、失った記憶の一部が蘇る。
「愛してるの…愛してるの……んんっ!」
 その瞬間、コーヒーのように濃く深い液体が詰まった小瓶を、アルファードから取り上げた自分の姿が頭を過ぎる。
 アルが何かを喚きながら、必死で止めていた。
 そんなアルをゼロに押さえつけさせ、俺は何かを断言しながら、その媚薬を飲み干した。

 痛みで頭が破裂しそうだ。それでもそこに鈴が居る。
 だから縋りつくように、白く柔らかい肌に自らの肌を重ね、脈打つ首筋に唇を宛がえば、 まるで鈴の脈が痛みを吸い取るかのように、俺の痛みが消えていく。
 その媚薬を飲んで、そこから先、俺はどうなったのだろう?
 けれどこれだけは言える。これだけは断言できる。
「傍に居ろ、ただそれだけでいい。だから、二度と俺の前から消えないでくれ……」

 それなのにお前はまた、俺の元から姿を消した――

 バールから人間界へ戻った直後、出かけたときと鏡の位置が違うことに気がついた。
 レスタを始めとする使用人たちが、鏡を使うことはよくあるけれど、何かが俺の勘に働きかける。
 鈴だ。鈴がこの鏡を使った。
 案の定、鈴が居るはずの部屋は蛻の殻で、ピンク色の薔薇が一輪だけ、透明なフィルムに巻かれてテーブルの上に置かれていた。

 今日は鈴の卒業式だった。
 当然俺も式典に出席する予定だったが、バールから緊急の呼び出しが掛かり、渋々人間界を後にした。
 それでも無事式典を終え、マンションに帰宅したとレスタから報告を受けて、安心した矢先にこの様だ。
 慌ててレスタとリュードを呼び寄せ、防犯カメラを確認しながら事情を問う。
 そして防犯カメラに映るメイドの姿を見てとり、黒く短い髪の女を指差して断言する。
「鈴だ」

 鈴がもう一人のメイドと共に、清掃ワゴンを押しながら鏡の部屋へ入室していく。
 レスタから、鈴の隣にいるメイドの管理書を受け取り確認するが、そのメイドは我が国カプチーノで生まれ、 もう何年も、ここで働く者とされている。
 けれどマリン以外の女官は、鈴に近づくことを許可していない。
「マリンはどうしたんだ?」
「それが、ココア国から急に呼び出しが掛かりまして……」
 マリンはベルの侍女で、生まれたときから共に育ち、ベルの元で生涯仕えることを自ら望んだ女だ。
 だから転生した鈴のため、カプチーノ領であるここへ、ココア国から単身で乗り込んできた。
 そんな侍女を、ココア王やアルが呼び戻す? そんなことは絶対に有り得ない。

「殿下、申し訳ございません……全て私の……」
「いえ、全て私の責任です……」
 レスタとリュードが互いを庇い合いながら、いつもの冷静さを欠いて頭を下げる。
 けれど何よりも、誰よりも迂闊だったのは、二人ではなくこの俺だ。
 だから二人の言葉を強引に遮って、席を立ちながら通達する。
「そんなことはいい。それよりもバールへ戻る」
「かしこまりました」

               ◆◇◆◇◆◇◆

「クソッ! どれもこれも、規則規則規則!」
 珍しく汚い言葉を吐き出すアルファードが、手にしたファイルを床に叩きつける。
 鈴の隣に居たメイドが、エスプレッソに通じる者だとアルファードが調べ上げ、そのおかげで、鈴がエスプレッソに囚われていることが濃厚になった。
 すぐにでもエスプレッソに乗り込みたいところだが、友達の家を訪ねることとは訳が違う。

 ココア国とカプチーノ国は、歴代の王同士の仲が良く、何代も前から友好国として親睦を深めてきた。
 だからこうして、アルも俺も鏡を利用し、相手国の領土を簡単に行き来できる。
 けれどエスプレッソとは、我が国もココア国も同盟すら結んでいない。
 つまり、何も公的理由のない俺たちがエスプレッソへ赴くには、正式な手順を踏み、規則に縛られ、 時間ばかりが嵩んで思うように事が進まないということだ。

 それでも、乗り込む方法はある。不法侵入を試みればいいだけだ。
 けれど俺たちのような肩書きの者が、そんな行動を起こしてしまえば、国同士の戦争に発展する。
 まして、囚われているのが濃厚だというだけで、確実な証拠などどこにもない。
 だから仕方なく、正式な段取りを踏んで訪問を申請するが、規則を理由に却下され続けて今に至る。

 アルファードが手続きを申請する間、俺はゼロを放って鈴の居所を探し続けた。
 けれど微かな気配は感じ取るものの、鈴本人にたどり着くことが出来ずに居る。
 ゼロが鈴を見つけられれば話は早いのだが、見つけることができないから苛立ちだけが募る。
 まるで数年前の繰り返した。あの時もこうやって、時間ばかりが流れ続けた。
 もう限界だ。誰が止めたとしても、残された手段を俺は使う――

 そこで不意に戻った記憶のことを思い出し、いつになく真剣に切り出した。
「アル、俺は何を忘れている?」
 一瞬驚き固まったものの、すぐに表情を切り替えたアルファードが、その問いにシレっと答える。
「掛け算? いや、割り算だったか……」
「ふざけんな?」
「引き算…いや、足し算だったかも……」
「しつけーよ!」

 そんなアルファードのはぐらかし方で、俺の問いに含まれる意を理解していることが解る。
 そしてその疑問には、答えられないんだということも。
 それでも、掛け算や足し算などと言い出すのがアルらしい。
 ちゃんとヒントはくれている。
 生きていく上で、最低限必要だと思われる何かを、俺は忘れていることが解るからだ。

「俺のせいだ。お前は何も悪くない……」
 アルファードが、ボソっとそんな言葉をつぶやいた。
 そんなことはないだろう。こいつに限って、道徳心に欠けるような事を仕出かす筈はない。
 記憶の中で、アルファードは必死で俺を止めていた。
 だからきっと、俺が何か無茶をやらかしたに決まっている。
 それでもその手を使わずにはいられない。だからその言葉に便乗し、アルファードへ助けを求めた。

「ほぉ? では、あれで罪を償っていただきましょうか」
「お前、まさか……」
「覚悟は出来ている。後はお前次第だ」
 俺のその言葉で、アルファードが止めていた息を吐き出して、右手のひらで口を覆う。
 そして瞑想するかのように目を閉じた後、カッと目を開いて腹を括った。
「解った。行くぞ」

               ◆◇◆◇◆◇◆

 バール中央に聳え建つ、様々な大理石の彫刻が、破風や壁々を飾る周柱式神殿。
 そんな神殿の重々しい石の扉に刻まれた窪みへ、神官の称号を持つアルファードが手を差し入れる。
 すると地震のような振動と、雷雨の始まりのような音を立て、その扉が徐々に開いていく。

 化け物を体内に宿す俺は、足を踏み入れることを禁じられていた神聖な場所。
 あの時俺が、ここに入ることが許されていたのなら、事態は大きく変わっていた筈だ。
 だから狂ったように、ここへ入れてくれと何度も何度も頼んだけれど、その許可が下りることは決してなかった。
 バールの王女が、姿を消していく。
 ビオラまでが消えたと判明し、そこで事態を重く捉えたバールお偉方が、 ここに俺が足を踏み入れることをようやく許可したけれど、その時には既に、我が国王がベルの行方を探し当てていた。

 目的の祭壇までたどり着き、床一面の大理石に描かれた、大きな魔法陣の中央に入り込む。
 その一角にアルファードが跪き、手形の掘り込まれたタイルに自分の手を置いた。
 そして胸にかかる水晶のペンダントを握り締め、大きく息を吸い込んだ後、俺に向かって言葉を投げる。
「行け」

 鋭い気合いを吐いてから呪文を叫び、身体に潜み眠る力を目覚めさせた。
 湯気のような煙が、身体の中から溢れ出してくるのが解る。
 そしてそれと同時に、内側から俺へ語りかけるやつが現れた……

『お前の方から我を呼び出すなど、珍しいこともあるのだな』
『頼む、力を貸してくれ』
『あやつの行方か? それなら我も興味がある。よかろう、全てを動かすから覚悟しろ――』

 ただその中に佇み目を閉じて、深呼吸しながらその時を待つ。
 そして次の瞬間、身体中の骨が砕けていくような激痛に襲われた。
 俺の中に宿る化け物が、バール全ての大地の精霊を呼び揺すり、霊の力を借りて鈴を探し出している。
 痛みなど、最初から覚悟はしていた。
 この痛みで、鈴が、ベルが見つかるのならばそれに文句はない。
 けれど全てを動かしたのにも関わらず、鈴はどこにも見つからなかった。

「居ない……どこにも居ない!」
「エース落ち着け、これでは俺が持ちこたえられない!」
 アルファードの顔が苦痛で歪む。
 壊れる俺の身体を補修し続けるアルも、俺と同等の痛みに耐えている。
 ここで俺がやつとともに暴走すれば、関係のないアルまでをも巻き込んでしまう。

『落ち着け 落ち着け 落ち着け……』
 だから心の中で、幾度もその言葉だけを繰り返せば、内側から語りかけられる声がまた響く。
『この世界にあやつは居ない。我が手を出せない側の世界へ飛んだ。そして……』
 そして、やつの話が終わった瞬間に俺は琴切れて、堅い床へ向かってぶっ倒れた――

 駆け寄ってくる足音で意識を取り戻した俺は、差し出されたアルの腕を握り締めながら、開口一番に切り出した。
「ベルは人間界だ」
 そこで、俺の腕を引き上げながら、アルがそれに対する見解を述べる。
「なるほど。犯人は、そこまで馬鹿じゃなかったということか。バールではお前の力が及ぶことを知っているのだろう」
「その犯人は、グランドだ……」

 肩を抱き合い、共に支え合いながら祭壇を後にすれば、やってきた時と同じように重い扉が閉まっていく。
 この神殿でなければ、アルが傍に居てくれなければ、こんなことぐらいで俺の身体は壊れていた。
 全くもって厄介な女だ。なのに何で俺は、ここまでしてあいつを探しているのだろう?
 しかもこんな疲労感と激痛に見舞われたというのに、肝心のあいつはバールに居やしない。
 これぞ本当の『骨折り損』だ。
 捕まえたら、イヤと言うほどタップリと、このお返しをしてやるから覚悟しろ――

 ココア城に戻った俺たちは、サウナのような、高温の乾いた熱気が満ちた小さな部屋へ裸で入り込み、 傷ついた身体の回復を試みる。
 そこでようやく、口が利けるほど回復し始めた俺が、多分そこら辺で寝転んでいるだろうアルファードに切り出した。
「エスプレッソ城に微かな気配は残っていたから、一旦はバールに居たんだと思う」
 すると案の定、そこら辺からアルファードの声が返ってくる。
「だとしたら、また鏡でどこかへ飛ばしたな。エスプレッソ城から人間界へ繋がる鏡は……」
「いや、居場所は分かっている。ビオラの人間界の邸宅だ」
「まいったな。人間界のエスプレッソ領では、ちょっとどころじゃなく厄介だ……」

 回復を終えたアルファードが、タイを締め、紋章入りのカフスを器用に嵌めていく。
「とりあえず、早急にビオラへ舞踏会の招待状を送ろう。これで我が国には、公的理由ができる」
「お前はいいけど、俺はどうすんだよ」
 そんなアルファードの台詞に、同じような行動を取りながらブスったれて文句を言えば、 鮮やかな王族笑顔でサラサラサラっと切り返された。
「お前の場合は、ダンスのパートナーを、ビオラに申し込むしかないだろう?」
「なっ、そ、さ、最悪だ……」

 それでもアルファードの意見は最もで、俺がビオラの家を訪ねられる理由は、それしか残されていない。
 だから渋々それを承諾したところで、またもやアルファードが溜息を吐く。
「だがこれも、規則のおかげで、受理されるまでには時間がかかる」
 規則と言う辺りを、これでもかってなほど強調しながらアルが言う。
 そこで、ふと閃いた考えを口にすれば、アルの顔に笑みが広がった。
「バンバンなら、それよりも早く動けるんじゃない?」
「あぁ、その手があったか!」

 マキアート国は、全ての国と同盟を結んでいる。
 友好国よりも条件の厳しいものではあるが、同盟すら結んでいない我が国よりは断然マシだ。
 こうしてようやく話が纏まり、人間界に戻った俺たちは、早速キャラバンを部屋へ呼んだ。

 どうしてもっと早くに、教えてくれなかったんだとか、これじゃ全てが後手後手に廻っているだとか、 ごもっともなご意見を若輩の王子に投げかけられて、アルと俺の顔が上がらない。
 それでもそんなキャラバンが、勝ち誇った顔で確信に満ちた言葉を放つ。
「ビオラの家なら俺が行けます。警戒はされるでしょうが、危険ではないはずです」
「だがそこで、例えベルを見つけたとしても、連れ出すことは不可能だ」
「いや、鈴ちゃんをバールに連れ出すことができれば楽勝よ」

「では、どうにかビオラが鈴を連れて、バールへ向かうように誘導します」
 意気込んで立ち上がるキャラバンに声を掛けながら、何気なさを装い肩にそっと手を掛ける。
「頼んだよバンちゃん、君だけが頼みの綱なんだ」
 力の奪われた人間界では、俺の意思でゼロを放つことが出来ない。
 けれど誰かに触れて、その触れた者にゼロを憑依させることだけは可能だ。
 だからキャラバンの肩に触れ、本人に気付かれることなくゼロを憑けた。

 ゼロはベルを、鈴を見つければ、自らキャラバンの中から抜け出し、鈴に乗り移るだろう。
 これでいい。後はキャラバンがビオラの元を訪れるのを待つだけだ。
 ところがキャラバンが部屋を去った後、口の端を歪めたアルファードが、訳知り顔でつぶやいた。
「キャラバンに、ゼロを憑けたのか」
「あらバレちゃった? さすがはアルお兄さんね」
「だから、その言葉遣いと呼び方はやめろっ!」

               ◆◇◆◇◆◇◆

「……見つけた」
 キャラバンに憑いていたゼロが、鈴を見つけた。その波動が、微かながらにも直接身体へ伝わってくる。
 アルファードがそんな言葉を発する俺を見やり、神妙な面持ちでつぶやいた。
「しかしなぜグランドは、こんなことを仕出かしたんだ……」
「エスプレッソは、謎が多い国だからな。向こう側から見れば、俺らも謎なんだろうけど」

 けれどそこで、ゼロがキャラバンから離れ、鈴に憑依した感覚が俺の元へ届く。
 これで少しは、ゼロが鈴の身を守ってくれるだろう。
 だから安堵の溜息を吐き出しながら、俺を心配気に見つめ続けるアルファードへと現状を報告する。
「予定通り、ゼロがキャラバンを離れて鈴の中に入った」

 ところが、鈴に憑依したゼロから、おかしな波動が送られてきた。
 その波動の正体を悟り、メラメラと怒りがこみ上げる。
「あの馬鹿は自分から……」
「馬鹿? グランドのことだろうな?」
「え? あ、そ、そうよ? グランドが馬鹿なのよ」
 けれど訝しげに目を細め、全く納得などしていないアルが、意に反した言葉を静かに返す。
「だろうな」
「い、いやだなぁ、もう、そうに決まってるでしょ?」

 そんなくだらないやり取りをしている合間に、ゼロからの波動がフッと途絶える。
 だから思わずアルファードの腕を握り締め、ニヤケた顔で切り出した。
「消えた。ゼロの気配が、人間界から消えた」
 そこで、事の次第を把握したアルファードが、ここ暫くぶりの穏やかな表情を浮かべて言い放つ。
「この場は、お前に花を持たせてやろう。だが、舞踏会での俺の楽しみを残しておけよ?」
「どんな楽しみだよ?」

 わざとらしく眉毛を上下に動かしながら、なんとも言えない恐ろしい笑顔でアルファードが囁く。
「舞踏会で会えるのが楽しみだと、グランドに伝えてくれ」
「こ、怖いよアルお兄さん…… まるでゴキブリみたい……」
「いいから、とっととベルを救い出しに行けっ!」
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photo by ©clef