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◇◆ Secret Intelligence Unit ◇◆
 イヤホンから小さな電子音が次々と聞こえ始めた。
 C班全員が装着している、腕時計型の発信機が起動したことを確認し
「C班、6−Aから突入用意だ」
 苅野長官の指令が下され、本部と現場に緊張が走る。

「望月です。岩間さん、聞こえますか?」
 現場指揮官の望月が、本部司令官の岩間へと確認の声を上げる。
 モニターに映し出されたサーモグラフを見据えながら、岩間がゆっくりと切り出した。
「岩間だ。 聞こえている。 今、衛星で君たちの現在地を確認した」

 今回の任務に関わる数人が、モニターを取り囲むように佇み、見落としがないかと、サーモグラフの隅々まで確認する。
 そして、固く組まれていた苅野長官の腕が解かれ、無言のまま下へと振り下ろされた。
「現在時刻、2326(フタサンフタロク)。C班、予定通り突入開始!」

 岩間の突入合図で、重い扉が大きな音を軋ませて開かれた音が響く。
 エージェントたちの、緊張した息遣いだけが聴こえてくる。
「6−Bクリアです―― 現在、6−Dクリア!」
「6−Cクリア! 6−Fクリア!」
 エージェントたちが、各フロアに異常がないことを告げている。
 モニターにもエージェントたちを表す、サーモグラフの緑色の点だけが映し出されていた。
 けれどその数分後、オレンジ色の点が、班員の進行方向から突然現れた。

「C班、8−B 2時の方向から、敵と思われる影が現れた。1人、いや2人――」
「了解しました。2手に分かれて応戦します」
 緑色の点が2つに分かれ、画面上下へと散っていく。
 けれどオレンジ色の点は、点滅しながら増えはじめ、本部に混乱が生じた。

「2人なんかじゃない! 一体何人いるんだっ!」
「なぜだ! なぜ突入の情報が敵に漏れているんだ!」
「現在6人。また2人増え、現在8人の敵を確認!」
「8人だと? ばかな! 岩間、C班を今すぐ撤退させろ!」
「C班、聞こえるか? 今すぐ撤退だ!」
 岩間の叫び声と同時に、けたたましい銃声の音が交差し始める。
 金属音、ガラスが砕ける音、そして苦痛の呻き声――

「望月! 撤退だっ!」
 銃声に負けじと、何度も繰り返し張り上げられる岩間の叫び声。
 動かなくなる、複数の緑色の点……
 最悪な光景が頭に浮かび、微動だしなくなる本部の人間たち。

 不意に苅野長官が、隣で押し黙る本部主任『堀内』へと命令する。
「堀内、呉埜を呼んでこい」
「し、しかし、彼はあなたが……」
「そんなことは言われなくても解っている! いいから呉埜を呼ぶんだっ!」
 タイルに足を滑らせ転びそうになりながら、堀内が慌ててフロアを後にした。
 そしてその数分後、堀内と共に現れた男を見た途端、フロア中の人間の短く息を呑む音が立った――

 両腕を、手錠で後ろに拘束されたスーツ姿の男。
 長身で、揺ぎ無い決意を秘めた眼光を放つ男。
 その男は、堀内に付き添われながらゆっくりとモニターへ近づき、久しぶりに出したような、ザラついた低い声を発した。
「岩間、モニターを細部拡大に切り替えてくれ」
 その男の言葉が絶対であるかのように、迷うことなく画面を切り替える岩間。
 そして切り替わった画面を見て、瞬時に判断を下す男。
「敵の動きがおかしい。待ち伏せなら、C班を追いかけて攻撃を仕掛けてくるはずだ。 けれど逆に追いかけているのはC班の方。これは明らかに罠だな」

 男の使えない手の代わりに、堀内がイヤホンマイクを男の耳へ装着する。
 そしてインカムの位置を調節し、指で軽く弾いて機能を確認した後、 アイコンタクトにて男にメッセージを送る。
 男は軽く眉間に皺を寄せながら、堀内に向って1度だけ強く頷いた。
「呉埜だ。C班全員に告ぐ。発砲をやめて一旦下がるんだ」
 激しかった銃声の音が鳴り止み、沈黙が一瞬訪れた。
 その隙を逃さず、男がまた話し始める。
「敵は攻撃を仕掛けながら、5−Gへお前たちを誘導している。多分、そこに爆弾が仕掛けられているのだろう。これは罠だ。  だから任務を遂行する必要はない。全員これから撤退する」

 現場から、安堵と不安の入り混じった吐息が流れた。
 今更、退避できるのかという不安。確証のない無謀な任務遂行を強いられた不信感。
 けれど、男の声を聞いた安堵感の方が何よりも大きかった。
「預けます!」
 班員全員が、声を揃えてそう言った。
『命を預ける』 この状況で、軽々しく口には出来ないその言葉を、男に向って放つ班員。
 その言葉を聞いた男は目を閉じ、口を開けずに深呼吸をする。
 そして、体を震わせながら溜めた息を全て吐き出した後、目をカッと鋭く見開いた。

「望月、フォーメーションを立て直すぞ。敵の罠に乗りながら、お前と窪野だけが前へ進め。 残る全員は、俺の合図と共に5−Cまで一気に移動しろ」
「了解!」
 揺ぎ無い男の指示に、班員も即答する。
 銃声が鳴り響き、作戦が開始したことを告げた。
 男は画面を睨み続け、オレンジ色の点の動きを綿密に計算している。

「よし、今だ! 5−Aの退路を塞いでいるのは1人。そこから退避するんだ」
 画面緑色の点が、一気に左方向へと流れ始めた。
 オレンジ色の点は依然ゆっくりと5−Gへと向っている。
 つまり敵は、班員の退避行動にまだ気がついていない。
 画面上から緑の点が一気に消え、その後すぐに1人のエージェントから連絡が入った。
「こちら坂本。望月、窪野、両2名を残す、班員全員の退避完了しました!」
 全滅という危機を脱出できた本部は、その連絡に浮き足立つ。
 だが男の表情は、能面のように固まったままピクリとも動かない。

「望月、窪野、次のドアを左に突き進め」
 銃声が響く中、男の合図と同時に、2つの緑色の点が左に進み始めた。
 けれどここで、それまでゆっくりだったオレンジ色の動きが早まり、 2人を追って一気に集結してきた。
 それでも男の声のトーンは、表情と同じく全く変わらない。
「よしそうだ。11時の方向に避難スロープがある。窪野、3秒でそれを設置しろ」

 鉄板が開かれる音、何かが接続されるガチンという音、布が広がる音が交差する。
「設置完了!」
「窪野、望月、飛べ! 5秒後に5−Gへ、ヘリから起爆剤を投下する」
 窪野の完了合図と共に、男が初めて声を荒げた。
 岩間が男の言葉を聞き、待機しているヘリに起爆剤投下の指示を出す。
 けれど今まで押し黙っていた苅野長官だけが、納得がいかずに口を挟んだ。
「5秒後だと? それじゃ退避が間に合わん! 10秒後に投下変更だ」
 男に。というより、岩間へ向けられた凄みのある声。
 しかし、そんな声は聞こえないとばかりに、男がカウントダウンを開始する。
「カウント開始 4・3……」
「呉埜、貴様っ! 仲間を見殺しにする気かっ!」
 苅野長官に、胸倉を捕まれながらも、揺らぐことなく男は言った。

「――投下」

 地を這うような、低く鋭い音が数秒続いた後、激しい爆発音が鳴り響く。
 フロア中の誰もが息を止め、誰かが唾を飲み込む音だけが聞こえる静寂。
「木下大臣、こいつはこういう男なんです! 仲間を平気で見捨てるような!」
 NPCSの委員長であり、小暮内閣の大臣でもある木下は、 何もかも見透かしたような眼差しで苅野長官を見据えると、 両手の指を交互に組み、それを頭に乗せながら、小さな笑いをこぼした。
「苅野くん、それは結果を聞いてから尋問することにしてはどうかな?」
 木下大臣のその返答を聞いた苅野長官が、岩間のイヤホンマイクを奪い取り叫んだ。
「C班、現状況を知らせろ!」

 現場一帯が激しい衝撃を受けたため、雑音だけが聞こえてくる。
 しかしその数秒後、砂嵐のような雑音の垣間から、班員の決然とした声が流れてきた。
「望月です。5名が負傷。死者なし。無事班全員が退避しています。 それから長官、私が飛んだとき、すぐ後ろから敵の声が聞こえました。 後5秒投下が遅れていたら、逆に私たちはここにこうして立っていられないでしょう……」

 本部から、安堵の歓声が上がる。
 そして1人を除く全員が、男の功績を称えて一斉に叫んだ。
「呉埜司令官、お帰りなさい!」



 呉埜 若行(Jakou kureno)
 32歳
 中央省庁 国家公安委員会(通称 NPSC)直属の諜報組織
 Secret Intelligence Unit (通称 SIU)本部長兼、司令室室長。

 苅野長官の告発により、国家反逆罪の疑いで警視庁にて拘留。
 しかし、本作戦 任務遂行達成により、木下大臣の計らいで恩赦釈放。
 そしてその後の調査により、国家反逆の汚名は無罪と判明――


 エピソード1 END
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