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◇◆ Weak point 3 ◇◆
「ミヤっ!」
 何処かで誰かが、私の名を呼んでいる。それでもそれは、私を呼んでいるわけではなく、私と同じ名前の人を、呼んでいるに過ぎない。
 有りそうで無い名前だと思っていたけれど、結構居るものだと改めて思う。
 やはり、この名の人は、美しいという漢字を、与えられているのだろうか。
 一層のこと、改名したいくらいだ。私は何処から見ても、美しいという言葉から掛け離れている。

 昔も、そんなことを一時考えた。私に似合う名前が良かったと、兄に言った記憶がある。
 けれど克っちゃんは、少し驚いてから笑い始め、私のほっぺを引っ張りながら言った。
「美也は、美也がぴったりだろ。喋らなければ」
 全く失礼しちゃう言い方だ。それでも、なんだか無性に、克っちゃんの声が聴きたい。
 だけど今、克っちゃんの声を聴いたら、全てを吐き出してしまいそうで怖い。
 今度と言う今度は、私の莫迦さ加減を、克っちゃんは許してくれないだろう。

 ごった返す人混みを擦り抜け、改札を潜る。目指す十三番線という数字が、不吉に見えるお年頃。
 そう言えば今日は、十三日の金曜日だ。ホラーは余り得意ではないけれど、何だかホラーが観たい気分だ。七和に相談して、感じの良いホラーを選んでもらおうかな。
 被害者視点ではなく、加害者視点で観れば、スカッと爽やか気分に浸れるような気がする。
 否、やはり、脈略のない連続殺人は厭だ。こう、ドロっとした愛憎や復讐ものが良い。
 しかも、犯人が女性なら最高だ。きっと犯人を応援しちゃうかも。

「ミヤっ!」
 ホームに向けて、階段を降り始めたところで、又もや聴こえる擬似名称。
 一瞬、習慣で振り返りそうになったけれど、振り返らなくて正解だ。良かった間違わなくて。
「りょ、亮くん? どうしたの?」
 私の数段先を歩いていたらしい、本物のミヤさんが、頬を染めながら階段を逆走し始める。
 ご挨拶をしたほうが良いのだろうが、若いお二人の邪魔をしては悪い。
 俯いて、ミヤさんを遣り過ごす私を、マナーある大人の素晴らしい行動だと褒めてもらいたい。
 それでも、ちょっとだけ魔が差して、階段を降り切ったところで、若い二人を盗み見た。

 見なければ良かった。顎を上に持ち上げたから、また鼻が痛くなったに違いない。
 これはもう、寒さではなく、花粉症から来る痛みかも知れない。
 そう言えば、朝の情報番組で、花粉が大量に飛ぶと、お天気お姉さんが言っていた。
 というか、あのお天気お姉さんは、萌えだよね。名前からして可愛らしい。
 私も、ミヤではなく、アヤとかにして欲しかったよ。そうしたら、少しは可愛くなれたかも。

 電車が来る。昔から私は、このホームに入ってくる瞬間の、勢い在る風が苦手だ。
 折角の髪型だって乱れるし、寒いし、花粉も酷そうで、余計に鼻が痛くなるに違いない。
 だから物陰に隠れて遣り過ごし、扉が閉まる寸前に乗り込んだ。
 電車が漸く動き出す。これでもう安心だ。寒さも、花粉の危機も過ぎ去った。
 ほら、鼻も痛くない。今ならバッチリ、弟の恋路を笑顔で応援してあげられる。
 頑張れば、想いは伝わるんだ。逃げちゃいけない。何処までも想いを貫け若人よ。

「頑張れ亮ちゃん……」
 亮と彼女の姿を思い出し、電車の中からエールを送る。それなのに突然、鼻が痛み出す。
 背中が温かい。右の頬も温かい。きつく抱きしめられて、耳元で囁かれる声。
「美也…行かないで。頑張るから、俺を置いて行かないで……」
 駄目だ。やっぱり私は後ろからに弱い。
 後ろからが、好きで好きで堪らず、こんな場所でも、後ろからされたら抵抗できないんだ。

 亮の異変は、中学生になった頃から始まった。私に触れられることを極端に嫌がり、心配すれば怒り出し、眼も合わせてくれなくなった。
 思春期に有り勝ちな行動だと解ってはいたけれど、それでも、そんな関係は淋しい。
 だから、元の関係に戻れるようにと、懸命にお姉ちゃん風を吹かせたけれど、亮が表す嫌悪感は、益々悪化して行く。
 そんなとき、母を手伝い、私は亮の部屋を掃除した。
 シーツを剥がそうと、枕を持ち上げた途端に、ひらひらと舞い落ちる私の写真。
 それを見てゾクっとした。私をおかずにして、亮は自慰をしたのだろうかと、どきどきしたんだ。

 それからは、私の方が、亮を意識し始めたと思う。
 私は姉なのだと、自分に言い聞かせなければ、言葉を交わすことさえ恥ずかった。
 けれど私は、そんな自分の感情を、写真を見てしまった所為なのだと言い聞かせた。
 そして、このままではいけないと、その感情から逃れるように、林くんと付き合い出す。
 林くんは、克っちゃんの同級生だった。何度か我が家に遊びに来ていた彼と、そんな経緯で知り合い、口説きに口説かれ、断れなくなったと言う何時もの具合だ。

 克っちゃんには内緒で付き合い始めたけれど、初めて朝帰りをしたその日、林くんと車の中でキスしている現場を、ランニング中の亮に見られた。
 さらに、泥棒のようにコソコソと、自室に引き上げようとしたところで、亮に腕を掴まれる。
「好きでもない男と寝て、美也は楽しい?」
 図星だった。楽しくなんてない。他に好きなやつが居るから拒むのかと言われ、断れずに抱かれた。
 けれどそれを、亮に言えるはずがない。だから何時もの調子で遣り過ごせば、亮が凄む。
「美也、言っておくけど、俺も男だから」
 そしてその翌日、亮は仄かに女の香りを漂わせて帰宅した。

 亮が女を抱いた。そんな現実に直面して、何故か私は動揺した。
 克っちゃんだって、明らかなホテル臭を漂わせ、帰宅したことが多々在る。
 やきもちのような、腹立たしさはあったけれど、当たり前のことなのだと、何処かで納得している自分が居たからこそ、それを追求したことなど一度もない。
 けれど亮の場合は違う。不貞腐れた顔で、自室に消える亮を追いかけ、私が放った捨て台詞。
「亮ちゃん、楽しかった?」
 昨日の意地悪のお返しをしたまでだ。ところが亮は、少しも動揺することなく、平然と言い返す。
「うん。凄く楽しかった。めちゃくちゃ気持ちよかったし」

 堪らなく悔しかった。自分は楽しくも無いし、気持ち良くもない。
 亮自身に負けたような、亮の彼女に負けたような、何とも言えないドロドロとした感情が芽生え、腹立たしくて仕方が無い。
「そうだよね。すっごく気持ちいいよね」
 苛々しながら、そんな言葉を吐き捨て、亮の部屋を後にした。
 けれどその後直ぐ、私の部屋にやってきた亮は、堂々と可笑しなことを宣言する。
「美也が他の男と寝た分、俺も他の女と寝るから」
 その宣言が、頭にこびりついて離れなかった。ならばもう二度と、誰とも寝ないと言いそうになる自分が、一番腹立たしかった。

 一度身体を許してしまうと、次からは、許すのが当然だとばかりに、その行為へ縺れ込む。
 林くんも同じで、会う度に私を抱きたがった。そして私は、それを拒めない。
 そんな折、私は失態を犯した。林くんは酷く怒って、事もあろうか、克っちゃんへ告げ口した。
 全てを知った克っちゃんは、心底厭きれ返り、それから二度と、友達を家に呼ばなくなった。
 さらに、私を監視する目的から、独立するはずだった部屋を解約し、家に留まることを決意した。
 妹の所為で、友達を失ってしまった兄に頭が上がらない。
 この一件から私は、どんなに頼まれても、友人の知り合いと、付き合うことをしなくなる。
 というか、正確には、その後、私は誰ともお付き合いをしていない……

 自分から好きになった彼氏が居ない。いつだって、断れなくて付き合い出す。
 だから土壇場でボロが出る。そして必ず、同じ台詞を全員に吐き捨てられた。
「美也が、何を考えているのか解らない」
 私も自分が解らない。どうして、ちゃんと好きになれないのだろう。
 高校時代、片想いを繰り広げている友達らを見て、羨ましさに、それを口走ったことがある。
 すると、皆が皆、口を揃えて断言した。
「美也には、あんなにカッコイイ克っちゃんが居るからだよ」
 そうだ。克っちゃんはカッコイイ。だから私は、他の人を好きになれないんだ。

 けれど、本間だけは、そんな私を否定した。
「みゃあから聴く克っちゃん像と、全く正反対な男を、みゃあはいつも選ぶよね」
 そうなんだ。原くん、日改くん、小出くん、林くん。
 この四人の歴代彼氏は、全員が似通っているけれど、全員が克っちゃんとはほど遠い。
 でもそれは、ただの偶然だ。たまたま、私になど告白してくれた人が、似ていただけだ。
 それなのに本間は、その偶然をも否定する。
「そのくせ、克っちゃん像に似た男から誘われると、みゃあは断るじゃん?」

 私は断じて、モテる女ではない。故に、言うほど告白などされていないし、誘われてもいない。
 ナンパなどされた試しすらなく、されるのは、いつも本間の方だ。
 けれど本間は、そう断言する。さらに私には、心に秘めた男がいると、噂話まで流しやがった。
 瞬く間に広がったその噂で、私のアニコンバカは、不動の地位を築く。
 高校を卒業してからも、その噂は消えることなく、依って合コンも、お呼びすら掛からない。
 そしてあの日、到頭、全てが本間にばれた。
「みゃあ、いつまで逃げてるの? 逃げ切れないって解ってるでしょ?」

 それでも私は逃げ続けた。本間の言う意味を、態と捻じ曲げ、解らないふりをして、自分の抱く疚しい想いから、逃れるために必死だった。
 否、正直言って、自分でも気がついていなかったのかも知れない。
 そんなはずはないと否定して、頑丈に蓋をして、閉じ込めていたのだから。
 けれど、抱かれる度に、それは抉じ開けられていった。そして閉じられない程大きな穴を開けた。

 やきもち妬きなのは、私の方だ。初めて抱かれたときだって、比べるなと怒ったし、酔った勢いとは言え、独占欲を露に、キスマークも付けた。
 片想いの相手が気に入らないのも、本物のミヤさんのことも、全部が全部、私が勝手に、やきもちを妬いているだけだ。
 だけど私は姉で、亮は弟で、私たちが兄妹であることに変わりはない。
 だからこそ、亮の好きな人が解った以上、お姉ちゃんは、最後まで応援してあげるんだ。

「だ、大丈夫だよ。私、ちゃんと応援してるから」
 もう行かないと決めていたくせに、後ろからに弱い私は、ずるずるとまた此処へやってきた。
 しかも、巨大ベッドの上で、縺れ合っているのだから、間抜けさ倍増に違いない。
 それでも、今日はちゃんと抵抗している。これだけは、どうか褒めてもらいたい。
「応援してくれるなら、抵抗はやめて?」
「ち、違くて、本物のミヤちゃんと亮ちゃんを、応援してるんだってば」
 下半身は、既に亮の身体で固定されている。両腕も捕られてはいるけれど、力を弱めることなく動かし、顔を背けてキスからだって逃れている。

「美也以外の、どこに本物が居るの?」
 亮が、不意に動くことをやめて、私の顔を覗きこみながら、そんな言葉を吐き出した。
 実に紛らわしい言い方だ。けれど、本物ミヤさんの、苗字を忘れちゃったのだから、どうしようもない。
「し、知ってる…から、本物がちゃんと」
「美也は美也だよ。俺の美也は一人しか居ない」
 そうだ。亮のミヤさんは一人しか居ない。なのになんで、私を抱こうとするのだろう。
 お願いだから、やめて欲しい。それ以外なら耐えられるから、どうか身代わりに使わないで欲しい。
「亮ちゃん…お願い。私を身代わりに抱かないで……」

 止めてくれると思った。亮だって鬼じゃないのだから、言えば止めてくれると思っていた。
 それなのに、益々力を込めた亮は、私の唇を強引に奪う。
「なんで美也はいつも、そうやって理由をつけて、俺から逃げるの?」
 息継ぎの合間に、亮が想いを告げる。言い返すことを許さず、怒ったように吐き捨てる。
「抱かれているときだけ、美也は俺を好きだと言う。だったら俺は、抱くしかないでしょう?」
 そうじゃない。私の聴きたいこと、言いたいことは、そうじゃない。
 私に好きだと言わせて何になるんだ。亮が好きだと言わせたい相手は、別人じゃないか。
「亮ちゃんのミヤは、私じゃないでしょっ!」

 亮の唇をガリッと噛んで、文句を叫ぶ。それなのに亮は、その叫び声をも呑み込み、唇を重ねる。
「此処にいるよ。ちゃんと此処に…美しい也と書く、俺の美也が此処に居る」
 私の両腕から手を放し、代わりに頬を固定しながら、真剣に囁く。
「好きだよ美也…だから、俺から逃げないで」
 私は逃げてなど居ない。逃げているのは亮の方だ。
 私は亮の相談に乗った。そのとき亮は、私ではない違う人の話をしていたはずだ。

「想いが伝わらないって、亮ちゃんは言っ」
「何度も好きって言ったよ」
「ほ、他の女を押し付け」
「石岡さんと、くっつけようとしたでしょ?」
「で、でも、ずっと好きだったって」
「好きだったよ。ずっと…ずっと」
 頭が混乱して働かない。甘く続くキスに、脳みそが溶けちゃったんだ。
 それでも、やきもち妬きな心と身体は、勝手に嬉しがり、勝手に疼きだす。

「りょ亮ちゃんは、私が好きな…の?」
 亮の唇に掌を添えてキスを封じ、ずっと聴きたかった想いを、恐々告げる。
 すると亮は、添えた私の掌にキスをしてから、何故か私の想いまで断言した。
「そうだよ。そして美也は、俺が好きなの」

 鼻が痛くて堪らず、お風呂に入ると喚き、渋々、湯船にお湯を張ってもらった。
 けれど其処に、亮までも入ってきたのは予想外だ。
 どうやら、誰かと一緒にお風呂へ入ることが、今時の流行らしい。多分。
「い、いつから? や、その……」
 決して広いとは言えない湯船に、二人で浸かり、同じ方角を向いて喋り出す。
「ん? 出逢った瞬間? こいつは、絶対に俺のものだって思った」
「よ、四歳だったじゃん!」
「四歳児をナメんな? 凄いぞやつらは」

 どう凄いのか、問質してやりたいが、そうする前に、亮が真実を語り始めた。
「美也が、日改にヤられて帰ってきた日」
「りょ亮ちゃ…なんで名前」
「俺の女に、何、手を出してんだよって思った」
 私の追撃など諸共せず、何故か雄弁に、しかも饒舌に、亮の話は続く。
「美也、知ってる? 何で俺がボクシングに移行したか」
「し、知らない……」
「日改をぶちのめすため。あいつ、大学のボクシング部だったから」

 呆気に取られる私を余所に、亮は足を伸ばし、その上に私を座らせ、嫌味口調で囁いた。
「原はどうでもいいけど、小出と林は許せなかったね」
「ちょっと待った。なんで知って」
「特に林は、俺の前で美也にキスしたからね」
 思わず振り向いたものの、振り向かなければ良かったと、少し後悔したりする。
 それほど、きな臭い笑顔を湛えた、意地悪モード全開の亮と目が合ったからだ。
「知らないとでも思ってた? 俺、ヤキモチ妬きって言ったよね?」

 林くんはそうでもないが、他の三人と付き合っていた時代は、携帯がそこまで普及していなかった。
 だから当然、家に電話が掛かってきたりなどして、家族が最初に出てしまうことも在る。
 故に、亮が歴代彼氏の名を知っていても、別段可笑しくないのだけれど、何か怪しい。
 特に、やきもち妬きと、それとこれとは、全く別問題な気がする。が、怖くて聞けない。
「そういえば、本間さんが、俺を見てビビったんだよ。美也の歴代彼氏にそっくりだって」
「え? あ、いや、それは、その」
「正確には、俺と美也の関係を知らなかったから、松本くんは、スーの親友のタイプに激ハマリ! って言ったんだけどね?」

 きっと、何度も言っているはずだが、私は本間の親友ではない。はずだ。
 だから、激ハマリだか何だか知らないが、それはきっと、私ではなく親友さんの話だと思う。
 けれど司会進行を務める亮は、私の意とは裏腹に、話を勝手に纏めて行く。
「美也は、兄貴が好きなはずなのに、なんで彼氏は俺に似てるんだろうと」
「いや、だからね?」
「本間さんに、それを言ったら、彼女、兄貴を見たがってさ」
「えぇ、ですからね?」
「本間さん、兄貴を見た途端、みゃあのアニコンバカは影武者だって、ゲラゲラ笑ってた」

 何でお風呂場で、本間の話をしなければならないんだ。
 なにやら、ユサユサを思い出し、裸の胸が居た堪れなくなるのは、私だけなのだろうか。
 けれど、そんな思いも、亮の次の一言で、見事なまでに吹き飛んだ。
「それでその帰りに、あたしが保障するから、みゃあを強引に抱いてごらんって」
「あ、あの女っ!」
「でも、本当に抱いたら解った。美也は俺のことが好きだって」
「な、何を言って」
 なんてことを、吹き込む女なのだろう。それでよく親友だなど、平然と言えたものだ。

 ところが、これだけに留まらず、亮の意地悪さ加減は、幾倍にも輝きを増して行く。
「美也、林や小出と別れた原因って何?」
「……そ、それは、何だったかな?」
 拙い展開に、逆上せたふりをして、湯船からの脱出を試みる。が、無理でした。
「抱かれながら、他の男の名前を呼んだからでしょ?」
「もう! 何で知ってるのっ!」
「その男の名前って誰? ねえ美也、誰?」
 一体全体、この情報源は誰なんだ。本間だけではないことは、確かだ。
 流石の本間も、ここまで詳しくは知らないはずだし、言ってもいない。

 けれど亮は、自信たっぷりに、嘲り笑いながら核心を告げる。
「俺のときは、間違ったことがないよね。あれだけ強引にしても、後ろから攻めても、美也は絶対に間違わない。それは、何でだろう?」
 堪らず湯船を飛び出し、風呂場を抜け出し、そそくさと、バスタオルで身体を拭く。
 それでも、こんなに面白い意地悪を、亮が逃すはずなどない。
「美也、惚けても無駄だよ」
 私からバスタオルを奪い取り、心から愉快そうに言葉を吐き出すと、そのまま私を抱き上げた。

 亮は何処まで知っているのだろう。何やら無性に怖くなる。
 間違えるはずがない。けれど、間違えたことを知っているのは、当事者だけだと思いたい。
 林くんは、克っちゃんに告げ口をしたけれど、私が他の男の名を呼んだとまでは言っていない。
 男の沽券に関わることだと、吐き捨てられたのだから、多分、誰にも言わないはずだ。
「亮ちゃん、何で知ってるの?」
 不安に駆られ、ベッドに下ろされながら、泣きそうな声で呟いた。
 そこで漸く、告げ口魔の正体が、亮の口から激白される。
「酔っ払った美也が、得意気におっしゃっていましたが?」
 自分の口を呪う。もう二度と、お酒など飲まないと誓う。これは絶対だ。

 未だ湿る亮の身体が、私の上から重なってくる。
 その芳顔に、陶然とさせる笑みを浮かべ、甘いキスを降らしながら、優しく囁く。
「美也、好きだよ……やっと捉まえた。だからもう逃がさない」
 それでも素直になれない私は、視線を逸らし、言葉も逸らす。
「そういう問題じゃ」
「なら腹癒せに、他の女を抱いてもいい?」
 そこで、私の動きがぴたっと止まる。やきもち魔王が、心の中で目覚めたらしい。

「美也、俺が好きって言って」
 亮は狡い。あの手この手で私を攻め、最後にはいつも、この言葉を要求する。
「亮ちゃん…好き……」
 キスの雨が、身体中に降り注がれる。抱かれたい。抱いて欲しい。
 亮に、亮だけに――


「美也、俺は誰のもの?」
「み、美也のっ! 美也だけ」
「うん。美也のもの。だから美也は俺のもの」
「違うよ。美也は美也のもの」
「美也、ぶっ飛ばすよ?」
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