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◇◆ Weak point 1 ◇◆
「美也は、後ろからが好き」
 突然、後ろから抱き竦められ、出し抜けなそれに気が動転する間もなく、耳元で甘く囁かれる声。
 それでも、相手が誰なのかは、既に解り切るほど解っている。
 さらにこの後、何をされるのかも痛過ぎるほど知っている。
 だから相手の名と、次の行為を叱咤するために口を開くけれど、回を増す度、相手も早業になる。
「亮ちゃん、だめっ…んっ」
 耳の中に、ちゅるんと滑り込む舌は、私を蕩けさせる液体を保有しているらしい。
 ねっとりとした水音が、直に身体へ響き渡り、それだけで私の膝は脆くも崩れ落ちそうだ。
「ほら、感じちゃう」

 後ろ髪を掻き揚げられ、唇と舌が項を這う。序に両手は、服の上から胸を揉みしだく。
「こうやって、後ろからされるのが好き」
「ち、違う…くぅっ、やだ、やめっ」
 悔しいけれど、本当に後ろからこうされると、身体が痺れて持ち堪えられない。
 特に、腰へ押し付けられた亮の高まりを、感じ取ってしまうと尚更だ。
「こんな場所でも、後ろからされたら感じちゃう」
 そう。此処が洗面所だろうが、台所だろうが、されるがままに吐く息が熱くなる。
「だ、だめっ…やだっ」

 来なければ来ないで慌てるけれど、来たら来たで厄介な代物。そんな月のお土産に見舞われて、拒みに拒んだ先週末。その日から私は、こうして亮の仕打ちに耐えている。
 最近の亮は、とにかく意地悪極まりない。
 私を甚振ることで、全ての憂さを晴らそうとしている気さえする。
 そしてそれが的確で図星だからこそ、反論できないまま翻弄され続け、気が狂いそうだ。
 誰に見られても構わない。だからどうか、今直ぐ私を抱いてくれ。とは流石に言えないけれど、喉まで出掛かっているのは本当だ。

「美也、明日八時ね?」
 この一週間、何度も耳にするカウントダウンを、捨て台詞のように囁き、亮が離れた。
 呼吸を整えながら、この一週間を考える。ようやく明日になってくれた。明後日と囁かれた辺りが、一番苦しかった気さえする。
 自分で自分を満たしちゃおうかと、何度も考えるほど身体が疼いて仕方なかった。
 そのくせそれを拒み、悶々とし続ける自分。何故私はここまで、亮に貞操を捧げているのだろう。
 さらに、何でこうも、私の身体は亮だけに反応するのだろう。
 けれど全ての答えに、気づいてしまうのが怖い。だからこうやって、煩悶している方が断然増しだ。

 それでも、もう逃げ果せない。自分の心に、気づかないふりを続けることも、隠し続けることも、何もかも、もう無理だ。
 約束の日。約束の時間。それを守れば、私は全てを認めていることになる。
 行っちゃ駄目だ。ずっと隠してきた、ずっと気づかないふりをしていた想いがばれてしまう。
 それなのに、私の足は其処へ向かう。
 姉として、弟との約束を破るわけにはいかないだとか、行かなかった後が大変だとか、大層な言い訳を呟きながら、亮の待つ約束の場所へ足が動く。

 玄関に足を踏み入れた途端、待ち構えていた亮の、猛攻撃が始まった。
「美也は、後ろからが好き」
 後ろ向きで壁に押し付けられ、痛いほど強く、両胸を鷲掴まれる。
「亮ちゃん、だめっ…」
 私の口から吐き出される否定なんて、全部真っ赤な嘘だ。
 抱いて欲しくて欲しくて、この日をずっと待っていた。
 大体私はこれまで、抵抗という抵抗をしたことがない。初めて抱かれたあの日でさえ、なんだかんだと心に言い訳しながら、口だけの抵抗をしただけだ。

 亮はそれを知っている。だからこうやって、そんな私を嘲笑う。
「でも感じちゃう…抵抗できなくなって、ほら、こうやって……」
 耳に滑り込む絹の舌が、私の身体に麻酔を掛け、浅く眠り続けていた本能を呼び起こす。
「そんな、こ…と、くぅっ」
 指で双方の乳首を挟み摘まれ、昂ぶる想いで中心が熱く疼きはじめた。
 首筋を舐めながらスカートを捲り上げる亮は、滴る蜜を確かめると言葉で嬲る。

「いつも以上に、甘いのいっぱい溢れさせて」
「やっ、やだっ…んんっ、ああっ」
 ぴたぴたと秘裂を叩かれ、壁に両手をついて、崩れ落ちそうな膝を支えて喘ぐ。
「耳を齧られて、指でいじられて、腰が動いちゃう」
「亮ちゃ…んっ、ちがっ、うぅっ」

 言葉ばかりの抵抗を続け、服を剥ぎ取られ、うつ伏せにベッドの上へ押し倒された。
「後ろから舐められたら、美也、直ぐイっちゃうよ」
 背後から囁かれると同時に、腰を高く持ち上げられ、尻を晒しながらショーツを剥がされる。
 余りの羞恥に抵抗を試みるけれど、膝が地に着いた途端、強烈な刺激が舞い込んだ。
「やっ、やめっ! あぁぁっ」
 亮が後ろから、私の中へ顔を埋めている。態と卑猥な音を立て、私の全てを亮が啜り上げる。
 何日も焦らされた後のこれは拷問だ。激しく武者振り付かれ、呆気なく弾け飛ぶ。
「ああっ、だめっ…やめてっ……んんんああっ」
「ほら、イっちゃった……」

「美也は、後ろからに弱い…後ろが好きで好きでたまらない」
 胸を両手で弄び、背骨に沿って舌を這わせながら、亮が意地悪を囁く。
「違う、違うってばっ! 弱くなんかな…ひゃうっ」
 恥ずかしさに否定を重ねても、指を差し込まれれば、その否定は懇願に変わる。
「嘘だね。もっと、もっと欲しいって、思ってるくせに」
 此処だろ、此処がいいんだろとばかりに、亮の指が、ただ一箇所を執拗に攻め続ける。
「思わなっ、くぅっ…あっ、あっ、あっ、」

「美也、欲しいって言って……」
「やっ、い、言わなっ…んあぁっ…だめっ」
 襞を擦る指も、胸の頂を弾く指も、速さを増して私を追い込む。
「欲しくない? まだ、欲しくならない?」
 襞の中を蠢く指の太さが変わる。うねうねと掻き回され、作為を持って要処を擦られ、操られたように、亮の望む言葉が私から吐き出される。
「りょ亮ちゃん…欲しい…欲しい、んっ、もっと。もっと欲しいのっ」

「うぅぅあっ!」
 背後からの挿入は、何度経験しても息が詰まる。
「認めなよ…美也は後ろからが好きって……」
 徐々に。ではなく、いきなりの速度で叩き込まれ、息を吐く暇なく、吸い続けた。
「こうやって、後ろから攻められるのが好きって」
「ああっ、あああ、いやぁっ、やめてえっ!」
 苛烈な刺激に眩暈がする。それでも、逃れようともがく私の腰を掴み、亮が自らを埋めて、埋め尽くす。

 身体中が悲鳴を上げている。強く激しく打ち貫かれ、支えられずに腕が崩れた。
 それでも亮は止めてくれない。逆に、息を荒げ、途切れ途切れな言葉で嬲る。
「美也、やらしっ…甘いの泡立たせて、おしり振って…そんなに後ろが、好きなんだ」
「ああっ、やめっ、やっ、やっ、やっ」
 ぱんぱんと、肌のぶつかり合う音が高く響く。蜜が悦び笑う淫らな声だけが聴こえる。
 目なんて開けていられない。それなのに、スポットライトを、間近で翳されたような眩しさが襲う。
「気持ちいって言って美也、後ろからが気持ちいのって……」
「き、きもちっ…あ、だめっ、いやっイク…んぁぁぁっ!」

「亮ちゃん、亮ちゃんっ」
 身体を捻り、亮へ向けて片腕を伸ばす。けれど、そんな私の手を振り払い、亮が私をうつ伏せに戻す。
「駄目だよ。前は向かせない」
 それでも強引に身体を捻り、必死で亮の首にしがみつき、叫ぶ。
「亮ちゃんやだっ、後ろやだっ、前、前がいいっ」
 亮の顔が見たい。肌全部で亮を感じたい。何もかもを確かめたいの。
 そんな私の心を見透かしたように、耳元で亮が囁く。意地悪な口調で、低過ぎるほど低い音調で脅す。
「なんで? なんで前がいいの?」
 駄目だ。言わされる。でも言っちゃいけない。だから唇をきつく噛んで、出掛かる言葉を飲み込んだ。

「言わないなら、言わせるまで」
 しがみつく私の腕を強引に解き、上体を起こした亮は、仰け反りながら自身を私の中へ沈めた。
「っ…んあぁっ」
 直角に繋がる身体。私の腰を掴み、抉るように突き上げられて、喘ぐ声すら固まってしまう。
「美也…言って。なんで?」
 襲い来る快楽で、唇が閉じれない。抉じ開けた瞳に亮が映る。
 もう駄目。我慢できない。心も身体も調和が保てず、湧き上がる想いが涙に変わる。
 身体で抉じ開けられた堤防は決壊し、塞き止めることのできない激流が溢れ出す。
「亮ちゃん好き…好きっ」
 亮は狡い。あの手この手で私を攻め、最後にはいつも、この言葉を要求する。
 私の好きは、亮の言う好きとは違う。私の好きはもう、姉ではなく、女の自分が発する言葉だ。

「美也…俺も好き。好きだよ美也……」
 亮の好きは、私と違う。私が克っちゃんに抱いた気持ちと、変わらない好きだ。
 それでもいい。こうやって抱き合って、肌で感じ合えればそれでいい。
 亮のいっぱいが伝わる。亮の顔が見える。蕩けそうで堪らないの。気持ちがいいの。
「美也……」
 亮が私の名を囁く声が好き。小さい頃から変わらない、独特な囁き方が好き。
 でも亮は弟だ。血は繋がらなくても、私の弟だ。
 だからそんなことを想い抱くことは許されない。考えてもいけない。亮にだって迷惑だ。
 だから言い聞かせなきゃ。言い逃れを考えなきゃ。
 ずっと秘めていたこの想いを、亮に悟られてしまわないように……

 爆ぜた身体を、互いの身体で包み合う。欲求が満たされれば、必然的に正気と理性がやってくる。
 この瞬間が一番厭だ。女の自分を、全ての感情を、一気に殺さなければ成り立たない。
 それでも一気は難しい。だから夢に逃げる。夢の中まで、亮は追ってこないから。
「美也、寝かさない。寝ないで美也」
「亮ちゃん…眠い……」
 お願い。お願いだから、夢の中へ逃げさせて。
 夢から覚めればまた、ちゃんとお姉ちゃんに戻れるから。
「美也駄目。美也はそうやって、夢に逃げるから」

「美也、好き? 好きって言って」
 厭だ。聞かないで。言い逃れが思い浮かばないの。身体も心も、お姉ちゃんに戻らせてくれないの。
 謝るから。謝るから、どうか聞かないで。
「亮ちゃ…ごめんね……」
「俺が聴きたいのは、そんな言葉じゃ……はぁ。これだよ」

 拙い。相変わらず拙い展開だ。それでも、お姉ちゃんパワーは、完全復活を遂げている。
 やはりここは、お酒の力を借りたことに。って、昨日は一滴も飲んでいやしませんでした。
 さてどうしよう。今回は、どうやってこの場を切り抜けよう。
 眠り続けて、いつまでも起きないという手はありですか? あ、でも、起きたとバレました。
「で、本日は、どのような言い逃れを?」
「失礼だな。私は一度足りとも、言い逃れなどしてません」
「じゃ、認めるんだ。俺のことが好きだって」

 その言葉で、これ幸いに両腕を広げ、通常の精神を持ち合わせた兄弟ならば、絶対にやらないであろう裸の抱擁を試みた。
「好きだよ亮ちゃん。いつだって、亮ちゃんのことは、だ〜い好き」
 毛布を間に挟んで亮を掻き抱き、頭を撫でたところで、何処までも冷静に亮が語る。
「ふ〜ん。美也は今週もまた、処構わず、攻められたいんだね」
 そこで当然、大袈裟なリアクションで抱擁を解き、相変わらずの正座にて謝罪を申し出た。

「そ、それだけは勘弁してください。あのような行為は、もう、堪らないと申しますか、いつもは苦手とする支店長にすら、抱いてと懇願してしまいたくなる代物でですね?」
「そんなこと言ったら、上段蹴りが入るけどね?」
「いやだなお客さん、上段は冗談の方向でお願いしますよ。あはっ、あはははっ」
「笑っている場合じゃ、ないと思うけどね?」

 そう。笑っている場合じゃない。でも、笑うしかないから笑うんだ。
 そして本当に、笑っている場合じゃない出来事と、これから遭遇するとは思ってもみなかった――
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