切願






「殺せよ」
伊東の首を抱いて涙ながらにそう言った平助は、きっともう生きることに疲れていたんだと思う。
「・・・・・・」
平助の目が、痛い。
睨み付けるようにこちらを見ているその目は、炎のようでいて・・・
「お前・・・それ本気で言ってんのか?」
平助の顔は涙でボロボロで、もう俺のことなんか見えていないんじゃないかとさえ思えてくる。 でなけりゃ・・・俺の目を見てこんなことが言えるんだとしたら・・・だってもうどうしようもないじゃないか。
ボロボロの顔が自嘲気味に歪む。
「だって僕が信頼を寄せた人はみんないなくなるんだ。山南さんも、伊東さんも・・・みんな死んだ。みんな殺された・・・っ」
「違うっ!!」
必死に反論しても、鈍い反応で返される目線は、無言の拒絶。
「・・・それでも沖田は、山南さんを斬ったあと泣いてたんだぞ・・・?」
その沖田を見ないふりでかわしたのは俺だけど。
だって、やっぱり許せなかったから。
沖田は――――所詮近藤さんの犬だから。
「誰も・・・殺したかったわけじゃない」
そう、殺したかったわけじゃない。近藤さんに逆らったから、殺されなければならなくなっただけで。
殺したかったわけじゃない。
いらなくなったわけじゃない。
――――そう、思いたい。
「でも殺された。それが事実だろ。たった一度近藤さんに逆らっただけで・・・例え近藤さんがそれを許しても、だ――――新撰組は、大きくなりすぎたんだよ・・・・・・」
辛そうな、顔。
ああ、平助はまだ新撰組のことが好きで、だから、新撰組が嫌いなんだ――――
伊東のように「思想のズレ」だとか「理想の食い違い」だとか小難しいことが言いたいんじゃなくて、平助はただ、新撰組という組織についていけなくなっただけなのだ。
馴れ合いじゃない、組織としての新撰組が嫌で、だから新撰組を抜けたのだ。
だからもう、戻る気はないのだ―――と、そう唐突に理解できた。
分かってしまえば簡単なことだったのに。
もう、戻れないのだ。
新撰組も、藤堂平助も。
俺が取れる選択はたったの二つ。
生かすか、殺すか。
もう、そんなところまで来てしまったのだ、俺たちは。新撰組は。
でも――――――
「なあ・・・“逃がす”っつー選択じゃダメなのか?俺には・・・お前を殺したりなんかできねーよ・・・」
頼むから逃げて、生きて。
そうしたらいつか、お前の手を取れる日が来るかもしれないのに。
それじゃあダメなのか?
新撰組を一度逃げ出したお前だ。もう一度くらい逃げてくれてもいいんじゃないのか・・・?
「逃げて・・・くれよ・・・・・・っ」
殺したくないんだ。
殺されてほしくないんだ。
お前だけでも。
生きてほしい。
ただそれだけが、俺の願い。
それくらい、叶えてくれたっていいじゃないか。
「・・・次に殺されるのはアナタかもしれないよ?」
そうだな。ここで平助を逃がせば・・・俺は立派な裏切り者だ。いつ寝首を掻かれても文句は言えない。
でも、例えそうなったとしても、俺に平助は殺せない。
殺させないでほしい――――――


「じゃあ・・・・・・一緒に来る?」


――――決して、新撰組が嫌だとかそういうわけではないけれど。
だって、裏切れるはずがない。
この手を。
気付いたら俺は平助の手を取っていた。
もういいじゃないか、このまま逃げたって。
誰に迷惑を掛けるでもないんだ。
ただ俺に裏切り者の汚名が着せられるだけだ。
それなら、いいじゃないか。
その時、平助は、微笑っていた。
「いたぞ!!藤堂だ!!」
「斬れ!!首を取れ!!」
遠くから、そんな叫び声が聞こえたような気がした。
その、一瞬。
たった一瞬の、音の無い世界で。
声も無くゆっくりと、まるで一枚の羽根のようにふわりと崩れ落ちていく白い体。
目の前に飛び散る――――赤。
――――――っっ平助ぇぇえぇぇぇっっ!!!」
その赤い染みだけが妙にリアルで。
色を失った世界の中で一つだけくっきりと浮かび上がるその赤色。
白い体に良く映える、その赤く染まった服。
「永倉さん、大丈夫ですか?!」
「しっかりしてください、隊長!!」
ああ、なんて鮮やかな赤。
今なら分かる、絶望したこの気持ち。
これが、失うということかと。
こんなものを平助は二度も三度も経験していたのかと。
周りの音が聞こえない。
周りの景色が見えない。
俺の世界には、白い体と赤い服と、自分の着ている浅黄色の隊服だけが存在していて。
まるで夢のような、その現実の世界は。


『一緒に、来る?』


連れていって。
一人にしないで。
置いていかないで。


空虚になった心と空虚になった体を抱えて、俺はきっと泣いていた。
俺はきっと、泣き続けた。









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藤堂さんの最期、です。藤堂さんがこんなあっさり殺されるはずないやん!とか近藤さんは藤堂さんだけは逃がしてあげようって言ってたんだからここで永倉さんが藤堂さんを逃がしても裏切り者にはならないだろう?とか自己ツッコミもものっそありますが、とりあえず全部見ないふり。(オイ)


碧翠の中に居る藤堂さんは基本的には“一般的に言われている沖田さん”です。優しくていつも笑ってる感じ。“沖田さん”と違うのは、彼がお坊ちゃんなところかな。(まぁ思い込みですが。)
とはいえ今回書いたのはちょっと違うんですけどね。だってピスメの影響が・・・(ん?)
ちなみに沖田さんにとっての近藤さんは、藤堂さんにとっては山南さんです。土方さんは永倉さん。・・・そうすると芹沢先生が伊東さんかなぁ・・・びみょ・・・(げふん)。
まぁ思い込みですが。
永倉さんはピスメのイメージが強いです。ってか勝平さんボイスでね・・・聞こえてくるのよねこれが・・・(あぁぁ;;)
新撰組のお話はまだ何個か抱えているのでいつかUPしたいです・・・予定は未定。


とりあえず、書けて楽しかったぁ♪



2004/5/5


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