それはとある小国の王城の中で起こった出来事で、
今はまだ誰もそんなことになるとは思いもしなかった。




aller Beginn






軽やかな音楽の流れるダンスホール。
華やかな衣装を纏った女性たちが、我も我もと国の主にアピールをしている。
「王、そのような格好でボーっと眺めているだけでは娘たちに失礼ですよ」
臣下に言われ、ちらりとそちらを見る。
しかしすぐに元のように―――玉座に腰掛けて足を組み、頬杖をついて正面をだらしなく眺めている状態に―――やる気無く居直ってしまった。
「王!聞いておられますか!この宴は王のために開かれているものなのですよ!」
初めは小声で囁くように窘めていた臣下も、王の変わらない態度に思わず声を荒げる。
その声に、一部の女性たちが不審がって動きを止める。
そしてその波紋はあっという間に場内に広がり、その場に酷く居心地の悪い空気が流れた。
そんな空気を振り払うように王が立ち上がる。
当然誰もが王に注目し、次の王の言葉を待った。
しかし王の口から出た言葉は――――
「飽きたな」
これには臣下も黙ってはいられず囂々と批難の言葉を浴びせる。
それはいつものことであるのか、王は何も気にしていない風に辺りを見回して、1人の臣下を見つけるとにやりと笑って声を掛けた。
「佐野ぉ。城下に出るぞ、準備しろ」
言われた方は顔色を変え、この雰囲気のとばっちりを受けてたまるものかと言葉を返す。
「何でいっつも俺なん!あ、いや、俺なんですか!俺、嫌ですよ!また後で怒られるやん・・・」
「安心しろ、王の命令は絶対だ」
そう笑顔を絶やさないまま告げられる。
王の命令は絶対だ。加えてこの笑顔。逆らえるはずがない。
「・・・分かった、分かりました!行けばえぇんやろ!」
こない居心地の悪いことも中々ないわ、とそこから逃げるように走り去る佐野。
その後を追うように、堂々とゆっくり王はホールを去っていった。


「ホンッマにノリの悪いやっちゃな」
ガタガタと揺れる馬車を御しながら、後ろに座る王に話しかける。
「お前んための后選びやなかったんかい」
王は聞いているのかいないのか、ぼんやりと外を眺めている。
「そないなとこで国の王様があないな態度とっとってえぇんかいな」
考えられへん・・・とぶつぶつと文句を言うのは先程無理矢理注目を浴びさせられたことへの仕返しといったところだろうか。
王の返答がないことも気に留めず、佐野は話を続ける。
「そろそろホンマに身ーでも固めんといかん年やないのんか?」
「・・・ほっとけ」
「お、初めて言葉返したな」
年齢の話を出されて、少しは気にしているのか文句を寄越して返す。
してやったりと笑う佐野を見ながら、王は何かを思いついたように意地の悪い瞳で佐野の方へと身を乗り出した。
「おわっ!ちょ、危ないで王様!」
「そういえば――――
佐野の制止も聞かず、王は話を続ける。
「隣国の王は俺と大して変わらん年だが」
ぎくり、と佐野が身じろぐ。
「浮いた話の1つも聞いたことがないなぁ」
「そ、そか?ま、まぁ隣の国の話やしなぁ・・・」
目を逸らす佐野の様子を満足気に眺める王。
「それにしたっておかしいだろう?誰か心に決めた奴でもいるのか?」
自分のことは棚に上げて問いかける。
他の者が聞いたら何故そんなことを佐野に聞くのかと疑問に思うところだろう。
しかし王にはそれすらもからかいの対象だった。
「なぁ、お前さんなら知ってるんじゃないのか?佐ー野ー」
「うっさいわ!!」
顔を赤らめつつ怒鳴りつける佐野。
佐野のこういった態度も他の者には納得の行かないところで、佐野はよく年配の臣下から叱られている。
「お前に何の関係があるっちゅーんじゃ!隣国の恋愛事情なんぞそれこそ放っといたらんかい!!」
声の限りに叫び、肩でぜいぜいと息をする。
その様子にやっと満足したのか、忍び笑いを隠そうともしないまま王は身を引いた。
そしてまた、窓の外を眺める。
いつの間にか馬車は城を囲む森を抜け、城下町へと辿り着いていた。
活気の良い人々の声が聞こえる。
一部の者は王の馬車に気付き礼を寄越すが、大半は馬車になど興味すら抱かない。
そんな、興味すら抱かない者の中にそれはいた。
普段なら目にも留めなかったかもしれない。
けれどその輝かんばかりの笑顔に惹かれてしまった。
仲間たちと笑い合うその姿に。
「佐野・・・」
呟くように呼びかける。
「何や」
その様子に、普段とは違うものを感じて馬車を止める。
「あの緑髪の少年について調べてくれないか」
いつもの軽口とは違った口調に違和感が拭えない。
しかしそれとこれとは別問題だ。
「何で俺がそないなことせなあかんねん!俺はお前の我が儘聞くためにおるんやないで!」
「佐野!」
強い口調に思わず背を震わす。
そしてそのまま与えられた笑顔に、佐野は凍り付いてしまった。
「やって、くれるだろ?もちろん」
最後の言葉で念を押され、最早断ることは叶わなかった。
「はい・・・」
とんだ食わせ者だ・・・そう感じながら諦めたように返事をする。
これが全ての始まりだとは、まだ誰も知らなかった。









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王の名前も出てこなければ、ヒロイン(笑)は影くらいしか出てこないという・・・そんなある意味プロローグらしいプロローグですが、佐野の出番が多いことは挑戦です、私への挑戦。
関西弁がんばります・・・(既に挫折気味だとかは言わない・・・)



2006/3/16


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